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風見さんのおねだりにまけちゃったという感じだった。本当のところは。
「ねー、今度の日曜、うちに遊びに来てよ」
毎日、休み時間も、放課後も、そればかり繰り返すので、なんだか根負けしてしまった。 渋谷さんがOKを出していたので、その辺も正直なところある。もしひとりだったらかなり気が重たくなるのだけど、渋谷さんとだったら話も盛り上がるだろう。もともとこのふたりとはこれからも付き合っていくことになりそうな予感もしていた。
たった一週間ちょっとしか経っていないのに、もう私の中で渋谷さんと風見さんは「友だち」の場所にしっかりと根付いていた。渋谷さんが持つ風見さんへの「差別」の念も、風見さんの出す無条件の好意も、私にはどちらも必要に思えた。
──差別、してはいけないけど。
たぶんつながりたいのは渋谷さんの方だろう。あの日放課後に「アルベルチーヌ」でケーキを味わった時。かなりきわどい話をしていたにもかかわらず、あの後私はたっぷりとおしゃべりを楽しんだ。本来だったら、
「親友って言ってるくせに、そんな利用するなんて、最低よ」
みたいなことを一言くらい言ってもよかったのに、そんな気がさらさら起こらない。
それどころか、
「そんなに、風見さんって困った人だったの?」
そう聞いてしまった自分もいた。もっとも渋谷さんは私にそこまで話をすることに警戒心を持ったのだろう。
「また、今度、いつかね」
やわらかく、それでもはっきりと突っぱねた。
その後、なかなかふたりっきりで話をするチャンスはなかった。お互い学校祭後の片付けとかもあったし、それ以上に私の場合健吾がうるさかった。風見さんと一緒に話をしている時は大抵、
「おい、こっちに来い、さぼってるんじゃねえ」
とか言って、いきなりバスケ部の練習を見る羽目になる。ひとりの時はそれも自然だったけど、せっかく友だち同士で盛り上がっている時にそれはないんじゃないだろうか。私も最初は文句を言ったけれども、健吾がやたらと機嫌悪いのでしばらくはあわせることにしている。ただ、風見さんだけではなく渋谷さんもセットでくっついていると、意外とちょっかいを出してこないのが面白い。きっと、健吾は風見さんタイプの女子が嫌いなのだ。ただ「生徒会副会長」の渋谷さんには肩書に敬意を払わざるを得ない。そんな計算をしているかどうかわからないけど、私はできるだけ渋谷さんを含めたグループにいつくようにしていた。
そして、今日は健吾のお誘いもあっさり断って、風見さんの家へとおめかしして出かけた。
パステルグリーンのワンピースに茶色のボレロ、それにちょこっとだけ色つきリップクリームを塗り、髪の毛は下ろしていくことにした。前もって渋谷さんから風見さんに関する情報を耳にしていたのもあった。
「風見さんはね、お嬢さまだから、お上品な格好のお友だちが大好きなのよ」
いささか、嘲り調子。
私もそのあたり感じてないわけでもなく、しっかりコーディネイトしておいた。
お天気は晴れ。お昼前の十一時に風見さんと待ち合わせ、まっすぐ風見さん家へと向かう。
外の風がだんだん冷たくなってきているとはいえ、やはりコートを着るのは暑苦しい。ボレロで十分だった。待ち合わせ場所は青潟駅の改札にした。本当は佐川書店に寄っていきたかったけど我慢した。だって、ピンクのリップクリームが、思ったよりも濃い目に感じられたから。
「お待たせ。あら、可愛いわ」
「ありがとう」
見ると、渋谷さんは紺色のジャンバースカートにレース付のブラウス、その上に同じく紺のブレザー。ちょっと見には高校生の制服っぽく見える。でもスカートがふんわりと広がっていて、後ろに大きなリボンがあしらわれているところがやっぱりお嬢さまっぽい。私もお返しにちゃんと誉めた。
「やはり、TPOが大切だしね」
「風見さんの家って、そんなにドレスコードが厳しいの?」
もちろん冗談で言ってみただけだった。立てた指で「しーっ」と唇を一本にした後、渋谷さんはいたずらっぽく頷いた。
「家がっていうよりもね、風見さんご本人がかなり、うるさいのよ」
「おしゃれなの?」
「おしゃれというよりも。とにかく行けばわかるわ。その前に簡単に注意しておくことを伝えておくわね」
注意?
友だちの家へ遊びに行くのに、「注意」なんてことはないのに。
でも、小学時代からのお付き合いなのだしいろいろあるのだろう。素直に聞いておくに限る。私が頷いたので、一緒に青潟駅から出て、そのまま海辺沿いの道路を歩いていった。
「ちょっと歩くけど、いい?」
海風が硬く頬に触れる。せっかくだったら帽子をかぶってくればよかった。少しべとついた感じの髪の毛を押さえながら、私は渋谷さんの言葉に耳を済ませた。
「風見さんが元、品山に住んでいたことはこの前話したわよね。あの子のお家もお金持ちだから、どうしても青大附中に進学させたくて、それで家を駅前近くに建てて引っ越してきたんだって言ってたわ。本当言うと、その地域、水鳥地域だから本来だったら水鳥小学校に行くはずだったのよ、あの子も」
「水鳥地域?」
佐川さんの顔が潮の匂いに包まれて浮かび、すぐに目をぱちぱちさせた。
「同じ駅前でも、水鳥小学校に通う子のレベルはそれほど高くないの。でも、私のいた棚氷小学校はわりといいとこのお坊ちゃまお嬢ちゃまが揃っていて、なんとなく青大附中受験しておけばいいかなって雰囲気なのよね。私もそののりで受験した組なんだけどもね」
「そうなの」
私のように、健吾と梨南ちゃんに命令されて受験したのとは違うんだ。
「学校の先生たちも気合の入り方が全然違うし、受験する子としない子との扱いが百八十度違うの。公立しか考えてないやる気のない子はおいといて、成績のいい子にはとことん面倒見てくれるからいいって、お父さんお母さんの間でも大人気らしいわ。私も青大附中に来て初めて知ったんだけどもね」
「もしかして、青大附中ってコネ入学が多いって言うけど、その関係?」
渋谷さんはいきなり首をぶんぶん振った。とんでもない、って打ち消す風に。かなり強い否定だった。
「コネはまた別よ。私たちが受験した時はほとんどなかったんじゃないかなって聞いてるわ。私の知っている限りだと、一年上の先輩たちの受験時が一番すごかったらしいのよ。ほら、三年評議にいるでしょう。霧島先輩っていう、お姫さまのようにきれいな人。あの人は確か、『霧乃華』という呉服屋さんのお嬢さまで、それこそお金の力で合格ってことを聞いてるわよ。霧島先輩の話についてはいろいろ噂聞くけど、本当のことは今の話だけだと思うわ」
てっきり、霧島先輩といえば、子どもの頃に悪い男の人にいたずらされた恥ずかしい過去を持つ人だとしか思っていなかった。あえて口には出さないけれども、自分で逃げる判断ができず考える能力を持たない人だったらそれも当然だろうと私なりに見極めていた。
「そのことを考えると風見さんが裏口入学をしたという可能性は少ないわ。実際、あの子、私よりも成績よいもの」
それは意外だった。渋谷さんは笑った。
「私、成績よいと思ってた?」
「そんなこと、わからないし」
「生徒会役員だからといって、成績がいいとは限らないわよ。聞かぬが花ね。長い前置きで申し訳なかったわ。つまり、風見さんは越境入学してきたのよ。水鳥小学校学区であるにもかかわらず、どうしてもレベルの高いうちの小学校でばりばりやりたかったからってこと」
「でもその前に、品山小学校から転校してきたのでしょう?」
「あの学校からうまく入ることができるわけないじゃない。いい、知ってる? 過去五年間において、品山小学校から青大附中に合格したのは立村先輩だけよ。それも正統派のやり方じゃないのよ。一種のモルモットとして、よ」
あっさりと言い放つ渋谷さんの発言は、たぶん問題だろう。
彼女と話をしていていつも感じるのは、自分の身の回りにいる人たちを完璧に上と下に分けて観察しているということだった。風見さんにもそれは感じなくもない。ただ、渋谷さんの場合だと、そう言い切ってもかまわないと周囲にも思わせるだけの自信があった。風見さんが同じことを言っても、誰かが疑問符を持ってきて目の前にぽんと出してしまいそうだけども、渋谷さんだったら頷いてしまう何かがある。
「そうなの、品山小学校はそんなにレベルが低いの」
「だかららしいわね。風見さんのご両親は、青大附中に彼女を合格させたくて、あえて家を引っ越すことができるんだもの、そりゃあ、お金持ちよ」
ごもっとも。私には想像つかないほど、きっと、そうなんだろう。
私は風見さんの風鈴っぽくがっちり固められたヘアスタイルを思い浮かべた。いつもつやつや輝いている髪、あれは相当お手入れしないと無理だろう。また、学校祭の時もいきなり「ロイヤルコペンハーゲン」とか有名な食器のブランド名を口に出したりしたっけ。行動が少し頭のレベル差し引きされるような感じだけど、それなりにいいものを使ったり見たりはしているのだろう。
「そんなお金持ちのお嬢さまの家に、行くのね」
「大丈夫よ。私も何度か行ったことあるしね、ほらあそこよ」
見ると、取り囲む二階建ての家々とはどうも不調和な色合いの建物が目に付いた。
大抵の家が白や淡いクリーム色なのに対して、その家は少し暗めのピンクに彩られていた。差し色はブルーで、どうみても周囲との調和が取れていない雰囲気だった。裏からかすかに潮風が流れてくる。窓から海が見えそうだけど、津波に遭ったらどうするんだろう。玄関の呼び鈴を押す直前まで、私はいろんなことを考えた。
「わあい、来てくれたのね、ほら、ママ、私の友だちよ」
風見さんはいかにも、さっきから出入りそわそわしていたようのが見え見えだった。靴が脱ぎっぱなしにされているのは、きっと私たちが来るのを今か今かと待ちわびていたからだろう。慌てて靴をそろえて脇に置くと、
「こちらが、私の親友の、佐賀はるみさんよ」
隣ですでに顔見知りの渋谷さんが頭を下げている。目の前で迎えてくれたのは、風見さんとほとんど同じ髪形をしている女性だった。年齢は結構いってそう。たぶん五十才くらいかな。薄く茶色に髪の毛を染めている。
「ようこそ、百合子といつも仲良くしてくださってありがとう」
「じゃあ部屋に行ってるから、ママ、早くお昼持ってきて!」
私たちは靴を揃えて玄関に上がり、もう一度丁寧に礼をした。
渋谷さんが手馴れた風にかばんから小さな箱を取り出した。よく見たら、有名なチョコレートのブランド名が箱の上に印刷されていた。お土産ってことだろうか。でも包み紙なしというのはどういうことだろう。渋谷さんはよどみなく続けた。
「あの、うちの母がぜひに召し上がってくださいとのことでした」
「あらあら、ありがとう。いつもありがとう」
何も持っていかなかったのはまずかったかもしれない。そういえば梨南ちゃんの家に行く時もこうやってうちの母が持たせてくれてたっけ。少し気まずい思いで立っていると、風見さんの声が響き渡った。
「早く、そんなところにいないで!」
階段を昇って一番奥の部屋に通された。ドアでしっかり区切られていて、黄色いリボンでいっぱいの壁紙がびっしり張り巡らされていた。どこかで見たことのあるような雰囲気だった。渋谷さんと私はベッドの上に腰掛けた。
「それにしてもねえ、どうしたの今日はふたりとも、元気ないよ」
「別にそういうわけじゃないわ」
私が答えると、風見さんはまたぶんぶんと首を振った。風鈴揺れた。
「そんなことないよ。なんだか隠し事してるなあって気がするなあ。私を仲間はずれにしたでしょ?」
そんなことないわ、そう答えようとしたところに渋谷さんが救ってくれた。
「ドリ、あまり変な勘ぐりするのやめたら? 佐賀さんが困ってるわよ」
「だってえ」
甘ったれた口調ながらも、不承不承に追求を止めてくれた渋谷さん。動物的直感は鋭い人かもしれない。このあたりは扱い方のうまい渋谷さんに任せておいた方がよさそうだ。
「紅茶、何がいい? アールグレイ? それともウバ?」
「いいわよ、ドリのお勧めで」
「じゃあ、最近覚えた最新メニューご用意するわよ。知ってる? トルコのチャイって飲み物。紅茶をミルクで煮出すのよ。さっきママに淹れ方習ったの」
この人、本当に私と同じ年齢だろうか?
なんで「ママ」なんだろう?
聞いているだけで気恥ずかしくなってくる。
「ドリ、お任せするわ。私が持ってきたお菓子といっしょにいただきましょう」
落ち着いて交わす渋谷さん、そうとう風見さんの扱い方に苦労してきたんだなって思った。
背を向けて部屋を出て行った風見さんを見送りながら、渋谷さんはまた私に目配せしてきた。言いたいことは、わかる。
「しばらく戻ってこないけど、少しだけ注意した方がいいわ」
また、「注意」だ。今見たところ、渋谷さんが心配するような出来事は特に起こっていないようす。家の色がピンクというのはちょっと何か違うのではと思うけど、中はそれなりに女子の部屋っぽいし、お母さんもお年を召している以外とりたてて問題はないような気がする。
「彼女の家族、あとお兄さんとお姉さんが四人いるのよ」
「五人きょうだい?」
「そうなの。だからもしかしたら、その人たちが私たちを様子伺いにくるかもしれないから、その時にはめいっぱい笑顔で『お邪魔してます!』と答えるのがコツよ」
きょうだいたちが顔を出すなんてこと、あるのかしら? たとえば私の場合だと、弟の基樹が幼稚園ってこともあって、とにかくうるさく付きまとってくる。こうやって外に出るようにしているのも、基樹の面倒を押し付けられたくないというのもあった。
「それが、私とあの子との契約条件なのよ」
また意味不明なことを渋谷さんは言った。契約条件って、何だろう?
尋ねる間もなく、噂をすればなんとやら。ノックする音もなく、いきなりドアが開いた。
「あら、名美子ちゃん、こんにちは」
黄色いシャツに緑色のネクタイ、それに共色のひだスカート。この格好はたぶん、私立高校の制服だろう。青大附属でないことだけは確かだった。とにかく丁寧に頭を下げることにした。
「おじゃましてます」
「あら、あなたは? 百合子のお友だち?」
「はい、佐賀といいます。おじゃましてます」
私も同じく「おじゃましてます」を繰り返した。じろっと私を値踏みする視線がやたらと鋭いのはなんでだろう。肩につかない程度のストレートボブヘアなのだけど、やはり不自然にまっすぐで艶がある髪の毛。目が少し細いのはやはりきょうだいの遺伝なのだろう。
「あの子もずいぶんまともな友だちを作ったもんよね。苦労するだろうけど、よろしくね」
苦労? なんだか初対面の相手に対してずいぶん失礼なことを言うものだ。でも、妹を心配して言う言葉ならば、言い返す必要もないだろう。私は笑顔でこっくりと頷いた。ドアが閉まった後、渋谷さんは耳元でささやいた。
「あの人、四番目のお姉さんよ」
「何か私、じろじろ見られていたような気がするんだけど、何か目立ったことしたかしら」
「あの人いつもそうよ」
あっさりと渋谷さんは断言した。
「五人きょうだいの中で風見さんは末っ子でしょう。いつもばかばかってばかにされているらしいのよ。いろいろと事情があるみたい。で、きょうだいのみなさまは末っ子の友だちがどのくらいのランクに属する人間なのかが気になって仕方ないの。自分たちよりも上か下か、レベルが高いか低いか、そればかり気にしてるのよ」
ランク、レベル。また心が閉まる。
「さっき品山小学校のこと話したでしょう。風見さんの部屋はわりとまともなインテリアだけど、居間につれていかれた時はもうびっくりしたわよ。いったいこの人たち、なんでこんなセンスのない飾り方してるわけ?って驚いちゃったもの。いい? よく旅行先で見かけるペナントとか、その場所の名前が大きく書かれているような飾り物。酉の市の熊手、きんきらきんの虎の置物。とにかく、色彩のセンスなくただ飾ってあるってだけ」
イメージしてみる。修学旅行の時に男子たちがこぞって買いあさっていたペナント。あれは部屋に一枚貼りつけるだけならいいかもしれないけれども、あまり表に出したくないものだった。健吾も実は派手なものが大好きでよく部屋にバスケットボール選手のポスターをいっぱい張っているなあ。なんて思い出した。
「とにかく、違うのよ。私たちと、感覚が」
最後の「感覚」という単語を、渋谷さんは強く発音した。
チャイという飲み物は美味しかった。この前行った「アルベルチーヌ」で飲んだ紅茶よりも私好みだった。甘くて、それでいて温かくて。また一緒に出てきた散らし寿司や渋谷さんの持ってきてくれたチョコレートも。
「私がんばったんだもの、ねえ、美味しいでしょう?」
「うん、とっても」
嘘なく私は大きく頷いた。
「ほんとうね。ドリが学校祭でお茶係になった方がよかったんじゃないかな」
明るく誉める渋谷さん。笑顔でいっぱいだった風見さんがいきなり、髪の毛をまた風鈴状態に振った。
「冗談じゃないわよ。私、あんな牢屋に閉じ込められるようなことしたくないわよ。あのばか女子と一緒に何するっていうのよ、許せないわよね私」
「ごめんごめん、冗談冗談」
「冗談でもそんなこと言わないでよね。私、純粋にお茶が好きなだけなんだからね。だって私、こういうのを人前で恥ずかしくもなく堂々とやるなんて、みっともないったらないわよ。ほら、ハルのことをいじめていたあの女子よ。杉本? あの女子最低よね」
「友だちのことを悪口言うのはやめて」
言おうとして、はっとした。膝に手が伸び、軽く叩く気配がする。横目で見るとそれは渋谷さんの手だった。がまんして、の合図だろうか。渋谷さんの判断ならしかたないだろう。
調子に乗ったのか、また風見さんは反省の色なく続け語った。
「あんな女子に生徒会長やらせてたまるものですかって言いたいよね。ああいう奴はね、E組のおかしいクラスで、おかしい馬鹿評議委員長と一緒にくっついていちゃいちゃしてればいいのよ。私たちに迷惑かけないでいてくれればいいのにね。ナミー、そう思わない?」
「ドリ、少し言い過ぎよ」
「だって、頭くるじゃない! 生徒会をあの女の手で汚されるなんてやだって言いたいでしょ。ねえハル、ほんとはね」
私はしばらく、口の中で甘く広がるチョコレートの味も感じられずにいた。
今、風見さんが梨南ちゃんに対して言った一節。
──あんな女子に生徒会長やらせてたまるものですかって言いたいよね!
──梨南ちゃんが、生徒会長? まさか。
頭の中が少し混乱してきている。まだ口の中のチョコが溶け切らない。そっと奥歯で噛み砕いた。隣の渋谷さんが困った顔で私をちらと見、静かに告げた。
「ドリ、悪いけどまだ決まっていないことをべらべらしゃべらないでくれる? 生徒会内の問題よ。ドリは余計なこと言わないでね」
「だって、大変だよね、だって、だって」
言い募る風見さんに、渋谷さんは止めを刺した。
「もし余計なことを言いもらしたりしたら、親友やめるから、いい?」
「親友」という言葉。
いったい、なんなのだろう。
かつては私も梨南ちゃんのことを「親友」だと思っていたけれど。
渋谷さんと風見さんが親友だとしたら、いったい「親友」って心を許しあえる存在なのだろうかと疑問が湧いてくる。最初から渋谷さんは、風見さんのことを徹底的に見下している。仔細はわからないけれども、同じ小学校でいながら、品山小学校からの転校生というところにその理由を見つけている。もちろん、品山小学校から青大附中に合格した人が、過去五年間で立村先輩だけというのはちょっと、レベルに疑問を感じても不思議はない。だけど、そういう相手をあえて友だちでいる理由ってなんなのだろう。
「契約」「約束」「親友」
いくつかのキーワードが脳内を駆け巡っている。
だんだんひきつけられていく渋谷さんの思考に、私はまだ、踏み込めない。
踏み込んだら最後。正々堂々とは全く異なる社会に、すとんと座り込んでしまいそうだった。
「いいわよ、もう、みんな意地悪」
納得したのだろうか。魔法の言葉「親友」でもって、風見さんはおとなしく散らしご飯に箸をつけ始めた。箸の持ち方が拳骨握りで、しかもぽろぽろ落としている。時々先をなめるしぐさをする。こんな食べ方したらお父さんやお母さんに怒られたりしなかったのだろうか。うちの基樹はいつも食事中、お父さんに怒鳴られて泣いているのに。
隣の渋谷さんは私と同じく、きちんと箸を使い、甘いそぼろ部分をふっくらしたまま口に運んでいた。