9th BASE
お読みいただきありがとうございます。
台風が過ぎ、一気に朝夜の気温が下がったような気がします。
寝る時や外出する時に少し暖かく感じても油断せず、対応できるようにしておかなければいけませんね。
一回裏。女子野球部の選手たちは杏玖を中心に円陣を組み、攻撃に臨む。
「守備のリズムは良かった。この流れで先制点を取ろう!」
「おー!」
一番打者を務めるのは紗愛蘭。球審に深々と頭を下げてから左打席に入る。
(向こうの一番の子は初球から打ってきてた。対抗するわけじゃないけれど、私も良い球が来たら積極的に振っていこう)
男子野球部の先発マウンドには右投手の澤田が上がっていた。投球練習を見る限り、スピードボールよりも制球力で勝負するタイプのようだ。
一球目。澤田は内角へのストレートを投じる。だが決して打ちにくいコースではなく、紗愛蘭は鋭いスイングで打ち返した。
「ピッチャー!」
「え?」
曽根の放った打球と同じようなピッチャー返しが飛ぶ。しかしこちらは澤田が捕ることができず、内野を越えてセンターへと抜けた。
「ナイバッチ!」
紗愛蘭は一塁をオーバーランしたところでストップ。ノーアウトでランナーが出塁し、女子野球部は初回からチャンスを迎える。
「京子ちゃん、紗愛蘭ちゃんに続け!」
真裕の声を背に受け、二番の京子が左打席に立つ。ここは送りバントなどが考えられるが、ベンチからのサインは特になし。京子は自由に打つこととなる。
(ここでウチに打たせるってことは、あわよくば大量得点に繋げたいという思惑があるってことだ。だから単純にランナーを進めるだけじゃ物足りない。ウチも塁に出ないと)
この場面で自由に打つということは、自分の好き勝手に打って良いということではない。チャンスを広げてクリーンナップに回すにはどうするべきなのか。それを自分で考えて遂行しろということである。
その初球、アウトコースに直球が来る。京子は反応こそするも、遠いと判断して手を出さない。
「ボ―ル」
二球目はカーブ。これも高めに浮いて外れ、ボールが二つ先行する。
(投手としては次はストライクが欲しいはず。取りにきたところを叩く)
三球目。澤田の投球は低めの甘いゾーンに来た。京子は打ちにいこうと動き出す。
(……いや、待て)
ところが京子はすかさずバットを止めた。ボールがホームベースの手前で沈み出したのだ。おそらくチェンジアップだろう。
「ボ―ルスリー」
「スイングしてる。振った振った!」
男子野球部バッテリーからのアピールを受け、球審が三塁塁審にジャッジを尋ねる。しかし判定はノースイング。際どいところだったが、京子は辛うじて見極めた。
(よしよし。バッティングカウントだから思い切り打ちにいきたかったけど、ウチに課された使命はそうじゃない。先頭にヒットを打たれて、相手は早くアウトが取りたいと思ってるはず。なら今みたいな誘いに乗らず、じっくりと攻めていくべきなんだ)
先発投手にとって一番の難関は、立ち上がり、特に最初のアウトを取るまでだと言われている。自らの調子も相手打者の様子も分からず、どうしても手探り状態で投げなければならないからだ。ここで躓くと自分のペースを掴めないまま取り返しのつかない事態に発展することもあり、今回の澤田のように手鼻を挫かれたともなれば、自然と焦りも出てしまう。となれば攻撃側はその隙を利用しない手はない。
「ボ―ル、フォア」
結局先ほどの三球目が分岐点だった。四球目こそストライクが入ったものの、五球目は外れて四球となる。紗愛蘭は二塁へ、京子は一塁へと歩き、ランナーが二人溜まって三番の杏玖に繋がる。
(京子ナイスセン。二番バッターとしてかなり成長してるね。私も負けていられないよ)
初球、澤田はカーブを投じてきた。しかし若干アウトコースに外れる。杏玖はきっちりと見送った。
(調子が出てくればもう少し良い球が投げられるんだろうけど、今のところは全然駄目だね。強引なバッティングだけにはならないよう注意して、ストライクが来たらしっかりとバットを振ろう)
二球目。またもやカーブが来た。一旦浮き上がったボールが沈んできた先は、ストライクゾーンのほぼ真ん中。杏玖はこれを逃すまいと打って出る。
「ライト!」
綺麗な金属音を響かせ、右方向に大きな飛球が上がる。ライトを守る山尾は懸命に後退する。
「オーライ」
山尾は何とか追い付き、走りながらボールを掴む。良い当たりではあったが、惜しくもヒットにはならなかった。
「ゴー!」
けれども二塁ランナーの紗愛蘭はタッチアップで進塁。ワンナウトランナー一、三塁と局面は変わる。
「くう……、あと一伸びじゃん。まあしゃーない。珠音、頼んだよ!」
杏玖は悔しがる素振りを見せながらも、次の打者である紅峰珠音に檄を送る。珠音はうっすらと口角を上げ、右打席に入った。
濡れ髪の毛先を僅かにヘルメットからはみ出させている珠音。彼女は昨年の夏以降、ずっと女子野球部の四番に座り続けている。かつては勝負に対する執着心が希薄であったが、今では心を入れ替え、チームの命運を握る主砲としての自覚を持ってプレーしている。
(杏玖がランナーを進めてくれたおかげで、大分気楽に打てるようになった。私も自分の役目を果たさないとね)
初球、インローにストレートが来る。ただ珠音の膝の高さよりも低く、彼女は全く反応を示さない。もちろん判定はボールだ。
(直球なのにほとんど勢いが無い。これなら真裕の方が断然上だよ。悪いけど、さっさと打たせてもらうね)
珠音は手首を柔らかくし、バットを体の正面で寝かせるようにして構える。この構えは神主打法と呼ばれるもので、リッラクスした状態から打つ瞬間に体全身の力を一気に解放させるのが特徴である。長打を望める反面バットコントロールが難しく、採用する打者は少ないが、天才的なバッティングセンスを持つ珠音は高校生にしてこの打ち方をほぼマスターしている。
二球目は外角高めへのストレート。珠音はボ―ルをバットに乗せ、右手を押し込んで痛烈なライナーを放つ。
「セ、センター!」
打球はセンターの頭上を越え、ワンバウンドでフェンス代わりに設置されたネットに跳ね返る。その間に紗愛蘭、京子と相次いでホームイン。打った珠音は二塁まで到達する。
「おお! ナイバッチ!」
「えへへ、やったね」
ベンチの声に応え、珠音はベース上でガッツポーズを見せる。鮮やかな四番の一打により、女子野球部が二点を先制した。
See you next base……
PLAYERFILE.7:外羽杏玖(ほかばね・あき)
学年:高校三年生
誕生日:5/17
投/打:右/右
守備位置:三塁手
身長/体重:159/54
好きな食べ物:うどん




