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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第八章 怖くても
117/223

115th BASE

お読みいただきありがとうございます。


メジャーリーグではポストシーズンの戦いが白熱していますね。

この時期になると私もよく中継を見るようになるのですが、その度にレベルの高さを実感します。

ベスガルも負けていられません!

《遂に最終回までやってきました。マウンドに上がるのはもちろん、快投を続ける二年生エース、椎葉丈です。亀ヶ崎高校甲子園初出場の命運は今、彼の右腕に託されました》


 椎葉君は入念に足場を均し、投球練習を行う。その表情は先ほどから一切変わらない。見ているこちらは吐きそうなくらい心が締め付けられているのに、どうしてそんなに毅然と振舞っていられるのだろうか。


《九回の表、名栄工業はクリーンナップでの攻撃となります。最初のバッターは三番の志藤(しどう)です》


 中軸を相手にする厳しい打順の巡りだが、椎葉君はそんなことお構いなしと言わんばかりに猛々しく腕を振る。その勢いであっという間に打者を追い込んだ。


 一球外れた後の四球目、椎葉君は左打者の膝元から曲がるスライダーを投げた。バットが微塵の音も出せずに空を切る。


《空振り三振! 椎葉の球威は全く衰えず! 夢への切符を掴むまで、残り二人となりました!》


 亀高ベンチが陣取る一塁側スタンドからは、メガホンを叩く大きな音が鳴る。椎葉君の勇姿を生で見られている人たちが本当に羨ましい。できることなら私もあそこで応援したいのに……。


《続いて打席に入るのは、プロ注目のスラッガー、四番の大空(おおぞら)です。先日のインタビューでは、「甲子園で暴れてからプロに行きます!」と豪語しておりました。そのためにも、ここで終わるわけにはいきません》


 プロ入りが確実視されている相手に対し、椎葉君は果敢に真っ直ぐ勝負を挑んでいく。しかし力んでしまったか、ストライクゾーンからは微妙に外れた球が続く。


「ボール、フォア」


 最終的に歩かせる結果となった。カウントが悪くなってからは勝負を避けていたようにも見えたものの、一発を食らうわけにはいかないのでこればかりは仕方が無い。


 同点のランナーを許した椎葉君だが、それを引きずる素振りは全く見られない。五番バッターにもストライク先行の投球で淡々と投げ続ける。


 ワンボールツーストライクからの四球目、椎葉君が投じたアウトローのストレートをバッターが打ち返す。打球は彼の左脇を通過していった。


《センターへ抜けるか!? ……いや、セカンドの宮藤が飛び込んで捕った! 倒れ込んだまま二塁へトス。判定はアウトです!》


 宮藤君の超ファインプレー! 打たれた瞬間息を呑んだ私は、咄嗟に紗愛蘭ちゃんと変な声を上げる。


「おほほー! ナイス宮藤君!」


 あとアウト一つで、亀高が勝利する。即ち椎葉君たちが甲子園大会の出場権を手にするということだ。


《王者の決する時が来るのでしょうか。打順は六番、左打者の柳生(やぎゅう)に回ります。ここまでの三打席はいずれも凡退。椎葉の前に二つの三振とタイミングが合っていません》


 椎葉君が初球を投じる。糸を引くような直球が外角低めに決まった。


《ストライク! 素晴らしいボールです。これには柳生も手が出ません!》


 雰囲気でも圧倒している椎葉君。二球目は高めへのストレートがボールにはなったものの、打者はバットを出しかけていた。球筋が追えていないのが丸分かりだ。


 これならいける。勝利は見えた。私は白い歯が溢れそうになるのを我慢する。


 三球目、椎葉君の投じたカーブが、真ん中から膝元に切れ込んでいく。バッターはアッパー気味にスイングし、高々とフライを打ち上げた。


《打球はライトへ。これをキャッチすれば、亀ヶ崎高校に歓喜の瞬間が訪れます!》


 ライトの選手が後退するが、追い方を見ると余裕がありそうだ。打球が中々落ちてこず、落下点はどこかと探るように走っている。


「ん……?」


 刹那、私の背筋に悪寒が走る。同時にライトの足が止まった。ただし顔だけはまだ打球の行方を追っている。そしていつしか、視線はスタンドの方を向いていた――。




《は、入った! 打球は風に乗ったのでしょうか、ライトスタンドに飛び込みました! 逆転のツーランホームラン!》


 私は時が止まったような感覚を覚える。何が起こったのか分からなかった。

 ……いや、そうじゃない。目の前に映った現実を、単に受け入れることができなかったのだ。


「おっしゃー!」


 打ったバッターは飛び跳ねるような足取りで喜びを爆発させ、ダイヤモンドを一周する。その声はテレビ越しにも聞こえてきた。

 対する椎葉君はというと、グラブを脇に抱え、ライトスタンドを見つめて立ち尽くしていた。表情自体にそれほど変化はないものの、下唇を噛み、悔しさが滲み出ている。


「逆転……された?」

「嘘でしょ……。そんなのって……」


 私と紗愛蘭ちゃんは茫然自失となる。やっとのことであり着いた宝に指先が触れていたのに、一瞬にして奈落の底に突き落とされた。絶望というのは、まさにこういうことを言うのだろう。


《本当に見事なホームランでした! これが伝統校の意地、そしてプライドでしょうか。ほぼ亀ヶ崎の手中に収まっていた甲子園を、たった一振りで奪い取りました! ……ですが、まだ試合は終わっていません。名栄工業も亀ヶ崎同様、このリードを守り切らなければならないのです!》


 実況の言う通りだ。まだ亀高の攻撃が残っている。一点差ならチャンスはある。


《セカンドフライでスリーアウト。亀ヶ崎、反撃なるか⁉ 九回は二番からクリーンナップに繋がっていきます!》


 亀高ベンチ、スタンドが大きな拍手で椎葉君を迎え入れる。逆転を許したとはいえ、ここまで獅子奮迅の活躍でチームを引っ張ってきた。それを皆が分かっている。だから、彼の熱投に応えてあげて……。


 ところが私の願いは届かない。現実は、ただただ残酷だった。


《サードの正面のゴロ! 冴木が難なく捌きます》

《見逃し三振! アウトロー一杯にズバッと決まりました!》


 流れるようにツーアウトを取られ、万事休す。そして最後への打者が四球目、力の無い飛球が、虚しく打ち上がる。


《ショートが落下点に入った。他の野手陣を両手で制し、今ウイニングボールを掴んだ! 名栄工業、土壇場からの大逆転で愛知の覇者になりました!》


 試合が終わった。マウンドに名栄工業の選手が集まり、全員で人差し指を天に掲げる。その光景が見るに耐えず、私は即座にアプリを閉じた。



See you next base……

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