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0.プロローグ:第4王女の帰還

連載はじめました。

途切れず続けられるようガンバリマス。


 

 陽も随分と傾いて、あちらこちらで明かりが灯されはじめていた。

 二千年の歴史を持つ町並みを、家路を急ぐ人々が行き交う。

 一切の色を持たない純白の建物や舗装路が、夕陽と街灯に照らされて橙色に染まってゆく。


 王都(ホワイテス)の、美しい夕暮れ。

 直、夜がくる。




 執務室の窓から、広大な白亜の宮殿とその先に続く都市の様子を見ていた国王は、人の気配を察知して扉へと向き直った。


 直後ーーちりりん、と高く澄んだ音色が響く。

 王はそれに、カロン、と机上のベルで返す。


 一拍おいて、静かに扉が開かれ、ひとりの美しい娘が入室してきた。

 王都の夕暮れの如く輝く橙色の長髪。整った顔立ちに、日に焼けた事のない白い肌。成熟した大人の女らしい身体は、娘の役職を表す衣装によって、うまく隠されていた。

 髪と同色の瞳は穏やかに細められ、頬はわずかに上気して、ほのかな微笑みを浮かべている。


 彼女は何やら良い報せを持って来たらしい。


 娘は国王に略式の挨拶をすると、笑みを深めて口を開く。


「陛下。本日食後の会議に、全員の参加を呼び掛けてくださいませ。境界石の間にて、大切なお話がございます」


 娘の言葉に、王は琥珀色の目を見開いた。


「ほう。境界石の間か。そうか……帰ってくるのだな」


 王の、呟くような確認の言葉に、娘は一層、嬉しそうに笑みを深めた。



 陽は沈む。

 数多の星が空の主役を引き継いで、夜がやってくる。

 珍しく霧のない、どこまでも澄み渡る夜。

 瑠璃紺の空に金銀を散りばめたような星空が、天上を覆った。




 * * *



 シェルナ王国、王とその家族の住まう宮殿には、特別な許しがなければ近衛や王の側近であっても立ち入る事のできない場所がいくつかある。

 そのなかでも、清掃や警備のための立ち入りさえ許されない、王と王妃、ならびにその子らのみが訪れる場所。

 それが、《境界石の間》だ。


 王宮の奥深く、国の要と伝わる古代魔術を保護するためにある、5階建ての塔、その地下に《境界石の間》はあった。

 そこには、古くからある長椅子のほかに、つい数年前に王子達によって運び込まれた10人掛けの机があることが一部の側近たちに知られている。それ以外、部屋の広さも内装も調度品も、その一切が秘められた、特殊な場所だ。

 現王が家族との語らいにーー特に、塔の最上階で暮らす末姫を交えての団欒に使用するようになるまでは、代々の王のほとんどが見向きもしなかった場所だ。

 彼らのほとんどは、位を継いで《境界石の間》に立ち入り、一通り見て回り、調べ、そしてーーそれが一体どういった物なのか知る事のないまま、次代へ継承していった。


 はるか昔、それこそ建国以前から王族に伝わるそれ。


 重厚な扉、厳重な鍵、王のみが定められる入室制限魔術。

 人ひとりが通れる幅の、長い階段と廊下を抜け、真っ先に目に入るもの。



 宙に浮く、青く美しい、透き通った真球の宝玉。



 いかなる魔術によるものか、外から見ても他と変わらぬ白亜の塔の、さらに地下であるにもかかわらず、部屋の中から見上げるとガラスで天井が作られているかのように空が見える。

 そして、入ってくる外の光に呼応するかのように、その宝玉は時と共に色を変えた。


 今日のように晴れた日の夜には、まるで空をそのまま写し取ったかの様な、深く、濃い青になる。

 真下から見上げると、星の光を内包して見えるため、大きな瑠璃の玉にも見えた。


 夕食を終え、王と王妃とその子らが《境界石の間》に集まりつつあった。

 宝玉を眺められるよう壁に近い位置に据えられた机に、慣れた様子でそれぞれが定位置についてゆく。

 王宮の奥深くに位置するため、夕食後に一度自室へ戻って来るとなると、部屋の場所によって多少かかる時間が異なる。

 いつだったか末姫が揃えた茶器を用いて淹れた紅茶を飲みながら、とりとめのない話を交わしあっていた。


 とはいえ、しばらく前から立て続けに起きているとある事件のせいで、暗い話ばかりになってしまうのだが。



「さて。これで全員揃ったな」

 9つ席が埋まり、新しく淹れた紅茶が行き渡ったところで、王が注目を集めるように口を開いた。

 皆がぴたりと口を閉じ、王へと視線を向ける。

 ーーかと、思いきや。


「全員じゃないです。父上」


 ひとり、睨むような鋭い視線で王を見て声を上げたのは、まだ幼さの残る顔立ちの第4王子フリージオだ。

 自身の対面の席が空いているのをちらりと見て、王をきっ、と見つめた。


 空席の主は、この塔の最上階からもう何年も出ていないーー事になっている、末姫だ。

 フリージオにとっては、たったひとりの可愛い妹。妹がいないのに、全員揃ったなどと言われては黙っていられない。

 もっとも、現在その妹は国にいないので、国内にいる者全員、という意味では確かに揃っているのだが……。

 久しぶりの不在期間が長すぎて少々過敏になっている事は、フリージオも自覚している。それでも口をついて出てしまったのだから、呆れた目を向けないでほしいものだ。

 兄姉の生温い視線を黙殺しつつ、フリージオは父を睨み続ける。


 そんな息子に、王はかすかに微笑んで頷いた。


「わかっておる。そのための召集だ」

「では、やはり」


 王の言葉に、ひとりを除いて全員が驚愕を顔に浮かべた。

 その、動揺していない様子のひとりに、その他の者たちの視線が集まる。

 期待を声に出した第1王子アメージスに、視線を集めた第1王女スターチスーー王都の夕暮れ色の娘ーーが微笑んだ。


「ええ。本日、水鏡の魔術に報せが届きました」


 スターチスの言う水鏡の魔術は、未来予知系魔術の一種だ。

 人ならざる者から近い内に起こるであろう出来事を告げてもらうために、魔力で鏡を作る。その鏡が一見して水のようであるために、そう呼ばれている。この系統の魔術を使える者は王族であっても極稀であるため、スターチスは成人した今も独身を貫き王族であり続けていた。


 このまま話を続けてもよいかと目で尋ねるスターチスに、王は無言で頷きを返す。

 笑みを深めて皆を見渡すと、スターチスは宝玉を見上げた。

 つられて他の8人も宝玉に目を向ける。


「あの子が帰還します。それも、おそらく、……今夜」


 言い切った直後だった。


 宝玉が淡く光を帯びたかと思うと、ぶわっ、と白い霧が勢いよく広がりはじめた。

 霧は瞬く間に《境界石の間》を覆い尽くし、己の手さえ鼻先まで近づけねば見えぬほど視界を埋め尽くす。


 驚愕の声を誰かが上げる間もなく、次いでごぉっ、と風が吹き荒れた。

 視界を埋め尽くす濃霧を、窓もないのに風が何処かへ吹き飛ばしてゆく。

 立っていれば耐えられずに吹き倒されるほどの風に対応する魔術を行使できたのは、王とアメージスのふたりだけ。そのふたりの目には、小柄な人影が宝玉の中心に現れ、ゆっくりと下降する様が見えていた。

 影を認めて、ふたりはちらりと視線を交わしあう。

 互いの目に写る感情を見て、どちらからともなく表情を緩めた。


 人影はゆっくりと宝玉の下方へ降りてくる。

 その足先が宝玉の下まで辿り着き、外へ出る瞬間、とぷん、と角砂糖を落とし入れた紅茶の水面のように空間が揺れた。



 履き慣れた様子の丈夫そうな茶のブーツ。

 少し色褪せ始めた黒の上下。

 膝まで届くコートは丈夫そうだが薄手で、今の季節には少し寒そうだ。

 コートの裾からちらりと覗き見える鞄や剣も、よく使い込まれているようで、大切にしているのが分かる。


 とはいえ、王の住まう宮殿には、まるで相応しくない格好だ。


 吹き荒れる風の中、裾をはためかせ、長い髪を揺らして宝玉から現れたのは、そんな格好の、まだ幼いと言える可愛らしい少女だった。

 真っ直ぐに整えられた長髪は、今日の宝玉とほとんど変わらぬ色合いで、深く濃い青が光を反射して時折星のようなきらめきを見せる。


 とん、と軽い着地音とともに、少女が床へと降り立つ。

 風が弱まり、開いた目の色は、髪と同じで瑠璃のよう。

 その目に写った《境界石の間》の様子を見て、少女は満面の笑みを浮かべた。



「たーだーいーまー!!」

 軽く床を蹴っただけで、少女は一気に目的の人物に飛びつく。


「ぐぇっ!」

 飛びつかれたほうは、強風から身を守って机にうつ伏せていたため勢いに負けて押し潰されたのだが、少女はそれを全く意に介さない。夏の晴れた青空色の髪を懐かしげに、愛しげに見つめながら、ぎゅうっと半ばのしかかるように抱きしめた。


「フリージオ、久しぶり! 元気してた? 調子はどう? あたしはね、ふふ、絶好調よ!」

「だろうな!」


 のしかかられて潰されかけて、兄としての威厳だとか余裕だとか、帰って来たら見せつけてやろうと思っていたもろもろが吹き飛んで、フリージオは勢いをつけて身を起こし、立ち上がった。

 振り返れば、のしかかってきた当人はにこにこにこにこと、嬉しそうに、楽しそうに笑って言葉を待っている。


 はぁ、と一息ついて、フリージオも笑みを浮かべた。


「おかえり、ルリ」


 それは、ここしばらくなかった、心からの笑顔だった。




 * * *



 王国暦1999年初冬。

 世界で唯一の《越境師》、《瑠璃色の魔女姫》こと、シェルナ王国第4王女ルリが、およそ半年ぶりに帰還したこの日。

 この日、この時こそ、世界の存亡を決める運命の歯車が、大きく動き始めた瞬間だった。

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