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 陰ではさんざん風見さんの悪口を言っていた渋谷さんだけど、表向きはきっちりとした「親友」の顔をして楽しんでいたみたいだった。二時間くらいおしゃべりした後、

「ごめん、夕方から出かける用事があるのよ」

 立ち上がった。私にちらと目配せした。私も気付かない振りしてスカートのしわを伸ばしながら、

「私も、これから弟の面倒を見なくちゃいけないの」

 もちろん、家にすぐ帰る気なんてさらさらなかった。

 あんなうるさい基樹の相手をさせられるなんて、いくらやさしいお姉さんだとしても耐えられない。

「そうかあ、残念」

 ぼそっと呟く風見さんは、例のきれいに整った髪の毛をつまんで両耳にかけると、

「じゃあ、また遊びに来てよね。約束よ!」

 小指をずんと突き出された。どうしたものかと渋谷さんを窺うと、即座に自分の小指を絡ませて、

「ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本のーます! 指切った!」

 全く似合わない声で、楽しげに指きりしていた。しかたないので私も真似した。


 ピンク色の家で、風見さんのお母さんから馬鹿丁寧な挨拶を受けた後、私たちはピンク色の家を出た。戸口でずっと、風見さんが手を振っているので私たちも何度か振り返り、一礼をしなくてはならなかった。私がそうしたいと思ったのではなく、渋谷さんに勧められたからだった。

 やっと路を曲がってふたりきりになった。最初に来た道ではなく海辺沿いの小道へ渋谷さんが足を向けた。たぶん私ともう少し話をしたいのだろう。でも夕方から用事がある、というのが本当だったらあまり時間を食わせるのも悪い。

「どこか出かける用事があるなら、無理しないで」

「建前に決まってるじゃない。あのままだったらもう大変よ。風見さん私たちを引き止めるために、紅茶だけではなくて珈琲やジュースやら、とにかくありとあらゆる飲み物を用意して、しゃべりつづけるもの。帰したくないのよ。本当は」

 もちろん、「親友」と語り合うのならばそれが自然な気持ちだろう。

 でも、渋谷さんは親友だと思っていないわけだから、逃げ出したいのも当然の気持ちだろう。

「とにかく、今私は、佐賀さんと話したいの、いい?」

「いいわよ」

 私は何も知らない風に、子どもっぽく頷いた。海が少し揺らいでいるようだった。暗く、風も強そう。スカートが足に絡み付いて転びそうになった。


「佐賀さん、さっき風見さんが口走ったこと聞いて、驚いたでしょう」

 知らない振りをするのも不自然だ。私は素直に頷いた。

「やはりね」

 渋谷さんはヘアーバンドをはずし、ポケットにしまいこんだ。前髪が降りると雰囲気が変わってどことなく、風見さんと似た風に見えた。そんなこと言ったら怒られそうだけど。

「このことは、実を言うと最近入ってきた情報なのよ。だから佐賀さんが知らないのも無理ないわ。今、生徒会でもこの問題でどう対処しようかって頭を抱えている最中なの」

「でも、なぜ風見さんがそのこと知ってたの?」

 そんな機密問題なら、なんの委員会にも所属していない風見さんがかかわる隙なんてなさそうなのに。まさか渋谷さんが教えたのかしら? 私の疑問は聞く前に打ち消された。

「たまたま、風見さんが職員室で聞きつけたからよ。私が教えるわけないじゃない。それに、風見さんの知っていることはほんの一部なの。話がごちゃごちゃしてしまうのもなんだし、それに佐賀さん、あの人と因縁があったみたいだし。話しておいた方がいいと思ったの」

 あの人、とは当然梨南ちゃんのことだ。関心のないわけがない。

「私に話していいことだったら、ぜひ知りたいわ。もちろん誰にも言わない」

「次期評議委員長にも?」

 健吾の顔が波間によぎった。すぐに消えた。

「もちろんよ。新井林くんは私のことなんて、当てにしてないもの」

 健吾が欲しいのは私そのものだけ。能力や言葉はそれほど欲していない。

 佐川さんと健吾の求める差は、そこにある。

 また潮風が口笛吹いた。渋谷さんも同じく唇を尖らせた。

「それならいいわ。ちょっと寒いけど、外で話す」

 人に聞かれたくない話なのだろう。もう少し温かい格好でくればよかった。たまたま通りがかったバス停の椅子が空いていたので私たちはそこに座り、海辺を背にして語らった。


 ──梨南ちゃんが生徒会長に立候補する。

 ありえないことではなかった。もともと梨南ちゃんは「長」という名の肩書に、過剰なほどこだわるところがあった。小学校時代も「学級委員」を始めいろいろな委員に立候補したけれども、梨南ちゃんの性格を知っている人たちが大抵「長」にしないよういろいろな方法を考えていたようだった。当時の私は全くわからなかったけれども、「男子だから」という理由で健吾をいつも上にするようにしていたみたいだった。梨南ちゃんは「男女差別よ」と怒っていたけれども別の女子が委員長になったりした時にはそれほどバッシングがなかったこと考えると、やはり、隔離作戦だったのではと思うしかない。

 青大附中に入って最初の一年、立村先輩にひいきしてもらいあわや評議委員長か?と噂された。あの頃の梨南ちゃんのはりきり方は、もう遠のいた私から見てもかなりまぶしかった。勉強はもともと一生懸命だったけど、立村先輩にいつもくっついては、

「学校祭の準備はもっと手際よくできないんですか! 私ならばもっとてきぱき準備しますがどうして私にそのことをご相談いただけないのですか」

 などと、上級生相手とは思えない口調でくってかかっていた。あれが梨南ちゃんなりの愛情表現だと気付いていなければ、追っ払われてもしかたのないところ。

 評議委員長になりたかったのに、またも健吾に奪われてしまった梨南ちゃん。ならば、復活戦としての生徒会長立候補も、全くありえないことではなかった。

 私がそんなことを頭の中に編みこんでいたら、渋谷さんは違うとばかりに片手を揺らした。

「生徒会なんてしょせん、先生たちのご用機関だと決め付けていた人が、いきなり生徒会に立候補しようと思うかしら?」

「でも、今の梨南ちゃんはそこまで追い詰められているし」

「あのね、佐賀さん。あなたは杉本さんを買いかぶりすぎてる」

 いきなりばさっと切られたようなひんやり感が首筋に漂った。

「成績はいいし、仕事もできなくはない。でも、しょせんあの人はね、先生たちの手でくるくる回されている独楽みたいなものよ」

「こま、独楽?」

「そう、だって今回の一件は、すべてあの人を教育するための一環として、生徒会選挙を利用するだけのものなのよ。まあ、こちらとしてもむっとくるけど。だって教師が考えてることっていうのは、生徒会が大人の手で弄りまわせる場所だと決め付けていることばかりだから」

 ますます言われている意味がわからなかった。でも渋谷さんは私が理解できているものだという前提のもと、話を続けた。


「学校祭でもそうだったけど、駒方先生が杉本さんをなんとかして更生させようとしているのはもう見え見えよね。わざわざ一生徒のために喫茶店企画を持たせようとするなんて、信じられないくらいよ。駒方先生の場合、現在講師として来てもらっているのと同時に、杉本さんのようなタイプの困った人専用教育係として活動していただいているようなもの。だから、手をこまめにかけて、一生懸命に育てようとしている様子よ。私たちのように、三十人学級の中にぽんと放り込まれて、その中でおとなしくひよこっぽい顔して座っている生徒とは話が違うみたい」

 比喩が独特すぎた。私はわからないなりに頷いていた。

「杉本さんを更生させるきっかけとして、まず三年の西月先輩のフォロー役をあてがって、手芸を始めお茶出し関係のおしゃれな仕事で自信をつけさせ、次にと考えたのが生徒会長への立候補ってわけ」

「でも、生徒会長に立候補って」

「あくまでも生徒会長立候補、よ。生徒会長を務めなさいってわけじゃないのよ」

 あいかわらず渋谷さんはさっぱりした口調で言い切る。

「駒方先生の目的は、杉本さんに生徒会長立候補そのものを体験して、成長してほしいのよ。生徒会長になるのは最初からありえないという前提のもとなのよ」

「ごめんね、少し混乱してきちゃったわ。渋谷さん少し待って」


 いろんな情報が入ってくると私の頭ではまだ、消化しきれないみたいだった。佐川さんみたいに切れる人になれたらいいのにな。


 梨南ちゃんがE組入りしてから、駒方先生が一生懸命接してくれているという話は聞いていたし、傍目からもよくその様子が窺えた。噂では一度も梨南ちゃんを怒鳴ったことがないともいうし、かなり失礼な言動が続いても駒方先生は梨南ちゃんの見方として懸命にかばっていたとか。もし駒方先生が正式な青大附中の教師だったらいろいろ問題もあるのだろうけれど、功労のあった元教師だしということでかなり大目に見てもらっているとも聞いている。どこまで本当なのかはわからない。

 だから、今、渋谷さんが話してくれたことが可能性としてはある、とも言える。

 私たちを始めとしたグループから疎外され、好いてくれるのは立村先輩くらい。この前の学校祭で梨南ちゃんにまとわりついた秋葉くん程度の男子がお似合い、そういう認識がいつのまにかある。いわば、普通の感覚を持つ青大附中の男子は、梨南ちゃんのことなんて絶対関心を持たないのだ、立村先輩以外は。そういう割り切りが確かにあった。

 そこまでプライドを傷つけられた梨南ちゃんが復活するとしたら。

「評議委員長よりも、生徒会長の方が、トップだと思うかもしれないのね」

「そう、これからはそういう形になるはずよね」

 はず、という言葉に現在の「評議委員会至上主義」が窺い知れる。

「立村評議委員長のおかげで少しずつ、生徒会にもチャンスが出てきたというわけ。来年以降もしかしたら、次の生徒会長が堂々と交流会を仕切り、参加する形になるかもしれないわ。今までは評議委員会中心だったことが、少しずつ」

「そうなの」

 健吾には聞かせたくなかった。健吾はきっと想像なんてしてないだろう。評議委員会がただの委員会に落ち込んで、生徒会の方をみなが評価するようになるなんて。健吾は信じている。自分が将来、生徒会長に見下される立場に立たされるなんてこれっぽっちも考えていないはずだ。

 ましてや、その相手が梨南ちゃんだなんてこと。

「どちらにしても、生徒会に杉本さんが入るということはありえないわ。だって生徒会は基本的に信任投票制度だし、今残っている二年生がみな持ち上がる形になるし、一年生が書記と会計にそれぞれ入ってくれれば問題はないの」

「なら、なんで梨南ちゃんが?」

「簡単よ。杉本さんに生徒会選挙というものを自分で体験してもらって、それで『成長』してもらうためなのよ。駒方先生にとって生徒会改選は、あくまでも教育の場なの。私たちのようにのんびり楽しむ部活動の一種とは、違うのよ」

 なんとなく、納得できたような気がする。

 私はこっくり頷いた。また口笛っぽい風がすり抜けた。手がだんだん冷えて赤くなってくるのがわかる。何度も指をもみしだいた。


 ──教育の場。

 どうしてこんなに詳しく渋谷さんが知っているのか私には想像もつかなかった。

 もしまかり間違って梨南ちゃんが生徒会長になったらどうするんだろう。そんな心配なんて爪の先程度の恐れも抱いていない様子だった。信任投票といえば、立候補者が定員通りの数で納まり、「誰を選ぶか」ではなく「この人でいいですか」という問いにイエス・ノーで答える、それだけだ。よっぽどのことがない限り、信任投票で否決されることはないはずだ。

 ということは、もう生徒会長立候補者は決まっているのだろうか。

 でも、生徒会長立候補者が二人いたら、その段階で信任投票ではなくなるはずだ。

 もちろん渋谷さんの言う通り、梨南ちゃんが誰を相手にしたところで勝つとは思えない。だって梨南ちゃんの悪評はすでに学校中に轟いている。なんといってもE組にいるということだけで十分なマイナスポイントだろう。梨南ちゃんがどう思っていようとも、E組が「普通学級でトラブルの多い人たちの逃げ場」として認識されているのはひっくり返せないほどの事実なのだから。

 最初から負け戦決定。

 梨南ちゃんはそんな戦に出る覚悟なんてあるだろうか。

「それがね、おかしいのよ」

 渋谷さんは前髪をつんつんと指先で引っ張った。

「先生たち、杉本さんをおだてるようにして、『生徒会長として、一度自分の言いたいことをぶつけてみないか? 本当に訴えたいことを全校生徒の前で叫ぶ、最大のチャンスだよ』って言い聞かせてるんだって。あの人、単純みたいね。すぐに乗せられたみたい」

「そうね、梨南ちゃんは確かに単純よ」

 誉めて、おだてあげれば何でもしてくれる。そんな子だった。

 甘えて、助けてと叫べば、どんなにいじめられてもへこたれず守ってくれる子だった。

「でも、落ちたあとはどうするのかしら」

 すでに私も、梨南ちゃんが当選する可能性を一パーセントも信じてはいなかった。

「その辺は駒方先生が責任取ってくれるはずよ。それにね、先生は立候補および落選体験をしてもらって、杉本さんを成長させたいってそれだけのことよ」

「そうなの」

 私はしばらく無言で海を眺めていた。夕暮れの色がだんだん海面に映ってきていて、暗く沈んでいた。どう感じればいいのだろう。本来だったら他人事として受け止めるだけでもいいはずなのに。すでに梨南ちゃんと私とは縁が切れている。向こうはとことん私を恨んでいるだろうが、こちらとしてはただのクラスメートでしかない。それも、ほとんど接点のない。だからどうでもいいといえばどうでもいい。ただ心がざぶざぶと海のように揺れる。

 渋谷さんの発言が正しいとするならば、梨南ちゃんがこれから先受ける辱めは相当なものになるだろう。まだ生徒会と風見さんにしか情報が流れていないとはいうものの、評議委員会もそのことを知らないことはまずないだろう。少なくとも立村先輩は絶対に気がついているんじゃないだろうか。また梨南ちゃんも態度で表面にすべて出てしまう子だから周囲に知られるのは時間の問題だ。立候補して、笑われて、落選する「成長」のグラフをゆっくりと鑑賞してもらうだけのことだし、それはそれでいいだろう。

 でも、なぜ渋谷さんは私にそんなことを話そうとしたんだろう?

 私がすでに、梨南ちゃんに嫌われていることを、すでに私がどうでもいい子としてみていることを知らないわけでもないのに。

 そのあたりが少し謎だった。私は思い切って質問を投げかけてみることにした。


「渋谷さん、一つわからないのだけど、いいかしら」

 息を止めて、耳のところにほつれ毛をひっかけて整えた。

「質問?」

「うん、生徒会の人たちは梨南ちゃんが来てほしくないんでしょう。それはよくわかるわ。でも、生徒会に立候補するのは誰でもできるのでしょう? 青大附中の生徒なら誰でも」

「そうよ」

 渋谷さんは短く答え、潤みかけた瞳で私を見つめた。

「だったら、駒方先生に乗せられて立候補したがる梨南ちゃんを止めることはまずできないのでしょう?」

 もう一度、用心深く尋ねてみた。

「そうかもね」

 またあっさりと。何か聞かれることがまずいのだろうか。

「でも、今の話だと、対抗する候補が挙がればあっさりと終わるはずじゃないかしら? 私、わからないのだけど、誰もがみな納得する生徒会長候補を立てれば、それで梨南ちゃんが負けるのは目に見えているし、そうすればいいんじゃないかしら?」

 手が凍えた。かなり身体が冷えた。思わず渋谷さんに近づき温みを求めた。

 少しうつむいた風に渋谷さんは膝のところを見つめていた。答えなかった。

「もしかして、その生徒会長になるための候補者がいないの?」

 まだ返事はなかった。私は畳み掛けた。

「つまり、次の候補者がいないから、まかりまちがったら梨南ちゃんが会長になってしまう可能性があるというわけなの?」

 そのままうつむいた状態で、渋谷さんは膝の上のスカートをつまみ、ひねった。

「鋭いわね、さすが佐賀さんだわ」

 私を見ず、ぼそりと呟いた。


「私たち現二年の生徒会役員が立候補すれば話は簡単に決着つくのはわかってる。けど、会長がどれだけ大変だかってことと、やはり責任者だということ、それと評議委員会との力関係なども考えると、私、どうしても思い切りがつかないの。それに」

 言葉を切って、唇をかみ締めている。

「藤沖会長がね」

 忘れられていた会長の名前を出した。立村委員長以上の知名度があるのに、実力は下と言われている人。

「やはり男子に会長をやらせたいらしいのよ。男子でないと生徒会を引っ張っていけるわけがないからって」

「男子、いないの?」

「いないわけじゃないけど、生徒会これ以上やってられないからってさっさとやめるつもりでいるみたい。もちろん、手伝いくらいはするけれども、私たち二年の女子に絡まれたままやるのはいやだって降りちゃったの」

「そうなの」

 また、単純な相槌を私は打った。少しずつ生徒会事情が見えてきた。


 生徒会が三年の藤沖会長によって仕切られているのは、青大附中の生徒誰もが知っていることだけど、実際この会長がどういう人かはよくわからない。別に謎めいた雰囲気をもっているわけではないのだけど、人のよさそうな大柄男子、生徒会長よりも応援団長の方がふさわしいタイプの人だった。実際、何度か応援団を結成しようと呼びかけては却下されていたらしい。評議委員会や規律委員会が応援団のような「封建主義」っぽく見える集団を苦手としていたせいだという噂が流れていたけれども、本当のところは私もよくわからない。

 とにかく、藤沖会長は性格もおちゃめで冗談も通じる人なのだけど、本質のところでは男性最優先主義を貫きたいタイプの人らしかった。当然、渋谷さんをはじめとする女子生徒会役員たちは、男子たちの補佐に回される。かすかな軋みがないとはいえない。

 もっともそれは評議委員会も同じようなものだけども、現在はあの立村委員長がトップだし、女子先輩の意見は大切に扱っているように見える。少なくとも表向きは。恋愛感情が異常なほど絡まっている関係の中で、なんとか平均台の上をよたよたと歩いているようなものらしかった。ただ、立村先輩もやっぱり男子だと思えなくもない。健吾をはじめとする二年男子および三年男子の先輩たちを最優先に相談相手に選んでいるところは、やはり「男子最優先主義」の側に立っているのだろう。

 渋谷さんのように冷静で頭の切れる女子にとって、「男尊女卑」は許されない概念だろう。私からしたら、うまくそれを利用して、やってもらえることをどんどん片付けてもらい、自分たちが楽をすればいいと思うのだけど。

 もちろん黙っていた。

 

「とにかくそうなると、女子が立候補しづらいの。もちろん藤沖会長も生徒会長以外のところに女子が立候補するのは大賛成だし、むしろ私たちには副会長や書記にいてどんどん補佐してほしいと思っているようなのよ。男子たちがみな一斉に降りる以上はそれもしかたないし、ただでさえ評議委員会との力関係が代わってくる時期に、全くの白紙から勝負し直すよりも、ある程度の経験がないと厳しいって感じなのよ」

「でも、そこに梨南ちゃんが来るということは」

「先生たちにそのあたりを見透かされたということね。会長もきっと頭が痛いだろうけど、所詮は三年生、さっさと消えてしまうつもりだろうし」

「梨南ちゃんよりも他の女子が立候補する方が早道じゃないの?」

 そこまで言いかけた時、渋谷さんは首を振った。

「仕方ないから今、別方向からの立候補者を探してきているところ。これ、まだ会長にも誰にも話していないけど」

 バスが一度留まり、またすぐに駅方向へと去っていった。

「一年の霧島くん、知ってる?」

 一呼吸置いて、頷いた。

「名前だけは」

「あの、評議の霧島先輩の弟さんよ。顔はそっくりだけど頭は全く違う構造みたいね」

 同じく感じたことを、渋谷さんはさりげなく続けた後で、

「彼ね、狙っているのよ。生徒会長の座を。三年評議の先輩たちも裏でこっそりバックアップしているらしいってことも聞いてる。一年生にして生徒会長をいきなりというのは、かなり勇気いるけども、あれだけ切れる男子だったら受け入れられるかもしれないし」

 

 霧島先輩にものすごく頭のいい弟さんがいて、正々堂々と試験を通って青大附中に入学したという話は、かなり前に聞いたことがあった。誰も霧島先輩の顔色を窺う関係で口にしなかったけれども、弟さんは学年で十位以内にいつも入っているという。学年トップ、と言えばかっこいいのだろうけども、一応は青大附中もエリートと呼ばれる場所。十番以内だけでも十分自慢できるレベルだと思う。

 また、将来霧島先輩の弟さんが、「霧乃屋」の跡継ぎになるらしいという噂もちらほらと耳にはしていた。能力の差であっさりと決まったらしく、霧島先輩は地団駄踏んで悔しがったとか家出して抗議したとか。

 私からしたら、なんとも赤ちゃんっぽく見える行動をする先輩だし、そういう点では周囲の判断も正しかったのではと思うのだけども。梨南ちゃんのことを西月先輩と一緒に可愛がっている人だし、きっと何か、同じ感じで引き合うものがあったのだろう。

 ただ、霧島先輩の弟さんについてはそれほど興味もなかったし、詳しい事情を知ることはなかった。今の話だと、三年評議の先輩たちが生徒会長に持ち上げようとしてらしいし、これからの生徒会改選に向けてかなり強力な駒になるだろう。

 成績だけだったら、実質的に学年首席の梨南ちゃんの方が上かもしれない。

 でも、それ以上に感情面でのマイナス部分が大きすぎる。

 もし、霧島先輩の弟さんがさほどあくのない性格の持ち主なら、楽勝するのではないだろうか。

「霧島くんって、どういうタイプなのかしら」

 おずおずと探りを入れてみた。

「顔は霧島先輩にそっくりよ」

 ということは、かなり整っているのだろう。

「たぶん、三年の南雲先輩以来ひさびさにファンクラブが出来そうな気配がするわよ」

 ということは、相当女子受けもいいというわけだ。

「運動神経はいいのかしら?」

「その辺はわからないけど、新井林くんよりは劣ると思うけどね」

 ということは、梨南ちゃんタイプではないらしい。

「わからないわ。実際会って見ないとイメージがわかないわ」

「そうよね」

 とうとう私が小さくくしゃみを連発した。それがきっかけかどうかわからないけど渋谷さんは立ち上がった。

「それなら、今度、放課後生徒会室に来ない?」

「え?」

「いつも風見さんが来てるし、会長も『青大附中生徒会をファミリー化したくない』なんて寝ぼけたこと言っているから出入り誰でもOKだし。私の知る限り、二年B組の人はあまり生徒会室に用がないみたいだから顔を出すこともほとんどないしね」

 渋谷さんはポケットからヘアバンドを取り出し、もう一度きれいに前髪をあげて額を出した。

「まず、生徒会の雰囲気に、果たして杉本さんがなじめるかどうか、確認してもらった方が話も早いと思うのよ」

「今聴いたことはもちろん、内緒にして?」

 念のため、確認すると当然とばかりに渋谷さんは頷き、小指を出した。

「だめ、絶対に内緒よ。今の話はね、佐賀さんだから話せたのよ」


 私がもし、口の軽い人間だったとしたらどうするつもりだったのだろう。

 だって、私は健吾と付き合っている相手なんだもの。

 もし次期評議委員長の健吾にすべてを話したとして、それが立村先輩あたりに伝わって、騒ぎになったらどうしようなんて疑ったりもしないのだろうか。

 まだ一週間も経たない「親友」だというのに、渋谷さんの行動はあせり過ぎているような気がした。もちろん、今は誰にも言うつもりはない。生徒会の事情などを確認した上で、私なりにゆっくり話を整理した方がよさそうだった。

 だってまだ、佐川さんに話せるだけ、理解していない私なんだもの。

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