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 「生徒会ファミリー」とは、青大附中生徒会の現状を表している言葉だという。

 「つまり、生徒会の役員同士が家族のように仲良くて、一般生徒が入ってこれない状況を意味するのよ。これ、以前からずっとあった問題みたいなんだけどもね。結局、ファミリー化が進んでいる評議委員会を始めとしたグループの力が強すぎて、なかなか変えることができなかったらしいのよ」

 渋谷さんが語る生徒会事情は摩訶不思議なものばかりだった。

 評議委員会を通じて流れてくる情報とはまた違う。健吾たちの言葉を通じて聞こえてくる話よりずっと生々しく、湿っぽい。

 放課後、風見さんにうまく言い含めて先に帰した後、私と渋谷さんは約束通り生徒会室で落ち合った。渋谷さんと風見さんとの関係については「偽の親友」だということしかわからなくて正直戸惑うけれども、うまく綱渡りしているバランスのよさが伝わってきていて、それほど怖くはなかった。

「とにかく、その状況がこのまま続くはずだったんだけどもね」

 まだ他のファミリー……って言っちゃっていいのかな……が揃っていないこともあって、渋谷さんはかなり遠慮なく話を続けていた。もしかしたら会長さんとか会計とか書記とか別の副会長とか、みんなやってくるかもしれないっていうのに、どうして私と渋谷さんがふたりっきりでいるんだろう。渋谷さんは「どうせファミリー化をなんとかしたいんだから、大歓迎よ」とわけのわからないことを話していたけれども。

「今回、立村評議委員長の方針で大政奉還っていうのかな? それをすることになったでしょ」

 ちょっとそれ、違うような気がするけど、黙っていた。

「藤沖会長もせっかくならこの機会に、一般生徒にも門戸を開きましょうってことで、力を入れることになったわけなの」

「それと、なにか関係あるのかしら」

 私は用心深く尋ねた。落ち着いて渋谷さんは頷いた。何かを言いかけたところで、引き戸がずれる音が派手にした。たてつけが悪いのだろう。振り返ると、渋谷さんが立ち上がり戸口の男子を引き入れた。

「霧島くん、来てくれてありがとう。今なら誰もいないから大丈夫よ」

 誰もいないから、ってどういうこと?

 ──私、いるんだけどな。

 とにかく黙っている方がいいような気がして、私はおとなしく座ったままでいた。ほつれ毛が気になったけど、直すのもなにか不自然なような気がして膝に手を置いたままでいた。

「はい、失礼します」

 きびきびと一礼し、霧島くん……たぶん霧島先輩の弟……は私の隣にすぐ座った。その前にまた、

「霧島です。よろしくお願いします」

 生徒会役員と、まさか間違えたわけじゃないと思うのだけど、私も礼儀だと思って頷いておいた。たぶん、渋谷さんがそのあたりきちんと処理してくれると思ったからだった。

 

 隣の霧島くんは、袖口をなぜかアームバンドで留めていた。両方ともそうしているので、どことなくボディビルの選手みたいに見えたけれどもよくよく見て理解した。きっと、ブレザーが大きすぎるんだろう。袖が長すぎるのね。

 ──学年でいつも十番以内の秀才で、霧島先輩と顔立ちがほぼ一緒の美少年。

 ある程度得た情報通りの男子だった。

 一つかふたつ、額ににきびが赤く光っている以外はほぼ肌が真っ白。血管がうっすらと浮いている。目もきれいに二重だし、唇もほんのりと赤い。霧島先輩との類似点を探してみると、どことなく女子っぽいかわいらしさが覗いているところがどことなく気になった。

 うまく言えないけれど、外見では、男子っぽい臭い匂いがほとんど感じられない。

 こういう男子っているのだろうか、と思うくらいに、汗臭さのないタイプだった。

 指先もすべて清潔そのもの。女子よりも服に気遣いしているかもしれないと思うくらい。

 ──童話の王子さまって感じかな。

 渋谷さんは霧島くんの隣に席を取った。自然、私とふたりで霧島くんをはさむ形となった。

「今日来てもらったのは、霧島くんにまず、今まで観てきた生徒会に関して、もし将来会長となった場合どうするか、それを語ってもらいたいと思ったからよ」

 私の方をちらっと見る霧島くんに、渋谷さんはさらに畳み掛けた。

「この人は、知ってるわよね。二年評議の佐賀さん」

「ああ、もちろんです」

 やはり次期評議委員長の相手、としてだろうか。特にそれ以上の説明はなかった。

「たぶん他の生徒会メンバーは、あと二十分くらいしないと来ないと思うし、とことんまずは、霧島くんの本音を知りたいのよね」

 戸惑うんじゃないかな、と心配したけど、さすが霧島くんは落ち着いていた。慌てることもなく、袖口をひとつ折り込み、心の準備をしていた様子だった。私と渋谷さんとに一筋視線を走らせると、

「僕なりの考えでいいですか。渋谷先輩」

「もちろんよ」

 なんだかこれも、すべてレールが敷かれていたような気がする。

 私のために、すべてこしらえられたひとつの形。

 なんだかもやもやしてきたけれども、きっと渋谷さんなりに考えることがあるのだろう。

 梨南ちゃんが生徒会長に立候補するらしいという嵐を迎えるに当たり、かつての親友だった私に対して何かをして欲しい、そんな感情が走っているのかもしれない。

 この数日間、渋谷さんが私に対してアピールしてきたことをひとくさり考えてみると、どうしてもそういう答えに行き着いてしまった。行き着く場所は友情ではなかった。

 気付いていないのだろう。渋谷さんにもう一度合図するように、霧島くんは咳払いをした。


「青大附中生徒会をこれからどうやってレベルアップしていけばいいかってことですが。僕としてはまず、生徒会と委員会の区分けをはっきりさせることが必要だと思ってます。不思議だったのですが、なんでこの学校、委員会があんなにふんぞり返っているわけですが? 単なる『学級委員』が、なんであんなに大威張りできるんですか? 僕がこの学校に入学して、最初に思ったのはその異常さでしたよ。それに、評議委員の選び方、少し何か違うんじゃないかとも思いますよ。レベル的につりあわない生徒をうっかり委員に選んでしまったら最後、いつのまにか委員会は部活動と一緒に三年持ち上がりになってしまう。もちろん最近はそういう問題も少しずつ、変わって来ているようですが、僕からしたらあまりにも遅すぎます。誰もそのことを不思議に思わなかったことが、まず僕にとっては謎です」

 誰もがそう思っているのに、口に出さなかった理由、どのあたりなのだろう。

 健吾に言わせれば、

「歴代評議委員長がみな、力づくで納得させてきていた」

 からだともいう。本当かわからないけれども、納得できなくもない。

「渋谷先輩のおっしゃる通り、生徒会に権限が移行していくのは歓迎すべきことです。ただ、あまりにも手ぬるいですよ。遅すぎますよ。現在の評議委員会をこのまま流す形にして、ゆっくりと片付けていくというのは、なんだか僕にとっては、ゆるすぎます。一応、委員会活動は三月で終了ですからそれに合わせるというのが建前なんでしょうが、僕からしたら、とんでもないことですよ。本来だったら、生徒会の入れ替わりたる改選時期にすべてを合わせるべきではないですか?」

 確かに。私もそう思っていた。

 健吾の恋人でいる以上、頷けないけれども。

 渋谷さんはどう思っているのだろう。私の方を一切見ず、やはり頷かず、しんと聞きつづけている。霧島くんは、またひとつ咳をしてちらっと私の方に目を走らせた。やはり、「次期評議委員長」の彼女と呼ばれる私の隣で話すのに戸惑いを感じているのかもしれなかった。

 本当だったらここで用事を見つけて、私は外に出るべきだっただろう。

 でもそうしなかった、したくなかった。


「ちょうど、改選が終わった後で後期委員会の入れ替えも行われるはずです」

 霧島くんは銀色のアームバンドを何度かはじき、一呼吸おいた。

「委員会に一度選ばれると入れ替えがほとんどない、というのがまずおかしいですよね。僕としてはまず、今回きちんと訴えたいと思っています。本来三年間、同じ委員会にいてもいい、というのが勘違いでしょう。本来だったら、その時その時にやりたいと思っている人が、自主的に立候補すべきです。きっとやりたいと思っている人だっているはずだし、周りからも絶対この人は間違っている、と後々わかってきたのにいつのまにか、なあなあで現状に流されている奴もいるでしょう。だから、ここでしっかりと、本当にふさわしいと思える人間を選出するように指示したいのです。まだまとまってませんが、僕の考えているのはそういうところです」

「そうね、私もそう思う」

 やっと渋谷さんは相槌を打った。

「でも、急ぎすぎるのはよくないと思う。今ここで、霧島くんの意見を聞いたのは、私なりにもう少しその形をアレンジしたいなと思ったからなのよ」

 アレンジ? 尋ねてはいけないだろうから我慢していた。

「今の話聞いていて思ったのだけども、霧島くんが青大附中生徒会および委員会に対して、正しい意見を持っているということには、私も高い評価をあげたいと思う。現在、三年の先輩たちのレベルを正確につかんでいるということにもね。でも、よく考えてみて」

 かなりむっとした表情を一瞬浮かべた霧島くん。私の視線にいきなりまた咳払いして、落ち着いた口元に戻そうとしている。顔が整っているからなおさら、ひとつのしぐさがギャグっぽくなる。私は思わず笑った。

「あの先輩たちがいなくならない限り、生徒会がこのまま邪魔されるのは私も覚悟しているのよ。ほら、知っているでしょう。評議委員会は実質、一部の三年男子によって仕切られているということ」

「そうですね、天羽先輩によってですね」」

 ここで現評議委員長の名前を出さなかったところに、答えが隠れているんだなって思った。

 刺がちくり。健吾のことも悪口言うのかな。何も気付かない振りをして私は聞いていた。

「今の委員長だけならまだやりようもあるけれど、天羽先輩をはじめとした他の三年生を相手にするのは時期が早すぎると思う。これは私の考え、だから」 

「僕にそれだけの力がないといいたいのですか」

 いきなり声のトーンがソプラノっぽくなった。まだ声変わりが終わっていないみたいだった。たぶん、一緒に話をしていたら、他の男子先輩たちからなめられてしまいそうだった。

 慌てて渋谷さんが言い直す。

「そうは言ってないわよ。つまり」

「でも渋谷先輩の言い方は、僕には三年の先輩たちに対するだけの能力がなくて、役立たずという風に聞こえましたよ」

 ずいぶん、一年上の先輩に対して……いくら女子だと言っても……はっきり言う一年生だなとなんとなく思った。最初観た感じは、気品のあるどこかの王子さまと言っても過言じゃないなって気がしたんだけど、変なところでつっかかってしまいたくなるタイプらしい。渋谷さんもこういう時、うまくあしらえばいいのに。ちゃんと誉めて、「すごい、そうなんだ、さすがね」とおだててあげればいくらでも頷いてくれるのに。健吾を相手にしてきていつもそれが必要だと感じてきたもの。男子と接する時はそれが大事なのだといつも感じている。教えてあげたい。

「つまりね、霧島くん」

 前髪がぱらんと落ちるのを押さえる振りをして、渋谷さんはヘアバンドを軽く手直しした。きっと気持ちの立て直す時間をこしらえているんだろう。

「一対多数で勝負したら、どんなに切れるタイプでもつぶされてしまうと私は言いたいのよ。霧島くん、君の能力は私も買っているわよ、ただ様子見をもう少ししないとね」

「その言い方は失礼ですよ。言い直してください」

 また、つっかかる。渋谷さんが戸惑う風に「何を?」と尋ね返した。

「『君』という呼び方は失礼じゃないですか」

「悪かったわ。霧島くん、そうね」

 慌てて言い直す渋谷さんの様子は明らかに押され気味だった。どうしてかわからないけれども、私や風見さんたちにばしばしと説明する時の態度と少し迫力が欠けているようだった。一年下とはいえ、下級生は下級生。もし健吾だったらためらうことなく「ざっけんじゃねえ、何年生だと思ってるんだ。一年上でも先輩は先輩だ。きちんと礼儀ってものを意識しろ!」とか言って怒鳴りそうなものなのに。渋谷さんも普通だったら言い返しそうなのに、どうしてしないんだろう。

「様子見している間に卒業されたらどうするんですか」

 そこまで言い放ち、霧島くんは唇を尖らせた。せっかくの王子さま顔が無残に崩れるところが、やはり三年の霧島先輩と同じ血のつながりなのだと感じた。


 しばらく霧島くんと渋谷さんは、二人にだけわかるようなやり取りを続けていた。

 生徒会役員改選にまつわる打ち合わせとまではいっていなかった。とにかくこれから先、生徒会と委員会の関係がどう進んでいけばいいのか、そして本来あるべき姿はどういうものなのかを熱く語り合っている二人に、正直なところ私はついていけなかった。

 でもどうしてだろう。ほんとに誰も、生徒会室にやってくる気配がない。

 藤沖会長も、その他の役員も、誰一人。

 ──私ひとり、部外者なのに。

 居心地が悪かった。渋谷さんがいつのまにか、霧島くんの意見に相槌をうとうとして、またそこで苦情を言われ、の繰り返しになんだか疲れてきた。

「渋谷さん、私、先に帰るわ」

 気を遣って立ち上がったつもりだった。なのにふたり同時に引き止めるのはなんでだろう。


 結局、私は霧島くんが立ち上がるまで、ずっと生徒会室にいた。

 帰り際、霧島くんが私の耳元で、

「すみません」

 一言ささやいた。渋谷さんが目ざとく、

「何話してるの、いったい」 

「いえ別に」

 ほんと、別に何もなかった。私は渋谷さんに近づき、今度こそ帰ろうと言うつもりだった。

「佐賀さんごめんね、いきなり変なことにつき合わせちゃって」

「でも、私がいてよかったのかしら」

「いてもらわないと困るのよ。ほら、そろそろ、帰ってきたわよ」

 腕時計を覗き込み、少し上気した頬を指先でぱたぱた叩きながら渋谷さんは引き戸を引いた。


「会長、とりあえずはひとり、終わりました」

 私が隅で突っ立っている間、どやどやと入ってきた生徒会長さんおよび他の生徒会役員たちはさっさとパイプ椅子に腰掛け、かばんの置き場所を探していた。私のことは全く意に介さない態度だった。いてもいなくても、何も変わらない、そんな感じだった。いつも風見さんが遊びにきているというけれど、その時もこんな感じなんだろうか。知りたくなった。

「ご苦労」

 面倒臭そうに藤沖会長は渋谷さんへ視線を走らせ、すぐに別の役員へ話を向けた。男子の会計さんだった。顔は知っているけど話したことはもちろんない。

「一年が会長ってのも、なあ」

「順番としては会計とか書記から始めるのが普通じゃないかなあ」

 男子同士のさっぱりしたやり取りに比べ、渋谷さんと話す時のちいさな刺はなんなのだろう。初めて様子見する私がそう感じるのだから、他の人たちも同じなのではないだろうか。

「霧島くんのことについては、またあとで話します」

「別に、どうだっていいだろうになあ」

 のんきなんだけど、なんとなく心許していない。壁が見える。生徒会長はゆったりと座りなおした。同時に椅子の空気が小さく抜け、おならに近い音が聞こえた。

「椅子がかわいそう」

 別の女子生徒会役員が呟いた。

「あとは私の方でどんどん、面接進めていきますから」

「あと一週間でどっちにしろ、告示なんだからそれでいいだろう」

「よくありません。これからいろいろと準備が必要なんです。会長はあと二週間で生徒会から離れることができるんですからかまわないでしょうが、残される人はどうするんですか」

「だから、それは」

 私が戸口にゆっくり近づいていき、姿を消そうとするやいなや、慌てて渋谷さんが腕をつかんだ。私の顔を見据えると、また同じように引き止めた。

「お願い、もう少しだけここにいて」

「でもここにいて、私、邪魔になるだけだわ」

「佐賀さんの力が必要なのよ」

 さっき霧島くんに言い返されていた時とは違い、ずいぶん落ち着いた態度だった。

 無理して断る由もないので、私は黙って頷いた。渋谷さんが隣に立ったまま、窓際の会長に呼びかけた。

「とにかく、改選については、二年生の役員にすべて任せてください。誰も候補者がいないからといって、評議委員会や規律委員会に協力を依頼するのだけはやめてください」

 何も、評議委員の私がいる前でそんなことを言う必要もないのに。

 私が心でどう思っているか全く気付かないのか、渋谷さんは私の片腕をぎゅっと握った。

「十五分で戻ってきます。その後説明します」

 引っ張り出された。やはり、何か用があるらしい。流れに任せた方がこの場合はよさそうだった。


 二階の階段踊り場まで私は渋谷さんに引きずられていった。何か話があるのは予想がついていたし、霧島くんとのやり取りについて私も少しは聞きたいこともあった。でも、ずいぶん彼女らしくない姿を見つづけてきただけに、どう切り出せばいいかわからなかった。

「渋谷さん、いったいなんだったの?」

「ごめんなさい。私も佐賀さんに何も説明していなかったわね。戸惑うわよね」

 戸惑うも何も、状況を理解していなかった。

「私はただね、佐賀さんにお願いしたいだけだったのよ」

 外の雨が降りしきる中、一滴流れ落ちるガラス窓の雫を指差しながら、渋谷さんは私をまっすぐ見つめた。

「今度の改選で佐賀さん、生徒会の役員に立候補してほしいの。佐賀さんなら絶対にその力があると、私も思う。だから、まずはお願いしたいの」

 ひんやりと、窓の隙間から雨の細かな霧が入り込んでいる。窓辺に近より過ぎているせいか、私はぼんやりとほっぺたでその霧を感じていた。頭の中にも、そのひんやりした空気が一杯になって、あふれそうだった。


 何かを言いたいのに、うまく言葉が出なかった。今感じている冷たいものってなんだろう。目の前の渋谷さんはまじめでまっすぐなのに。

 もし私が梨南ちゃんだったとしたら、すぐに言い募り罵るかもしれない。

 もし私が風見さんだったら、大喜びするかもしれない。

 でも、どちらもできそうになかった。私はやはり、佐賀はるみだった。感情でばばっと叫ぶよりも、まずは様子見してゆっくりと考えたい、すぐに判断できない、少しのろまで泣き虫の私だから。

 ──だから、私に近づいたというわけ? 風見さんを利用して?

 ──生徒会の役員候補者を集めたくて、私と「友だち」になろうとしたの?

 感じた言葉を、すべてこくんと飲み込み、私は小首をかしげたまま、休符を入れた。

「ごめんなさい、私、今、びっくりしすぎちゃって、どう答えたらいいかわからないわ」

「私の方こそ、驚かせてしまってごめんなさい。とにかく、私も次期改選で出るつもりでいるから、できたら長い時間一緒にいたい人と、生徒会をやりたかったのよ。それだけよ」

 ──ほんとうに、それだけ?

 また耳もとでささやく直感を封じ込め、私は両手を合わせて「おねがい」のしぐさをした。

「とにかく、少しだけお時間ちょうだい。私、今本当に驚いてるの。そんな風に渋谷さんが、私のこと、買ってくれてるなんて、思ってもみなかったもの」

 少し勘違いしたのか、渋谷さんは安堵した風に胸をさすった。

「こんなところでいきなり話すべきことじゃないわよね。ごめんね。でも、私がもっと佐賀さんと話をしたいってこと、一緒に生徒会で仕事をしてみたい、そう思った最初の人だってことは、どうか信じてほしいのよ。また、ゆっくり後で話すけど、今の話、本気で一度、考えてみてね」

「うん、わかったわ。このことを」

 私は特に何も意味のない、という風につなげた。

「今は誰にも言わないで、ひとりでまじめに、考えてみるわ」

 心臓がとくとく鳴っていた。私は渋谷さんに片手を振って階段を下りた。


 驚いたから、びっくりしたから、それだけじゃない。

 私の耳元で、見知らぬ誰かがささやいているような、不思議な直感。

 じわじわと心臓の奥底から聞こえてくる、佐川さんに似た声。

 いろんなものが渦巻いてしまって、どうすればいいかわからない。

 梨南ちゃんや風見さんのように単純な子だったら、すぐに「私を評価してくれるのは当然のこと」だと受け止められるだろう。決して渋谷さんは悪いことを言ったわけではない。私を誉めてくれただけ、そう考えるだけでいいのに。

 そういう単純な梨南ちゃんタイプの性格だったら、こんなにもやもやしないですんだのに。私は階段を駆け下り、傘を持ったまま生徒玄関前の砂利道を走り抜けた。


 健吾のいる体育館へ走ろうとは思わなかった。

 校門前の停留所に、青潟駅前行きバスが留まっていた。満員だった。しめっぽい匂いで酔いそうだった。でも、乗るしかなかった。  


 ──佐川さんに会わなくちゃ。

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