氷の姫
声が聞こえた瞬間から、リュウマは戦闘態勢に入っていた。振り向きざま盾を構えて横に飛び、剣を持つ脇をしめた。
女は笑っていた。まるでリュウマの反応を、道化の出し物を見るように、見下して笑っていた。美しい女だった。背が高く、氷をまとっている。肌の血色はよくない。雪の女王は、氷の体をしているとも言われる。
「やはり、シュネーケンにいたか」
リュウマも笑った。むしろ、いてくれてよかったというのが本音である。
「私に会いたかったのなら光栄だわ。あまり、長くは生きられないでしょうけどね」
ヴィルジナルは手の中に風を生みだした。空気の流れは、気温をさらに低下させ、生物の体温を奪う。
「雪の女王に生身の体が必要なのか?」
「大きな魔力を維持するには、氷の体だけでは限界がある。だから、いくつかは生身の体も用意してあるのよ。それにふさわしいのは、空っぽの器。その女のようにね」
「エルヴィーネは優秀な魔女だ」
「魔女だった、よ。魔法の鏡が、何の代償もなく予言をし、見られるはずのない光景を映し出すとでも思うの? その女は魔法の鏡に依存し、自分の魔力と、魂を吸い取られた。魔法の鏡というのは、あなたちの呼び方ね。私は、悪魔の鏡と呼んでいる」
リュウマはヴィルジナルに正対したまま、エルヴィーネの前で輝く小さな存在に語り掛けた。
「エインセール、さっきは、どうしてこの巨大な聖女の力を感じ取れなかったんだ?」
導きの妖精であるエインセールは、民家でシュネーケンの生存者を探し、聖女の力に守られた存在を、エルヴィーネしかいないと結論付けた。
「わからないです。でも……さっきまでシュネーケンにはいなかったのかも……」
「そんなはずが……」
リュウマは気づいた。ヴィルジナルであれば、短時間でルヴェールとシュネーケンを移動できる方法がある。体がいくつもある可能性がある。生身の体と、氷の体を使い分けている可能性がある。
「そろそろ死になさい」
ヴィルジナルが、手の上に生み出した風の塊を移動させた。ヴィルジナルの手を離れた瞬間、それは暴風となった。エインセールの悲鳴が聞こえる。リュウマは体勢を下げて、凍った石畳を滑りながら移動した。もとから剣は抜身のままである。切り上げた。
「貴様、ルヴェールはどうした?」
リュウマの剣はヴィルジナルの腕を傷つけた。血は流れない。流れていないかもしれない。生身の体をしていても、凍り付いているのかもしれない。
「あなたが知りたいのはルヴェール? それとも、あのお姫様?」
シンデレラ姫のことを言っているのは明白だ。だが、その一言がリュウマを冷静にさせた。ヴィルジナルはリュウマを見下し、はじめて会ったかのように言ったが、リュウマとシンデレラ姫の関係を知っている。はじめから、リュウマのことを警戒している。ヴィルジナルとて、無敵ではないのだ。
「エインセール、エルヴィーネを頼む」
「でも、リュウマ……」
エインセールの声が弱弱しく届く。リュウマはヴィルジナルから距離を取りながら振り向いた。エインセールは牢の鉄格子に必死につかまっていた。その奥に、氷の彫像があった。悪魔の鏡に魔力も魂も奪われ、『空っぽの器』となった魔女エルヴィーネだった。他の者とは異なり、氷となったわけではない。かつてのシンデレラ姫と同様、生きたまま氷漬けとなってしまった。
「自分の体を凍らせたのか?」
「いいのよ。もともと、そのつもりだったから。そうすれば、ずっと保存できる。生身さえあれば、凍っていても構わない。そのつもりで、牢に閉じ込めたのだから。死ぬ寸前まで凍えあがらせて、死ぬ直前に凍らせる。素敵な表情をしているわ。そう思わない?」
「思わないな」
絶望のとも、苦痛とも判断がつかない表情でエルヴィーネは凍っていた。リュウマは一べつだけを投げかけ、再びヴィルジナルと距離を詰めた。斬り払う。雪山を切り分けるような、軽い感触だった。
「無粋な男。あなたのようなただの騎士が、『世界を救う鍵』と言われた気分はどう?」
ヴィルジナルは笑っていた。リュウマは剣で薙ぎ払った姿勢のまま、硬直した。思い至ったのだ。魔法の鏡がリュウマを『世界を救う鍵』と呼び、リュウマはシンデレラ姫の元を旅だった。すべて、仕組まれていたのだ。
「あれも……貴様が言わせたのか!」
「もちろん。お前のようなただの騎士に、それだけの力があるはずがない」
ヴィルジナルが両手をリュウマに向ける。空中に氷の槍が生じ、リュウマに向けて飛来する。リュウマは盾で氷を薙ぐ。氷は防げる。だが、冷気は防げない。
「何のためだ!」
「もちろん。お前を苦しませ、絶望に追いやるために決まっている」
ヴィルジナルは後退した。外が近い。リュウマは追った。
『リュウマ』
誰かの声が、頭に響いたように感じた。誰かの声かはわからない。ただの気のせいかもしれない。リュウマは目の前の敵に集中することにした。エインセールがリュウマの前を照らす。リュウマは暗闇に突き進んだ。
外に出ると、そこは断頭台の上だった。牢から直結していたのだ。まだ、処刑台は片付けられていなかった。
「死ね!」
明確な殺意とともに、死の刃が向けられる。罪人の首をはねるために作られた巨大な刃が、断頭台の上からリュウマめがけて振り下ろされる。リュウマは盾で軌道をそらし、体を反対側に逃がした。衝撃で、即席に作られた台を転がる。
間をおかず起き上ったとき、ヴィルジナルの、美しいが凍り付くような顔があった。剣を叩きつける。
「お前は実によく踊った。すべて、私の差し金だとも知らずに」
頭部に亀裂が走り、剣がめり込んだまま、ヴィルジナルは笑った。
「貴様の言う通りになど、誰がするものか!」
「まだ解らないのか! お前には何も守れない。世界を救う方法などない」
ヴィルジナルが背後に移動し、距離をとる。リュウマが距離を詰めようした時、ヴィルジナルの背後、何もなかった空間が、透明な鏡と化した。大気に交わる水分と氷を調節した巨大な鏡を作りだした。
氷の城が映し出された。
――まさか……。
神聖都市ルヴェールの姿だった。
「うぁあああああああっっ!」
リュウマは叫んでいた。ヴィルジナルの高笑いが響く。二人の声が混ざり合い、かき消し合う。
『リュウマ』
再び、誰かの声が聞こえた。リュウマは無視した。剣を握った手に、もはや感覚はない。冷気に呑まれていた。
リュウマは凍り付いた地面を蹴った。
剣の切っ先は、しかし、ヴィルジナルに届くことはなかった。リュウマは剣を振り上げたまま、ヴィルジナルの頭上で止めた。ヴィルジナルの哄笑が続いていた。笑い続けるヴィルジナルを前に、リュウマは剣を降ろした。
「……ルヴェールさえ落ちたのなら……もはや私に、戦い続ける理由はない」
「降参か?」
ほほ笑みを浮かべて、ヴィルジナルは問いかけた。笑い声は止んでいた。リュウマに向かい、滑るように距離を詰めた。リュウマの目の前に迫る。ヴィルジナルの呼吸だけでも、リュウマを凍り付かせることができるだろう。それほどまでに、近かった。
「あなたはなぜ、世界を凍てつかせようとする?」
「決まっている。憎いからだ。かつて、聖女が現れる前までは、私は世界を統べていた。聖女が現れ、私を北の山に追いやり、私を生きたまま、雪山に置き去りにした。私は復讐を誓ったのだ。私を裏切った人間すべてを、同じ目に会わせてやると誓った。それ以上の理由などない」
「そうか……あなたも、辛かったのだな」
ルクレティア姫に、聖女を受け継げない事情があったように、シンデレラ姫が嘘をついてまでリュウマを送り出したように、リュウマが戦い続けたように、人間にはそれぞれに事情がある。魔物には魔物の、ヴィルジナルにはヴィルジナルの事情があるのだ。そう思った時、リュウマには、もはや戦う力は残されていなかった。
「……お前、何を言っている?」
「辛かったんだろう? 私も、一緒だ」
「やめろ! 同情などするな!」
「私の勝手だ」
二〇〇〇年以上もの間、ヴィルジナルはただ一人でさまよってきたのだ。それがどれだけ苦しく、むなしいことか、リュウマには理解できた。これまでの旅のすべてが、リュウマの心を揺さぶった。リュウマは兜と面貌を外した。リュウマの目から、涙があふれた。
「やめろ! 私のために泣くな!」
「……何故だ? いまの私にはわかる。魔物にも心がある。あなたは操り人形かもしれないが、こんなことを望んでしているはずがない。ヴィルジナルに操られている可哀想な人形だ」
リュウマはヴィルジナルに相対していた。リュウマの両手にはもはや力は入らず、ただの装備のように感覚もなかった。ヴィルジナルが手を伸ばす。リュウマの首を、冷たい手がつかんだ。リュウマは抵抗せず、氷の手を受け入れた。
目から涙がこぼれた。凍り付きつつあったリュウマの頬を流れる。リュウマは、自分の首を絞める女王の体を腕に抱いた。顎の先端から、ヴィルジナルの体に、一滴の涙がこぼれた。
涙が落ちた場所から、まばゆい光が立ち上った。光はヴィルジナルの全身を覆い、ヴィルジナルは消えた。
リュウマの尻が地面に落ちる。遠くで見守っていたのか、エインセールが飛んできた。
「やりましたねリュウマ。でも、どうやって倒したんですか?」
「……さあ? 私が倒したのか?」
「もちろんです。これで、解決ですね」
シュネーケンの街は凍り付いたままだ。まだ何も解決していない。
リュウマは上空を見上げた。
氷の城ルヴェールは掻き消えていたが、重苦しい分厚い雲に覆われた空に、さらなる変化が生まれていた。
望ましい変化ではなかった。
空を覆う雲が変化し、巨大な鏡と化した。その中央に、リュウマが倒したばかりのヴィルジナルの顔があった。
「ひっ……リュウマ……あれは?」
『人形を倒したのは貴様か?』
ヴィルジナルの顔がますます巨大に、瞳だけが見えた。リュウマは立ち上がった。
「やはりあれは、ただの人形だったか。聖女の力を奪ったのだ。人形だけではないと思っていた。あなたも二〇〇〇年、苦労したのだろうな」
『黙れ! そんなことを言っていられるのも、今のうちだ!』
ヴィルジナルの顔が消えた。空には、魔物の軍勢が映し出されていた。氷の体をもった魔物の大群が、氷原を駆ける姿が映し出されていた。
リュウマは答えず、唇を噛んだ。笑い声が空を覆い、空の映像は消えた。
「……リュウマ、どうします?」
「奴は私を殺しに来る。ならば好都合だ」
『リュウマ』
頭の中で呼ぶ声がだれなのか、リュウマにはわからなかった。呼ばれるたびに、違う人物のように聞えていた。
「その前に、行くところがある」
リュウマはシュネーケンの王宮を目指した。
騎士リュウマと導きの妖精エインセールが、王宮の中を進む。
仕える人々はすべて氷となり、直前まで何も知らずにいたことが読み取れた。
騎士たちも忙しく働いていたようだ。一際大きな騎士が、侍従に命じられて荷物を運んでいるのがわかった。リュウマは、騎士カイエンだと認めた。誰よりも力に恵まれた男だが、瀕死のリュウマが逃走した一件以来、会っていなかった。
カイエン自身を恨んでもいない。リュウマは感慨を持たずに、大きな氷像をかわして奥に進んだ。
導かれていると感じた。
リュウマに呼びかける声が、次第に大きくなってくる。
もう、誰の声かわかっていた。
一人ではない。
呼びかけている。
来いと言っている。
放ってはおけない。
ほとんど知らないはずの王宮の中を、リュウマは導かれるままに移動した。
「どこに向かっているんですか?」
本来の導きの妖精はすっかり方向感覚を失っていたが、責めることはできない。
リュウマはエインセールに感謝していた。一人ではない。それだけで、どれだけ救われたかわからない。
いくつもの角を曲がり、通路を進み、扉の一つを開けた。
凍り付いた部屋と、大きな鏡、鏡に向かいあう、氷像が一つある。
魔法の鏡と呼ばれていた、悪魔の鏡が置かれていた、魔女エルヴィーネの部屋だった。
『ようやく来たわね。私の声が聞こえていないのではないかと思って、心配したわよ』
悪魔の鏡は、当たり前の鏡のように部屋の中と、氷像と化したルクレティア姫を映していた。鏡の一部が曇り、美しい氷像が映し出された。部屋の中に存在していないはずの氷像だった。アンネローゼ姫だとわかった。無理やり氷に変えられたのだとは思うが、民衆を導く聖女のようなポーズをとっていた。たまたまなのか、意図してなのかはわからない。ポーズのことは触れないことにして、リュウマは言った。
「アンネローゼ様まで、そのようなお姿に」
『社交辞令はいいわ。解っていたことでしょう。聖女の力を奪われた以上、私たちに抵抗することはできなかった。リュウマ、もうお前しかいない。お前しか、この世界を救うことはできない』
「私のことを『世界を救う鍵』だと言ったのは魔法の鏡です。この鏡は、本来は悪魔の鏡と呼ばれた、雪の女王ヴィルジナルの持ち物です。その予言すら、ねつ造されたものだったはずです。私に……世界を救う力などありません」
『寒さにやられて、血の巡りが悪くなったのかしら?』
アンネローゼ姫は、氷像になっても口が悪い。リュウマは可笑しくなった。これだけの窮地にあって、まだ笑えるとは思わなかった。リュウマは尋ねた。
「どういう意味ですか?」
『ヴィルジナルが、どうしてそんなことを鏡に言わせたのか。考えてごらんなさい。ヴィルジナルに対して、唯一正面から討伐しようとしていたのはシンデレラだけだった。シンデレラが兵を起こせば、先陣を切ったのはリュウマ、お前でしょうね』
「……はい。騎士隊長は高齢でしたから、遠征となれば私が率いたはずです」
『ヴィルジナルは、お前を恐れたのよ。誰よりも多くの魔物を殺してきたお前だから、ヴィルジナルを打ち倒す手段も考えるかもしれない。だから、シンデレラの元を離れるように仕組んだ。結局、シンデレラは兵を起こす準備はしたけど、遠征は行わなかった』
『私が間違えたのは、それだったんだね』
アンネローゼ姫の隣に、別の氷像が映った。赤ずきんの愛称で知られるリーゼロッテ姫が、やはり同じように氷の像と化していた。シュネーケンの別宅にいたらしい。表情は絶望に満ちていたが、手にお菓子を持っていた。アンネローゼ姫は続けた。
『それに、ルクレティアの姿を世界中に見せたのは何のためだと思うの? シンデレラたちを探すだけなら、ルクレティアを利用する必要はなかったわ。リュウマ、お前をシンデレラから引き離し、孤立させるためにルクレティアに叫ばせたのよ。ルクレティアが氷にされるところを見せれば、リュウマがじっとしているはずがないと思ったのでしょう。お前は、あの雪の女王にそれだけ気をつかわせたのよ。自信を持ちなさい。お前には、それだけの価値がある』
相変わらずアンネローゼ姫の口調はきつかったが、リュウマの心には強く響いた。それだけ、リュウマを評価してくれている。弱気になど、なれるはずがない。アンネローゼ姫はさらに続けた。
『魔法の鏡だって、完全にヴィルジナルのいいなりではなかった。考えもみなさい。私が世界一の美女だったからと言って、ヴィルジナルになんの関係があるの? 結局、私が聖女の力を承継させられていたことは事実だったけど、魔法の鏡は単純に、私のことが好きなだけだったのよ。魔法の鏡はヴィルジナルに協力させられているだけ。ヴィルジナルが、すべてを知っているわけではないわ。魔法の鏡の気持ちは、お前ならよくわかるはずでしょう。リュウマが、シンデレラのために命を投げ出す覚悟をしながら、どこかの女を好きになったようにね』
『その件については、色々と言いたいことがあるがな』
リーゼロッテ姫の反対側、アンネローゼ姫の逆側に、美しく長い髪がそのまま氷の波となった氷像が映った。ラプンツェル姫だ。巨大なハンマーを振り上げた姿で氷となっている。ヴィルジナルに対して、ハンマーで戦おうとしたのだ。アンネローゼ姫がやや強引に話を戻す。
『それに、魔法の鏡……悪魔の鏡は、ただ人間の魂を望んでいただけ。人間がすべて氷に変えられた世界を望んでなどいない。お前がシンデレラを助けに行けるようにしたのは、鏡の判断だわ。お前がシンデレラの死ぬ映像を見た時、まだ聖女の力を誰が持っているか、誰も知らなかったはずだもの。すべてがまやかしではないの。リュウマ、自分の目を信じなさい。あなたは『世界を救う鍵』ではない。世界を救うための、切り札なのよ』
『それに、お前は手に入れたんだろう? ヴィルジナルを……聖女の力を手に入れて強くなったヴィルジナルに対抗する力を』
『ラプンツェル、そのことは言ってはいけないと言ったはずよ』
『どうしてだよ。姐御、隠しても仕方ないだろ。リュウマは、そんなに弱くないさ』
『……仕方ないわね。リュウマ、お前は魔物の力を手に入れた。それは、聖女の力と対を成すわ。私たちには扱えない。だけど、お前には使えるはずよ』
ラプンツェル姫とアンネローゼ姫が意味しているのは、ローズリーフだとわかった。ローズリーフをただ持つのではなく、大きく口をあけた心の穴に吸い込まれたことで、聖女の力に対抗しうる、魔物となった。だが、ルヴェールには魔法の鏡はない。
「どうして……それを?」
『聞いたんだよ』
リーゼロッテ姫が言い、アンネローゼ姫、リーゼロッテ姫、ラプンツェル姫の氷像の下に、さらに三つの像が映った。
「……ルーツィア様、アリス様……シンデレラ様」
神聖都市ルヴェールは陥落した。そこまでは覚悟していた。三人の姫は十分に準備をしていた。逃げてくれていると、信じていた。
『リュウマ、ご免ね。なんとかなると思っていたけど』
ルーツィア姫が言った。両手を胸の前に組み、歌っているかのようだった。ルーツィア姫にとっては、歌そのものが武器なのだ。兵士を鼓舞することもできるだろう。魔物に対しては攻撃する手段ともなりえるかもしれない。
『でも、リュウマなら大丈夫。きっと、ヴィルジナルだって倒せるよ』
アリス姫が言った。いつも手にしているお気に入りの錫杖を振り上げていた。
最後に、シンデレラ姫が口を開いた。シンデレラ姫の姿だけが、他の姫達と違った。他の姫は、戦おうとして、抗えずに氷になったことが見て取れた。シンデレラ姫の氷像は、武器を持っていなかった。痛めつけられ、うち伏せられた後、絶望の中で氷となったに違いない。それでもまだ立ち上がろうとしていた。壁に手をついて体を支え、足に力を込めようとしている姿が映し出されていた。
『リュウマ、もう戦うな。これ以上、傷つくお前を見たくない。世界を救ったところで、代わりにお前が魔物になったら、次は私に、お前を討伐させるつもりか? 次は誰がこの世界を守る?』
『シンデレラ! あなたという人は!』
『自分ばっかり、いい子になるな!』
アンネローゼ姫とラプンツェル姫が非難したが、リュウマは止めた。
「この命にかえても、必ず」
口には出さずとも、シンデレラ姫の無念が伝わってきた。リュウマは特にシンデレラ姫に向かって言った。シンデレラ姫を故意に痛めつけたことを、ヴィルジナルに後悔させる。リュウマも言葉には出さず、誓った。リュウマが騎士の礼を取る。
『だから、人間って解らないわ』
『この人だけだから』
ルーツィア姫の愚痴に、アリス姫が慰める。
『頑張ってね』
リーゼロッテ姫はやさしく言葉をかけ、シンデレラ姫はその姿だけですべてを語っていた。
リュウマは背を向けた。
鏡の中の姫達に背を向けた。
――戦いに挑むために。
歩きだそうとした。その時、ずっと黙っていた姫が、口を開いた。
『……ごめんなさい……リュウマ……騙すつもりじゃなかったの……私は、本当に……あなたのことが、今でも……』
リュウマが振り返る。悪魔の鏡には、ただルクレティア姫だけが映っていた。六人の姫達は消えていた。
「ルクレティア様、あなたは何も悪くない。あなたが呼んでくれたからこそ、私はここに来た。無駄だったわけではありません。ここに来たからこそ、どんな犠牲を払っても、ヴィルジナルを倒す覚悟ができました」
『……そのことではないの……私のせいで……あなた心に穴が開いてしまった。そのせいで、あなたは魔物に……』
リュウマは氷像のルクレティア姫を両腕で抱いた。リュウマの腕は、凍り付いたような状態から回復していた。ルクレティア姫は氷だったが、冷たいとは感じなかった。
「私の弱さが招いたことです。人を愛したことが罪であるはずがない。ただ……できることなら、騎士セジュールに会って、きちんと礼を言いたかった。私のために、どれだけ尽くしてくれたか解らないのです」
リュウマの目から、涙が落ちた。
氷像を抱く腕をほどき、リュウマは最後の戦場に向かった。




