アリゲーターのダイル
正午を回った。今、私は『ワニワニ横丁』に来ている。ここには、アメリカアリゲーター(通称ミシシッピワニ)が5頭飼育されている。
ちなみに、ワニには大きく分けて「アリゲーター」と「クロコダイル」、「ガビアル」の三種類が存在する。この動物園で飼育されているアメリカアリゲーターは、その名の通り「アリゲーター」に属するワニだ。一般的に人喰いワニのイメージが強いのは「クロコダイル」に属するワニ達である。
この三種類の簡単な見分け方は口であろう。「ガビアル」は棒のように長く、「アリゲーター」は丸みを帯びており、「クロコダイル」は「ガビアル」よりも太いが口が長い。
ここで飼育されているアメリカアリゲーターは、ワニの中では比較的温厚な性格で滅多に人は襲わない。だからと言って気軽に近づくと勿論襲われる。所詮人間は餌である。
元々、爬虫類にはイヌやネコのように、『懐く』ということがない。
話を元に戻そう。ここで飼育されている彼らの中に「ダイル」という名前のアリゲーターがいる。かなり悪意があると私は思う。どうしてかは、皆さんは分かっていると思うので敢えて説明はしないが、この名前を付けた人は中々悪戯心がある人だ。
このダイル、昼食が出るこの時間になるととても面白い事をするのだ。因みに、普段はこちらを睨んでいるか寝ているかしかしていない。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」と、ダイルが謎の歌を歌い始める。勿論、この歌は私にしか聞こえない。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」 「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」 「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」 ・・・・。
この歌、餌をくれない時はこれが1時間以上も続く。しかし、お腹が減っても歌を歌うのはダイルだけ。正直、周りのワニにとっては騒音でしかないだろう。私も鬱陶しく思う。普段は、ダイルがこの歌を歌い始めると周りの仲間達が一斉に彼を睨みつける。
だが、今日は違う。ダイルの歌を嫌がるどころか、歌に合わせてリズムを取っている・・・ように見える。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」と今も歌は続いている。仲間達もリズムをさっきより軽やかに取り始めている。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」、「「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」」、「「「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」」」と、ダイルに続いて一匹、また一匹と歌を歌い始める。この光景は私も初めて見る。一体何故、このような事になっているのか私にはとても理解が出来ない。余程腹が減っているのか、はたまたこの歌のリズムが気に入ったのかはわからない。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」
ダイルが歌を初めて20分、結局飼育されているアメリカアリゲーター全匹が歌っていた。早く、早く餌をやってくれ、もうこの耳障りな歌は聞きたくない。
「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」「ニ~ク、ニ~クニ~クニクニ~ク」・・・・・。
歌はまだ続いている、よくそんな長時間歌っていられるなあと感心しつつ、私はここを去る事にした。
アメリカアリゲーターのような爬虫類の所に行くと哺乳類ほどはトラブル等も少なくある意味で安心して観察しながら見る事が出来るが、こと食事に関してだけは異常に主張するイメージがある。まあ、欲望により忠実なんだろう。人間社会でこれをやる事はまず不可能だ。だからこそ、どこかそれが羨ましくも私は感じる。まあ、この鬱陶しい歌がなければより良いのだが。
歌が嫌だと言いつつ、この場に1時間30分居座っていた私は、この場から取りあえず離れる事にした。