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猫捨て奇憚  作者: 九丸(ひさまる)
4/5

望んだことなのですよ

 私は夜の影が濃くなり始めたバス停に一人佇んでいた。


 ちょうどあの日のように、わずかな風すらなくなり、辺りが虚ろげに変わる。そして、時折獣のような低く唸る声が聞こえてきた。


「バスはまだ来ませんね」


 あの時と同じだった。


 私はゆっくりと振り向くと、あの時の女が立っていた。何も変わらぬ幽玄な雰囲気を纏って。


「何となく会える気がしていました」


 私は力なく女に言った。


「あら、嬉しいですわ。私もそろそろかと思っておりましたから」


 女の言葉が、また染み込んでくる。


 私は女に、前以上に生き難くなりましたと伝えた。猫を捨てて、生まれ変わったと思っていたが、前よりも生き難くなったと。


 女は私の話を笑みを浮かべて聞いているようだった。どこか楽しげですらあるような。


 私は尋ねた。


「猫が帰ってくると言っていましたが、帰って来たら元に戻れるのでしょうか? こんなことなら捨てなければ良かった」


 女は今度はハッキリとフフっと笑い、私に言った。


「もう帰って来てますよ。ほら、聞こえませんか? 鳴き声が」


 低い唸り声がまた聞こえる。さっきより近くに。


「さあ、後ろを見てください。立派になって帰ってきたあの子を見てやってくださいな」


 私は振り返った。

そこには、眼光鋭く、舌舐めずりをする、大きな虎の姿があった。動物園の冊越しに見るようなものではなく、同じ虎とは思えないような狂暴さをはらんだ。そう。剥き出しの野生がそこに。


 私は、ひっ! と悲鳴あげて尻をついた。虎がゆっくりと近づいてくる。一歩踏み出す足の大きさに、私は恐怖を覚える。


「どうぞ撫でてやってくださいな。貴方のために立派になって帰ってきたこの子を」


「な、な、何で虎が!? 猫ではないのですか!?」


「前に話しましたよね。貴方の心持ちで如何様にも変わると。 まさか私も虎になるとは思いませんでしたけど」


「私は虎など求めてません!」


「いいえ。貴方が望んだことなのですよ」


「嘘だ! 私は望んでなんかいない!」


 女は憐れむように私を見て言った。


「かわいそうに。望んで得た結果が、余りにも大き過ぎて受け入れられないのですね。貴方は最初、以前よりも生き易くなったと感じたはずです。そして何でも言える、遠慮することのない自分に酔いしれたことでしょう。でも周りが離れていき、生き難さを感じた。前以上に。でも、それは当たり前なのですよ。虎は王なのですから。そして王とは力を得る代わりに孤立するのが世の常。なんら不思議なことはないのですよ。もう一度言いますね。貴方が望んだことなのですよ」


 女の語る声が言葉が私を埋めていく。


 そうか。私が望んだことだったのか……。


 私は、獣臭い息を吐く虎を見た。良く見れば気品すら漂うその姿に気づく。艶やかな毛並みに、王たるに相応しい体躯。これが私の内に潜む虎。


 私は立ち上がり、女を見て言った。


「私にはこの虎を飼い慣らすことは出来ません。お願いです。猫を返してください」


 女は溜息をつき、私に言う。


「そうですか。それは残念ですわね。もうちょっと飼ってみればとは思いますが。では、また捨ててくださいな」


 私は虎に近づき、そっと頭に手を置いた。


「すまない。私には飼うことが出来ないんだ。さあ、何処にでも行きなさい」


「ガルルゥ」


 一吠えして、虎は優美に暗闇へと走り去っていった。


「さて、今度は何が帰ってくることやら」


 女の方を見て答えようとしたが、そこにはもう姿はなかった。


 虚ろな時間は終わりを告げた。




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