その1-2
近くで見てみると、彼女の姿かたちがよくわかった。
体つきはどちらかというと華奢で、紺色に見えるワンピースを着ていた。
ワンピースは、見ていると吸い込まれそうな気さえしてくるほどに、深い色をしていた。
「君は、こんなところでなにをしているの?」
彼女が、ムカデを食べながら聞いてきた。
「・・・学校の帰りなんだ。
たまたまここが通り道だっただけだよ。」
自分でも、こんなに落ち着いて話せているのにびっくりした。
なぜか、妙に落ち着いているのだ。
普通なら、こんな異質な状況、全身がガクガク震えて、腰を抜かしてしまうか、そのまま逃げだすかのどちらかだろう。
「また・・・無視するのかと思った。
でも、それなら『ここ』に入ってこないか・・・。」
少女は、ムカデを半分に千切って、中身を啜っていた。
少しだけ、彼女の瞳に意志が見えた気がする。
「あなたは人間・・・なんだよね?
私は人間・・・に見える?」
ぼくは、静かに首を振った。
彼女の顔色が少し暗くなった気がする。
気のせいかもしれないが。
「そうだよね・・・。
みんな私を見るなり逃げていくもん・・・。」
彼女は小食なのか、食事はゆっくり行うようだ。
さっきから喋っていないときは常に食べているのに、まだ胴部を一つ食べ終わったところだ。
というか、このでかいの全部食べるのか?
「でもね、今日は少し楽しい。
話し相手がいるから。」
「それは光栄だ。」
落ち着きすぎて、少しきつい口調になってしまっている気がする。
ぼくは普段は結構気弱な感じで喋ってしまうと思うんだけど・・・。
周りには動物の気配が無く、時折吹く風が木々を揺らす音だけが聞こえる時間。
目の前の女性が、ムカデの中身をジュルジュル吸う音がかなり異様だけれど。
「今日の食事はこれだけ。
あとは土に還す。」
彼女は、死骸を集め始めた。
これは全て彼女の食べ残しなのだろうか。
「あなたも手伝って。
手伝ってくれれば、一度で済む。」
正直、見るのも嫌なものを触りたいわけがないのだが、ぼくは渋々死骸を集めて回った。
よくもまあ、こんなにたくさん狩ったもんだ。
死骸を腕いっぱいに抱えて、公園の外の林に捨てる。
自然な土の上なら、微生物が勝手に分解してくれるみたいだ。
このムカデみたいに、ここら辺の微生物も異様な進化を遂げているのだろうか。
この道は昼にたまに通るけれど、こんなとんでも生物は見たことが無かったからね。
「じゃあ、今夜は帰る。
夜は危ない。もうここには来ない方が良い。」
それだけ言うと、彼女はどこかへ行ってしまった。
手持ちのスマートフォンを見る。
もう11時を回っていた。
ぼくも急いで帰らないと。
急いだところで、母さんからのお説教は免れないだろうけど。
それから、僕の生活はなにか変わったのかっていうと、そこまで変わらなかった。
不思議な体験をした人っていうのは、そういうことに巻き込まれやすくなるような気がしていたけれど、そういうわけでもないらしい。
ただ、ぼくには日課ができた。
夜遅く帰るときは、あの公園を必ず通るようにしている。
また、彼女に会いたいと思ったのだ。
彼女から何を感じ取って、何を思ったのか。
明確に言葉にすることはできないけれど、きっとぼくは、魅せられてしまったんだろう。
あの異様で、不思議で、魅力的な彼女に。
・・・・・・・・・・・・・ああ、また散らかしてるじゃないか。