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海の妖精メルジーナ

 殺すつもりはなく、殺したくもなかった。騎士としては剣を扱うことを得意としているリュウマは、あえて剣を収め、先頭の数人を殴り倒した。

 体に組みつかれ、五人ほど投げ飛ばし、足をとられたまま三人を絞め落した。

 再び立ち上がったリュウマは、全身を殴られながらも心地よい疲れを感じていた。対峙する街の者は、怯えているように見えた。

 いまだ、居酒屋の中である。

 何も言わず、リュウマは男達を手招いた。挑発である。大柄な男が遠慮なく持っていた鉈を振り下ろした。リュウマはあえて距離を詰め、腹部に拳を埋め、男の体を投げ飛ばした。

 たまたま、目の前に窓があったため、リュウマは肩からぶつかり、壁ごと窓を破壊し、外に出た。

「逃げるぞ! 追え!」

 誰かの声が背中に聞こえた。

「心配するな。待っていてやる」

 壊れた窓から顔を出し、店の中を覗くと、男達の顔があきらかに引きつった。

 誰も動かない。そのことを確認し、この場を離れようとして背後を振り向いた時、酒場を取り囲む群衆に気が付いた。

 さすがに、町中の人間を買収したわけではないだろう。酒場の騒ぎを聞きつけた野次馬だ。

「何をしているの?」

 群衆の中から、ひときわ小さな姿が前に出た。

 あまりにも小さな姿だった。

 子供よりも、あるいは赤ん坊よりも小さかった。

 それも当然かもしれない。背中には羽が生え、空中に浮いているのだ。

 生物の羽は当然飛ぶためにあるが、声の主は羽の力で浮いているようには見えなかった。羽は静止し、明らかに、羽以外の力で浮いている。

「たいしたことじゃない。ちょっとした。行き違いがあってね」

 リュウマは、慎重に言葉を選んだ。ただの一般市民であれば、慎重になる必要はない。秩序をつかさどる憲兵だとしても、騎士のリュウマが気をつかう必要はない。だが、目の前の存在は明らかに魔法の産物で、魔法に関わる存在は七人の姫に関わる相手だと考えて間違いないのだ。

「ふぅん」

 やはり、背中の羽を全く動かさずにふわふわと近づいてきた。背後の野次馬が全く動かないことや、リュウマを追いかけようとして酒場から出てきた男達が硬直したことからも、かなり面倒な存在だと知れる。

 リュウマには面識がなかった。生物だとすれば、身長は育ちの悪い大根ぐらいで、背中には蝶を想像させる優雅な羽が揺れていた。小さいこと以外は完全に人間の容貌と肢体を持ち、人間であればさぞ美しかっただろうと思われる。

「私に、何か用か?」

「わたしを誰だかご存知なの?」

 リュウマは、取り巻く人間たちのことを一旦忘れて、目の前の小さな姿に意識を集中させた。聞いたことがある。妖精を重用している姫の噂だ。その妖精は、意地悪く、えげつないという。目の前にいるのが、まさにその妖精なのだ。だからこそ、誰も近づこうとしないのだ。

「……ルーツィア姫(人魚姫)に仕えている……いや、友達の、海の妖精……」

「まあ、合格。その中身が詰まっていなさそうな頭をかち割るのは許してあげるわ。わたしはメルジーネ。幸運の妖精よ」

 ――疫病神のメルジーネか……。

 良い噂は聞いたことがない。リュウマは記憶を手繰り寄せた。関わらないのが一番だ。もっとも、すでに手遅れかもしれないが。

「それで、私に何か御用ですか?」

 一度尋ねた問いだが、返答が返されなかったため再び尋ねた。返答が返されなかったのは、メルジーネがリュウマの言葉遣いに気分を害したことによる。

「いいえ。用なんかないわ。面白そうな騒ぎが起きていたから、覗きに来たのよ。たまたま、どこかで見たような騎士がいたから、近づいてみただけ。あなた、ルーツィアの奴隷だっけ?」

 リュウマは誰の奴隷でもない。だが、あえて言葉にも顔にも出さなかった。

「シンデレラ姫にお仕えしております」

「ああ……頭の中まで筋肉のあの子ね。ほらっ、せっかくこのわたしが見物に来たのよ。続けなさいよ。そうすれば……」

 メルジーナはリュウマと、リュウマを取り巻く人々を同時にあおった。メルジーナの言葉が途切れたことに気をとられ、リュウマは尋ねた。

「続ければ、どうなります?」

「ルーツィアに紹介してあげなくもないわ」

 リュウマにとってはどうでもいい話だった。周囲を見回す。メルジーナは性格の悪さで知られているが、魔力は確かである。ルーツィア姫(人魚姫)の側近であることも間違いない。ルーツィア姫は愛されて育ったため、誰にでも優しいと、憧れる民衆は多い。だが、リュウマには関係のないことだ。リュウマは周囲を見回した。手ごわいと思われる騎士は混ざっていない。もっとも、騎士であればすでに姫に仕えているはずで、ルーツィア姫を紹介してもらえるからと張り切る理由はない。それは、リュウマにとっても同じことだった。

 逃げればいいだけだ。

 振り切るのは簡単だ。もっとも振り切るのが難しいのは目の前のメルジーナだろうが、リュウマが取り合わなければ、飽きてどこかに行ってしまうかもしれない。

 逃げようとした。だが、足が止まった。

「メルジーナ、さっきの件、本当でしょうな」

「ルーツィアに紹介するってこと? もちろんよ。わたしを誰かご存知なの? って、さっきも言ったわね」

「約束ですよ」

 リュウマは剣を腰に収め、拳を打ち鳴らした。

 リュウマが逃げるものと思っていたのだろう、もっとも近くに居た男達が目を剥いた。

 リュウマの拳が男の顔面を捉える。

 文字通りの乱闘となった。


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