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 来週の月曜から生徒会役員改選告示が行われる。

 渋谷さんからのアプローチはまだ、あまりない。

「少し考えさせて」と答えたのがやはり正しかったのだろう。渋谷さんも頭のいい人だなって思う。私を無理やりせっついて「もういいわ、やっぱりやめた」と言われるのを恐れているのかもしれない。立候補者募集は一応金曜日が締め切りになっていると聞いているけれども、それまで様子見で通すことに決めた。佐川さんにもそう言われているし。

 それまで秘密が守られるだろうか。

 立村先輩は決してしゃべらないだろうか。

 私と佐川さんとの繋がりについては、健吾に話さない、そう以前は話していたけど、今回もしかしたらすでに健吾のもとへ情報が流れているかもしれない。立村先輩はふだんただの昼行灯に見えるけど、梨南ちゃんのことが絡めば何をするかわからない。私はちゃんと「梨南ちゃんのため」と強調したけど、また曲がった形で受け取られていたらどうしよう。

 立村先輩とE組の前で話した日の夜、私はすぐに佐川さんへ手紙を書いた。

 正確に言うと、「水野五月様」の宛名でだけど。


佐川さんへ


私はとんでもないことをしてしまったかもしれません。

立村さんとふたりの時を狙って話をしたのですが、私の後ろに佐川さんがいるものだと決め付けられてしまいました。佐川さんのことを新井林くんには話さないと前に約束してくれましたけど、梨南ちゃんのことが関係すれば何を言うかわかりません。

どうすればいいですか。お返事をお願いします。



 返事はまだ来ない。

 クラスの中で、側にいる時も、健吾の表情をそっと伺い様子を見る。

 いつも通りの健吾で、クラスの男子たちに発破をかけたり、私を無理やり廊下へ連れ出したり、ロングホームルームでは二学期に向けてクラス一丸となる行事の話題とか、いろいろ盛り上げている様子だった。

 健吾に怒りの火が点いたら、たぶん誰も止められない。

 今はその気配がない。

 でも、立村先輩が一言、私と佐川さんのことを話したとしたらどうなるだろう。

 以前も三月に危うく健吾に知られそうになった時、私は思いっきり泣いて否定したのだ。あの時改めて、健吾って涙に弱いんだなって思ったことを覚えている。でも、二度目の涙はたぶん効かないだろう。どうすればいいのだろう。

 生徒会改選のことよりも、私は佐川さんのことで思い悩む日々だった。


「おい、佐賀、どうしたんだ」

 上の空で健吾の話を聞いていたのを見破られたのかもしれない。私は慌てて作り笑顔をこしらえた。

 今日は日曜、健吾の率いるバスケットボール部の秋季大会が青潟市民体育館で行われた。朝一番の試合で青大附中バスケ部は、ものすごく大差をつけられて敗退した。私もずっと応援席に座って見つめていたけれど、健吾ひとりが一生懸命体育館を走り回ってもどうしようもなかったってことがよくわかった。だって、せっかく健吾がチャンスを作っても、他の部員さんたちがつなげられないのだから、しかたない。

 きっと健吾は落ち込んでいるだろう、そう思っていた。だからそっと、お弁当だけ置いて帰ってきた。そしたらすぐに電話がかかってきた。かなり強引に、

「すぐ来い」

 一言だけだった。反省会とかないのかな、とか思っていたけれども、試合後のいらいらしている健吾に逆らうといいことがないし、私も予定がなかったし、二人で待ち合わせることにした。久しぶりに二人っきりでいられた。

 いつもだったらほっとするのかもしれない。

 安心するのかもしれない。

「なんかあったのかよ、またあの馬鹿女か?」

 梨南ちゃんなんかもうどうでもいい人なのに。私は首を振った。

「違うわ。ちょっと風邪気味なだけ」

 健吾は納得した風にあごで頷き返し、またぺらぺらとしゃべり始めた。もともと健吾という人は、自分の試合結果に関して愚痴をこぼすタイプではなかった。だからあえて私も触れなかった。当り障りのない話題というと、やはり評議委員会の裏事情くらいだろうか。私も知ってて、健吾の方がもっとよく詳しくて、そんな話だけさせることにした。

「来週生徒会改選だろ、結構大変なんだぞ、女子と違って男子評議はな」

「そうなの、健吾、大変なのね」

 何も考えずに相槌を打った。

「まあ、生徒会とは少しずつでもいい関係に持って行きたいってとこもあって、今、立村さんが藤沖生徒会長といろいろ打ち合わせてるんだな。藤沖会長とはもともと今の三年連中、仲いいみたいでな。うまくいくだろって感じだ」

 藤沖会長、あの応援団長そのものの体格のよさ。

 また、心にひっかかるものが見つかる。

 あの日、立村先輩と話した朝以来、私がうなされている悪夢を。

「けど、どうせ今度の会長は、たぶん一年男子から引っ張るんじゃねえかって話になってるぞ。なんかな、霧島先輩いるだろ、あの弟。あいつがすげえ使える奴らしいって、難波先輩あたりが一生懸命口説いてるんだ。まあ、一年会長っつうのも正直、俺はむっとくるけどな。水鳥中学生徒会も確か内川会長一年で立候補って話だしな。いいんじゃねえの」

 ずいぶん健吾、落ち着いて話している。一年前の健吾だったらかっとなって、

「なんで一年なんかを会長にするんだ? 二年は誰もいねえのか?」

 とか騒いでいそうなのだけど。

 私は健吾が羽織っているオレンジ色のウインドブレーカーをそっとつまんだ。

「そうなの」

「おい、お前、変だぞ」

 健吾がちらっと周囲を見まわした後、私の頬に軽く手を当てた。手のひらにかいた汗がぺとっとくっついた。

「風邪だったら風邪って最初から言え。外なんか連れださないだろうが」

「ごめんなさい」

 あやまっておけば大丈夫。健吾には素直に接しておけば、それですむ。

 全く生徒会の裏事情に健吾が気付いていないことに、私がほっとしたなんて、言わなくたっていい。

 そう、健吾は全く気付いていないのだ。

 私が生徒会副会長の渋谷さんと仲良くなったことも、生徒会室で次期生徒会長候補の霧島くんと顔を合わせたことも、そのほかいろいろなこと何にも。恐らく佐川さんのことも何も感じていないに違いない。

 もしこの場で健吾の耳元へ、

「私、生徒会役員に立候補しようと思うのだけど」

 そう吹き込んだらどういう反応を示すだろう。一瞬考えて、すぐ怖くなって打ち消した。

「なんか食うぞ。あすこにハンバーガー屋があるから、入るぞ」

 ぶっきらぼうに、私の背中をぐいぐい押した。健吾は気付いていないかもしれないけれど、背骨のちょうど、ブラのホックのところを触っているようで、思わず頬が熱くなった。


 無理やり一番奥の暗い席へ押し込まれた。ソファーがあるからだという。一番あったかいところだからだと健吾は言う。私からすると、かなり暑いんだけど、そんなことも言えないので素直に私は腰掛けた。向かい合って座るかと思ったら、健吾は私の隣へきて、お尻をぺたっとくっつけるように座った。暑苦しいなんて、やっぱり言えない。

「チキンバーガーをダブルで、あとジンジャエールをふたり分」

 健吾の言うなりにメニューを選び、私は黙って受け取った。

「忘れてた、あとフライドポテトをLサイズ」

 よく食べるものだと驚いてしまう。健吾はいつも、ふつうの人の三倍くらい食べる。私の食べきれなかった分を処理するのは健吾の役目だった。今日もそうなるんだろう。食欲が湧かず、あぶらっぽいチキンバーガーを半分手でちぎり、私は健吾に渡した。

「佐賀、食わねえと風邪直らねえぞ!」

「ごめんなさい。でも食欲がないの」

 あまりここで言い訳すると「じゃあ誘った俺が悪いっていうのかよ!」と怒鳴られるのが目に見えている。あまり好きでないジンジャエールだけど、そっと口をつけた。

 勢い良く一個半のチキンバーガーを平らげていく健吾。口を白いタルタルソースでべとべとにしながら、手の甲でぬぐった。いつも見慣れた食べ方だけども、なぜかこの時は下品に見えた。少し壁に張り付こうとしたら、また寄ってこられた。

「ちょっとふらっとしたの」

 言い訳すると、健吾は手の甲を額に当ててきた。だから、ソースのついた手で触れないでって言いたいのに、どうしても言えず私はされるがままになっていた。

「お前何でも我慢しすぎるからだぞ」

「そんなのじゃないわ」

「じゃあなんで何にも言わないんだ」

 私は黙って、小さくちぎってチキンバーガーを食べた。ジンジャエールよりも紅茶を飲みたかった。

「委員会の時だってお前ひとり、ずっとうつむいてるし、教室でもまあいつものことだけどな、なんも言わねえし。またあの馬鹿女にやられたのかと思ったじゃねえかよ」

「そんなの、違うわ」

 佐川さんとのことが筒抜けになるのではないかと心のどこかでおびえていたのかもしれない。気持ちが晴れず、もちろん健吾になんて話すこともできずにいる。健吾は私の様子に対しては敏感だけど、その奥に何が隠れているかを見ようとはしない。だから、私は楽に健吾と付き合っていけるわけだった。泣かないですんだ。

「本当にただ、風邪気味なだけなの」

「それとも、評議の連中に何か言われたのか?」

 喉を詰らせそうになった。完全に誤解されてしまったらしく、健吾はじっと私の顔を自分の方に向けさせ、

「やはり、そうなんだろ。誰だ。三年か」

「違うわ。関係ないわ」

 言い方がさらに紛らわしかったのか、健吾は目をそらさずに勘違いしつづけた。

「あと半年で三年も居なくなるから我慢しろ、って言いてえとこだけど」

 それでいいじゃない、健吾が口出ししない方がいい。私は目を伏せた。またぐいと見つめかえされた。

「お前がそんなんじゃ、俺も手出しするしかねえじゃねえかよ」

 だから、余計なことだって言っているのに。私は首を振るだけだった。生え抜き評議委員のみんなとは違って、私は演劇の素養を持っていない。どうしても顔に出てしまう。全く気付かないのか健吾は、ジンジャーエールを半分一気に飲み干した。口をまた乱暴に拭いた。なんで紙ナフキン使おうとしないんだろう。

「今度の改選で、生徒会が二年中心の体制でシフトされたら、もう少し俺も出番が増えてくるはずだ。どうしても三月までは立村さんたちが中心にならざるを得ないって言われてるけどな。けど、俺も学校祭の時に何度か話してあるから、たぶん十一月以降は俺が中心になるはずだ。聞いてるだろ。評議委員会ビデオ演劇。あれが冬休み中準備にかかる形となるわけだ。で、ここだけの話だけどな」

 健吾は横目でちらちら私を見ながら、腕組みをした。

「十月の改選後に、委員会も建前上は選び直しになるわけだが、三年は何人かまた引っ込むらしいんだ」

「引っ込むって?」 

「早い話、生え抜きの先輩がひとりやめて、別の人が入るって奴だ」

「それ、誰かしら」

 噂には聞いていたのでだいたい想像はついていた。たぶん、あの人だ。

「女子には言うなよ。動揺するからな」

 みんな知っているのに。

「霧島先輩だ」

 ──ああ、やっぱりね。

 健吾が知らないと思い込んでいるだけであって、もう生徒会役員の間では当然のこととして捕らえられているのを、やっぱり気づいていない。目の前でいろいろな出来事が繰り広げられているのに、評議委員会の中ではまだ何も、勘付いていない。

 私は話を黙って聞くことにした。


「霧島先輩は来年、青大附高じゃねくて、別の学校に進学することになったらしいんだ。んで、ほとんど進学者である評議委員会に顔を出すのは居辛いんじゃねえかってことで、裏で止めさせることになったらしい。まあ、それはそれで話もついているらしいしな」

 どこまで知っているんだろう。健吾は霧島先輩の進学する予定の高校が「別の高校」じゃなくて、青潟の私立高校中一番レベルの低いといわれる女子校に進学させられるということを。霧島先輩の学力が、青大附属でやっていけるレベルではなくて、しかたなくそうさせられることを。もちろん、ご本人も納得していないだろうということも聞いている。

 すべて渋谷さんから聞いていたけど、私も前々からそうなるのではと予測していた。

「どっちにしてもそんなの関係ねえがな、ただこれで少しは女子連中の風通しもよくなるんじゃねえかって気は、するな」

 健吾は言葉を選んでいた。これがもし、梨南ちゃんのことだったら、とことん叩きのめしているだろうけど、一応先輩だし、実質的に私に対して害を及ぼしていない人だからある程度は気を遣っているのだろう。いや、もしかしたらあのかわいらしいアリス雰囲気のかわいらしさにぼおっとしているのかもしれない。健吾は清純なタイプが好きだもの。

「風通し?」

「今の三年女子はやたらとあの馬鹿女にくっついているだろ。立村さんの意向もあるんだろうが、やっぱりなあ、これだと居心地悪い奴もいるぞ。こういっちゃあなんだが霧島先輩は、あの女のことをむちゃくちゃ心配しているだろう? 西月先輩と同じにな。だとやっぱり、それに引きずられて間違った方向へ進んでしまうって奴もいるはずだしな」

「それはあるかもしれないわ」

 特段ひっかかるところもなく、健吾はフライドポテトを五本分まとめて噛み砕いた。

「今年、西月先輩と霧島先輩のふたりが消えたとしたら、あとは清坂先輩と近江先輩だけだ。近江先輩はあまり評議の仕事に関心ねえようだし、清坂先輩はあれだけ切れる人だ、立村さんのサポートには不可欠だ。となると、もうあの女をかまう奴はほとんどいなくなるというわけだ。それがどういうことか、わかるか、佐賀」

 なんとなく。でもごまかした。

「ううん、わからないわ。健吾、教えて」

「やっぱりお前はなんもわからねえんだな」

 満足そうに健吾は喉を鳴らしてジンジャエールを飲み終えた。

「お前にうるさく嫌がらせする奴らが、減るわけだ。そんなこともわからねえのかよ、ばーか」

 こつんと頭を叩かれた。いや、馬鹿にしないで。そう言いかえそうとしたらいきなり肩に手を回された。一瞬のうちに健吾の胸にもたれる格好になった。慌てて引き剥がそうとした。

「なんだよ、冗談やっただけだろ」

「こんなところで、だめよ。中学生なのよ、私たち」

「けっ、誰が中学生かよ」

 健吾はそれ以上要求してこなかった。やはりお客さんがたくさんいるお店だからだろう。もし、薄暗い喫茶店で、本当に誰もいない場所だとしたら、きっといつものようにするだろう。最近顔を近づけられるたび、肌に触れるのは、健吾が髭をそった後のちくちく感だろうか。初めてキスされた時には感じたことのなかった針の感触だった。あまり気持ちよいものではなかった。


 健吾の場合、私に害を及ぼすとされる相手に対しては手を緩めず叩きのめすけど、それ以外の人に対してはかなりおおらかに受け入れることが多い。梨南ちゃんのように最初から憎みきっている人は別だけど、たとえ思いっきり殴り合いのけんかをしたとしても、自分が納得すれば素直に受け入れるし、友だちになろうとすることもある。

 たとえば、立村先輩を相手に去年の冬、対立した時のような場合。

 あの時の事情は健吾側から聞いただけだけども、立村先輩が評議委員長を健吾指名で行きたいと打ち明けた段階でわだかまりが溶けたらしい。もちろん梨南ちゃんがらみの問題は山積していたけども、立村先輩が身体を張ってとことん「評議委員会を守る」形で片付けてくれたので、健吾的には納得したのだという。

「まあ、俺もああいうタイプ、あんまり好きじゃねえけどな、俺のことをああまで買ってくれるんだったらありがたいことじゃねえかってことでな」

 健吾ってやっぱり、単純だと私は思う。

 何にもわかっていないんじゃないのかな。

 立村先輩が本当は、梨南ちゃんを守るためだったらどんな演技でもできる人だってことを、気付いていないんだもの。佐川さんもそのことをすっごく心配していたのに。

「健吾くんはまっすぐでいい奴だけど、なんだか立村の手の中にだんだん落ちているような気がするんだ。あ、これ健吾くんには絶対内緒だよ。立村はどんなに物笑いにされたって、昼行灯の蝋人形と言われたって、全然気にしないんだ。杉本さんのためだったらどんな汚い手でも使うんだ。あいつに正々堂々は通じない。今健吾くんに話したらおとひっちゃんと同じくぶっ千切れるからさ、絶対に内緒だよ。佐賀さんだけ、ちゃんと立村の行動をチェックしておいた方が絶対いいよ!」

 こうやって話をしていると、健吾も評議委員会も誰もかれも現実をちっとも見てない人なんだなってことがよくわかった。健吾が本当に気にしなくちゃいけないのは、本当だったら生徒会改選の行方のはずだ。仮に私が立候補する可能性があると知ったら、まずは問い詰めるのが普通だろう。私が健吾の立場だったら必ずそうする。なのに、どうだっていい霧島先輩の進路問題とか、評議委員会の後期状況とか、そんなことばかり考えている。


「健吾、どうしたの」

 店を出て、健吾の歩くままに私はついていった。川べりを歩き、突然健吾は立ち止まった。一歩前に進んでいた私は慌てて振り返った。

「おい、佐賀、お前」

「なあに?」

「いや、なんでもねえ」

 自然と向かい合った。つい私は両耳の上に丸めた髪に手をあててた。その手を健吾はいきなり上から抑え、いつものように唇を重ねてきた。誰もいないしすぐ終わる、そう思ってされるままになっていたら、いきなり今までしたことのないことをしてきた。乱暴にぎゅうっと舌を入れられた。口の中に残っていたあぶらっぽい息が入ってきて、むせた。

「いや、やめて」

 身体を離そうとするけど、健吾の腕は離れない。せめて口をゆすいでからにしてほしいのに。私がなんども肩を揺らしてはねつけようとすると、ふいにばらっと手が離れた。

「そんなに嫌がるんじゃねえよ」

「だって、誰かが来て見られたら怖いもの、それに、やっぱり、まだだめ」

「何がだめだっていうんだ?」

 健吾の眼は釣り上がっていた。またちくちく刺さった剃り跡が痒かった。さっき食べたタルタルソースが私の唇にくっついたのかもしれない。生臭い匂いがつんとした。

「私たち、中学生だから、それ以上はだめだと思うの」

 自分自身も信じていない言い訳で、私は健吾を制止した。

「けどそんなきたねえって顔しなくてもいいだろうが!」

「汚くないわ。だけど、怖くなってしまうの。それだけ」

 まずい、健吾が臍を曲げてしまう。すぐに判断して私はうつむき、目頭を押さえる振りをした。たぶんこれで大丈夫。

「中学生中学生って、なんだってんだそれ!」

 またわけのわからないことを呟きながら、健吾はひとりすたすた前へ進んでいった。私はゆっくり、自分のペースで歩くことにした。無理にご機嫌取りをするよりも、切りのいいところで「ごめんね、もういちどおしおきしてもらっていい?」と甘えればいい。思った通り、私が追いつく頃にはすっかり機嫌を直していて、またぎゅうっと肩に手をまわしてきた。なんだか健吾の方がいつもより甘えん坊さんな気がしてきた。こんなこと、今までなかった。


 次期評議委員長だとか言われているけど、よくよく考えるとその保証はどこにもない。

 どうして健吾は生徒会長を狙おうと考えなかったのだろう?

 立村先輩に評価されたからといって舞い上がっている健吾だけど、もし評議委員会をあっさり見限って、生徒会に殴りこみを掛けたとしたらたぶん問題なく当選するだろう。信任投票でなかったとしても、健吾以上に勝ち目のありそうな生徒は思い当たらない。一年の霧島くんを担ぎ出してこなくても、何の問題もなく片がつくはずだ。

 だけど、健吾はぬくぬくと「次期評議委員長」という肩書で満足している。

 渋谷さんと霧島くんはふたりで、早急に、評議委員会から権力を奪い取ってしまおうと計画しているというのに、ちっとも気付こうとしない。もしかしたら来年健吾は、生徒会の言うなりになるだけかもしれないのにだ。

 いや、もうひとつ、どうして気付かないのだろう。

 前期、評議委員を勤めた生徒が後期も続けられる保証なんて、全くないということ。

 霧島先輩や西月先輩のように、半ば無理やり降ろされる場合だってあるだろうし、なによりもクラスメートから評価されずに蹴落とされる場合だってある。もし何かの罪を犯して、信任を得られずに追い出される場合だってある。ほら、梨南ちゃんのようにだ。

 ──健吾も、評議委員会の人たちも、何にも気付いていない。

 

 ──もしかしたら今日思い切って、健吾にすべて打ち明けてしまいたくなるかもしれない。

 家を出る前に少しだけそんな風に揺らいだ気持ちが、あっさりと固まった。

 健吾に話しても、今は何の意味もない。


 ──私は、佐川さんの言葉に従います。

 健吾には決して、言わない。

 佐川さんからの手紙が、待ち遠しい。

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