表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/47

謀略姫アリス

 リュウマは任務完了の報告をするため、お仕えするシンデレラ姫の居城がある神聖都市ルヴェールに戻ることにした。旅を共にしていたカイエン、セジュールもそれぞれの姫の元に戻るつもりのようだ。

 世界は七人の姫が治めている。かなめである聖女ルクレティア姫|(いばら姫)が何者かに眠らされたまま、いつ目覚めるかもしれない状況となって以来、世界に魔物がはびこりだしていた。世界を収める残された六人の姫は、世界を救うために騎士を選び、任務を託した。

 リュウマが使えるシンデレラ姫は、聖女ルクレティア姫とは無二の親友であり、世界が混乱している以上にルクレティア姫のことを心配していた。物事の順序が少しばかり逆転するのは、シンデレラ姫にとっては日常だったので、リュウマは気にしなかった。物事の順序を間違えることはあっても、善悪を間違えることは絶対にないと信じていた。だからこそ、リュウマはシンデレラ姫に仕え、迷いなく死地に赴いてきた。

 神聖都市ルヴェールはいつものように活気に満ちていた。騎士であるリュウマのことを臣民の多くは知っており、居城までの道はとても気持ちのいいものだった。

 城の衛兵に帰還を報告し、シンデレラ姫への謁見を申し出ると、控室に通された。

 リュウマは少しばかり不審に感じ出した。

 今まで、謁見を申し入れて控室に通されたことはなかった。姫が忙しいことは十分に承知しているが、騎士は国の重大事にも直接かかわる立場にいる。他の用で謁見できないということが、今まではなかったのだ。

 控室の扉が開いた。

 城に仕える召使いのような恰好をしているが、それがただの召使いではないことをリュウマは見て取った。

「アリス様?」

 言いながら、思わず腰を浮かせていた。

 アリスは世界を治める七人の姫の一人であり、魔法都市ノンノピルツに君臨する人物である。シンデレラ姫とも仲が良く、頭脳明晰で時に大臣としてルヴェールの執務を取り仕切ることもあると聞いている。

 しかし、控室に直接出向いてくるような立場の人物ではない。何より、召使いの恰好をしている理由など少しもない。

「おや。すぐにばれたか。面白味のない奴だ」

 姫としては品のない言葉遣いをすることでも知られているが、魔法都市ノンノピルツの臣民からは庶民的としてむしろ愛されているらしい。アリスは飾るつもりもないのだろう。やや乱暴に召使いの服を脱ぎ棄てると、下にはしっかりと姫らしいドレスを着こんでいた。

「……私に何か御用ですか?」

 アリスは唇を尖らせた。立派に姫として勤めているが、見た目は幼い少女のように見える。ただし、七人の姫の中でもっとも知略に富んでいることは、疑う者がいない。幼い外見にはよく似合う表情だが、中身を知っている者はむしろ襟を正すだろう。むろん、リュウマは警戒して身構えた。

「実につまらん。シンデレラ姫に仕える身として、他の姫に会ったからといって飛び上がって喜ぶわけにはいかんだろう。しかし、突然姫が姿をしのんで会いに来たと知ったからには、もう少し面白味のある反応を示すのが筋というものではないか」

 明晰な頭脳に、不可解な性格というのが、アリスを語るうえでもっとも言われている特徴だ。

 だが、アリス姫が意味もなくシンデレラ姫に仕えるリュウマを訪れたとは、リュウマ自身にはどうしても思えなかった。結果として、態度を崩すべきではないと考えた。

 佩いていた剣を取り外し、テーブルの上に置く。敵意がないことのしるしである。椅子を降り、絨毯の上に膝をついた。姫であるアリスに敬意を払ったのである。それでも、リュウマはシンデレラ姫の臣下である。これ以上へりくだるつもりはなかった。

「シンデレラ姫の謁見前ですので、ご用でしたらお早めにお願いします」

「その心配はない。お姉さま|(シンデレラ姫のことを、アリスは『お姉さま』と呼びならわしていた)は、そなたが戻ったことはまだ知らない」

「……どういうことです?」

 尋ねなくとも、解っていた。リュウマが神聖都市ルヴェールに戻ったときから、あるいはそれ以前から、仕組まれていたのだ。そうでなければ、騎士であるリュウマがそもそも控室に案内されることなどなかったはずだ。だが、聞かずにはいられなかった。アリス姫の真意がわからなかった。

「そなたは、シンデレラ姫に会う必要はない」

「どういう意味です?」

「それが、互いのため……いや、むしろお姉さまのためなのだ。そなたは、お姉さまに会えないのは辛いか?」

 リュウマは騎士である。主のために働き、主を支え、主を助けるのが役目だ。その主は、今も昔もシンデレラ姫しかいない。これから先も、ずっとそうだと信じている。うかつな答えはできないと感じた。慎重に言葉を選んだ。

「……辛いか、辛くないかで……考えることではございません」

「ならば、このまま城から出るがいい。向かう先は、城塞都市シュネーケンだ」

 城塞都市シェネーケンといえば、考えられることは一つだ。

「アンネローゼ姫|(白雪姫)を……暗殺しろと?」

 現在、世界を混乱させている根源だと考えられているのは、ルクレティア姫(いばら姫)が目覚めない眠りに落ちたことと雪の女王の台頭である。状況の打開のため、シンデレラ姫はルクレティア姫を起こすことを主張し、アンネローゼ姫は雪の女王を倒すことを優先すべきだと主張している。しかも、方法論を巡って二人は明確に対立しているのだ。

他の四人の姫は、シンデレラ姫派とアンネローゼ姫派に分かれていると考えられているが、六人の姫はいずれも個性が強い。単純に割り切るべきではないとリュウマは感じていた。

そもそも、どちらを優先しようが結論が同じなら、対立する理由はない。知略に長けたアリス姫が、シンデレラ姫とアンネローゼ姫の間を取り持たず、むしろ一方を排除しようというのなら、この対立に敗れれば、シンデレラ姫に破滅が訪れるということだろう。

「私は、行先を告げただけだし、何も命じていない」

「話し合いの道もあるのではないでしょうか?」

「その時は過ぎた。それが可能なら、あえて騎士を選びはしない。考えるのだな。お姉さまにとって何が最良か。方法は問わん。お姉さまには、体調を崩してしばらく休暇を取ると伝えよう。結果が伴えば、功労には報いよう。だが、失敗しても、これはそなたが一人で行ったことだ」

 リュウマは立ち上がった。剣をとり、腰に佩いた。何も言わなかった。言うべき言葉を思いつかなかった。すべてを悟ったように、アリス姫は言った。

「承知した、と言ったことにしておこう」

「考えさせてください。納得がいかない任務では、成功の可能性もないでしょう」

「そうかもしれぬな。時間はやろう。だが、いつまでもとはいかん」

 アリス姫は巾着袋をテーブルに置いた。ずっしりと重い。中に金が入っていることは間違いない。軍資金のつもりか、あるいは報酬の前渡しだろう。

「決断するまで、受け取れません」

「リュウマのことは信じておるよ」

「ご随意に」

 リュウマはシンデレラ姫と謁見することもなく、控え室から退出した。扉を閉める瞬間に、何の憂いもないかのようなあどけない顔で、いつの間に淹れたのか、アリス姫が紅茶を傾けるのが見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ