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ZOO!  作者: 山口翔矢
園内
5/7

ゴリラの親分

午後2時30分。私は今、ベンチに座って昼食を食べながら休んでいる。動物達のやり取りに夢中になり過ぎて昼食を食べるのを忘れていたからだ。彼らのやり取りに心の中で悪態やらイチャモンつけながらもこうやって観察出来ているのは、私自身あのやり取りが好きだからだろうと自分で思う。

そんな私は、次はどこに行こうか悩んでいた。この動物園は午後5時には完全閉園する。となると、見られる動物は1時間いる計算だと2種類、30分計算だと4種類。ただ、動物達のやり取りをじっくり観察する私にとって30分はあまりにも短い。1時間でも短いほうだ。この限られた2時間でどの動物を見るか・・・。候補は4種類。ゴリラ、シマフクロウ、イノシシ、アザラシである。この4種類はまあ面白い。どの動物達もそれぞれ個性があって観察にはもってこいの存在だからだ。だからこそどっちに行こうか、はたまた全部見に行こうか迷う。


午後2時50分、昼食を食べ終えたのと同時にどうにか1種類は決められた。私は早速移動を開始する。そこには、私の事を随分と気に掛けてくれている動物がいる。その動物には何故か自分の名前を名乗ろうとせず、「『親分』と呼べ!!」と威嚇されたのでそう呼んでいるのである。

因みに、私は彼から『舎弟』と呼ばれている。完全に格下扱いである。


午後3時、「ゴリラ`sマウンテン」に到着した。ここに『親分』はいる。彼は、私にとっては将来の夢を後押ししてくれた大事な恩人だ。

「お、舎弟じゃねえか。今日は随分と遅い時間に来たもんだな」

「ご無沙汰しております、親分。今日は色々と回ってきたもので」

「そうかそうか。朝カバのあいつが色々叫んでたが、あそこにいたのはお前か?」

「ええ、まあ・・・」

「あいつは自分以外の動物は全て見下す奴だが、お前には少し心を預けてるみたいだな。お前もまた変わったやつに好かれるんだな、変な奴だ」

「まあ、それは私も思ってるんですが、親分は直接櫻子とかと会っていませんよね。何で性格とか分かってしまうんですか」

「櫻子ってあのカバの事か?そりゃお前、声を聞きゃ大体分かるだろうそんなもん。その動物の鳴き声だけで考えてる事は分かるぜ」

「いやいや、ふつうは分かりませんよそこまでは」

「何で逆に分からねえんだ?鳴き声やら話声の音程の低さやら何やらで感情なんてすぐに分かるだろうよ。お前はまだまだ修行も成長も足りねえ!!」

「す、すみません親分!努力します!!」


彼はここを取り仕切る主であり、王だ。彼に逆らうゴリラは存在しない、そんな事をしたら彼に粛清されてしまうからだ。まあ、実際に殺されこそしないが。

彼が王と呼ばれる所以は、その大きな肉体とリーダー争いによる戦いで付いたであろう傷だ。2メートルを超す身長に纏った鋼の肉体、鋭い目つき、ゴリラらしい険しい顔。そして、そんな鋼の肉体と顔に生々しく残る引っ掻き傷が多くを物語っている。

そんな彼が持つオーラは見るものを魅了し、動物の言葉や心が分からない私以外の普通の人間もその不思議な魅力に惹かれているのか人だかりが絶えない状況である。

で、毎回会いに行く度「修行が足りねえ」と説教される状況である。


「まあしかし、最近のお前さんは漢として磨きがかかってんじゃないか?初めて会った時よりが全然漢だぜ舎弟よ」

「本当ですか、有難う御座います!!親分のお陰で少しは変われた気がしますよ」

親分が人の事を褒めるのは珍しい。大抵は説教か怒号を上げるかう○こを投げつけるかしかしないのだが、どうしたのだろうか。だが、私は嬉しかった。人に褒められる事があまりない私にとっては人生の活力剤である。そう言えば、あの時も救ってくれたのは親分であった。


動物の心が読み取れるようになったのは今から2年前、2014年。当時私は市役所の職員だった。不祥事を起こさない限りは首になる事も無く、安定した給料を得ることも出来、完全土日休みの週休二日制。ボーナスもあって有給も取る事が出来る。残業は無いわけではないが、一般の民間企業に比べれば全然少ない。まさに、理想が詰まった場所だった。それに、勤め始めて7年でそれなりに所内でも責任あるポストを任されていたため充実感ある日々を送っていた。


しかし、2014年7月6日、異変が起きた。その日は日曜日で、特にすることも無かったので朝からダラダラ家で寝っ転がっていた。それで、家の外の木にいたカラスをやる事もないのでずっと凝視していた。午後2時くらいだっただろうか。すると、「おい、何だあいつ。俺をずっと見てやがるな」とカラスが喋りだしたのだ。

私は自分の耳を疑い、一瞬カラスから目を逸らす。カラスが喋った?そんなバカな・・・。

もう一度カラスを見つめてみる。

「また見てやがるな。何だい、俺は何も狙っちゃいねえよ。それとも、喧嘩売ってんのかい?」

やはり喋っている。あの耳障りな鳴き声もあげていないのに、喋っている。私の頭はおかしくなってしまったのだろうか。しかし、これはきっと何か私がおかしな妄想でもしたんだろうと思い、寝れば治るだろうと思って一旦昼寝をすることにした。

寝れば治るだろう、今のは空耳だ考えすぎだ、ストレスでも溜まっているのかな・・・なんて考えながら眠りに付いた。目覚めたのは午後5時。外の木にいたカラスはいなくなり、その日は鳥は1羽も来ることが無かったので、それ以降は特に何も無く終わった。きっと仕事疲れか何かだろう・・・私はそう思っていた。もうあんな声は聞こえない。今日の体験はちょっとしたスピリチュアル体験として友達やら職場の同僚にでも話してやろう、そう思っていた。


次の日の朝、世界が一変した。出勤しようと家を出て、スズメを見ていたら「今日は良いメスいないかな~」と綺麗な鳴き声をあげながら歌っていた。車に乗って職場に向かっている途中、キツネが車道から飛び出してきた。「あぶねーだろうが馬鹿野郎!!」と、罵声を浴びせて走り去る。とうとう頭がおかしくなったかな、精神科行くかな・・・。

職場に着き、私が勤める部署に行く。「お早う御座います先輩!!」「お早う高槻君」と、職場の皆が私に挨拶をする。ここまではいい、普段の日常だ。だが、その後、すぐに日常は非日常に変わった。

「今日も仕事が遅い役立たず先輩が来たよ」「ホントそうだよな、何であんな奴が係長なってるわけ?あいつより俺の方が絶対仕事出来るっつーの」、後輩達の罵声が聞こえた。言った方を見つめてみれば普通ににこやかにこちらの方を見ている。上司の方を見てみると、こちらも顔は普通なのだが「君を係長にしたのは、少し早かったかな」と、悪口を言っている。

今日は何かおかしい、絶対におかしい・・・・・。その日から、地獄が始まった。

動物に遭遇すればその都度声が聞こえ、職場に行けば私の悪口が聞こえる。どこに行ってもそれがある。スーパーでもガソリンスタンドでも、どこかドライブに行っても。

精神の病気でも患ってしまったのかと考えた私は、1日だけ休みを取って脳外科で検査をしてもらった。結果は脳に異常なし。精神科にも一応言ってみたがこちらも少しストレスが溜まっているくらいで特に問題なし。だが、それ以降も常に動物や人の心の声が聞こえる。罵声が聞こえる。


こんな状態が1年も続いた。仕事に行く気力、どこか遊びに行く気力、友達と会う気力、食力、睡眠時間、あらゆるものが削がれた。自殺しようとまでは行かなかったがその寸前までいっていた。

どうして、俺にこんな力が?何で動物やら人の心が読めてしまうんだ?何で罵声とか悪口しか言わない?何故何故何故何故?


2015年12月、市役所を辞めた。そこから半年間、食料やら服やらを買う以外は外を出る事が無くなった。それでも、相変わらず心の声は聞こえる。止むことは無い。

2016年6月、私は自殺を決意した。死ぬ前に思い出でも作るか、そう思って来たのがこの動物園だった。昔から動物園はそれなりに好きだったので、最後くらいは悪口言われてもいいかなと思ってここにしたのだ。


私は何故か最初にこの「ゴリラ`sマウンテン」に向かっていた。理由は分からない。無意識だった。

そこに着いた私は、ただボーっとゴリラを見ていた。その時だった、彼が話しかけてきたのは。

「おい、坊主」と、野太くドスのきいた声が私の耳に入って来る。

「坊主、聞こえてんだろ?返事くらいしろ、おい坊主」、まだ話している。どうせそこら辺で騒いでいる子供やらカップルやらに言っているんだろうな、なんて思いながらずっとゴリラを見ていた。

「大人の癖して話も聞けねえのか若造。いい加減にしねえと、怒るぞ」と、さっきよりも低い声が私の耳に入って来る。私は、その言葉を投げかけたゴリラを見た。

一目見て分かった。殺る目だ。その視線を私に向けていた。檻からそれなりに距離はあるのだが、その威圧感に私はいつの間にか尻もちを着いてしまっていた。

「す、すみませんでした」と、私はそう言うのが精一杯だった。死ぬ前の思い出作りに来た動物園で、ゴリラに凄い形相で睨まれ絡まれた今の状況で達者な事は言えなかった。


「・・・・・」と、そのゴリラは返事を返さなかった。話を無視してしまっていたのだからまあ仕方ない。いけない事をしてしまったな、と反省をしていた時に・・・。

「どうだい、無視されるのは中々嫌なもんだろ?そういう事はしないことだな。話はちゃんと聞く、基本だろ。後な、見た目で性格の良し悪しは判断しないほうがいいぜ?アドバイスアドバイス」と、ゴリラが急に話始めた。中々気さくなゴリラだなと思った。見た目は恐ろしくて堪らないが。

「お前さん、その様子だと何か色々あった顔してんな。俺でよかったら話、聞いてやるよ」と、私に話した。理解してくれるかは分からないが、取りあえず私はこれまでの経緯や今の状態を話した。

「なるほどね、面白いもん身に着けたせいで死にたいってわけね。なるほどなるほど」

彼なりに理解はしてくれた様子だった。私も少し気が楽になれた気がした。

「でもなあ、死にたいってのは感心しねえな。命あってなんぼだろ人生なんてのは。それを自分で棒に振る何てナンセンスにも程があるぜお前さんよ」

「大体な、人間だけだぜ自分で自分を殺そうとする馬鹿な生きもんは。お前ら人間が飼ってるイヌやらネコやら見てみろ。忠誠誓った奴らはどんなに嫌な事があろうがお前らの元を離れようとはしねえし、懐かねえ奴らは我が道突き通して生きてるだろう?その辺にいる虫だって鳥だって魚だってそうだろう。この動物園にいる奴らだって皆そうだ。皆生きる目的があってそこに向かって生きてる。子孫をひたすらに残したい奴もいればただ飯食って幸せに食らいたい奴やら自分の飼い主と共に生きていきたい奴だっている。様々さ。そりゃ生きてりゃ辛いこともあるだろうさ。でも、乗り越えた先に良い事があるもんだ。それを待たずしてお前は死ぬのか。逃げるんじゃねえ、強くなれ。そしてな、器のデカい人間になるんだよ。その変な力使ってこの動物園回って見りゃいい。本当に色んな奴いるからな、勉強になるぜ。後はまあ、その要領で人間に接しろ。そこからも学べ。時間なんてかかっていいんだよ、すぐに成功しようとするな。いいか」

と、長々と説教された。だが、それで良かった。私は、どんな言葉でもいい、私を救って欲しかった。それが人間では無かっただけの話で。厳しくも優しいその言葉は私に生きる勇気を与えてくれた。


私は泣いていた。周りの目も気にせずに。

「あ、有難う御座います。あなたは命の恩人ですゴリラさん。お名前、伺っても宜しいですか」

「一々泣くなよなあ全く。ああ、名前かい?面倒くさいから覚えてないわ」

「え?えっと、それはどういう・・・」

「あ、そうだわ。ここにいるお仲間からさ、親分て呼ばれてるんだわ俺。どう、舎弟にでもならんかい?人間の舎弟てさ、何か面白いしさ」

「あ、はい、是非お願いします!!!これからご迷惑をお掛け致しますがどうぞ宜しくお願い致します!」

「おう、ここの園に来たら必ず寄れよ?アドバイスしてやるから」

私は、この日からゴリラの舎弟になった。ギャグマンガのような展開だが、私はこの出会いのお陰で人として変わる事が出来たのだ。


そして1年後の現在、舎弟として動物園に寄ると日々合った事等を親分に報告しているのである。

「そう言えばお前さん、本どうだい?書けてるのかい」

「まあ、それなりです。文章能力が低いので数書いて当たればいいかなって今は思ってます」

「そうなのかい。まあ、俺は見る事がねえだろうからどうこうアドバイスは出来ねえけど、売れるよう頑張れや」

「はい、応援してください親分」

私は、この1年の間、コーヒー屋でアルバイトを始め、小説を書き始めた。私が元の主人公だ。私と同じように動物と突然心を通わせ話す事が出来るようになってしまった男の日常を描くものだ。まだ完成はしていない。 完成しても売れるか分からないのでアルバイトをしている訳だが。だが、今の私の生活は充実している。何か不満があればこの動物園に来て親分やその他の動物達に会いに行けば良いわけだから。

因みに、親分と出会ってからは人の心が声として聞こえる事は無くなった。理由は分からないが今の私にとってはどうでもいい話だ。


「親分、私もう一か所寄りたい場所あるので、失礼致します」

「あいつの所行くのか、お前やっぱり物好きだよな。あんな人間嫌いな奴の所行って何が面白いんだ、対して話もしないんだろうに」

「そういう親分だって人間の事最初は嫌いだって言ってたじゃないですか」

「最初はな。ここに連れてこられる過程でひでえことされたしな。今はここでの暮らし、悪くねえと思ってるよ、ちゃんとエサはくれるし寝床はあるし。文句あるとしたらあの冷たいコンクリートっていうのか、あそこをもうちょい暖かくしてほしいくらいだ」

「そういう風にになってくれると思っていつも通ってるんですよあそこに」

「余計なお世話だって思ってると思うけどね俺は。まあ行ってこいよ。お前のその姿勢があいつを変えるかも知れねえしな」

「はい、行ってきます」


「あいつも変わったねえ。いやあ、感慨深い感慨深い。一度絶望して命絶とうとしてた人間があそこまでになるなんてね。あいつならあの馬鹿、変えられるかもしれないな」

後ろでそんな独り言が聞こえた気がしたが気にしない。もう閉園30分前だ。

私は、急いで彼の元に向かった。


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