101st BASE
お読みいただきありがとうございます。
対戦相手の選手の名前には由来があることが多いです。
今回の江ノ藤高校にも当てはまりますが、一体何に由来しているのか考えてみてください。
「ナイピッチ!」
ベンチの選手たちが祥をハイタッチで迎える。中でも真裕は先頭に立ち、いの一番に声を掛ける。
「最後の一球も力が籠ってたね。あれなら誰も打てやしないよ」
「ありがとう。とりあえず点を取られなくて良かったよ」
攻守交替。一回裏の亀ヶ崎の攻撃に移る。祥を楽に投げさせるためにも、なるべく早く、そしてできるだけ多く得点したい。
《一回裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番ショート、陽田さん》
今日も一番を務める京子が打席に入る。江ノ藤の先発は右の鎌倉。伸びのある速球が武器の投手だ。
(初回から打ってウチらが祥を盛り立てないとね。といってもウチはウチのできることしかできない。とにかく塁に出るんだ)
一球目。鎌倉は外角に直球を投げてきた。京子は積極的に手を出していくも、空振りを喫する。
(真っ直ぐは結構速いな。勢いに乗せられて万振りしちゃった。こういうのは力で対抗しようとしても当たらない。柔軟性を意識して打っていかないと)
京子は肩を解すような仕草を見せ、バットを構え直す。二球目も直球だったが、これは高めに外れた。
三球目はカーブ。京子の膝元に向かって曲がってきた。彼女は足を後ろに引きながら見逃し、こちらもボールとなる。
(真っ直ぐもカーブも素直な軌道だから見極めはしやすい。打てる球をしっかり見定めていこう)
四球目、鎌倉はストレートを投じてきた。外角低めの際どいコースを突くも、球審はボールをコール。これでスリーボールワンストライクとなる。
(いきなりスリーボールか。ウチが出塁できたら得点の確率は大いに高くなる。フォアボールを狙うわけじゃないけど、そうなるに越したことはないぞ)
五球目。鎌倉の投じた直球が再びアウトローに行く。京子は打つべきボールではないと判断し、悠然と見送った。
「ボール、フォア」
この一球も球審の手が上がることはなかった。四球で京子が一塁へと歩く。
(よし。役目を果たせた)
亀ヶ崎は先頭打者が塁に出た。京子をホームに迎え入れるため、如何に後続が繋がっていくのか。
《二番センター、増川さん》
打席に入った洋子はベンチのサインを確認する。しかし隆浯から特に指示は出ない。初球は自由に打てということだ。
(立ち上がりだからか元々なのかは分からないけど、ピッチャーはコントロールに苦しんでる。その中で送りバントはもったいないってことか。確かにそう思うし、私が打って繋げられたら最高だ)
初球、内角に来たストレートを洋子が見逃す。判定はボールだ。
二球目は外角への直球がストライクとなる。洋子はこれもバットを出さない。
(球が荒れてることで的を絞りにくい上、球速があるから甘く来ても反応が遅れる。当たり前だけど一球たりとも集中を切らさないようにしないと。でもこの暑さがかなり厄介になりそうだな……)
洋子の額には既に多量の汗が噴き出し、守備に就いている時から何度も拭っている。良いプレーをするために集中力が必要不可欠だが、こうも暑いと保つのは難しい。
だが条件は江ノ藤も同じ。この猛暑の中でも集中力をできるだけ途切れさせないこと、反対に相手が途切れた時には逃さず付け入ることが勝負の行方を左右する。
一球牽制を挟んだ後、鎌倉が三球目を投じる。低めから微妙に沈む変化球。ツーシームだろうか。
「ボール」
手を出しかけた洋子だったが、変化に気付いて咄嗟にバットを止めた。スイングは取られず、ツーボールワンストライクと打者有利のカウントになる。
(こうなったら動いても良い気はする。何かしますか?)
(いや、そんなに焦らなくても良い。じっくり攻めよう)
洋子が再度ベンチのサインを伺うも、隆浯はまだ自由に打てと指示する。敢えて動かないことが得策だと考えていた。
(祥が先発しているわけだし、正直こっちとしてはどんどん動いて早めに複数点が欲しい。だがそのためには確実に先制点を取らねばならん。相手の投手も不安定だし、下手に動いて立ち直らせるきっかけは掴ませたくない)
動かざること山の如し。四球目、鎌倉の投げたストレートが洋子の胸元を突く。
「おっと……」
洋子は背中を反らして見送る。またもや三つ目のボールのランプが灯る。
(くそっ、どうしてこんなに入らないんだ)
捕手からの返球を乱雑に捕り、鎌倉は自分への苛立ちを露わにする。投げている側の感触としては、決して調子は悪くない。ところが微妙に思ったコースへと投げ切れていないことで結果的には苦しい投球となっている。
こうしたパターンは修正が難しい。はっきりどこが悪いと分からないので、何かを変えることができない。もしも変えて失敗すれば更に状況は悪化してしまう。負けたら終わりの試合でそれをするのはほぼ賭けに近い。それ以外で鎌倉ができることと言えば、とにかく根気強く投げ続けて少しずつ持ち直していくしかないだろう。
「ボール、フォア」
そして五球目、鎌倉の投球は明らかに低めへ外れた。二者連続の四球。動かない作戦が功を奏し、亀ヶ崎はランナー一、二塁のチャンスを掴む。
《三番ライト、踽々莉さん》
一つもアウトを取られないまま得点圏にランナーを置き、打順はクリーンナップへと入っていく。ここでも送りバントなどの作戦は無し。まず一点というところだが、紗愛蘭には二点目、三点目の可能性を広げるような一打が期待される。
(二人を歩かせてたらその次には絶対ストライク先行させたいはず。初球から狙って準備しておく)
鎌倉が一球目を投じる。紗愛蘭の思った通りストライクを欲しがったのか、若干威力の下がった直球が外角高めに行った。
(お、いきなり打てる球が来たぞ)
紗愛蘭は打ちに出る。バットから鮮やかな金属音を奏で、三遊間に鋭いライナーを飛ばした。ショートの柳が飛びつくも捕れず、打球はレフト前に落ちる。
「ストップ、ストップ」
二塁ランナーの京子は三塁を回ったところで止まる。これで一番から三番までの全員が出塁し、いきなりノーアウト満塁となった。祥への援護点は、一体どれだけ入るのか。
See you next base……




