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1:日常、非日常

最近、運動不足が深刻で、割とどうしたものかと悩んでます。

 ジリリリリ。

 けたたましい電子音が俺の鼓膜に響く。 

 まごう事なき俺、愛川葵の目覚ましだ。


「うるしゃいなあ」


 ゴロン、と寝返りを打って耳に悪い騒音を止める。

 もう少し、もう少しだけ寝ていたいのだ。

 俺の目覚ましは家から出発する時刻の1時間30分前、6時に設定してある。

 つまり何が言いたいのかといえば、もう少し寝たいと言う訳だ。神様だって決して咎めはしないだろう。


 枕に顔を隠し、視界を暗闇で満たす。

 さあ、これでもう一眠———


『今日も眠そうだね、アオイ』


 その声を聞いたが刹那、俺はバサリと勢いよく上体を起こす。

 俺の前方、ベッドの端に、憎たらしい声の主がいた。

 声の主は白猫、可愛らしく欠伸をしながら俺のベッドに現在進行形で居座っている。


「なんだ、朝から暇なのか?ニートかよ」

『失敬な。このフランマ様をなんだと思っているんだい?今この瞬間も多忙で仕方ないと言うのに』


 このうざったらしい猫の名前はフランマ、自称火の大精霊だ。尤も、今までこの白猫に威厳なんとものは微塵も感じたことはないが。

 コイツと知り合ったのは丁度、今日から一週間前、黒い獣、魔獣に襲われていた俺をフランマは救ってくれた。一応命の恩人だ。

 

 だが、その助け方が大問題だった。コイツはなんと俺を魔法少女にしてくれやがったのだ。

 その上、契約だなんだと言って、魔法少女として俺が襲われた化け物、魔獣の討伐をする羽目になってしまっている。

 フランマ曰く、俺の魔法少女としての適性は驚くほどに高いらしく、単体では力を発揮できないらしい精霊は俺たちを頼るしかないらしい。


「それで、何の用だ?」

『え、用なんてないけど』

「お前〜!!」


 精一杯目の前の駄猫を睨みつける。実際、俺にはコイツを睨みつけることしかできない。

 コイツ、いやコイツに限らず精霊全般は身体が半透明で、基本、殴ろうとしてもすり抜けるだけらしい。

 本当に憎たらしい。精霊ですらなかったら今頃猫鍋にしていたと言うのに。

 目の前の精霊は余裕綽々と言った様子でくつろぎながらこちらを見下ろしている。


『ハイハイ、かわいーねー』

「おい、冗談は存在だけにしろ」

『おお、怖い怖い』


 本当に自分でも結構気にしていると言うのに傷を塩水で漬けるような真似はやめてほしい。

 俺の容姿はどちらかといえば女性的だ。

 とは言っても、平均を大きく下回る背と肩ぐらいまで伸ばした髪ぐらいのものだと思うのだが、小学校、中学校でも流石にいじめというレベルでもなかったが散々いじられていた。おかげで自分自身、容姿が中々のトラウマと化してしまっているのだ。


「ん?」


 俺が眼前の駄猫と見えない火花を散らしていると、不意にトントン、という扉を叩く音がした。

 どうやら椿が来たようだ。扉越しから声がかけられる。


「お兄ちゃん、起きてる?」

「ああ、起きてるぞ」

「ふーん、じゃ早く下に来てよ」

「分かった」


 言いたいことだけ伝えて、椿は台所へと戻っていた。

 愛川椿、とは俺の双子の妹だ。一言で言うなら可愛い、俺の生活の数少ない癒しなのだ。現代に生きる天使である。

 まあ、冗談は置いておいて双子という関係上、椿とは少なくない時間ともに過ごしてきた。だが、最近、なぜか椿が俺に構ってくれないのだ。友人との遊びに誘っても用事があると断られ、買い物すら一緒に行ってくれない。おかげで俺は既に天国に半分足を突っ込みかけ始めている。


「どうしよう、フランマ」

『呆れるほかないね、キミは一体、どんな禁忌を犯すつもりだい?』


 チッ。大事な時には使えないズボラ精霊め。

 そう愚痴りつつ、俺は制服に着替え、リビングへと向かう準備をする。

 今現在、この家は実質的に俺と椿の二人暮らしだ。かつては親と一緒に暮らしていたのだが、ある時から両親ともに仕事に忙しくなり気づいたら一ヶ月に一度すら帰るか帰らないかというほどに忙しくなってしまっていたのだ。ちなみに料理等は椿が殆どこなしてくれている。これぞリアル妹冥理に尽きるという奴だ。

 両親については妹は結構不満のようだが、俺については概ね不満はない。まあ、両親が働いているおかげで今生活できているのだから当然といえば当然か。


「よし、だいたい準備オッケー」

『じゃあ、ボクはカバンの中に入ってるよ』

「ああ、そうしてくれ」


 フランマが未だ眠そうにしながら俺の学生鞄の中に入る。

 フランマは基本的に契約している人間を除き、人目につくことを嫌っている。なんでも前、人に見つかった時に捕まえられて、解剖されかけたらしい。俺としては是非ともその瞬間を見たかった所存だが、フランマのゲンナリっぷりを見るにマジでやばかったっぽいし。

 とにかく、フランマにとってはそれが結構トラウマで、人前ではロクに顔を見せない陰キャとかしてしまうのだ。ざまあ。

 まあ、俺としてもこんな珍獣もとい駄獣を飼ってるのがバレるのは嫌なので助かってるちゃ助かってるのだ。

 絶対に口には出さないが。


『葵、キミはもしかしてツンデレという奴なのかい?』

「そうだ。こいつは心が読めるんだった…」


 フランマがにやけ面でこちらを覗きながら煽る。

 ああ、そろそろ限界だ。一刻も速く、迅速に椿(天使)のところに行かなければ俺はストレスで胃腸炎になってしまう。

 少しばかり急ぎながら、俺は椿の待つリビングに向かった。










 リビングに着くと、そこには既に朝ごはんが用意されていた。

 どうやら今日の朝ごはんは和風らしい、どれもこれも風情があって美味しそうだ。


「お兄ちゃん、遅い」

「あー、ホントにごめん」


 時計を見ると時刻は既に7時を過ぎていた。駄猫との掛け合いにまあまあ時間を取られていたらしい。

 不満そうに頰を膨らませる椿に謝罪しつつ、俺は席に座った。

 そして、椿とほぼ同時に手を合わせる。


「「いただきます」」


 モグモグ、と。

 椿と俺の咀嚼音が静かなリビングに嫌に響く。

 なんというか気まずい。どうやら椿はさっきの謝罪ではお気に召さなかったらしい。ジト目でこちらを睨み続けている。


 可愛い。

 じゃなくて、何か機嫌を取る方法を考えなくては。このまま愛しの妹に嫌われているままでは俺は冗談抜きで神様転生を打診する必要が出てくる。


「あー、そのだな。今朝はな。ちょっと準備に手間取っててだな」


 ヤバイ。

 全く聞く耳を持っていない。いやむしろさらに不機嫌になった!?

 とにかく、今は謝るのみだ。石の上にも三年とかなんとかって言うし。


「とにかくだな。オレもすまないと思ってる。この通りだ」


 出来る限り誠意を込めて頭を下げる。元々俺より頭一つ分高い椿は俺を完全に見下ろす形となる。さながらそれは王と臣下のようだ。

 無論この場合の俺の立場は臣下。俺はただ椿のほとぼりが冷めるのを待つことしか出来ない。


「お兄ちゃんさ、最近朝起きれてるよね」

「あ、ああ。それがどうかしたのか」

「なんで、ちょっと前までは私が起こさないとずっと寝てたのに。何かあったの?」


 先程とは一転。こちらを心配そうに椿は見ている。幾分かの物足りなさのようなものもある気がしないでもないが、まあそれはただの気のせいに過ぎないだろう。

 て言うか。マイシスター勘が良すぎる。俺が健康な私生活を送るだけでフランマの存在を察知するとは。我が妹ながら恐ろしすぎるぜ。

 まあ、勘が良いと言っても椿のそれは気がかり程度のもの。俺が違うと否定しておけば、別に何も問題ないだろう。


「ん。まあな。流石に椿ばっかりには迷惑かけられないと思ってさ。心配させたならすまない」




「……、そう」


 リビングの空気が凍った。

 ひどく息が苦しい。空気が、まるで鉛のように俺にのしかかって来る。

 ———違う。これは錯覚だ。俺が感じているのはもっと、内面的なもの。そう、これは失望、飼い犬に噛み付かれたような、そんな感じのもの。

 苦しい。とにかく空気の入れ替えがしたい。そうだ、話題転換だ。


「そ、そうだ。椿、友達とはどうだ。さ、(さやか)とはいい感じか?」

「お兄ちゃんがそれでいいと言うなら、もう、いいわ」

「ん、何か、言ったか」

立花(たちばな)彩とはうまくいってるわ。お兄ちゃんだってよく彼女と一緒にいるでしょう。同級生なんだし」

「は、はは。そう、だな」


 …、さっきは本当にやばかった。

 あんな恐怖、一週間前以来だ。あの、命を、魂そのものを締め付けられるような感触を嫌でも想起させるような空気感。

 かつての俺ならば間違いなく気絶していたレベルのものだ。

 あれは、一体。


 いけないな。俺としたことが、場に当てられてしまったらしい。

 二度寝に入っているであろう忌々しい精霊は後で粛清するとしても、そうだな。


「なあ、椿」

「ん、何、お兄ちゃん?」

「その、———」




「ありがとう。心配してくれて」


 心からの笑顔を感謝とともに向ける。

 そうだ。きっと、俺には感謝が足りなかったんだろう。妹の毎日の献身だってタダでやってる訳じゃない。それこそ、血の滲むような努力がそこにあることを俺は知っている。

 怠惰な俺ではその献身に碌に報いることはできないけれど、せめて、感謝だけはしておこうと思うのだ。そう、それが俺の可能な唯一の報いだと思うから。


 椿の方を見やると、何やら顔を真っ赤にして言葉にならない声を発していた。

 体調でも崩したのだろうか、一応確認しておくか。


「ひゃっ!?」

「おっ。熱はないみたいだな。大丈夫か椿。しんどいなら学校を休んでもいいが」


 椿の額に手を当てると、ひんやりとしていて少なくとも熱はないみたいだった。

 それにしても俺の手は本当に小さい。この前椿と手の合わせっこをしたことがあったが、双子だというのに、一目瞭然だった。何がだったかは言いたくない。


「お兄ちゃんは、本当に、」

「本当に、なんだ、椿?」

「!!、何でもない。というか、お兄ちゃん、もう出発まで5分前だよ」

「ゑ?」


 ふと時計を見ると椿の言葉通り、時刻は無慈悲にも7時25分を指し示していた。

 …ヤヴァイ。ご飯全然食べきれてない。

 ふと椿の方を見ると、いつの間にやら全部食べきってしまっていた。本当にどのタイミングで食べていたんだ。さすが妹。


「急げ急げ〜!!」


 大急ぎでご飯を喉に流し込み、7時30分ジャストに俺たちは家を出発した。










 玄関に出ると、そこには一人の少女が待っていた。

 少女は艶のある茶色の髪を棚引かせながら、こちらに人懐っこい笑みを浮かべている。


「椿に葵、待ってたぞぉ~」

「あ〜、すまん、彩」

「お兄ちゃん、私たちいつも通りの時間。別に遅れてない」

「うん。そ〜だねぇ〜」


 このゆったりとした感じで話す少女は立花彩。椿のクラスメイトで、俺と椿の友人でもある。少し、いやかなり天然が入っているが根は普通に友達思いのいいやつだ。

 ちなみに、俺と椿は高一で、同じ学校——ちなみに名前は白咲高校だ——に通っているが、非常に悲しいことにクラス自体は別だ。ああ、本当に嘆かわしい。


『ふわー、普通に気持ち悪いなあ、葵』

『うっさい、この寝坊助め』


 たった今起きたのか、非常に気怠そうに鞄の中の駄猫がこちらにわざわざ念話でいちゃもんをつけてくる。

 ここまで鬱陶しいと、かえってこの精霊は実はツンデレなのではないかとすら思えてくるな。

 ……、自分で言っておいて何だが、実に気持ちが悪い、怖気が走るな。


『ボクとしても全面的に合意だよ。キミとなんて万分の一も有り得ないなあ』

『ぐぬ…、口だけは達者な』


 もうこの話はやめよう。こいつには抵抗するだけ時間の無駄だ。

 やめるったらやめるのだ。


『知ってるよ。そう言うの負け犬の遠吠えって言うんだろう?』

『……』


 聞こえない聞こえない。

 鞄の中の殻潰しなんて元より存在しないのだ。そう、存在しない。


「ど〜したんですかぁ〜?怖い顔してますよぉ〜」

「ん?あー、何でもないぞ」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。

 彩が指を口に当てながら心底不思議そうに顔をかしげていた。

 しまった。完全にフランマに気を取られていた。周りの目があるって言うのに、気をつけないと。


「それで、彩と椿は何の話をしていたんだ」

「あ〜、今度買い物に行こっかなぁ〜って話です」

「椿とか?」

「はいぃ〜」

「じゃあ俺も「お兄ちゃんは来なくていい」」


 ゑ?


「それは、また何故でしょうか、椿様?」

「理由なんてお兄ちゃんが知らなくていいでしょ」


 そんなーヒドイ!!

 椿から見捨てられてしまってはお兄ちゃんはどうすればいいのだ。マジで。

 …、本当につらい。心なしか、若干視界がぼやけている気すらする。


「あららぁ〜。泣いちゃったよぉ〜。どうするのぉ〜、椿?」

「…、関係ない」

「ふ〜ん。拗ねちゃってぇ〜」


 どうやら本当に泣いてしまっているらしい。そう考えると結構恥ずかしい気がする。だって、人前だし。

 俺はハンカチを取り出して、目元を拭った。

 おっけー。視界もはっきりした。これで問題ないだろう。


「さ、行こうかなー」

「…、」

「あはは〜。かわいいなぁ〜。葵ちゃんはぁ〜」


 ハッとして周りを見ると、俺たちと同じ、登校途中の学生たちがこちら、正確には俺に視線を向けていた。…、きっと軽く泣いていたのが見られていたのだろう。

 自身の顔に血が昇るのを実感する。本当に恥ずかしい。

 ちらりと横を見ると思いつめた感じの椿と相変わらず気楽そうな彩が歩いていた。

 椿はともかく彩、貴様、人ごとであると思って調子に乗っておるな…!!

 この借りは昼休みに返すことにしよう。グフフ。


 そんなこんなで俺たちは学校に到着した。










 キーンコーンカーンコーン、と。

 四限の終わり、昼休みの始まりを示すチャイムが学校に響いた。


「んっんんぅ」

 

 軽く欠伸をして、俺は席を立つ。周囲は既に、仲のいいもの同士で固まっており、割り込みでもしない限り俺の居場所はないだろう。

 まあ、そんなことは今日はどうでもいい。


「葵、今日は一緒に食べないのか」

「ああ、杉本、ちょっと用事があってな」

「それなら仕方ないな。分かったよ」


 遠くからそんな声が掛けられた。

 声の主の名前は杉本健太、何やかんやよく駄弁っている、中学からの腐れ縁だ。

 杉本はその雑に揃えられた黒髪を揺らしながら、こちらに手を振って見送ってくれた。やはり持つべきものは妹と友だ。断じて、妖精などではない。決してだ。


 俺の目的地は椿の教室。彩に朝の屈辱の借りを返しに行くのだ。俺は案外、根に持つと言う事実を奴に思い知らせてやる。

 …、どこからか子どもらしいなんて言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。うん、絶対そうだ。

 俺は弁当を持ち自分の教室から出発した。

 ヅカヅカと、若干怒ってる風に廊下を行進する。周りから奇異の目線で見られているかもしれないが、これは必要な演出だ。

 入ってきた俺に彩が恐怖し、その勢いで報復を実行する。そう、これはヤツの手玉に取られないための計算され尽くした作戦なのだ。


 そして、俺は奴の教室に到着した。

 さあ、復讐劇の始まりだ。


「彩!!」


 パシャり、と。

 扉を豪快に開けて、標的を見据える。標的、彩は今日も呑気そうに椿とご飯を食べていた。

 グフフ、今すぐにでも、その余裕、無くしてみせるぞ!


 標的を精一杯睨みつけながら。迫っていく。

 そして、眼前にまで迫り、チェックメイトの言葉を告げる。


「弁当を寄越せ!!」


 直後、教室中に笑い声が響き渡った。

 …、何故や。




「ハフハフ、おいひい」

「そう、良かったわぁ〜」

「…、眼福」


 俺はひとしきり笑われた後、無事、俺は当初の目的、彩からの弁当の具材の奪取に成功した。

 彩が笑いながら是非とも、と言った様子で渡されたのが気がかりだが、今は眼前のご飯を食べるので一杯一杯だ。そのことを尋ねるとしても後でいいだろう。


 それにしても、本当に美味しい。

 現在俺が食べているのは唐揚げだ。彩がくれた唐揚げは外はパリッと、中はジュワーといった感じで極めて俺の理想的な唐揚げ像に近しいものだ。

 唐揚げ一つ頬張っただけでも、彩の弁当が両親の愛情が込められて作られていることが察せられた。


「…、お兄ちゃん、私が作ったお弁当も食べてよ」

「ああ、すまない。彩のがうまくてつい」

「ふふ、嬉しいわぁ〜」

「…、」

「、ありがたく頂きます。親愛なる椿様」

「…、宜しい」


 いやあ、嫉妬は辛いですわあ。でもそんな妹も俺は愛してるぜっ!

 …自分で言ってて悲しくなったので、弁当の話に戻そう。

 俺の弁当は両親が不在であるの料理ができない俺の代わりに、妹に作ってもらっている。当然というか必然のことだが超美味しい。

 いかなる料理も妹のものの前では紙屑同然なのだ。異論は認める。


 今日のはサラダが入っていた。シャキシャキと、キャベツ特有の瑞々しい歯ごたえが心地よい味わいを醸し出している。

 妹のものは基本的に健康志向のものが多い。キャベツや大豆など、ほとんどが野菜だけで構成された非常にヘルシーなお弁当だ。しかもそれでいて毎日違うレパートリーで構成されているので誇張抜きで飽きたことはない。さすが妹。略して、さすいもだ。


「いつものことだがすごい美味しいぞ、椿。ハフハフ」

「…、ありがとう」

「おぉ〜。照れてらっしゃるねぇ〜」

「煩いわ、彩」

「ごめんごめんて」


 うむ、椿も満足してくれたようだ。良かった良かった。

 椿と彩との談笑で昼休みはあっという間に過ぎていくこととなった。










 夕日に照らせれた大地を俺は上から見下ろしていた。

 現在いるのはとある廃ビルの屋上。一週間前からの俺の日課である魔獣退治だ。椿には既にコンビニに出かけると言ってある。かといって、怪しまれないためにも手短に終わらせたいところだが。

 俺は空中であぐらをかいているフランマに確認のため、声をかけた。


「フランマ、ここに出るんだな?」

『ああ、間違いないよ。淀んだ気配がする』


 フランマは基本的に索敵の役割を負ってくれている。精霊であるフランマは魔獣を察知する第六感的なものがあるらしい。数少ないヤツの長所だ。

 

 魔獣は基本的に夕方から真夜中にかけて活動している。フランマ曰く、陽の当たる場所をあまり好まないかららしい。吸血鬼のようなものなのだろうか。

 また、魔獣、特に小型のものは5匹から10匹で群れて行動している。一週間の俺のように一匹で襲われるというのはフランマに言わせると非常に珍しいらしい。

 今現在の俺の魔法少女としての戦法はフランマで大体の隠れている位置を特定し、俺が実行役として、まとめて叩く、といった感じだ。

 今のところその作戦で全戦全勝。まあ、敗北が即、死に繋がるので勝たなければ困るのだが。


『来るよ、アオイ』

「分かってる」


 太陽が完全に地平線に沈む。

 直後、廃ビルに獣の声が響き始める。その声はいつかと同じ悦びに満ちた叫び。

 叫び声が近い。時間がないな。さっさと定型文(コード)を詠唱することにしよう。


「変身」


 そう言うが刹那、俺の身体に光が包まれ、見慣れた魔法少女の衣装へと早変わりする。

 杖を右手に持ち後ろを振り向くと、既に三匹の獣が最上階まで上がってきていた。犬のような姿をした獣たちは赤い瞳を己の欲望で滾らせながらただ一点、俺を見据えている。

 だが、こちらも悠長に奴らの食事を待つつもりはない。

 杖を獣に向け、詠唱を開始する


魔弾装填(チャージ・バレット)五門(ファイブス)


 直後、俺の周囲に五つの蒼色の弾が出現する。

 それは周囲を高熱で焦がし、空間にすら揺らぎを与えている。さながらそれは小さな太陽だ。地上の生物にとっての畏怖の象徴。

 獣も心なしか何歩かあとざすりしているように見えた。


「ギア”ア”ア”」


 だが、その程度のもので獣は引きはしない。

 己を鼓舞するように醜い叫びを上げて、こちらを食らわんと一斉に疾駆し始める。

 だが、全てが遅過ぎた。


射出(ファイヤ)三門(サード)!!」


 浮かんだ小さな太陽。その内の三つが弾かれたように獣へと迫る。

 既に勢いがつき始めた獣たちはもう、それに対応することは不可能だ。


「ギギ、ガァ”ァ”」


 己の死期を悟った獣たちの嘆くような、呪うような断末魔。

 それを最後に獣たちは魔弾を受け、木っ端微塵に爆散した。

 残るのは獣の血で汚れた屋上の床のみだ。

  

「ふう」


 軽く息をつく。

 獣の声はもう聞こえない。どうやら今回はこれで終わりのようだ。


「帰ろう———」




『アオイ、気を付けて!!来る!!!』


 フランマの声と、下の階の窓が割れる音はほぼ同時だった。

 窓の割れる音に続いて、勢いよく駆け上がる音が聞こえる。おそらく振り返る暇はない。その前に喉を割かれてしまうだろう。

 だとするならば、俺の取れる選択肢は一つだけ。

 …どうやら保険が役に立ちそうだ。


射出(ファイヤ)二門(セカンド)


 振り返ると同時に、側に侍らしておいた魔弾を背後に弾く。狙いは大雑把で()()()()

 そして、視界に映るのは上空に飛び上がった3匹の獣。弾かれた魔弾により一匹は胴の右半分を抉られてはいるが、残り2匹に目ぼしい傷は見受けられない。どうやら躱されてしまったらしい。


「ギギギィイ”」


 先の二つの魔弾を奥の手と思ったのか獣がこちらを嘲笑いながら見下ろす。

 恐らくはこのまま頭上から俺を踏み潰すつもりなのだろう。俺はちみっこいしそんなことをされてしまえば一溜まりもないだろう。

 …なんか腹が立ってきたし、全力で()()()()()


魔砲装填(チャージ・キャノン)持続放出(ホールド・リリース)!!」


 蒼い閃光が夜空を照らす。さながらソレは夜空に走る一筋の亀裂のようだ。

 斜めに放たれたソレは、獣たちの反応を待たずして大きく薙ぎ払わられた。


「ギ———」


 雄叫びすら満足に発せずに、獣たちは極光に呑まれていった。

 空にはもう何も残っていない。放たれた魔砲は標的のみを完全に滅し、その役目を終えている。

 今度こそ、今日の魔獣退治は終わりを迎えた。


「ふう今度こそ終了だな」

『うん。そうだね気配はもう完全にないよ』


 フランマの言葉を聞いて俺は変身を解く。ゴスロリ服が散るように消え、元どおりの地味めの私服に戻る。


『そういえば、アオイはどうして、魔獣退治を承諾してくれたんだい』

「どうしたんだ?急に」

『いや、ね。ちょっと疑問に思ってさ。

 キミと契約した後、一応ボクは断ってもいいと言ったじゃないか。普通のニンゲンなら殺し合いなんて忌避するからね。

 けれどキミは承諾した。しかも即答だった。そこらへんがちょっと疑問だったんだよ』

「あー。まあだな」


 そう、一週間前俺がフランマと契約した後、フランマは本当に魔獣退治をするかと俺に問うた。

 まあ、俺はそれに即答で承諾したわけだが。

 そこらへんがフランマにとっては結構疑問だったらしい。

 金色の瞳がこちらをじっと見つめている。

 

 何かと思えばそんなことか。

 それはごく単純な理由だ。


「オレが断るってことはつまりこれから魔獣に襲われる人を見殺しにし続けるってことだろ。それはなんか気持ちが悪くてさ。まあ、そんな理由だよ。納得してくれたか?」

『まあ…、なんというか、キミ。お人好しなんだね』

「おい、わざわざいうな」


 この駄猫め。結構俺も気にしているというのに。


「とにかく帰るぞ」

『そうだね、ごめん。つまらない話で足を引き止めちゃったね』

「別に、構わないさ」


 俺とフランマはともに自宅へと歩き始めた。

 さて、今日の夕ご飯は何なのだろうか。楽しみで仕方ないな。






 誰もいない廃ビル。先ほど葵と獣たちが戦闘をしていたそこにはもう誰も残ってはいない。

 屋上にはわずかな染みが残るのみ。赤黒いの染みは元がなんなのかすら判別できないほどになってしまっている。

 

 唐突に、赤い染みの中心で何かが光る。

 ソレはしばらく明滅を繰り返し、やがてかすかな輝きを維持し始めた。

 ソレの正体は眼球だ。かつて、爛々と輝いていたソレは今や見る影もなく、かすかに輝くことで精一杯のようだった。

 

 赤い眼球は空を見上げる。

 否、見ているだけではない。ギョロギョロと、空を舐め回すように観察しているのだ。

 奇しくもソレの観察の範囲は丁度、葵が魔砲でなぎ払った範囲と符合していた。


 瞳はただただ、観察を続ける。


 証明は、もうすぐ成されるだろう。

どうでしたか?

葵ちゃんの可愛さが伝わったなら作者は満足です。


感想、評価等くださると作者はすごい嬉しいです。


ではでは

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