続・犯罪被害者Aの遺族の肖像
「たったそれだけなんですか!?」
私は心の中で激怒した。
犯罪被害者に支払われる見舞金は、殺されてもたった30万円が日本の被害者救済らしい……
それでも、父と母には必要なお金だった……
二人は民事訴訟の原告として損害賠償を請求している。
払われていようがいなかろうが、勝訴した場合、その国からの見舞金は受け取ることが出来ないということだった。
私は仕方なく手続きをした。
この時の私は、生きるのすら苦しかった……
数日前―――――
すでに父の会社は倒産し、せめて弟のものだけでも差押えられないようにしたかった……
かなり目ざとく金目の物を探す。意外なことに、というか災厄なことに、私や、弟の個人的な持ち物で少しでも金になるものは全て持っていくということだった。
「ふざけるな!」
私は、国家に、日本に、絶望した――――――――――――
民事訴訟で勝訴しても『弟を殺した人外』が払えないので破産します、というのは法的に問題が無い……ありえない! あっていいわけがない!
父は会社のお金を借り、それで民事訴訟をしたらしい。
当然それだけでは足りず、サラ金からも借りていた。
犯人は、民事も刑事も国からお金が出ている。
つまり人殺しの方が得をするのが、この国だ!
犯罪者の方が、真面目に働いている人より手厚い保護が受けられるのが、この国だ!
父はどこかおかしくなったように毎日にこやかで、以前のように時計を見ながら険しい顔で電話をかけていることもなく、母は外でこそ普通だが、家では一切家事をせず、酒を飲んで寝る。
私の家族と言える存在は完全に無くなった―――――永遠に
貸倉庫前で、私はある人と待ち合わせをした。
私は、バイトで貯めていた貯金を切り崩し、貸倉庫を借りた。
名義も他人の名義にした。
そして、実際にその友人からお金を借り、返済するまでの担保ということにして、生まれて初めて借用書を書いた。
「あの、でもいいの? これって……」
「はい。構いませんよ」
私が頼ったのはお姉さんだった。
すごく後ろめたく、すごく情けないと思ったけれど、それでも頼るしか無かった……
「私も、あの人の所持品の正当な所有者だと思っていますから、このくらいのことはさせて下さい」
お姉さんは遺品と言わなかった。
おそらく彼女の中では、弟はまだ死んでなどいないのだろう。
ひょっとしたら死を受け入れられないのかもしれない。
私にはどちらなのか解らない……
「ありがとうございます」
そんな言葉しか出てこなかった。
「私もあなたに渡したい物があって……多分、これは私が持っているより、あなたが持っているべきものだと思って……」
「パソコン? でも、なんで?」
「あの人、私のアパートで書いていたんですよ、小説を。なんでも、家族に見られると笑われそうだとか言って」
え!?
書きかけだと思っていたノートは、メモ書きみたいなものだったのか……ホント、あいつは何やってたんだか……
私は、お姉さんの整った清楚な容姿を見つつ、そう心の中でつぶやいた。
――――現在
生きていくということは大変である。
家族といえなくなってしまった人達との同居。
裁判費用と、その後のゴタゴタで数日後には、この家すら無くなる。
出来ることなら、弟の部屋だけを切り取ってどこかに持っていきたい。
私にとって彼は、血を分けた兄弟以上の存在だった。
この世で最も大切な人、という表現が一番いい表現だろう。
彼が死んだ直後には前向きに生きようとしていた。
でも、その気持ちは、おそらく動物的な防衛機能なのだろう。
日常に戻りつつある中、私は人生をやめたくなっていた。
「もういいよね。がんばったもの」
私は医師から処方された睡眠導入剤を全て袋から出し、それを空になっている風邪薬の小瓶に詰めた。
多分、お姉さんが弟の物は管理してくれる。
家族はもう壊れた。
私がやりたかったことも、夢も、もうどうでもいい。
きっと、私が書きたかった物語は、誰かが書いてくれる。
私が伝えたかった想いは、誰かが伝えてくれる。
そう、私ではない。
それでも、私と同じ想いを持っている誰かが、きっと……
――――――――――――――――悔いがありすぎて、悔いが無い。
バイクを走らせた場所は、あの山の上の展望台。
せめて、綺麗な夕日を見ながら終わるのが、このくだらない私の人生という物語の終わりにはふさわしい。
チープで、ありがちで、ふさわしい。
自販機で飲み物を買う。
ガタン
「さいごまで、これかぁ」
私は苦笑した。
また間違えた――――――――難読症は、私に死を覚悟しても尚、冷酷だった。
「炭酸飲料でこれ飲むの? 笑える……」
私はベンチに座り、その青い錠剤を数錠ずつ飲む。
綺麗な夕日が霞んでくる。
意識が保てない。
それでも、全てを飲もうとする……
「レビ……レビラバ……カバク……タリ……」
私は最後まで中二病だ……それで良いし……それが良い―――――――
「あれ!?」
ここは、何処……?
辺りを見渡そうとするけれど、体が思うように動かない。
ただ声だけが聞こえる。
その声は聞き覚えのある声で、そして、私にとって家族と呼んでも差し支えない人の声だった――――――――
数日の経過入院の末、私は退院できたのだが……
「自分が何をしたのか、本当に解っているのですか!?」
当然のように私を怒ってくれている人は、あのお姉さんだった。
「ごめんなさい――――――」
他に言葉が見つからない。
泣きながら怒るお姉さんは、本当に自分の妹を叱るようにありえないほど無遠慮に、ただひたすら怒っていた。
「あなたがどれだけ辛いかは私には解りません。だとしても、私とあなたは生きなければいけないんです! この意味、解りますか!?」
「……あいつの分も生きろってこと?」
「違います! あなたが死んだら、本当の意味で彼も死んでしまうんです!」
「どういうこと……?」
「彼は私に色々な話をしてくれました。学校での悩みや家族のこと、本当に色々なことを。その中で、本当に楽しそうに話してくれた話は、あなたの話なんです」
「私の……?」
「はい。酷いと思いませんか? 彼女にそんな話を楽しそうにするなんて。ですが、だからこそ解るんです」
「……何が解るの」
「あなたは、私が知らない彼を知っている。私もあなたが知らない彼を知っています」
「それは当たり前でしょ?」
人はそれぞれ違った面を違った人物に見せる。
それは当たり前のことなのに、お姉さんは何を言っているんだ……?
「そして何より、二人は彼に一番近い関係にありました。家族として、恋人として……そうですよね……?」
私に見せない、家族に見せない面を、お姉さんに見せていた。
そして、家族として兄弟として色々な面を私に見せていた。
「あなたがもし死んでしまったら! 彼の持ち物の本当の意味を! 私は! 知ることが出来ない!! 家族とどんなふうに接していたのか、知ることが出来ない……! 本当の彼を……私は、知る機会を永遠に、失ってしまいます……!」
「それはただのわがままに過ぎない……私とは何の関係も――――――」
「そうです。ただの私の、無い物ねだりで、わがままで、極めて自己中心的な理由です……!」
「だったら――――今更――――もう…………」
私がそう言いかけた時、お姉さんはPCをバックから取り出し、電源を入れた。
「――――――――――何これ!?」
私が受け取ったPCの中身とは全く違う。
完成していて、挿絵までついている小説。
それもたくさん……
「彼は、私の大学のサークルの準メンバーみたいなものでした。小説を書いてイベントやサイトで売ったり、演劇の脚本を書くのが主の文芸サークルなんですけど、あなたは知ってましたか?」
無論、知っているわけがない。
そもそも、あいつが死ぬまで小説を書いていること自体、知らなかったのだから……
「知らなかった――――でも、それとお姉さんが私の人生を決める権利とは、何の関係もない!」
――――――酷いこと言った。
ここまで心配してくれる人に、私は何を言っているのだろう……素直じゃないな……
「……ありますよ。権利なら。彼は、自分のやるべきことを完全に終わらせる前に、遠くに行ってしまいました…………姉として、責任を取ってくださいね……?」
そう言って、お姉さんは笑った。
涙を、その綺麗な瞳にたたえながら、笑った。
そして、PCのファイルを開いた。
それは、舞台脚本だった。
「この先、彼はどう話を終わらせるつもりだったのか、私には解りませんでした。でも、あなたなら解ると思うんです」
「――――――――私だって、解るわけない!!」
私はあいつじゃない!
そんなの解るわけもない!
「では、一緒に考えてもらえませんか? 二人は彼の違った面を知っています。きっと、私とあなたなら、続きが書けると思うんです」
「そんなことしてる場合じゃない! これからどこか住む場所を探さないといけない! バイトもその分増やさないといけない! 私には、残酷な現実しか残ってない!!」
「住む場所なら、私のアパートに住んでいただいて構いません。あの人の部屋が空いていますし、実の姉ならあの人も文句など言わないと思います。それならバイトもそんなに増やさなくて済みますよ」
「そんなことまで……」
「させてください。きっと、あの人が此処に居たら、そうすると思いますから」
負けた……
完全に負けた……
わずか数年の年齢差で、こんなにも違うものなのか……?
「はぁ……家賃と、貸しガレージの費用は必ず返します。それと……」
「それは今は考えなくてもいいです。一緒に考えて欲しいのは、このストーリーのエンディングです」
それから、私たちは色々な話をした。
私たち二人の大切な人のことについて――――――
神さま。あの言葉―――――……やっぱなし。
私は心の中でそう呟きながら、少しだけ、笑えた。