幕間
星々の煌めきが幾億と輝く大銀河群。
明滅する幾つもの淡い光が生まれては消え、消えては生まれを繰り返している。
絢爛豪華という言葉相応しい、そんな広大な深淵の只中に”彼は”居た。
それは少年だった。
どこの町でも買えるような素朴で何ら変哲のない服を着た、十になるかならないか程度の男児。
少女と見違えるような幼くも美麗な顔付きの、しかし明らかにこの空間には場違い極まりない、そんな存在だ。
彼は周囲の光と同質の、しかし一層強い輝きを放つそれを左手で玩び、何が楽しいのか、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「―――魔術師アカシャ。本名は明石家・悟。魔術結社アガスティア大首領にして大導師。享年228歳。最終位階は9=2……いや、10=1。
俺は生まれる世界を間違えた(キリッ)とか言う台詞を素面で吐けちゃう系男子。ずばり俗に言う厨二病患者。青年時代から最期の時まで頭のおかしい、修行と言う名の自虐行為を平然と行いつつ知識の習得にも余念がなく、数多の秘儀・秘奥を身に付けた。
その魔術の腕前は並ぶもの無く、その知識は深淵の闇の如くと謳われ、多くの弟子を成し、神秘の廃れた世界の冥府魔道を震撼させた。
世界の裏側に隠れ住むべき人種でありながら、人類国家全てを巻き込む四度目の大戦に堂々と参戦。表向きの名目は神秘大復古を語るも、本音は太古より残された呪術的遺産・遺物を保護する為という魔術狂いっぷり。
結果的には世界全土に魔術師という人種が露呈し、科学と神秘の入り混じった大霊威時代への立役者となる。最期の最期まで知恵と神秘を想い求めたその姿勢は、とても稚児じみて、とてもとても好ましい!」
眉目秀麗な顔立ちに見合った鈴の音のような声が紡ぐのは、とある世界に生まれた英雄の物語だ。
所々に子供染みた毒気が混じるものの、終始面白おかしく茶化しているだけでその内に悪意は見られない。
むしろその逆で、この少年を知る者ならば英雄へのその評価が破格のものだと理解できるだろう。
そんな彼の人物評価に応えるように、またひとつ虚空に新たな声が木霊した。
≪経歴はともかく、その人物像だけを聞くと非常に不安になるのだがな……貴様が好む魂魄の主はその大半が碌でなしばかりゆえなあ≫
それは女性の艶やかな、しかしどこか苦々しい声色。
だがその体躯は巨大そのもの。
角度によって幾通りに色彩が変化する極彩色の鱗に覆われ、樹木のように枝分かれした黒と白の入り混じる一対十翼を持つ、四肢を備えた至大至剛の存在。
彼女にとって最少の鱗ですら、少年の背丈を優に超えるそんな大竜だ。
「ふふ、それは誤解。そう誤解だよ。確かに彼は変態呼ばわりされてもしょうがないレベルの人間だがね、それでも自力で僕たちの領域にまで這い上がって来たんだ。
子供のように純粋な憧れでもって、夢と希望を抱いたままの、そんな大人になりきれなかった英雄殿の願いを聞き届けてやりたいと思うのは、間違っているかな?」
過分に演技じみた言葉だが、それが本音であろうことを彼女は察していた。
だからこそ、こう思わずにはいられない。
≪やれやれ……その者には同情せざるをえんな。今際の際に発した願いを掬い上げたのがこんな邪神であるとは≫
「邪神だなんてひどいなあ」
≪でなくば悪神であろうが?≫
「惜しいなあ、まあ間違っちゃあいないけどね」
あっけらかんとした表情で笑みを浮かべ続ける少年をじとりと見つめ、そして彼が左手に保持する光球=魂に対して憐憫の視線を送る。
彼に見初められた者はこれが最初ではないが、そのいずれもが人格破綻者ばかりであり、その結末もまた不憫極まりないものであった。
≪それで、その者は貴様の手駒として転生させるのかえ?≫
「いや―――彼には自由に動いてもらおうと考えてるんだ。いわばジョーカー役だね」
≪……ほほう≫
意外な言葉だった。
彼は自分が気に入った魂には過保護な気があった。例え相手が拒もうと強引にでも加護という名の呪いを押し付けてくる。
逆に飽きた存在は無造作に捨てる子供らしい一面ゆえに、多くの者が破滅していったが。
「君もワンサイドゲームでは詰まらないだろう? それは僕も同じだ。現在進行中の遊戯が膠着状態に陥って千年とちょっと、そろそろ状況を動かしたくてね」
≪ふむ、確かに。こちらの手勢が前回の貴様の手駒によって押し返されてより状況は五分と五分ではあるが……≫
「僕が彼に求めている役割はただ一つ。彼が僕らの遊戯盤を滅茶苦茶に引っ掻き回してくれる事を期待しているんだ。それに、夢見る子供を縛り付けるなんて可哀想じゃないか」
≪……≫
いけしゃあしゃあと、と心中ではそう思うが提案としては悪くない。
彼と彼女が始めた遊戯、開始から既に万年単位が経過しているが未だに決着はつけられていない。
一時は彼女が優勢であったものの、それもここ最近で押し込められてしまっていた。
状況を打破するための駒、互いに持ち札はそれなりにあるが、なるべくなら貴重なリソースは使いたくない。
その上でこの提案だ。
場合によっては盤面が大きく変化するかもしれないし、あるいはまるで動きが無いままという事もあり得るが、それはそれで結構なことだ。
場面が動くその時まではリソースを増やす事に専念できるし、一定期間毎の転生者の作成権をそのように使うと決めたのは少年だ。
彼女の側には痛む腹はないに等しい。
「異論はないみたいだね? それじゃ今回の僕の転生権はそれで決定ということで」
≪よかろう≫
彼女はその提案を呑み、承諾する。
その言葉を聞いた上で、少年はその左手に掲げた光を大仰な動作で渦巻く銀河の中に投じた。
「それでは―――新たな君の人生に祝福あれ!」
≪―――期待はせぬが、そなたが我らの遊戯に一石を投じる事を願うとしよう≫
その日、ひとつの流星が南アルクトス地方に広がる大樹林へと飛来した。
天空を朱色に染め上げたその流星は、しかし周囲の木々を焼かず、また森に生きる多くの動物たちに危害を与えることなく、とある女の胎内へと静かに潜り込み消えた。
彼女が宿したその子が、この世界の表舞台に顔を出すのはまだ幾許かの月日を要する。
それが何時になるのか、そして何を成すのかは、天上の神々ですらも未だ知らぬ事だった。
とりあえず本編は気長に待ってほしいかなって!