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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

薬草採取も命がけ

【序・ボヘナ共和国です】

北方にそびえるツリガネ山脈の向こうに蛮族、魔族の居住地域を望む。

ボヘナ共和国におけるポピュラーな有事はこの蛮族、魔族の侵入となる、その有事に対しては軍隊が出動するが、これは常備軍ではない。


だから辺境の警戒というのは有るようで無い。


常備軍が全く無いわけでもないわけでもないが、辺境全域を監視するには数が足りない。

ボヘナは国民皆兵で軍を賄っている、それ故兵隊を多くすると国内の産業が疲弊する、国を富ます為には軍隊を充実させるより産業を振興する方が良いというのは単純な計算といえる。



結果として辺境警備は猟師や木こりが行う、胡乱な者を発見しそれを役所に通報するのだ。

山で柴刈りするのも割と命がけということである。



この物語はそんなボヘナ共和国の北方の街、イハットからはじまる。

薬草採取の業者とその護衛隊が山に入る。



【1・薬草採集のお仕事】

イハットは南に内海を臨み、北にツリガネ山脈が控えるボヘナ共和国の北方の街だ。蛮族の侵入などの異変に備える都合上傭兵組合の規模は大きい。

軍隊の駐屯ができないボヘナ共和国の苦肉の策といえる。


今回は異変があったわけではなく、普通に危険な山岳の薬草採集に普通の傭兵を雇って護衛とした。


目的が戦闘ではないし危険といっても具体的に魔物が予定されているわけでもない。出るかもしれない、という程度だ。

この場合傭兵ではなく、冒険者という呼称の方がふさわしいだろう。


傭兵と冒険者の違いは結構あいまいだ。

戦争に駆り出されるのは傭兵、冒険に向かうのが冒険者だろう。兼ねている者も結構いる。


だからイハット傭兵組合は同時に冒険者組合でもある。



「薬草は高度な回復を行う回復薬の原料であり、高価なものだけど採取に護衛を雇っても元が取れるのだから価格が高くなるのも頷けるというものです。」

療養系魔術と体術の心得のあるキュは呟いた。

長めの手足がすらりと伸びた長身の女性、整った顔立ちと得手の杖、短めの赤髪に目が行く。


初めての依頼で緊張しているのが見て取れるが、口調は平静だ。



「隊長が言ってたけど、結構叩かれたらしいわよ護衛料」

攻撃魔術がに心得のあるウィは訳知り顔で返す。


キュに比べると小柄な体系で大きめのローブにいかにも魔法使いという帽子に黒い長髪を隠している。

「新人の女が2人もいるからかな」魔術書を抱えて悪戯っぽく笑っている。


キュとウィは新人冒険者だ。


最近冒険者組合に登録したが、この二人は傭兵の方では登録していない。

冒険には行きたいが、戦争には行きたくないという事になる。



「今って平和だから冒険者余ってるんじゃなかったの?」

なんで護衛隊に新人が二人もいるのかという事にとうの新人が疑問に思っていた。

魔法使いのウィは帽子を取り長いの黒髪を手入れしている。



「北では、ですね。南の方で魔物が出たらしくてラムレーヌと共同で傭兵軍が先遣隊として行ってるらしいです」

今度の訳知り顔はキュだ、もっともこの娘はウィに比べると表情が乏しい。


ラムネールは南東にある都市国家群で、ボヘナ共和国とは現在同盟関係にある。



今回の薬草採集の護衛隊隊長、チョーカは探索系スキルに長けている男性冒険者、ベテランというには少し若い感じで中堅冒険者という所だろう。

2人は昨日仕事を探している所をチョーカにスカウトされた。



他に戦士が一人これも男、クーランダという名の剣士だという。

チョーカと親しく話している、同じく中堅冒険者という風情ではある、以前からの知り合いに見える。



「君たち今回初めての依頼なんだって?」クーランダが話しかけてきた。

「はい、そうなんです」とウィが笑顔で答える。

「よろしくお願いします」キュも答える、初対面で冗談を言うようなキャラではない。


「運がいいと思うよ、初仕事がこんな簡単な依頼でさ」爽やかな剣士という風情を演出している。

「楽しんで行こう」とクーランダは笑顔、多分新人の肩の力を抜きたいのだろう、いい先輩に思える。



護衛隊は4人、新人が2人もいては万一魔物の群れに襲われたら逃げるしかないだろう。

だが森深い山奥といえ秘境に行くわけでなく、危険性は少ないといえる。見方にもよるが、護衛隊として問題なく思える。目的は採取の無事であり、魔物殲滅ではないのだから。



薬草採取の業者は2人、この業者も始めてというわけでもないので薬草知識、山岳系の探索は出来るのだろう。

新人の2人より向こうの方が冒険者のようだ。


キュもウィも初めての依頼でリラックスという分にはいかない、しかし難易度の低そうな依頼で良かった経験は焦らず積んでいけばいいキュはそう思っていた。



「あんまり簡単だとあれだから、小鬼の数匹も出てきてくれれば私の魔法を実践で試せて嬉しいのだけれど・・・」とウィ、悪戯っぽいというより小悪魔的な表情でうそぶく。

キュはその言葉に若干の引っ掛かりを感じたが、初仕事の緊張だろうと思った。



その引っ掛かりは正しかったかもしれない。

三日後の山中でこの薬草採取のチームは崩壊した。



【2・初依頼は失敗しました】

薬草は魔性の濃い所に生える、町中の魔物のいない原っぱには決して生えない。

このツリガネ山脈は適当に魔物が出没するから割とよく生えるのだ、そして沢山茂るのはもちろん魔物のいる奥の方だ。


今回は薬草の群生地を見つけるのに三日かかった。

首尾よく群生地をみつけ採集に精を出している時、突然風下から襲ってきた数匹の小鬼に隊長が襲われた。

昏倒した隊長に驚いてる隙に剣士が別の小鬼に襲われた、棍棒のようなものに殴打された戦士の首があらぬ方向に曲がっていた。


この一瞬を薬草採取をしていたキュは見逃した。


気が付いたのは業者の人の悲鳴のおかげだ、剣士が今まさに地面に崩れるのと同時に隊長を襲った小鬼が薬草採取業者に躍りかかっていた。


晴天の霹靂という言葉がある、あり得ない事とは常に起こる可能性を秘めている、人の感知能力は欠陥だらけなのだから。


キュの性格や能力というより経験の少なさが事態の把握を遅らせた。混乱した。


「ヒッ」と背後でも声。

キュが振り向くとウィが固まっていた、魔法で攻撃するか、逃げるか、悲鳴を上げるか理性も感情も混線している表情だ。


混乱という事ではキュも大差なかったが、ウィのこの顔のおかげで正気に戻った。

「逃げるわよ!」


ウィを突き飛ばすように抱え、一目散に走った。逃げた。


多分、経験の圧倒的にないこの状況で多分もっとも賢明な判断をしたと思う。

・・・と後になって何度も自分に言い聞かせる事がままあるのは、この時依頼主と仲間を見捨てて逃げたという後悔だろう。


決して楽しい思い出にはなり得ない。


キュとウィは手をつなぎ、命からがら、方角もわからず、時間もわからない状況に陥った。

ただ懸命に逃げた。


夜になり、月の明かりで浮かび上がった木々の影が怪物に見え、風の音も怪物のうなりに聞こえた。


明るくなり、ある泉についたときにはキュもウィも膝をつき動けなくなっていた。

深い森であることは変わらないが、もう何もかもよくわからない。



何者かが近づいてきて何事かしゃべっているがよくわからなかった。

小鬼が追いかけて、という事も思いつかない。


キュは朦朧とした感覚の中、不自然なくらい明瞭に思った。

「気を失うって、いい、気持ち・・・」


キュの端正な顔立ちが泉の淵の泥に沈む、ウィも布きれの様に力なく倒れている。

心地よい混濁というのは神の慈悲の様に思えるものだ。




【3・美味しいお汁です】

目を覚ますと、そこは山小屋だった。

「ア、オメサ、キツイタカネ」謎の声がした、意味は分からない。


暗いが見える、横から光、焚火?

さして広くもないが、横になって暖を取れる空間。

木が燃える匂い、パチパチという音、埃っぽい空気。


いや命、意識がある。


意識が戻るという体験を今キュはしていた。

ウィも居る、なんと先に目を覚ましてこちらを見ている。


「キュ!良かったぁ」


抱きついてきた、あれこの娘、こんなに仲良かったっけ?

あの瞬間ほどではないがキュは混乱して黙っている。


キュは混乱すると静かになる系統の人間だ。


「・・ウィも、無事、なのね良かったわ・・」

意識はまだ覚醒しきっていないが、抱きついてきたウィの無事を確かめるように背中をかるく叩いた。

この小屋の主と思われる人間、どうやら若い男の方を見た。


「イカタイカタ、アンズメシデモケ」

また謎の声、何をいってるのかわからない。


「”良かった良かった、まずは飯でも喰え”と言ってるのよ」

涙目のウィが笑いながら翻訳してくれた。


なるほど、北方ボヘナの方言だ。きついけど。


「・・・いただきます」

いわゆる山賊鍋だ、キノコや山菜、肉は多分猪だろう塩味も効いている

正直こんなに美味しい汁物は初めて食べた。


空腹と疲労によるものだろう。


たべて、落ち着いたところでやっとお礼を言えた

「助け、て、いただき・・・ありがと、うござ、い、ました」

そしてまた気を失った。


「アリャ、ヨッドダナ、コラ」

気絶というより強烈な眠気のような意識のなか、謎の声の意味は理解できなかった

自分の不甲斐なさと、ウィの意外な体力に思考を巡らすうちに眠りに落ちた。



次の日の朝、 パーティ崩壊後多分3日程度


食事をして横になって眠り、朝を迎える。

これがこんなに幸せな事とは思わなかった、そこがせまっくるしく埃っぽい山小屋でも。

キュは幸せとは不幸があってこそなんだと何やら哲学的な思索をめぐらしつつ目をさました。


山小屋の主は甲斐甲斐しく朝食を容易してくれている。


「ねぇ、これからどうする?」

共に食事をしたウィがとてももっともな疑問を投げかけてきた。

キュも途方にくれている。


何しろ依頼に失敗しただけでなく、パーティ仲間と依頼主まで失って逃げ出したのだ。

命あっての物種、とはいえ面目は丸つぶれだ。


気分はすっかり現実に引き戻された。


「私たちイハットの組合に帰れるのでしょうか」

キュの素朴な疑問である、なにしろ依頼を失敗させて雇い主も仲間も失ったのだ。

超が付くほど気まずい。


表情の乏しい娘だが、憂いの影が隠せない。


「帰りずらいわね、でも依頼失敗なんてよくある事だし・・・」

表情豊富なウィは渾身のガッカリ顔で返してきた、普段威勢のいい彼女もさすがに言葉の歯切れが悪い。



「オメサラ、ナンコマットト」山小屋の主だ。相変わらずキュには意味不明な言葉だ。


「困ってるわよ、困ってなかったら行き倒れなんかしないわ」

ウィは会話出来てる、キュは素直に感心している。



山小屋の主の名前はピラル、この辺の農家の息子であるという。若いと思っていたが、最近成人したばかりの次男坊と言っている。

家は兄が継ぐので居場所がないらしく、自ら世捨て人になっている状態らしい。普段はこの山小屋で寝起きして猟師まがいの暮らしをしているとの事だ。



行き倒れている所を助け、食事と寝床の世話をした。立派な恩人である。状況の説明を求めるのも自然だ。


すでにウィも大筋の説明をしているが、キュも交えイハットの街を出た所から薬草採取の失敗、小鬼に襲われた状況、命からがら逃げだした事、全てを話した。


初対面と言っていいキュとウィにもピラルが上機嫌で目を輝かせているのがわかる。ピラルからすると今の状況は胸躍るドラマの予兆、というより真っただ中だ。



幸いなことにキュもピラルの方言に慣れてきた。



「大分わがった、そりゃ帰りにぐいな。」とピラル。

「でしょう、あなたにはホント助けられてありがとうなんだけど・・・」とウィ

「どうしましょうねえ」キュはもう馴れ馴れしくさえあるウィに驚きさえ感じつつ同調している。



「ンジャ・ソン・コーニドンノ・クンモッテケンベ」

意外な提案だったので、意味を当てはめるのにキュは若干の時間を要した。

「んじゃ、その小鬼どもの首持って帰んべ」



【4・再びあの森へ】

「・・・何言ってるの?」ウィは怪訝な顔の標本みたいな顔をして返した。

「んだからぶったおすべ、小鬼」対してピラルは満面の笑みである。



ピラルは地面に簡単な地図を描いてこの場所を説明してくれた

「ここは薬草取ったあたりからそうは離れてないのね」とウィは地図を見て呟いた。

今ウィは帽子をかぶっておらず、長い黒髪を手で押さえている。



「こっただ所に小鬼どもが出たんだべか、たまんねぇなぁ」とピラル

猟師にとっても困った問題だろう、魔物は野生生物と違い恣意的に人を襲うのだから。



正直な所、無理とかどうかの理屈の話ではなく怖かった。

初めての冒険で、先輩冒険者が殺され、逃げ出したのだ、普通にトラウマである。


キュもウィもそんな自己分析ができる娘であった。


そんな2人をよそにピラルは小鬼狩猟論を展開する。現地まで行く方法、過去村に現れた小鬼たちの駆除談、ピラルの狩猟自慢も含まれている。

組合で冒険者や傭兵に聞いた剣や魔法で倒すとかではなく罠にかける、寝込みを襲うなど猟師的であり合理的だ。


キュやウィにとって新鮮な角度の知識だった。


2人は出来ればあの場所に戻りたくない、と感じているけれど反論の言葉にも力がなかった。


理屈はピラルの方が正しい。やり返して一撃与えた方が冒険者の面目もたつし、自分たちのトラウマも早いうちに対処した方がいい。理屈では。


2人の新人冒険者は感情と理性の狭間で色々と歯切れが悪い。


対してピラルはその天真爛漫な発案を押し通した。

「やっちまったこたぁ戻らねぇが、首持って帰ぇればまぁごもかせんべ」


そして二人はこの田舎者に押し切られてしまった。



ピラルは男子としては小柄だろう、女子として大柄なキュより少し小さい、ウィよりは大きいが。

まず襲われた場所をしつこく聞いてきた、過去に土地勘のある場所らしい。


「姉さん方はゆっくりと体休めててけれ」

と、村の実家へ行ってきたといって大荷物をもってきたり何やら小屋の奥でごそごそ荷物をあさってたりしている。


ウィが逃避行の際に怪我をしていることに気が付いたキュは療養術をかけて治療した。

まだ新米であまりうまくないが自然回復を向上させる程度の効果はある。


上位の療養術だと切断された手が繋がったりする場合もあるが、その領域へはまだまだだ。

変な療術を行い健康な個所を悪くする、という事をしないのが新人療術士という所だろう、効果は二の次だ。



ウィの炎魔術も見せてもらった、魔術書を抱え、集中からの解放という感じで一条の炎が十歩ほど先の的を射貫く。

犬や猫なら十分に撃退できそうだが、殺気立つ小鬼に対してはどうだろう。


これも上位の魔法なら森を焼き尽くすほどの威力に達するらしい。

「威力より使い方よ」と強がりなのかどうかわからない笑顔を見せるウィ。



ピラルは三日かけ準備万端整え、その間にウィとキュも体調を十分戻した。



「んじゃ、行くべ」と元気よくピラル、主武器は斧らしい、鎧と思われるのは毛皮、罠にかけて倒した熊だそうだ。


斧、鉈、弓も使えるらしい荷物には入っている、食料は小屋の保存食含めキュとウィが持たされた。それを差し引いてもピラルの荷物は多い。



「何が入ってるのですか?」

キュが年下と思われるが、命の恩人のピラルに敬語で問いかける。

もう十八番と言っていい満面の笑みで返してきた。

「小鬼倒すんだべぇ、これっくれぇいるよ」超、楽しそうだ。その表情にキュはなんとなく言葉を失った。



「場所はぁ大体わかる、あの辺に小鬼がいては村ん者も困んだぁ、ついでにちょどいい」

「二、三頭つぶせば大人しくなっだろう。その首持って帰れば、冒険者のねぇちゃんもかっこつくべ?」

ピラルは道々上機嫌で饒舌だった。


「あんた腕はたつの、腕利きの冒険者を殺すような奴らよ?」

ウィは道々重要な質問をした、確かに気になる所だ。


「姉さん方、狩りの経験とか無いべ、腕っぷしで獣狩るバカはいねぇよ」

つまり腕は立たないと、でも心配いらないとそういう事らしい。



小屋を出て丸一日という所だろう、土地勘を得て、適切な休息と食事をとり計画的に動けば

地獄のような逃避行を行った道々もハイキングコースのような容易さだった。



多少の寄り道、準備を経て、朝と言って頃に因縁の場所についた。もとい、因縁の場所へ向かう最後の休憩場所だ。ここに荷物をおいてそこへ向かう。

イハットの街をでてから10日目、パーティが崩壊してから7日目の事だ。




【5・兵は詭道です】

「ウィさ、キュさ、マンズここで休んでてけれ」

ピラルは荷物を降ろし、なにやらごそごそ準備を始めた。



「イガ、ワサヤラノヨウスバミテクンデ、マテッテケ」

ピラルも興奮しているのか方言が酷い、ウィにも最後の所

「待っていてくれ」しかわからなかったらしい。


付近の泥や葉を体中につけだした、においを消しているのだそうだ。

「じゃ」と声を残して森に消えて行った。


もう二人にもどこにいるかわからない。


ピラルがいなくなるとキュは途端にあの時の事を思い出した。

ウィがキュの手を握ってきた、同じ思いだろう。


嫌な汗をかきながらもこれは己の恐れであると言い聞かせる

ここはあの場所のそばだが、見晴らしのいい場所。


不意さえ突かれなければ小鬼など恐れるに足りない、そう自分に言い聞かせた。

ピラルはあれで不意を突かれないのだろうか・・・。


「ちょとあいつのペースになり過ぎてるわね、私たち」辺りを警戒しながら、少し忌々しそうにウィが呟いた。


「そうですね、ピラルは猟師、冒険者ではありません。頼り過ぎては危険ですし」

そう自らが考えないといけないのだ、常に、不測の事態を許してはいけない。・・・もう二度と。



キュの中で7日前のパーティ崩壊がどんどん大きくなっている。

新米冒険者なのだから、初めての依頼だったのだし・・・、自分の中で言い訳を並べてもどす黒い思いがまるで消えない、どうやら自分は思ってた以上にプライドが高いのかこれこそが人間なのか色々考える、迷路だ。



「だけどここはピラルのフィールドだわ」

ウィは自らに言い聞かせるかのように呟いた。キュも頷く。

「そうですね、勉強させてもらいましょう」何故だかキュは苦笑いだ。


昼と言っていい頃だろう。藪も動かさずにピラルが戻ってきた。


「心臓が止まるかと思いました」キュが帰ってきたピラルに文句を言う。


「ミッゲタ」悪戯好きな少年のような顔でピラルが言う。

「見つけたって言ってるわ」とウィが翻訳してくれる。



小鬼は洞窟、と思っていたら樹の上で暮らしているという。

「こん辺はおっきな洞窟もねぇしな」とピラル、一年もたてば倍の勢力になるだろう。小鬼が湧き始めている。

見てきた範囲では8頭ほどの小鬼が木の実や虫を食べていたという。


二三年も経てば小鬼の集落ができ、そうするとオークやオーガ等の魔物も寄り付き十年も経てば一勢力になる。

そうなると軍隊でも編成しないと対処できなくなる。数十年たった魔物の集落はもはや魔界である。



「まるっきり猿ね」ウィは忌々しそうにつぶやいた。

「猿はまぁ、そうそう人ば襲わんで」見た中に、人の武器防具を持っている奴も居たらしい

「ぶかぶかだったんどもな」と、ピラル。



多分隊長達の装備だろう、聞いただけで気分が黒くなってくる。


「そいつを殺しましょう」キュが静かに、伏目がちな表情で呟いた。

「そいつらの首と、隊長達の装備を持って街に帰りましょう」


「・・・そうね」ウィも同意した、目が座っている。



「んだば、弓がな」とピラル

「わぁが弓で射るんで、ねぇさんらが落ってきたとこ止めさしてけ」

身振り付きでピラルが提案してきた。どうも言葉の通りが悪いので、ピラルも工夫しているらしい。


「私が炎魔術で撃ち落とした方が良くない?」ウィが自分にも活躍させろいう


「森さ燃す気か」とピラル

「後あんだ、うっさ音すっと奴っらに気づかれる」


確かに派手なことするのは得策ではない。

「狩りというのは、実戦的なのですね、勉強になります」キュは素直に感心した。

「わかったわ、森を燃やすわけにもいかないわね」ウィもしぶしぶ納得した。



段取りが決まった。

1・ピラルが弓で目標を射る

2・落ちてきたところをキュがピラルから借りた斧で首を落とす。

3・一目散に逃げる。


細かな事をきめても実践が難しい、単純にしておく事を重視した。


ピラルに引きずられっぱなしでウィも気に入らなかったが、今回は冒険でなく森の狩り。農民の害獣退治の手伝いであると考える事にした。



狩るのは1頭。2頭目を探して敵に囲まれる・・・などという事は避けたい。

こちらは数が少ないのだ。


「ではピラルさん、お願いします」キュももう意を決した。

「ンダバ、わの後さそろりそろりとついて来てけれ」



行軍、というほどの規模ではないが3人は森を静かに進んだ。

キュも、ウィももう森歩き初心者の冒険者ではない。

熟練という言葉はまだかもしれないが、緊張と慎重の伝わる歩みをしている。



そして小鬼を見た。

ぶかぶかの鎧をつけ、体からすると大ぶりの剣を持っている。


ピラルは静かに指さした。二人も無言でうなずく、キュは斧を持つ手に汗がにじむのを感じた。


昼まだ日が高く、森は深いが日差しは入る明るくも暗くもない。

森はけして静かではない、小鳥が絶え間なくさえずり、小枝が風にそよぐ。


特に小鳥のさえずりは双方にとって警戒警報だ。

この音を止めてはいけない。


小鬼は昼寝ではないが緊張している雰囲気もない。


目標にも周りにも配慮し、ピラルは弓を引き絞る。距離は遠くない状況も悪くない。


”ひゅ!”風を巻いて放たれた矢の狙いは小鬼の兜に弾かれた。

「外れた?!」ウィとキュは思わずハモった、まだ新米冒険者だ。


「ゲリャア!」叫び声をあげたのは小鬼ではなくピラルだった。矢に驚いた小鬼めがけ鉈を投げたのだ。


こっちは当たった。


「グァ!」と声をあげ小鬼は落ちた、結果オーライだ。



キュは斧を持って走り込む。

鉈を受け枝から落ちた小鬼は即死とはいかなかったが身動きは出来ずにいた。



これから首を落とし装備をはぐ。完全にこちらが小鬼だ。



その時森の奥のほうで空気を割くような叫びが轟いた、小鬼の叫びだ。小鬼達へ連絡の為の叫び、バレたのだ。



「キュ、イッゲニゲッゾ」

「キュ!急いで逃げるわよ」

ピラルとウィが同時叫ぶ、意味が同じなのは理解した。


急を告げる事態が幸いしたのだろう、もぞもぞ動く小鬼の首を斧で落とした。

持ったのは首と剣だけだった。

鎧はあきらめた、胴がまだバタバタと動いているのだ。凄い生命力だ。



小鬼の叫びが轟いた方をみた、森全体揺れるようにざわついている

枝を渡るもの、地を走るものパッと見10数体の小鬼は集まってきている感じだ。



襲われたら終わり、自明すぎる理屈だ、キュは走った。



その時一条の炎の矢が小鬼の群れに放たれた。ウィだ、まだまだ威力は低いが足止め程度には・・・気休め程度にはなった。


「オメ、モリモヤッキカ!」ピラルがなにや苦情をウィに言っている。

「あんな程度じゃ火事になんないわよ!」とウィも返す。


キュ、ウィ、ピラルは合流した、今回は前回と違い逃げる場所がある。

幸いなことに前からくる奴はいなかった。


どうやら単純な走る速度は人間の方が早いらしい、すこしだけ余裕を持ってこの場所についた。


【6・決着します】

吊り橋のかかっている、川である。

ここは森深き山、川はいわゆる渓流だ流れが速い。

先にわたってこの橋を落とせば逃げ切り成功だ。


3人ともスルスル渡った、そして奴らがやってきた。

再びキュが持っている斧の出番だ。


小鬼の群れも橋に差し掛かった、さして長いわけでもない橋だ、猿の様に身軽な小鬼にとっては一瞬で渡れるだろう


「あははははははは!」ウィの高笑いが響き割り、気休め援護ファイヤー数発が炸裂する。

今度は足止めになった、狙いやすかったのだろう。


斧を振り上げながらキュは思っていた。

(この娘新米魔法使いの筈だけど、こんなに連発できるんだ。凄い)


二度三度斧を振るって橋は落ちた。


「ざまぁ!」ウィが拳を振り上げ叫ぶ、正直な娘だ。


3頭くらい橋と共に落ちただろうか、ウィの援護のおかげで橋に奴らを貯める事が出来た。

対岸に橋と共にへばりついてるやつもいる。


「お疲かさぁ、見事もんだっと」ピラルが相変わらず意味のわかりにくい事を言うがどうやら慰労してくれているらしい。

今回は何から何までピラルに助けられた、何かお礼しなくてはならないとキュは考えていた。



対岸では小鬼が騒いでいる。ここでぼんやりしてるわけにもいかない、この首と剣を持ち帰ろう。

ちなみにこの橋、ここに来る時に皆でかけたもので渡るのに苦労はするが地域の方に迷惑をかける心配はない。状況は上々だと言えるだろう。



荷物を持ち、森を後にした。



道々キュは考えていた。

組合に戻って依頼失敗を責められても自分を慰めれる程度の事は出来たと思う。

そもそも小鬼の群れがいる事を想定した依頼ではなかったのだ。今回の件を報告すれば小鬼討伐のチームが編成され駆除作戦が立案されるだろう。


このレベルなら組合で対応できるし、国から報奨金もでるはずだ。

そういう意味では貢献できているのではなかろうか、などとキュは現実的な計算を始めている自分がすこしいやらしく感じた。


そんな自己批判をごまかすと言訳でもないだろうがピラルに話しかけた。


「ピラル、お礼をしたいのだけど・・・」命を救ってもらい、小鬼への仕返しもほぼピラルのお陰だ、こんな恩に対して返すものがないと言いかけた所


「何を?」と驚いた顔を向けてきた。

「キュさん、こん楽しかったんはねぇ」


彼の言葉もだいぶわかるようになってきた、”こんな楽しいことは無かった”と言っているらしい。

もうお礼に標準語を叩き込んでやるのが良いかしらとキュは思った。


ウィが珍しいものを見たような顔でこちらを見ている

「キュの笑顔って可愛いわね」とウィも笑顔だ。


力が抜けるのを感じながら一行はイハットの街に向かう。

多分今後も色々あるだろう。


「薬草採取も命がけだったわね」ウィがもうこりごりという顔で笑っている。


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