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ウサギの耳をした男ドリット

 リュウマが町の人々を相手に大乱闘を繰り広げている間、海の妖精メルジーナは笑い声を上げて飛び回っていた。

 よほど可笑しいのに違いない。

 大きな体をした人間たちが殴り合うのが楽しいのだ。そのきっかけを、メルジーナ自身が作ったというのが痛快なのだ。

 飛びかかってきた市民を投げ飛ばし、リュウマがメルジーナを盗み見ると、上機嫌で飛び回っている。もはや、リュウマのことなどどうでもいいらしい。あちこちに言っては、罵詈雑言を浴びせている。つまり、リュウマとは関係のないところに、乱闘が飛び火しているのだ。

 中には原因を知らずに参加している者もいるだろう。単に酔った者もいるかもしれない。リュウマは近くに居た数人の相手をした後は、かわすことに専念していた。市民どうしが激突し、すぐに乱闘に発展していった。

 楽しそうに飛び回るメルジーナから身を隠し、リュウマは路地裏に隠れた。

 叫びながらすぐ近くを通りかかろうとした時、意地の悪い海の妖精を掴みとった。

「こら! 何をする! わたしが誰か……」

「当然知っている。約束だ。ルーツィア姫に会わせてもらおう」

「無駄だよ」

 人間一人がようやく入りこめる路地裏の狭い空間で、リュウマは思いがけず声をかけられた。

 首を捩じって背後を見ると、疲れた顔の男がたたずんでいた。混乱をさけて路地裏に入りこんだのか、あるいはずっとたたずんでいたのか判断がつかない。あるいは、この路地裏に住んでいるのではないかと思われるほど、くたびれた男だった。

「無駄とは、どういう意味だ?」

 リュウマはぞんざいに尋ねた。あるいは、浮浪者かとも思ったのだ。

「その妖精は、どれだけ言うことを聞いても、願いを叶えるなんてことはしない。それに……あんた、シンデレラ姫に仕える騎士だと思ったけどね。寝返るのかい?」

 海の妖精の噂は聞いていた。乱闘を起こさせて、ただ見物するだけなら、実に性質が悪い。噂通りだ。それ以上に、リュウマは男の素性に興味を持った。ただのくたびれた浮浪者が、リュウマがシンデレラ姫に仕える騎士だと知っているはずがない。知っているとすれば、リュウマの顔を覚えていたはずだ。

 リュウマは握っていた妖精を放すことにした。手を緩めると、わしづかみにされたことがよほど屈辱だったのか、メルジーナはリュウマの手を蹴飛ばし、浮き上がって舌を出してから、いまだに続く乱闘の見物に戻っていった。

「私がお仕えするのは、シンデレラ姫ただおひとりだ。ルーツィア姫に特別用があるわけじゃない。ただ、もし会う機会があったら、お尋ねしたいことがあっただけだ」

「……なるほど。アリス姫に命じられた任務に納得がいかないと見える。解らないではないな。なにしろ、騎士にとっては汚れ仕事だ。だが、それならなぜシンデレラ姫に直接訪ねない?」

 くたびれた男は、明らかにアリス姫から命じられた任務の内容を知っている。つまり、アリス姫の近くにいる立場の者だ。しかも、命じられてリュウマを殺そうとしたライツより、近い立場にいるのだろうと感じさせた。

「あんた、名前は?」

「ああ……名乗っていなかった。解らないか?」

 男は髪をかき上げた。暗くてわからなかったが、掻き上げられたのは髪だけではなかった。頭から、ありえない場所に耳が生えている。人の耳の形状はしていない。ウサギの耳が、まっすぐに夜空を指していた。

「ドリットか?」

 常に時計を手放さず、アリス姫のスケジュールを管理している男である。知恵が回り気まぐれなアリス姫のスケジュールを管理するというのは非常にやっかいな仕事らしく、常に疲れていると噂される。アリス姫にもっとも近しい重臣でもある。

「いかにも。幸いにも、アリス姫は寝つきがよくてね。こうして解放された夜は、汚くて狭い場所にいるに限る。なにしろ、落ち着くのでね」

 ドリットは薄く笑った。変わった趣味ではあるが、優秀な人物であるのには間違いない。もっとも、普通人間にウサギの耳は生えていない。どうしてウサギの身が生えるに至ったのかも気になるが、リュウマは話を戻した。

「アリス姫は狡猾だ。私にも、直接アンネローゼ姫(白雪姫)を暗殺しろとは命じなかった。だが、そうとわかるような言い方をしただけだ。シンデレラ姫に尋ねるわけにはいかないだろう。本当にアンネローゼ姫を殺害するにしても、それはシンデレラ姫が知らないところで実行されなければならないはずだ。あくまでも、私の一存で勝手にやったことにしなければならない。シンデレラ姫に、罪を着せるわけにはいかない」

「あんた自身はどうなると思っている?」

「これしかないだろうな」

 リュウマは手のひらを水平に薙いだ。肩と顎の中間の高さに手を置いていた。つまり、首が飛ぶ。

「冷静でけっこうだ。シンデレラ姫はいい騎士に恵まれたな。悩んでも当然だ。自分の命がかかっている」

「間違うなよ。迷っているのは、自分の命がかかるからではない。この命はシンデレラ姫に捧げている。私が迷っているのは、アンネローゼ姫を殺すことが、本当にシンデレラ姫のためになるのかどうかわからないためだ。シンデレラ姫は、高潔で立派な統治者になれるだろうが、器用なお方ではない。アンネローゼ姫が死んだ上で世界が平和になっても、決してお喜びにはならないだろう。アリス姫の考えが間違っているとは思わない。だが、他の姫君がどう思っているのか知りたかったんだ」

「なるほどな。それで、ルーツィア姫に会うために、シンデレラ姫が大切にしている市民を大混乱に陥れた、というわけか」

 ドリットは面白くもなさそうに壁に寄りかかりながら、冷たい視線をリュウマに向けた。狭い路地なので立っているしかない。それでも、壁に背を預けるというのだから、それだけ疲れているのだろう。

「悪かったと思っているが、もともとはあんたのお仲間のライツが始めたことだ」

「あの帽子屋か……事情はわかった。俺はアリス姫を支える立場だ。あんたには、きちんと働いてもらいたい。そのためなら、多少の手助けはしてやってもいい」

「ルーツィア姫に会わせることができるのか?」

 アリス姫の側近であれば、ルーツィア姫とも親しいのかもしれない。ルーツィア姫は、アリス姫同様シンデレラ姫と懇意である。世間では、眠りに落ちたルクレティア姫(いばら姫)に再び世界を平和に導いてもらうのがシンデレラ姫、アリス姫、ルーツィア姫の目的であり、三人は意見が一致していると言われている。だが、寸分の違いもなく一致しているわけではないことは、リュウマが身を持って知ったばかりだ。その意味でも、ルーツィア姫に会う意味は大きいだろう。

「知らないのか? ウサギってのは、穴に住んでいるんだ」

 ドリットが目の前の壁を叩いた。

 暗いためわかりにくかったが、壁に突然黒いシミが広がったように見えた。シミではなく、大きな穴だと気づいたのは、ドリットに押されて穴の中に飛び込んだ後だった。


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