優しい虐待
いつもより長いです。ごめんなさい。
椅子に座った僕の膝の前に、ちょこんと可愛らしくしゃがみ込んだ先輩は、とても楽しそうに手を動かしていた。
「ほらほら、どうなんですの。今どんな気分か言ってごらんなさい」
「あっ、あっ⋯⋯ああっ。す、凄いっ。お上手です、先輩」
「何がどう凄いの?」
「その絶妙な刺激が⋯⋯ああっ!そこです⋯⋯」
丁度良いところを刺激され、僕の脚がびくんと跳ねた。先輩は嬉しそうに微笑すると、執拗にその一点ばかりを集中して攻め始める。
ここ3年A組は、僕、「犬島 敬司」のご主人様である「西園寺 皇帝」先輩の教室である。したがって本来ならば、1年である僕ごときが入り込むべき場所ではない。それに加え、皇帝先輩のあの人気ぶりである。僕が先輩と2人で愉快な快楽遊戯をしている今、クラスの人間から憎しみの視線を向けられているのも当然のことだろう。
僕らの当初の予定通り、教室の中は不穏な空気で満たされ始めていた。皇帝先輩は周りからの視線にしめしめという表情をし、わざとやり過ぎなくらいの色っぽい声で僕を挑発する。
「あらあら。そんなにびくびく動いちゃって。ここが一番良いのかしら?身体は正直に反応するものね、うふ〜ん」
その時ガラガラと教室のドアが開き、三年の担任らしき教師が入ってくると、僕たちの状況とクラスの異様な雰囲気を見て、ぎょっとした表情になった。
「き、君たち何をしているんだ!」
皇帝先輩は優雅に立ち上がると、両手を綺麗に重ね、その教師に向かってうやうやしく礼をした。
「まあ先生、おはようございます。何をしているかって⋯⋯生物の先生なのに、見て分かりませんの?」
「い、いや、分かるけど⋯⋯!一年の生徒が三年の教室に来てまで、一体何をしているんだと聞いているんだ」
ああ、こいつ生物教師だったのか。その既視感のある顔を、頭の中で必死に思い返してみる。少し前に、僕と先輩が楽しく遊んでいた時に教室に入ってきた教師と、とてもよく似ている気がする。いや、おそらく同一人物なのだろう。何度も何度も、僕たちの邪魔をしないで頂きたい。
僕は、興奮で額に滲んだ汗をぬぐい、先輩に向き直った。
「まあ、まあ。良いじゃないですか。まだホームルームまで時間はありますし、もうちょっと続きしましょうよ先輩」
「ええ。そうですわね」
皇帝先輩はこちらに向き直ると、さっきのように僕の前にしゃがみ込んだ。そして右手に打腱器を持ち直し、手首のスナップを効かせながら、再び僕の膝をコツコツと叩き始めた。大腿四頭筋が収縮し、びくんと脚が跳ね上がる。これはいわゆる膝蓋腱反射とかいうやつだ。おそらく多くの人が小さい頃にやった経験があるだろう。膝を叩くと脚がびくっ、となるあれのことである。
しばらくして行為を中断した皇帝先輩が、僕の膝をさすりながら言った。
「それにしてもずいぶん反応が良いみたいですけれど⋯⋯まさか病気とかじゃありませんわよね」
「さあ。でも正常範囲内じゃないですか?」
「ふぅん⋯⋯それなら良いですけど。それにしたって、犬島さん。何より病気なのは、あなたの頭の方じゃないかしら。こんなものでいやらしい声を出すなんて。あなたの快楽の基準がガバガバすぎて、理解ができませんわ。尻穴がガバガバだからなの?」
純真無垢で名高い皇帝先輩の口から発せられた、驚くほど下品なお言葉に、教室がざわっ⋯⋯となった。うーん、先輩も頑張ってるなぁ。
「素敵なジョークも交えられるなんて、さすがですご主人様⋯⋯!それで思ったのですが、僕はもしかすると、マゾではないのかもしれないですね。別に痛くなくても気持ちがいいですし」
それはどうかしら、と皇帝先輩は首をひねった。
「多分ですけれど、犬島さんの場合は快楽を感じる幅がやたらと広いのかもしれませんわね。小さい刺激も大きい刺激も、全て一括りに『気持ちのいいもの』と捉えているとか。もちろん、性的に。どっちにしろ、マゾには違いないわ」
ざわっ⋯⋯。
「先輩がそうおっしゃるのなら、僕もそのような気がします」
僕は、体型に合っていない大きめのカーディガンの裾を引っ張りながら、ゆっくりと椅子から立ち上がり、皇帝先輩から少し離れた。先輩も立ち上がり、僕がついさっきまで座っていた彼女の椅子に、入れ替わりで腰掛けると、その細長い脚を組んだ。僕はその芸術品のような美脚に、うっとりと見とれてしまった。
「えへ、じゃあ僕は自分の教室に戻りますね。昼休みにまた会いたいです。昼食はご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんわよ。では、時間になったらすぐに走ってここにいらして。寄り道や遅刻は許しませんから。それでは御機嫌よう」
「必ず!ありがたき幸せ」
僕は最後にもう一度皇帝先輩に近づき、目の前に跪いた。先輩の手をとり、白くてしなやかなその手にキスをする。僕たちの周りで、悲鳴のような声がいくつもあがった。すると皇帝先輩は満足そうに笑い、「ほら。お行きなさい、犬」と、優しく言葉をかけてくださったのだった。
憎悪の念がこもった視線を一身に受けながら、僕は教室から出た。廊下に出て扉を閉めた瞬間、教室内からは、男子生徒達の絶叫に近い声が飛び交い始め、それは当然僕の耳にも届いてきた。
『ど、どういうことでござるか、皇帝様!』『ボクらの皇帝様が、ブサイクのハエに汚された!皇帝様が可哀想でござる!』『あんなやつ、皇帝様ファンクラブにいたでござるか?』『あの野郎、ふざけんなでござる!殺す!』
少しどきりとする。このような危険思想の変態達にあれやこれやと迫られている状況に、彼女の身の危険さを感じた。これからは、僕がなんとかお守りしなければ⋯⋯。
しかし。皇帝先輩は今何を考え、そして、彼らに何と答えるのだろう。まさかとは思うが、便乗して「あいつマジキモいですわ」などと言わないだろうか。それはそれである種の快感を得られるが⋯⋯。
しかし、僕がどれだけ耳を澄ましても、皇帝先輩の声は少しも聞こえてくることはなかった。
***
僕と皇帝先輩の関係というのは、少し複雑だったりする。学校の中では、2人はまるで恋人のようにいちゃいちゃしているが、実際には僕たちは恋人ではない。とある作戦のための、仮の『彼女役』と『彼氏役』なのである。
校内での皇帝先輩の評判というのは、かなり過激なファンクラブまで出来上がるほどに高く、彼女はそれに心底迷惑しているそうだ。それを解散させる作戦として、まず彼氏役の僕が皇帝先輩につきまとい⋯⋯皇帝先輩は隠してきたドSな本性で僕に接し⋯⋯あえてそれを周りに見せつけて幻滅させようという方法だ。
しかし僕は、作戦云々以前から皇帝先輩のことを、わりかしプラトニックに片思いしてしまっているのは事実である。
机の上の教材を、教師がまだ黒板に書き込んでいるうちに、全て片付けてしまう。4時間目終了まで、あと少し。母親に作ってもらった昼食をズボンのポケットにねじ込み、授業終了までの時間を頭の中で秒読みする。
10、9、8⋯⋯。
チャイムがなった瞬間、僕はダッシュで皇帝先輩のいる三年の教室に向かった。ああ、この時が待ち遠しかった。一刻も早く先輩に会いたい。話したい⋯⋯。
一階まで階段を駆け下り、三年の教室の手前にあるトイレに差し掛かった時だった。突然後ろから腕を引っ張られ、抵抗虚しくそのまま男子トイレの中に引きずり込まれた。
驚いて相手の顔を見る。僕の腕を掴んでいるのは、顔面にテカテカと脂がのった、ジューシーな男子生徒だった。あまりの肉厚っぷりに、なんとメガネが顔の肉に食い込んでいる。びっくりだ。痛くはないのだろうか⋯⋯(心配してもしょうがないのだが)。
そして脂先輩の後ろには、彼とは対照的なヒョロヒョロの取り巻きらしき男3名。つまり、計4名である。脂先輩のべたべたの手を振り払って、彼らに言った。
「どなたかは存じませんが、やめてください。僕に何か御用でしたら10秒以内でお願いします」
「調子乗んな!でござる⋯⋯。皇帝様が迷惑がっているから、近づくなでござる!」
「⋯⋯もしかして先輩のファンクラブの方ですか?先輩、迷惑がっているんですか?僕のこと」
「そうでござるよ。皇帝様はお前の顔も見たくないと言っているでござる。お前みたいな汚いハエは、近づく権利はないでござるよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
取り巻きたちが一斉に息巻く。皇帝先輩が僕のことを迷惑がっているだって?いや、そんなことはないはずだ。だって僕は、作戦のための重要な駒じゃないか。たとえ内心迷惑がっていたとしても、少なくとも役割を終えるまでは、彼女に捨てられることなど絶対にありえない⋯⋯ありえないはずだ⋯⋯。
「むむっ、聞いているでござるか?お前、一年だろ?ボクたちは三年なんだぞ。お前みたいな雑魚なんて、簡単にひねり潰せるでござるよ」
「そうですか。おめでとうございます。先輩に会いに行きたいので、そろそろ失礼しますね」
四人の先輩方に背を向け、トイレから出ようとした瞬間。脂先輩が僕の髪の毛を思いっきり引っ張った。
「あんっ、らめぇっ!髪抜けりゅ⋯⋯」
「き、気持ち悪い声出すんじゃねえでござる!まだ話は終わってないし、先輩に向かってその態度、許せんでござるよ」
そう怒りながら、脂先輩は僕の髪を執拗にぐいぐいと引っ張り続けるので、本当に、本当に不本意ながらも、いやらしい気分になってしまった。
「も、モブレは、やめてください。はあっ⋯⋯ち、ちょっと、本当に⋯⋯だめぇ⋯⋯」
「な、なんだこいつ、やべえでござる⋯⋯尚更皇帝様に会わせられないでござるよ。男のくせに変なリボンつけやがって、このカマ野郎!」
脂先輩は、僕が髪に結んでいる黒いリボンのついたヘアゴムを、力一杯引っ張って奪おうとしてきた。僕が先輩から頂いた、服従の証の、命より大切なリボンを!
慌てて脂先輩の手を振り払おうとしたが、僕の力では、到底脂先輩の腕力に勝てそうもなかった。結局ヘアゴムは奪われてしまい、絡まった何本かの髪が一緒に、ぶちぶちと抜け落ちた。
「あああっ嫌です!それだけは取らないでください!」
「デュフフ⋯⋯調子に乗ってる後輩に、優しいボク達が、弱肉強食の厳しさを教えてやっただけでござるよ。ありがたく思え」
脂先輩は、僕の頭上高くヘアゴムを掲げ、煽るようにひらひらと揺らした。精一杯手を伸ばして、さらにはジャンプまでして取ろうとしたが、脂先輩とは身長でもかなりの差があり、やはりどうやっても届かなかった。
「クソッ!返せデブ!」
「おお、怖い怖い。そんな態度じゃ、返す気にはならないでござるな。デュフッ、そんなに大事なおリボンちゃんでござったか?まあ、お前みたいなカマ野郎にはこういう変なリボンがお似合いでござるな。デュフフ」
「うう⋯⋯すみません。謝ります。ごめんなさい。お願いします。どうか、それだけは勘弁してください⋯⋯」
「だが断る!」
脂先輩とその取り巻き達は、どふふと面白そうに笑い、僕の顔に、唾やら痰やらを何度も吐きかけた。
「これに懲りたら、もう皇帝先輩に近づくなでござる」
と最後に言い残すと、リボンを持ったままトイレから出て行ってしまった。開いた扉の隙間から一瞬、さらに別の男子生徒が、様子を伺うようにこちらを覗いていたのが見えた。まさかずっと居たのか⋯⋯おそらく見張り役だろう。ご丁寧なことで!
奴らが出て行って、不気味なくらい静かになったトイレで、僕はしばらく呆然としていた。そうしてどれくらいの時間が経った頃だろうか。静寂を破る、昼休みの終了を告げる不愉快なチャイムの音が、校内に鳴り響いた。
♦︎
先輩に会うことが出来ないまま、5時間目の授業が始まってしまった。教師が黒板に向かっている最中に、机の下でメール作成画面を開く。宛先はもちろん西園寺皇帝先輩だ。
本文に謝罪の言葉を打ち込み、すぐさま送信した。しばらく待っても返信がなかったので、新しく文章を作り直してもう一通送る。
それから携帯電話を机の中に入れて返信を待ちつつ、残りの時間は授業を聞くふりをしながら、皇帝先輩に思いを馳せた。
長い長い5時間目が終了した瞬間、机の中から携帯電話を取り出して画面をひらいた。先輩からの返信を期待していたが、通知はゼロだ。
(きっと真面目に授業を受けていて、メールを見ていなかったに違いない⋯⋯休み時間なら流石に気づくだろう)
最初はそう軽く考えていたが、その希望もあっさりと打ち砕かれた。結局返信がないまま6時間目の授業が始まってしまったため、ついに変な汗が流れてくる。この時の僕の狼狽ぶりと言ったら、さぞかしみっともないものだったに違いない。
失敗した。こんなことなら、休み時間に直接会いに行けばよかった。
慌てて3通目のメールを作成する。ごめんなさい⋯⋯返信が欲しい⋯⋯ずっと貴女の事を考えて⋯⋯お慕い申し上げており⋯⋯。
——貴女のことが、誰よりも大好きです。
ふと。そこまで書いたところで、ぴたりと指の動きが止まった。
ハハハ⋯⋯これじゃあまるで、彼女の嫌いなストーカーと一緒じゃないか⋯⋯。
自嘲しながら作成途中のメールを削除した。
♦︎
「ふう⋯⋯」
やっとの思いで放課後になったは良いものの、三年の教室の扉に手をかけたところで、ネガティブ思考が頭をもたげた。皇帝先輩、怒ってるだろうな。作戦の彼氏役、解雇されたらどうしよう⋯⋯。
教室に入るのを躊躇していると、ふいに後ろから呼びかけられた。
「犬島さん」
「じゅり⋯⋯先輩」
振り向きざま、皇帝先輩の下の名前を呼びそうになって、慌てて止める。先輩は名前を呼ばれるのがあまり好きではないらしい。振り向いた僕の視線の先には、目を少し細め、口元にちょっとした笑みをたたえた皇帝先輩が、腕を組んで立っていた。
「わたくしに何かご用?」
「あの、先輩。先ほどのことなんですが⋯⋯」
「ああ、そのことなら中で聞きますわ。教室へお入り。もうほとんどの方が帰られましたので、それはもうごゆっくりと、言い訳大会をどうぞ。オホホ!」
後ろ側の扉から2人で教室に入る。皇帝先輩は僕を入り口の所で待たせると、自分の席に早足で歩いていった。
僕は右側に目をやった。教室の中に残っていたのは、奥の方に3名でかたまっている女子生徒だけのようだ。彼女たちが、僕の姿を不審そうにじろじろと眺めているのに気がつき、視線を外す。奴ら——脂先輩とその取り巻き達が残っていなかったのが救いではあった。
⋯⋯そういえば、彼らは今どこにいるんだろう?僕はてっきり、放課後もずっと皇帝先輩の後を追ってばかりだと思っていたが⋯⋯。
⋯⋯いや。あんな異常者連中の頭の中など、考えてもどうせ分かるはずなどない。
今度は皇帝先輩の方に視線を固定すると、彼女は高そうなブラウンの皮のバッグをごそごそと漁り、中から黒い棒状のものを取り出しているのが見えた。何だろう、と目を凝らしていると、先輩はこちらに振り向き、手招きをした。
「犬!おいで」
「は、はいっ。直ちに」
僕は皇帝先輩の元へ駆け寄った。
「いい子っ。そういえば、なんだかちょっと足が疲れましたわねぇ」
先輩の席から椅子を引こうと手をかけた瞬間、ピシャリと手の甲に衝撃が加わった。なんだろう。と、彼女の手元を見て驚いた。先ほどバッグからとり出していた棒状の物。それはわずか15センチあるかないかというほどの、小さな乗馬鞭(のようなもの?)だった。と言ってもこれは短鞭よりもかなり短く、作りも荒い。悪く言ってしまえば、ただのおもちゃのような代物だ。一体これは⋯⋯。
「オホホ、楽しんで頂けまして?これ、なかなか可愛らしいでしょう。もちろん実用向きではありませんけど⋯⋯ここの紐をバッグに通すと、ストラップになりますの。荒谷さんに作って頂きました」
「荒谷⋯⋯?」
僕の従兄弟である『荒谷 閃利』。小さい子供が大好きな性犯罪者だ。
驚いた。皇帝先輩にいつのまに手作りのプレゼントなどをしていたのだろうか、荒谷さん。⋯⋯聞いてないし。
「先輩、荒谷さんとそんなに仲良かったんですね。あ⋯⋯すみません。今椅子を⋯⋯」
また椅子に手をかけた所で、皇帝先輩は今度は本気で僕の脇腹を蹴ってきた。驚くほど簡単に僕は吹っ飛んだ。周りの机や椅子ごと巻き込んで転倒し、ガタガタと激しい音が響く。教室に残っていた女子生徒たちは「きゃあっ」と悲鳴をあげると、教室から飛び出して行った。その後、さらに追い打ちで三発頭部に蹴りを入れられる。
起きて、と先輩が言った。全身に痛みを感じながらも、ゆっくりと、なんとか上半身だけは起き上がったが⋯⋯あれ?立てない。
「うふふ!椅子になるのはあなたですのよ、犬島さん。さあ、お昼のわたくしとの約束をすっぽかした理由を聞かせてくださる?それから、わたくしのペットの証である髪のリボンを結んでいないのも、何か理由がございまして?さあ、駄犬!」
「⋯⋯」
「⋯⋯あら?犬島さん?」
「す、すみません⋯⋯ありがとうございます⋯⋯」
皇帝先輩先輩が、いつもと変わらず虐待してくださったことに、内心でほっとしたのだろうか。自分でもよく分からないが、全身の筋肉が弛緩して、そして、なぜか急に涙が溢れてきた。
「んまっ。わたくしにちゃんとお顔を見せて。⋯⋯あらあらどうしたの?泣いてるの?どこか痛いの?いいえ、痛くないのが辛いのかしら?」
皇帝先輩はしゃがみこんで僕の顔を覗き込んできた。心臓がばくばくと打つ。乾いた唾を無理やり飲み込んで、僕はさっきの出来事を全て説明した。先輩はうんうんと相槌を打ちながら、僕の話を最後まで聞いてくれた。
「先輩、本当にすみません⋯⋯!僕は先輩との約束を破った上に、せっかく頂いたアクセサリーまで奪われてしまいました。もしお許し頂けず、僕を作戦の駒から外したいのならば⋯⋯」
「あらあら、お待ちなさいな。別にわたくし、これっぽっちも怒ってませんのよ。何故たったこれだけのことを、そんなに深刻に捉えているのかしら」
「何を言っているのです?たったこれだけのことだなんて⋯⋯!」
「だって実際、たったこれだけのことじゃないの」
先輩は鞭ストラップで、僕の顔や頭をポンポンと叩いて遊び始めた。
「犬島さんは弱いわんちゃんだから、調子に乗った豚に狙われちゃったのね。わたくし専用の飼い犬が野良豚ごときに負けるだなんて、まあ確かにだらしないけど⋯⋯でもわたくし、あなたに最初からそこまで期待してませんの。オホホ!だって犬島さんって見るからに弱そうだもの」
「す、すみません⋯⋯」
「まあわたくしのペットの証を取られちゃったことは、後でお仕置きして差し上げますけど、取られてしまったのはもう過ぎたことですわ。ですので、わたくしがまた新しい証を与えて差し上げます。もしまた取られても、何度でもね。あれを一度失ったくらいで、わたくしの支配から逃れることなんて出来ないと、理解しておいた方がよろしくってよ。オーホッホッホ!」
「身に余る光栄です。で、では、先輩。それなら先ほどのメールを返信してくださらなかったのは⋯⋯?僕、本当に不安で⋯⋯」
「メール?携帯電話のメールですの?」
「え、ええ。授業の時間に送ってすみません⋯⋯」
僕がそう言うと、先輩はさっと立ち上がった。机の上のバッグから最新型の携帯電話を取り出すと、しばらくじっと眺めて、それから僕に向かって叫んだ。
「まあ不良!わたくし学校ではちゃんと携帯電話の電源を切っておりますわ。校則にもありましてよ」
「ええっ?」
「まさか、校則を破って学校で携帯をするのが普通だ、なんて思ってなかったですわよね」
「⋯⋯」
「頭まで不良!」
申し訳ございません、と僕が土下座をすると、皇帝先輩は靴で思い切り僕の左手を踏んづけた。
「ああっ!気持ちいいっ!」
「嬉しそうね。あなたの大好きな足ですわよ」
「は、はい。ありがとうございます。靴を舐めさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「いやん、だーめっ」
「クゥーン⋯⋯」
皇帝先輩は僕の左手から足をどけた。
「いつまでそうして頭を下げているおつもりですの?立ってくださいまし」
僕は言われるままに立ち上がった。
すると皇帝先輩はその美しい顔をすっと緩め、僕の頬を優しく撫で始めた。先輩の少し冷たい指先が、熱を持った僕の頬の上を滑りながら、くるくると円を描く。その、優しく、壊れ物を扱うかのような手つきに僕は困惑した。
皇帝先輩の指先は次に僕の耳を愛撫し、それから僕の体を引き寄せたかと思うと、急に右の首筋を舐めあげてきた。その突然の出来事に、僕はかなり驚いた。
しかし僕の身体は、徐々に押し寄せる快楽の波に、次第に反応を示し始める。皇帝先輩の濡れた舌は少しずつ上に上がって行き、ついには敏感な耳まで舐めてきた。ぴちゃ、ぴちゃ⋯⋯と唾液の濡れた音が生々しかった。
「わっ⋯⋯せ、先輩?」
「あなたが悪いんですのよ?さっきの無防備なかわいい泣き顔見せられたら⋯⋯興奮してきちゃった」
「は、恥ずかしいです」
慌てて、自分の左手で火照った顔を隠した。
「あん、もっと泣かせたくなっちゃうわ⋯⋯あのね、わたくし、『あなたとふたり』で、もっとたくさんエッチなことをして、一緒に気持ちよくなりたいの⋯⋯なぜだか分かりますかしら?」
と、突然卑猥な問題を出してきた。僕は小さく咳払いをする。
「先輩はサディストだから⋯⋯性質的に僕はSMの相手にはちょうど良いと思います」
「それ以外♪」
「交接欲求が、結構おありな感じなのでしょうか」
「わざと言ってますの?本当は不正解だけど、そうですわね⋯⋯あなたの口から、好き、って言葉を聞かせてくれたら⋯⋯もう一度だけチャンスをあげる」
耳元でこそこそと囁かれた。先輩の心地良いリップノイズと耳にかかる熱い吐息とで、自らが急速に高まっていくのが分かる。さらには、背中や腕や尻まで優しく撫でられたので、僕は完全に及び腰になってしまった。皇帝先輩の肩を掴んで、その体を少しだけ押し返してしまう。
「先輩、おやめください」
「な、なんですの?良いところなのに」
「そんな触り方をされたら、僕は⋯⋯気がどうにかなってしまいそうです」
「⋯⋯むー。じゃあどうして欲しいんですのっ?」
「僕をもっと奴隷らしく扱ってください。そうすれば一緒に気持ちよくなれます。それに僕は本心から、先輩に虐待されるのを喜びだと感じているのですよ。ですから手加減などせず⋯⋯」
僕がそう言うと、皇帝先輩は何度か目をぱちぱちさせた後、急に高笑いをし始めた。
「オホホ!何を勘違いなさっているのかしら。これはわたくしが差し上げたリボンを奪われた、あなたに対する罰ですのよ。あなたが虐待されて喜ぶのならば、わたくしはその逆をするの。うんと、うーんと優しく、ソフトに、超☆ワレモノボーイとして扱ってさしあげますのよ。オーッホッホッホ!」
「なんという生殺し!」
僕は慌てて跪こうとしたが、皇帝先輩はそれを許さなかった。彼女は素早く僕の腕を引っ張って立ち上がらせ、そのままの勢いで抱きしめられた。
「うわっ!」
「素直じゃありませんわね。なんだかんだ言っても本当は、喜んでるくせに」
皇帝先輩は僕の背中に腕を回し、ぎゅっと締めてきた。密着した皇帝先輩の髪から、ふわりと薔薇のようないい香りがする。頭がクラクラしてきた。
その香りに我慢が出来ず、僕も皇帝先輩の背中にそっと腕を回した。驚いた⋯⋯華奢で折れそうだ!彼女と恋人のように抱き合っているという状況に、下腹部が激しく脈打つ。
「ほら。犬島さんたら、ほっぺたが真っ赤ですわよ。ふふ、可愛らしい。どうかしら。そろそろこっちのお顔の方も、真っ赤になってくる頃ではなくって?」
「あわわ」
先輩は僕のベルトを掴んでガチャガチャいわせ始めた。性器に直接触れてもいないのに、すでに射精寸前だ。やばい、学校で⋯⋯い、いきそう⋯⋯。
そう思っていたが、突然皇帝先輩はピタリと動きを止め、僕からそっと手を離してしまった。お預けを食らったのかと思って(クゥーン)となったが、見るとどうも皇帝先輩の様子がおかしい。
「⋯⋯あの、犬島さん」
「は、はいっ?」
「わたくしのこと⋯⋯本当は⋯⋯いいえ」
「なんでしょう」
皇帝先輩の瞳を間近で見つめる。何かを訴えるような、少し悲しそうな目で⋯⋯見つめ返された。何だろう。もしかして、何か僕に言いたいことがあるのだろうか?
他に言葉をかけようと思った瞬間だった。皇帝先輩はするりと僕から離れ、いつもと変わらぬ様子で微笑した。両手に感じていてた先輩の温度が消え、少しだけ寂しくなった。
「オホホ、やっぱりなんでもありませんわ。さあ、ワレモノボーイ犬島さん。この後わたくしと、優しく甘美なひとときを過ごしませんこと?」
「ワレモノボーイは勘弁してくださいっ。それで、あの⋯⋯その甘美なひとときに関しては、是非とも。場所はもちろん先輩にお任せしますよ」
そう言ってにこりと微笑み返す。先輩の様子が一瞬おかしいように見えたのは、僕の気のせいだったのかもしれない。
「あら、良かった。場所はわたくし行きつけのカフェでよろしいかしら」
「カフェって、まさか露出プレイってことですか?ドキドキしますね」
僕がそう言うと、皇帝先輩はすっと右腕をあげた。ぶたれる!そう思って頭を突き出して待ったが、皇帝先輩の手は優しく僕の頭に乗せられ、子供にするみたいによしよしとなでられた。
「“甘味”で甘美なひとときを、ですわ。つまり、カフェで普通の男女のランデヴーってことです。オホホ」
「ははあ。ありがたき幸せ。もしかして先輩は先ほどから、僕のことを励まそうとしてくださっているのでしょうか?先輩は本当にお優しいのですね⋯⋯」
「は?誤解も甚だしいですわ!」
皇帝先輩は怒ったように僕に背を向けてしまった。僕は赤くなって「勘違いしてすみません」と謝った。
「まったく。変なことをおっしゃらないで欲しいですわ。わたくしが犬島さんごときを励ますわけないじゃない。こんな下品な駄犬相手に」
「先輩。気が変わって、僕を罵倒してくださる気になったのですか?」
「きぃーっ!犬風情がご主人様の揚げ足を取るだなんて無礼っ。覚悟は出来てますこと?」
僕はわんっと返事をした。すると皇帝先輩は、自らの鞄からリードを取り出し、素早く僕の首輪に繋いだ。こんなものを学校に持ってくる先輩だって、大概不良じゃないか⋯⋯とは思ったが口には出さないでおこう。
「さあ、帰りましょうか犬島さん。帰ったらまず一度お家に戻って、一番フォーマルでお洒落な服装に着替えてらっしゃい。わたくしとのデートなんて滅多にできないから、気合い入れてね」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
礼を述べながらも、実のところ、内心ではかなり焦っていた。というのは、僕が普段行く店なんてのはドレスコードとは無縁の場所ばかりで、まともな私服などは一着も持っていなかったからだ。持っている服の中で一番フォーマルでお洒落なのは制服だが、多分⋯⋯というか絶対に、皇帝先輩はそういうのを求めていない。
どうしたらいいだろうか。この後急いで見繕うにしても、つい先日アダルトショップでの散財があったばかりたし、とてもじゃないが無理だ。そもそも時間がない。
皇帝先輩のリードに引かれながら、僕たちは学校から出た。一度帰って着替えた後は、待ち合わせをして2人きりでデートか。皇帝先輩と⋯⋯デート?
——それにしても、なぜ皇帝先輩は、恋人でもない僕にそこまでしてくれるんだろう?
答えは結局出ないままだった。途中のT字路でリードを外される。そこで待ち合わせ場所と時間を決め、それぞれ逆方向の家へと向かった。
♦︎
家には母親がいた。いつものようにソファでせんべいをかじりながらテレビを眺めている。テーブルの上には、賞味期限切れの変色した食パンと、昼の残りと思われる萎びた野菜炒めが、ラップもせず置いてあった。おそらく今晩の夕食だろう。昼食を食べていなかったのを思い出し、ふと空腹感を覚えた。
母親に「この後出かける」と一応伝え、自室に入る。僕の部屋は、いつもと変わらずたくさんのアダルトグッズに埋もれながら、爽やかに部屋の主人を迎え入れた。壁や棚には、観賞用に買った美しい鞭や、各種様々な拘束具などが並んでいる。
僕は制服を全て脱ぐと、壁にかけていた麻縄を外し、素早く自縛をした。動くたびに縄が身体に食い込んでくるこの感覚が、とても気持ち良い⋯⋯。
ある程度動けるくらいの限界まで強く縛ると、その上から制服を着直し、そのまま家を出る。皇帝先輩との待ち合わせ場所まで、急いで向かった。
♦︎
待ち合わせ場所では、すでに皇帝先輩が僕を待っていた。
先輩は、軽く巻いた美しい赤髪のセミロングを、サイドで綺麗にまとめていた。服装は、胸元にフリルがついた、柔らかそうな真っ白なブラウスに、ハイウエストの黒いタイトスカート。そこから伸びる細くて艶かしい足には、ゴールドのチェーンが二本重なった華奢なアンクレットと、それから、僕の大好きなピンヒールの黒い靴を履いている。そのどれを取っても見るからに高級そうで、服について無知な僕でさえ、遠目からでもその材質の良さが分かった。
「お待たせしてすみません、先輩!」
僕の呼びかけで、皇帝先輩がこちらを向いた。赤い髪が風でさらさらとなびく。優しい笑顔が僕に向けられて、どくんと心臓が高鳴った。
⋯⋯本当に綺麗だ。あんなに儚げで華奢な身体をしているのに、その中には圧倒的な存在感と輝きが確かにあった。例えば何千人、何万人もが行き交う都会の街の中でも、僕はすぐにでも彼女を見つけることができると思う。
手の届かない存在であるはずの彼女が、僕のような愚図を側に置いてくれているのは、僕に対して恋愛感情を抱いているからじゃないことは、十分分かっている。でも、それでも良い。ただの道具のように、使い捨てで利用されるだけの存在でも構わない。
ああ、僕は⋯⋯彼女に狂おしいほどの恋をしているのだ。
先輩は僕に優しく微笑みかけて言った。
「あらわんちゃん。遅かったですわね。ちゃんと着替えて来てって言ったのに」
「なんて、美しい先輩⋯⋯。申し訳ありません。僕は、先輩の隣に立てるような男ではないのです。身なりもまともに整えられない、みすぼらしくて下品な男です。お許しください」
「そんなのは、どうだっていいんですのよ。あんまりそうやって遜らないで欲しいわ。デートの時くらいは、上も下も無しにしましょう」
「いいえ、そういう訳にはいきません。あくまで僕は先輩の奴隷ですから⋯⋯。それにしても、先輩は本当に綺麗です。貴女と2人きりのこの瞬間は、僕にはまるで夢のようです。幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ⋯⋯」
「まあ、情熱的ですこと。そういうの嫌いじゃないわ。気に入ったから、今日はわたくしの隣に立つことを、特別に許可して差し上げますわよ。それでどうかしら、犬島さん」
そう言って皇帝先輩はくすくすと笑った。僕は何度も頭を下げた後で、先輩のガラスのような紫色の瞳をじっと見つめて、言った。
「先輩。取り柄も何もない下等な僕ですが、1つだけ、貴女に満足して頂けるものがあります。僕なりの精一杯のお洒落を、どうか見てください!」
僕はシャツのボタンを外して、縄で縛った自分の身体を晒した。皇帝先輩は、あら!と声をあげ、口元に手を当てる。先輩は頬を上気させ、前屈みになってそれをまじまじと眺めだした。
「セルフボンデージですの!?あらあらあら!お上手なのね」
「ありがとうございます。でもやはりセルフじゃ、限界がありますから⋯⋯」
「わたくしに縛って欲しいんでしょう?」
僕は赤くなった顔で頷いた。それを見た皇帝先輩は楽しそうに笑ったか思うと、突然スカートの中に豪快に手を突っ込み、中からずるりと麻縄を引っ張り出してきた。どうやって収納していたのかは謎だ。
「オホホホ!では予定変更で、これから犬島さんのお家にお邪魔しようかしら。よろしい?」
「もちろんです!すごく楽しみです。お礼のお金もきちんと払いますから!僕をもっと調教してください。ご主人様」
「⋯⋯それは犬島ジョークですの?」
そう言って皇帝先輩はぎこちなく笑った。
皇帝先輩とのカフェデートは無くなってしまったが、僕にはその方がよっぽど良かったのだ。デートという行為は、やっぱり皇帝先輩と僕との関係には少し合わないような気がする。
きっと先輩だって、カフェでオシャンティーな茶を啜って、「やあハニー、好きさ」だのと抜かす僕には、塵ほどの価値も感じられないと思う。僕は先輩のダーリンにはなれない。
「犬島さんのお家、楽しみですわ。突然押しかけたお詫びは、後日しっかりとさせて頂きますわね」
「いいえ、結構ですよ。ぼろ家だし、汚いし⋯⋯オシャンティーな物もお出しできませんが⋯⋯それでも良ければいつでもいらしてください」
「うふふ、分かりましたわ。その代わり、わたくしのお家にもいつか遊びにいらしてね」
そう言って、皇帝先輩は妖しく笑い、再び僕の首にリードを繋げた(いつの間に手に持っていたんだ?)。
「さあ、犬島さんのお家までお散歩ですわ。四つん這いになって。ちゃんと犬語で話すのよ」
「わん!」
「そうよ⋯⋯良い子ね。後でご褒美をあげますわ」
「わんわん!」
皇帝先輩は僕を先に行かせると、コツコツとヒールの音を響かせながら歩き始めた。田舎で車も人通りもほとんどない道だが、誰かに見つかるんじゃないかというドキドキ感が、僕の興奮を煽った。
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その後の僕の家でのことについては、長くなるので割愛。エロ目的の人には申し訳ありません、と地面に額を擦り付けて謝っておきます。
皇帝先輩が帰ったすぐ後、僕は貧血かなにかでしばらく意識を失っていたようだ。ふと気がつくと、すでに夕食の時間になっていた。バイトから帰って来た姉は、外で食事をして来たそうなので、姉の分のパンも僕がもらった。腹が減っていた僕は、自分と姉の分のパンから、昼食で食べ損ねた『煮かぼちゃおにぎり』まで、全部一気に平らげてしまった。今日は少し気温が高めだったのだが、今更この程度で腹を壊すほどヤワではない。
その食事中、母親が「さっきの子、あんたの彼女?金持ちそうだね。逆玉狙え、逆玉」「金持ちになればもっと良いもん食えるよ。いいねぇ、お母さんにもお恵み頂戴」などと言ってきたが、流石に腹が立ったので全て無視した。
食後にシャワーを浴びてから部屋に戻ると、血液や体液の飛び散ったシーツ類を全て取り替え、そのまま布団に倒れこんだ。
あの後皇帝先輩から新しく頂いたリボンを、両手で握りしめる。先輩の匂いがまだ残っているんじゃないかという気がして、目を閉じ、何度もキスをした。
それからしばらくして眠りにつくと、体力をかなり消耗していたのか、朝まで一度も目を覚まさず、相当深く眠っていたように思う。
もちろん翌日の朝は起きるのにかなり苦労したが、皇帝先輩に会うため(だけ)に頑張って登校した。
大好きな先輩のことを考えるだけで、ものすごく気分が良くなる!
僕は鼻歌混じりに学校まで走った。
***
——この頃の僕は、彼女のことを分かったつもりで、本当は何も見えていなかったのかもしれない。
この時?いや、数ヶ月たっても“あんなこと”があるまでは気づくことは出来なかったのだ。
彼女の時々見せるぎこちない表情や、本音を隠した言葉の数々。もっとちゃんと彼女と向き合っていたら、後々あんな風にすれ違うことも、なかったはずなのに。
〜つづく〜