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 本当はその日のうちに話をするつもりでいたけれども、私も渋谷さんもそれぞれ学校祭の後片付けがいろいろあって忙しかったし、また別の日は風見さんがまとわりついてきてほとんど話にならなかった。それでも休み時間、B組の女子たちから離れてゆっくりできるのは気が楽だったし、渋谷さんの性格もなんとなくつかめてきたし、それなりに楽しかった。金曜日の放課後はたまたま委員会がなかったこともあって、それなりに話が弾んだ。生徒会は今、次期選挙の準備で大変な時期なのに、大丈夫なのかしら。余計な心配をしてしまった。


「ね、だから言ったでしょ! ハルは絶対、ナミーと話が合うって。よかった、ほんと頭のいい同士の友だちが出来てうれしいな。ね、今度の日曜、一緒にうちに遊びに来ない?」

 たった三日しか経っていないのに、完全な親友気取りの風見さんに私は戸惑っていた。決して嫌いなタイプではないにしても、もっと時間をかけてもいいだろうにと。ただ、それは私だけの感じ方であって、たぶん風見さんは急いで友だちになりたいと願うタイプなのだろう。私はそっと渋谷さんを見た。彼女が風見さんにどう対応するかを見極めたかった。

「ドリ、そうね、でも悪いけど土日はとにかく忙しいのよ。だから、今度にしましょう。学校祭で付き合えなかった友だちと会わなくちゃ」

「えー、私は?」

「ドリにだってたくさん友だちいるじゃない」

 口を尖らせてぶんぶん首を振る風見さんはやっぱり、ベルに見えた。

 可愛いんだけれども、ちょっとうるさい。

「それよりも佐賀さん、評議委員会のことで少し聞きたいことがあるんだけど、ちょっとだけ中庭で話を聞かせてもらっていい?」

「私も一緒だよ、ね?」

「だめよ」

 きっぱりと渋谷さんは切り捨てた。

「悪いけど、委員会関係の話はビジネスだから、関係ない人には入ってほしくないのよ。ドリ、そのこと、わかるわね」

 ついさっきまでは大人っぽく微笑んでいたのに、渋谷さんの口調が先生っぽく厳しくなった。この変化ってなんなのだろう。風見さんもかなりむくれたものの、

「わかったわよ。どうせ私は委員会入ってないもんね。ナミーとは違うもんね」

「ごめんね、でも今度別の時にちゃんと話をするわ」

 すぐに渋谷さんは風見さんをなだめるような口調に和らげると、ちらと私の顔を見た。

 ヘアバンドを少し指先で直すようなしぐさをした後で、

「じゃ、行きましょ。中庭へ」

 私に断る気持ちはなかった。頷くと私は、風見さんに軽く手を振った。


「今日は大丈夫なの?」

 三日話すとだいぶ渋谷さんの性格もつかめてきた。朝せっけんできちんと顔を洗ったような清潔感がある。露骨にすぱすぱ言うわけではないのだけど、自分のしたいことはきっぱり押し通す。友だちであってもそれは変わらず、風見さんに対しても同じ。一瞬にして厳しさとやさしさが入れ替わった表情に、私は思わず息を呑んだ。もちろん見えないようにはしていたけれども。気付いただろうか。

「大丈夫よ。会長たちにもちゃんと話してきたしね」

「サボりだって言われない?」

「大丈夫。いろいろ生徒会にも事情があるのよ」

 その辺はあまり詳しいことを話さないでおいた。事情は評議委員会にも、どこにでもあることだし、なにせ私の立場が「次期評議委員長の恋人」なのだ。口を滑らせてまた、立村先輩ににらまれたら大変なことになるだろう。

 中庭に出て、真っ黒い石が三個ならんでいる場所へと向かった。なにげなく内緒話をするにはちょうどいい場所だった。椅子代わりにもなるし、うまく木々の葉陰になり姿も隠せるし。真上に窓が見えるのだけが少し心配になるところだけど、小声で話せば大丈夫だろう。私は平べったい石に腰をおろした。真向かいの石に腰掛けるのかと思ったら、渋谷さんは同じ石にお尻をくっつけるようにして隣に座った。同時にふたり、ふっと息をついた。

「風見さんがいないほうが、ゆっくり話せるでしょ」

 すぐに身体を寄せるようにして、渋谷さんは風見さんのことを苗字で呼んだ。

 三人でいる時は「ドリ」と呼んでいたのに、なぜだろう。

 いきなりの展開に頭の中をもう少し整理したくなった。渋谷さんはこともなげに続けた。

「あの子がいると、いろいろ面倒だしね。あの子、佐賀さんが大好きよ。ほら、刺繍クラブで一緒になったでしょう。あの頃から佐賀さんと友だちになりたいって言ってたのよ。噂いつも聞かされてたわ」

「そうなの」

 好意をもたれるのは嬉しいにしても、風見さんほどのオーバーアクションにはTPOを考えてほしいとちょこっとだけ思っていた。

 でも、渋谷さんだって風見さんの友だちなのだし、決して嫌ってはいないのだろう。

 言い方に気を付けよう。大切な友だちをけなすような形になってはいけない。

「でもちょうどよかったわ。私も前から佐賀さんと、ゆっくりおしゃべりしたかったの」

「どうして?」

 ほつれ毛が気になってしまった。指先で直していると、不意に渋谷さんが意味ありげに笑った。

「なんだか、私と似てそうで」

 私は黙って座りなおした。中庭には一年女子たちがまた集まっているのか、甲高いはしゃぎ声が聞こえた。学校祭で団結力が強まったクラスではよくあることなのだという。

「風見さんも言ってたのよ。なんだか佐賀さんと私とは話が合いそうな気がするから、絶対に友だちになってほしいってね。私も今、話しててなんとなくそういう気するのよ。なんでかしらね」

「私も、わからないわ」

 私はあらためて渋谷さんのうりざね顔を観察してみた。


 決して美人だとか、可愛いとか、そう目立ったところはない。かといってものすごくぶさいく、というわけでもない。美人とかブスとか、そういうくくりではなくて、なんとなく「上品」。卵型にきちっとボブヘアが似合っている。無理にヘアブローしたわけではないのに、つやつやと光っている。ある意味、風見さんに似ているようで全く似ていない。髪の毛をぶんぶん振っても、渋谷さんだと風鈴にはならない。ちゃんと「髪の毛」のままだ。

 生徒会の人として一応は目立つ位置にいる人だけど、こういう風に寄り添っておしゃべりする機会がなければただそれだけの人で終わったタイプだろう。評議委員会においても生徒会との繋がりは、三年生と健吾以外はほとんどないように聞いている。

 もともと青大附中生徒会が存在感ないというのは委員会に関係している人たちの言い分であって、一般生徒たちからしたらそれなりに認識度は高いのではと私も思っていた。青大附中において一番の実力者が評議委員長であることは、誰もが認めることでもある。ただし、委員長だけが目立っていてその他の評議委員の名前が挙がることは、めったにない。次期評議委員長に上がるであろう健吾の名前だけはやたらと有名だけれども、本来ならもっと高く取り上げられてもいい現三年生ナンバー2の天羽先輩の話は全く一般生徒の中に広がっていない。だからこそ、こっそりいろいろ隠密行動できるのだろうと私は解釈していた。

 天羽先輩よりもずっと有名なのが、たぶん渋谷さんを代表とする生徒会メンバーだろう。

 私も、直接話をする前から、それなりに彼女の存在は認識していた。

 

「委員会のことって、何?」

「いいのよあれは。ただの言い訳」

 あっさりと渋谷さんは答えた。にっと笑った。

「佐賀さんとは風見さんをはずした形で一度きちんと話をしたかっただけだから。私も佐賀さんにいっぱい聞きたいことあったしね」

 何を聞かれるのだろう?

「でも、不思議でしょう。なんで私と風見さんとが付き合っているかってこと」

 いきなり渋谷さんは話をかえた。

「他の子にも最初に言われるのよ。なんで、あんなうっとうしい子、側に近づけてるのって」

「そんなこと思わないけど」

「嘘言わなくてもいいわ。私もそう感じてるから」

 背筋が冷えた。

 なに、この人、言ってるんだろう?

 渋谷さんはしばらく私の顔を注意深く観察していた。沈黙、約五秒程度。長く感じた。

「それで、つらくないの?」

「聞きたい?」

 私は頷いた。

 もしこれが梨南ちゃんだったら、目の前の渋谷さんのことを即座に「最低だわ」と断罪するだろう。人間として最低だと、友だちをだましている最低女だと。

 なのに、全然そんなむかむかした気持ちにならなかったのはなぜだろう。

 どきどきしながら私は渋谷さんと向き合った。足を斜めにして、ぎりぎりつま先が渋谷さんの靴に触れる寸前にしてみた。


「私もね、一年の頃から佐賀さんのことを気にしてはいたのよ。あんな酷いいじめをクラスの女子たちにされたのに、自分ひとりで克服して、いつのまにか二年のスターになってしまったんだもの。これって本当にすごいことだと思うわ」

 スター?

 なんだかくすぐったいようで、それでいてまだ信じられなかった。私のことをたっぷり誉めてくれるのは佐川さんだったけど、彼の言葉はすんなりと自分に染み入り安心していられた。なのに、渋谷さんの言葉は質がちょっと違う。ひりひりするといった感覚が神経に染みてくる。

「どうして私のことを知っていたの?」

 次期評議委員長・新井林健吾の恋人だから? もちろん健吾の見せびらかし方からしたらそれも頷ける。でも、それだけの理由で私に目をつける理由ってなにがあるのだろう。

「ひとつ、聞いていい?」

「いいわよ」

「なぜ、風見さんと渋谷さんは友だちなのかしらって思ったの。ううん、言いたくないのならいいのだけれども」

「いいわ、知りたいわよね。当然よね」

 渋谷さんは窓によりかかり、戸にしっかりと鍵をかけた。

「風見さんは動物的直感が鋭いから、気をつけないとね」

 言葉にかすかな刺を感じた。

 私の感じていたことはたぶん間違っていなかったってことを、確信した。

「風見さんとはね、小学校が一緒だったのよ。彼女、五年生の時、品山小学校から転校してきて、私のいたグループに加わったの。それ以来の付き合いよ。人懐っこいというか、ものおじしないっていうのかな。一歩間違うとずうずうしいんだけど」

「品山小学校?」

「そう、品山小学校からだと、教師の質とか児童のレベルとかに問題があるからってことで、ご両親の考えで引っ越したらしいのよ。あの子、ああ見えてもお嬢さまなのよ」

 お嬢さまか。腑に落ちた。青大附中にはまずいない個性。普通の環境では得られないものだろう。それに、中学受験のためにだけ小学校を転校させるなんて、まず通常は考えないだろう。

「その時結構いろいろあってね、青大附中に入る段階であの子と契約を結んだの」

「契約?」

 どきんとした。意味不明。だって友だちになるのに、なぜ契約なんて必要なのかしら。

「親友になるってことよ」

 理解できそうにない。

 部屋に鍵をかけられた現実に気付き、こわくなる。

 渋谷さんは私がいろいろと考えていることなんて、ちっとも気付いていない風に話しつづけた。

「あの子、この世で一番大切なものはなに?って何かの折りに聞かれたことがあるんだけど、即座に『友だち』って答えたのよ」

「そうなの」

 わからなくもない。私も、小学校時代の友だちはかけがえのないものだと思っている。

「でもね、それには条件があるの」

 あごを乗せるようにして、渋谷さんは肩肘をつき、もう片方の手でこつこつ机を叩いた。

「頭がよくて、クラスでも人気者チームにいるような友だち。そういう子でなくちゃいけないの。あの子にとってはそういうタイプの友だちが好きなのよ。たぶん、佐賀さんもそういう風に見えたんだと思うわ」

「でも私は嫌われているかもしれないのに、クラスの女子にみんな」

 私が言いかけたのを、渋谷さんはさえぎった。

「違うのよ。レベルの高い女子っていうのを、風見さんは嗅覚鋭く勘付くのよ。たとえ佐賀さんが全校の女子たちから無視されていたとしても、風見さんはためらうことなく『ハルー』って声かけたはずよ。そういう子だもの」

 なんだか落ち着かない。むずむずしてきた。膝あたりのスカートをつまんだ。

「反対にあの子から見て、価値のない女子に対しては厳しいわよ。それこそ怖いくらいよ。べたべたしてきて、お高く留まっていて、執念深いタイプの女子は大嫌いみたいね」

 ──だから、梨南ちゃんのことを呼び捨てにしたのかしら。

 心臓がとくとく鳴り響き、今にも破れそうだ。

 渋谷さんが何を言いたいか、なんとなくぴんときたせいかもしれなかった。

 私は言葉少なく尋ねた。

「でも、渋谷さんはどう思っているの?」

「やはり、そう思うわよね。そういうことよ」

 頬骨の少し高めなほっぺたにえくぼが出来た。


 だいたい渋谷さんの言いたいことが読めた。なんだか、佐川さんになったみたいだった。

「わかるけど、どうして私にそういうことを聞くのかしら?」

 渋谷さんは黙って、私の口元あたりに視線を向け、小首をかしげた。少し口元をつぼめている。

「たいてい私と話をすると、皆聞くのよ。なんであの風見さんと友だちなの? うるさいだけで鬱陶しいじゃないってね。面倒だから私も、親友だからしょうがないでしょってことでごまかしてきたの。でも、佐賀さんには本当のことわかってもらえるかもしれないなって思っていたの。一年の頃からずっとね。だから、続きは別の場所で」

 ここまで言われたら、途中で帰るなんてどうして言えるだろう。

 誘われてすぐ、ついていくしかない。そうしなくちゃいけないような気がした。


 しばらく関係のない話……可愛い文房具やキャラクターグッズなど……をしながら通りを歩いていた。本当の話を人ごみの中ですると、どこかで噂が流れてしまう可能性がある。ただでさえ私は評議委員だし次期評議委員長の恋人。渋谷さんは有名な生徒会副会長。梨南ちゃんを応援する上級生たちに知られたらまた何か嫌がらせされるかもしれない。健吾に押さえてもらうこともできるけれども、できれば波風を立てたくない。

「そうなんだ、佐賀さんもピンク系が好きなのね」

「うん、下品だって言われそうだけど」

「そんなことないわよ。似合ってるもの。佐賀さんにはふわっとしたお嬢さまっぽい雰囲気の服がぴったり合ってるわ。私はどちらか言うとレモンカラーが似合うって言われているんだけど、どうなのかしら」

 こういうかわいらしい話もできる人なのに、なぜあの場所では恐ろしい言葉をいくつも吐いたりしたのだろう。茶の色彩が強くなった洋服店のショーウインドーを覗き、あれが着たいこれが着たいとおしゃべりしている時の渋谷さんとは全く同じに思えなかった。

「きゃあ、これ可愛い! 佐賀さん、いいよねこれ。うわー、でも高い! クリスマスプレゼントに誰かくれないかなあ」

 途中、真っ白いテディベアのぬいぐるみを発見し、大喜びで手にとって頬ずりしている渋谷さんを見つめつつ、私は判断に迷っていた。

 佐川さんのいう、友だち、彼女はそういう対象なのだろうか。

 気持ちの中ではもっと語りたい、一緒にぬいぐるみをだっこしておしゃべりしたい。

 でも、その奥に隠れているしたたかな計算も、すでに私の前に差し出されている。

 ──私はこういう性格よ、さあ、どうする?

 そう問われているような気分だった。果たして風見さんは、渋谷さんにそう思われていることを気付いているのだろうか。そして渋谷さんの性格に全く嫌悪感を感じない私を、どう受け止めればいいのだろう。友だちになんて、なれるのだろうか?

「さ、ここよ。入りましょう」

 フランス語でわからない言葉が綴られている看板の店の前で渋谷さんは立ち止まった。駅前からどうやってたどり着いたのだろう。

「ここ、なんていうお店?」

「『アルベルチーヌ』っていうのよ。美味しいケーキが有名なの。先輩に一度連れて来てもらったことがあってね、それ以来特別な時にここへお誘いしなくちゃって思っていたのよ」

 今回は特別な時なのだろうか。

 私を誘うということが。

 素直にこれは受け入れてみよう。

「素敵な雰囲気のお店ね」

 入ってみるとそこにはフリルをたくさん重ねたようなドレスをまとった女性たちでいっぱいだった。満席なのではないかと少し心配になった。でも渋谷さんは落ち着いていて、

「空くまで待ちます」

 あっさり伝えて待ち時間用の椅子に腰掛けた。私も座ろうとした拍子にすぐ、

「こちらへどうぞ」

 奥の方へ誘われた。丸いテーブルと少し低めの椅子が用意されていた。

「ここは紅茶が美味しいのよ。ウバのミルクティーにするけど、佐賀さんは?」

「私も同じでいいわ」

 本当のことを言うと、紅茶の区別なんて私にはつかなかった。梨南ちゃんだったらなんて言っただろう。ちらと思い出した。


 しばらく通りで見つけたテディベアの話で盛り上がっていた。銀の食器で届けられた紅茶とケーキがどうも私にとっては高級すぎて、味も良くわからなかった。きっと、美味しいんだろうとは思うのだけど、たまにお父さんが買ってきてくれるロールケーキと味がそれほど変わらないような気もした。そこが梨南ちゃんに軽蔑されたところなのかもしれなかった。なんだかこういう風な、お嬢さま風の場所に来るたび、辛くなるのは梨南ちゃんの呪いだろうか。

「そうそう、それでね、話をさっきのことに戻したいんだけど、いいかしら」

 紅茶にたっぷり砂糖を入れかき混ぜていると、渋谷さんがケーキを食べる手を止めた。

「いいわよ」

「私が、どうして風見さんのこと、親友扱いしているかってことよ」

 とうとう来た。味がまた、渋くなりそうだ。

 私はちらっと周囲を見渡した。誰もいないはずだ。少なくとも青大附中に関係しそうな人はいないと思う。でも、家族が関係者という可能性もないわけではないだろう。

「大丈夫よ。ここに来る人、うちの学校の子いないから。それに、風見さんも絶対に来ないから」

 そんな自信たっぷりに断言してもいいんだろうか。話を早く始めたくてならないのは、どうやら渋谷さんのようだった。そんなに私と話をしたい理由ってなんなのだろう。余裕を見せたくて、私は紅茶を一口すすり、ゆっくりとソーサーに戻した。


「佐賀さんはどうして、あの杉本さんって人とずっと腐れ縁でいたわけなのかな。佐賀さんみたいな人だったらもっといい友だちがたくさんいたはずなのにね。私、いつもそれが不思議でならなかったの。別のクラスだし直接聞くのもぶしつけだと思ったし。でも、風見さんのおかげで少し近づくことができたんだし、このあたりは先に聞いておきたいなと思っていたの」

「いきなり、びっくりしたわ」

「ごめんね。でも、佐賀さんのような人がなんでって、私もそうだし風見さんも、生徒会の人もみんな思っているんじゃないかな。ごめんね。根掘り葉掘り聞くようで」

 私は戸惑いを隠すためにケーキをひとかけら、フォークで切り刻んだ。

「私と梨南ちゃんは、小学校の頃から同じクラスだったの。あの頃私は泣き虫だったし、梨南ちゃんがいろいろとかばってくれたの。だけど結局梨南ちゃんと私はうまくいかないってことが、私の方でわかってしまったの。だから、裏切ったってことになっちゃったの」

 簡単にまずは説明しておいた。正直なところ、どう話をすればいいのかわからない。ただ、全く知らない第三者あての説明としてはこれが一番わかりやすいのではないだろうか。梨南ちゃんを罵っているわけでもないし、私を自己卑下しているわけでもない。健吾の話は混ぜていない。事実を述べただけだ。

 渋谷さんはふんふん頷いた。ケーキ、それっきり口にしていない。

「そうなの。でも不思議ね」

「なにが?」

「佐賀さんの方が、うまくいかないって思ったのね」

「そう」

 詳しいことを説明してと言われても、私も迷う。

「そう。ずっと私は梨南ちゃんに頼りっぱなしだったの。たとえばね。ここのお店」

 ぐるっと見渡した。薄茶色のドレスを来た女性組ふたりが、出口で会計を済ませていた。

「ああいうドレスとか、こういう紅茶とか、この椅子とかあるでしょ。こういう雰囲気が梨南ちゃんは大好きなの」

「ああ、らしいわね。だから音楽室一室を、杉本さん専用の喫茶店にしたんですものね」

 良く知っている。やはり生徒会でも梨南ちゃんの存在は強烈に焼きついているのだろう。

「そうらしいわ。でも、私は、うまくいえないけど紅茶はどれも同じだし、ケーキも」

 こそっと声を潜めた。

「スーパーの美味しいのと変わらない味にしか思えないし。それにノートとかカンペンも、ピンクでいっぱいのキャラクターグッズの方が好き。でも梨南ちゃんからしたらそれは、下品な人間の好みだって言うの。もちろん梨南ちゃんはそういう趣味だからしょうがないのだけど、私はやっぱり違うんだって、小学校卒業する時に気が付いたの」

 これで大丈夫だ。梨南ちゃんの悪口では決してない。もし立村先輩が聞き耳立てていたとしても、言い訳できる。

「そうなの、うんうん、わかるわそれ」

「でも、梨南ちゃんはそう思ってくれなかったの。そうだと思うわ。今までずっと親友だと思ってきた相手が、いきなり私は違うって言い張り出したのだもの。だからそれ以来、梨南ちゃんは私を無視し始めたの。もちろん、私も悪かったと思うの。言うべきことをきちんと言わないで、流されるままだった私がね。でも、私だけではなくて他の人たちや男子たちにも迷惑をかけ始めてしまって」

「それで桧山先生が怒り出したというわけね」

「そういうことなの。もっと私が上手に言うことができたらよかったのだけど」

 ほっと一息ついて、私はイチゴをそっと口に運んだ。

「でも噂によると、相当杉本さんは、佐賀さんのことを恨んでいるようね」

「しかたないわ」

 梨南ちゃんの大好きだった健吾を、私が奪ったようなもの。だからそれで恨まれるのは覚悟していた。でも私からしたら、健吾と梨南ちゃんは、タイプが違いすぎるし、住む世界が全く異なる。「アルベルチーヌ」の中でお上品に振舞いたい梨南ちゃんに付き合ってお茶してくれるのは、世界狭しといえども立村先輩ひとりだけだろう。梨南ちゃんは立村先輩に思いっきり甘えればいいのだ。そうすればいくらでも、やさしくしてもらえるのに。守ってもらえるのに。そして、関係ない人たちには迷惑かけないですむのに。

「でも、それって大損だって思わない?」

「なぜ?」 

 問いの意味がわからず、私はフォークを持つ手を止めた。

「そんな単純でおばかな人を、どうせだったら利用すればよかったのよ」

「利用?」

 また、身体が震えてきた。なんでだろう。この人にはテディベアを抱き上げて「きゃあ、可愛い!」と微笑んでいる一瞬と、「さっさと帰って!」と言い放つ氷の冷たさが両方宿っている。どうしてなんだろう。そんな人が私になんの用なのだろう。

「いい、佐賀さん。私がなぜ、風見さんと友だちでいるかわかる?」

 首を振って答えた。わかりそうで、わからない。わかってしまったら、まずい。

「つまりね、あの子は利用されてもいいって、自分から志願してきた子なの」

「志願してくるって、契約?」

「そうね。小学校卒業して、青大附中に入学する時、約束したの」

 渋谷さんも彼女なりに考えるところがあったのだろう。両膝に手をおき、背筋を伸ばした。

「私を親友扱いするのはかまわないけど、一線は越えないでねってね」

 一線ってなんだろう? 

「そんなびっくりすることじゃないわよ。ほら、よく女子同士でいるじゃない? 親友だからわかってくれるわよね、とか親友だから味方になってほしいとか言い合うの。私も女子だから気持ちがわからないわけじゃないわよ。友だちだからこそわかってほしいってのはある。けど、それを風見さん相手に打ち明ける気にはならないの。そこのところだけ、わかってねってきつく伝えたのよ」

「それで、風見さん、いいって言ってくれたの?」

 指先が冷えたのは、決して室温が下がったからじゃない。かえって暑いくらいなのに。

「たぶん、わかってなかったみたいね」

 さっと切り捨てるように呟くと、渋谷さんは静かに笑った。

「だから、折々にきちんと伝わるよう態度で示す必要があるけど、それはそれでいいわ。私なりにいい関係ではいると思っているから。風見さんの望んでいるものをそのまま、私はあげてるだけ。一緒にいる時に『ドリ』って呼ぶことと、たまに家へ遊びにいったりすること。時々あの子の話を聴いてあげることもあるわ。でもね、私の方から話をしたいとは思わないわ。だって、あの子と話しても何も、得るものがないもの。性格はいい子だし、決して嫌いなタイプじゃない。でも、今、佐賀さんと話している時のような気持ちは味わえないわ」

 私はどう答えたらよかったのだろう。

「そうなの」

 頭の働かない言葉しか返せなかった。

「だから、佐賀さんもそうすればよかったんじゃないかなって思うわ」

 渋谷さんが話しつづける言葉を聞き流しながら、私はやはり、梨南ちゃんと縁を切ってよかったのだと改めて感じていた。だって、梨南ちゃんは渋谷さんのような女子をこよなく嫌うだろう。同時に私は、もう渋谷さんを嫌うことはできなくなっていた。私が本来、梨南ちゃんにすべきことを、いまさらながらさらさら並べてくれていた渋谷さんを。

「そうよ、たぶん私が思うに、佐賀さんは杉本さんから縁を切るのではなくて、うまく利用する方向で考えれば大事にはならなかったんじゃないかしら。誉めて誉めて、誉めまくって、同時に他の友だちと仲良くして、本心言う友だちと建前の友だちとを分けて付き合えばよかったんじゃないかしら。杉本さんって人、噂でしか聞いたことないけれども、自分が頭よくてすごいんだってことがわかれば、単純に動く人らしいわ。そうして、試験前にノートを貸してもらったりすればよかったんじゃない?」


 どうして私は、渋谷さんともっと早く話をすることができなかったのだろう。

 ──梨南ちゃんを誉めるだけ誉めて、それから立村先輩をたたえるだけたたえて、そして二人をくっつければ、今までのことはすべて起こらなかったかもしれないのね。

渋みが強くなったミルクティーを二杯目、注いだ。

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