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戦姫ラプンツェル 前

 泡を噴いて気絶したエルフのローラントを手当てしたが、とても歩けそうにないことがわかった。衝撃で腰が抜けたようである。騎士リュウマはローラントを背負うことになった。シビリーが、ローラントを乗せることにどうしても承知しなかったのである。

 幸いにも、シビリーがラプンツェル姫に命じられて騎士を探していたのは本当だった。鉱夫たちが請け負ってくれ、ラプンツェル姫の住む場所を教えてくれたので、リュウマはローラントを背負い、鉱山都市ピラカミオンの郊外にある高い塔に向かった。ローラントは道案内さえままならなかったのである。

ラプンツェルはピラカミオンを治める立場だが、どういうわけか高い塔に住むことを選び、森の中に高い塔を立てて住んでいるのだという。

 ピラカミオンの中では珍しい自然の森をかき分け、高い塔を下から見上げると、最上階と思われる場所の窓から、柔らかい絹のようなロープが伸びていた。

「もう大丈夫。降ろしてくれたまえ」

 相変わらず気取った様子でローラントが言った。出会ってからここまで、全くの役立たずだった男を地面に下ろした。シビリーがいななき、ローラントが飛び上がって、シビリーをよけながら叫んだ。

「ラプンツェル様! ただいま戻りました!」

『勝手に登って来い!』

 塔の上から降り注いだ声は、力強く、雄々しかった。しかし、澄んだ女性の声であることは間違いない。

「おやおや。このローラントだけなら、いつものはあの窓から出ている髪を地上まで降ろしてくれるのだけどねぇ。今日はそんな気分じゃないようだ。もちろん、重い鎧を着た騎士や馬まで、ラプンツェル嬢の髪で塔を登ろうなんて思わないことだ。どれだけ手入れしても、髪へのダメージは相当なものだろろうからね」

 ローラントのことが気に入らないシビリーは再び金色の頭部に噛みついていたが、もはや日常のことらしい。リュウマは塔の入口を探した。別に隠されているわけでも見つけにくいわけでもなく、扉が見つかった。本当に普段ラプンツェル姫の髪で塔を登っている者がいるとは思えなかった。もしいるとすれば、それによってラプンツェル姫自身が首の筋肉を鍛えているのだろう。

 リュウマが扉に向かうと、ローラントは慌てたように小走りにリュウマの前に躍り出て、扉の手前で実に優雅な足取りに変えた。リュウマが先に塔に入ることは、プライドが許さないのだろうか。口からローラントの頭がなくなったシビリーが、不満げにいなないた。リュウマが振り返ると、リュウマの肩に親しげに大きな頭部を押し付けてきた。

 戦姫と称されるラプンツェル姫の住む、塔の入口が開かれた。


 リュウマにとって意外だったのは、ラプンツェル姫はすでに一階まで降りてきており、ローラントを待ち構えていたことだ。リュウマが顔を出すと、途端に気分を害した。

「ローラント! 誰が騎士を連れて来いって言ったんだい! 私の手足となって働く、騎士希望者を連れて来いって言ったはずだ! あの魔物は私が倒す! どこかに騎士なんかに手柄を横取りされたら、ピラカミオン全体への示しがつかないんだよ!」

 突然怒鳴られて立ちすくむローラントに、ラプンツェル姫が大股で近づいてくる。動きやすい、肌を露出した服に、鋭い目つきと挑発的な表情が魅惑的だが、何よりもラプンツェル姫を特徴づけているのは美しい長い髪だった。顔の約半分が隠れるほど前髪も豊かだが、背後に下ろした髪は、ラプンツェル姫が一階の広間のほぼ中央に進んだのにもかからず、二階に上る階段の先までつながっていた。

 リュウマが意外に感じた理由は、塔の最上階から髪を垂らしていたはずのラプンツェル姫が一階にいたことだ。ひょっとして、と思いリュウマはシビリーを交わして外に出た。

 まさかと思っていた光景が、リュウマの目の前にあった。

 塔の最上階から、ラプンツェル姫の髪の先端が下がっていたのだ。一体、どれほど長い髪だというのだろうか。ラプンツェル姫はずっと一階にいたのだ。塔の窓が締め切られていたために、声だけが上から聞こえてきたかのように錯覚したのだ。

 リュウマが塔に戻ると、ラプンツェル姫にローラントが怒られ続けていた。リュウマの動きに気付き、姫の鋭い視線がリュウマに移る。

「このエルフに何をいわれたか知らないけど、魔物を退治するのは私だ。余計な真似はしないでもらうよ」

「解りました。ですが、シビリーを使わしてくださったのは、ラプンツェル姫ではないのですか?」

「ああ……リーゼロッテから連絡があったからね。仕方なくシビリーを迎えに行かせた。だけど、騎士に頼るつもりはなかったんだ。他のどこでもない。魔物はこのピラカミオンに出た。私が退治しなきゃならないんだ。ちょっと待てよ……ということは、あんたが森の熊クモを倒した騎士かい?」

 いったいどういう内容の連絡が行ったのかわからないが、リーゼロッテ姫は魔物退治についての情報をラプンツェル姫に与えたのだ。リーゼロッテ姫から見て、それがラプンツェル姫を動かすために最善だと思われたのだ。

「一人でではありません。大勢の協力を得られた結果です。騎士にとって、魔物退治はとうぜんの仕事ですから。それと、リーゼロッテ姫から、私も紹介状を預かっています」

 リュウマが荷物入れからロウで封をされた羊皮紙をとりだすと、直立不動に陥っていたローラントが恨めしそうな目を向けた。リュウマが、ローラントに頼らずにラプンツェル姫を訪れていれば、ローラントが怒られる必要はなかったのだ。だが、ローラントがラプンツェル姫の命令を理解していなかったのは、隠しようのない事実である。

 リュウマが捧げ出した紹介状を、ラプンツェル姫はやや乱暴に取り上げた。リュウマに対して良い感情は持っていない。ラプンツェル姫は、戦いに優れた姫だという噂がある。聖騎士として正しい行いをしているシンデレラ姫とはまた違い、自らの強さで鉱山都市ピラカミオンを治めているのだという自負があるのだろう。だから、よそ者の騎士を嫌うのだ。魔物退治を自ら行うのも、強さをしめして民衆を束ねるために違いない。

 ラプンツェル姫はリュウマが渡した羊皮紙の封を解き、しばらく見つめていた。ローラントが立ち疲れるほどの時間、ラプンツェル姫は羊皮紙を見つめていた。ラプンツェル姫に疲れた様子はない。読むのに時間がかかったわけではなく、手紙の内容を受けて、ラプンツェル姫がどうすればいいのか考えているのだと、リュウマは理解した。騎士の礼をとったまま、リュウマも待ち続けた。

「気が変わった」

 ラプンツェル姫は短く宣言した。

「では、ローラントはもうよろしいですか?」

 エルフの発言は、もう許してくれというものだった。羊皮紙から上げたラプンツェル姫の顔は、ローラントを怒鳴りつけている時より迫力に満ちたものにリュウマには感じられた。ローラントはとにかく逃げ出したかったのだろう。ラプンツェル姫はローラントには何も言わず、見もしなかった。

「魔物退治に協力させてやる。その前に、用がある。リュウマとやら、ついて来い」

 ラプンツェル姫は二階に上がろうと足を向けた。歩きだす前に、リュウマが進言した。

「この地に、アンネローゼ姫(白雪姫)に仕える騎士カイエンが向かっております。私はシビリーが乗せてくれましたので早く着きました。カイエンは私より力にすぐれています。協力させてはいかがでしょう」

「……シビリーがお前を乗せたのか」

「はい。カイエンは体が大きすぎますので、シビリーは拒否すると思いますが」

「いいだろう。シビリーに免じて、リュウマの言うことを聞いてやる。カイエンとやらも協力させることにする」

 ラプンツェル姫は中断させた動作を再開させ、体を返して二階に上った。

「あの……このローラントはどうすればいいので?」

 エルフには、ついに言葉は返されなかった。

「カイエンが向かっている。道に迷うとは思えないが、ほぼ半裸の騎士だ。見ればわかる。迎えに行ってくれ」

 リュウマがローラントの肩を叩いた。しかし、ローラントには気に入らなかったようだ。

「君の命令なんか、このローラントが聞くと思うのかい!」

『行け!』

「はい!」

 二階から降り注いだ力強い声に、エルフは飛び上がって応じた。

 リュウマが二階に上がる。

 二階は、何もない大きな部屋が一室だけあった。

 部屋の中央で、ラプンツェル姫が待っていた。

 愛用の巨大なハンマーを、軽々と肩に担いでいる。

 戦うために作られた部屋だと、リュウマは理解した。


 ラプンツェル姫は、リュウマの顔を見るなり巨大なハンマーを構えた。リュウマは構えない。ラプンツェル姫と、戦う理由がない。

「どうした? 騎士リュウマ、抵抗せずに死にたいか?」

 戦意を隠そうともせず、ラプンツェル姫はハンマーの先端をリュウマの首筋に当てた。ラプンツェル姫は強い。それは肌で感じたが、ハンマーは振り回してはじめて真の威力を発揮する。体に押し付けられても、恐れる武器ではない。リュウマは動かずに尋ねた。

「私に用とは、ラプンツェル様と戦えということですか?」

「そうだ。そのために、この部屋に呼んだ」

「なんのためですか?」

「納得できなければ戦えぬというなら、教えてやる。私は駆け引きとか、そういうことが苦手だからね。隠すつもりもない。その必要もないしね」

 重いはずのハンマーを、ラプンツェル姫は片腕で持ち上げ、床に下ろした。つまり、片腕の筋力だけでやってのけた。リュウマに同じことができるとは思えなかった。ラプンツェル姫のハンマーは、あるいは魔法の品なのかもしれない。

 ラプンツェル姫は言った。

「しばらく前になる。アンネローゼ(白雪姫)の姐御が、私とリーゼロッテに言った。シンデレラ派の騎士がそのうち姐御を殺しに来る。その騎士を殺さずに、姐御の元に届けてほしいと。私とリーゼロッテは相談した。姐御の言うことだ。考えがあるにちがいない。姐御の持っている魔法の鏡は、未来まで見通すとか言われているからね。でも、そんな危ない奴を姐御の元に届けるわけにはいかない。だから、私とリーゼロッテで見つけて、まともに動けないようにしてから、姐御の元に届けることにした。見つけることはできると思った。何しろ、リーゼロッテは動物を使って世界中を見張ることができる。それに、シンデレラのところから姐御のところに行くなら、ルチコル村を通ることになる。ルチコル村の近くに、最近強力な魔物が住み始めていたから、リーゼロッテは、その魔物を退治できる騎士がいたら、そいつが姐御の命を狙っている奴に違いないと言っていた。あんたが倒した、熊クモがそうだ」

 ――やっぱり……。

 リュウマは、セジュールにリーゼロッテ姫(赤ずきん)が退治ではなく監視を命じていたと知り、不信感を覚えたのだ。思った通り、アンネローゼ姫の命を狙う騎士をいぶりだすために、魔物を放置していたのだ。ラプンツェル姫は続けた。

「だから、リュウマが魔物を退治した時、拘束したのだと書いてあった。だが、結局リーゼロッテも、あんたが姐御を殺そうとしている騎士かどうかの判断がつかずに、私のところに送ってよこした。つまり、その判断を私にしろということさ」

「……いまのお話と、私とラプンツェル様が戦うことに、つながりがありますか?」

「解っていないね。言っただろ。私は駆け引きとか、そういったものが苦手なんだよ。リーゼロッテでも判断できなかったことを、私にできることは思えない。私にできることはこれしかないんでね。どんな奴か、まあ、殴り合えば解るだろう。だが、そうだな……一応聞いておいてやる。リュウマ、アンネローゼの姐御を殺すために放たれた騎士は、あんたか?」

「違います」

 リュウマは嘘をついた。何度となくついた嘘になっていた。いつのまにか、騎士としての良心に呵責かしゃくを感じなくなっていた。それ自身、良いことだとは思えなかったが。

「騎士の名誉にかけて、誓うか?」

「……誓います」

 これも、嘘だった。

「シンデレラの名において、誓うか?」

 リュウマは答えられなかった。答えてはいけない気がした。シンデラレ姫は、どんなことがあっても裏切るわけにはいかない。口先だけでも、裏切りたくなかった。

「どうした?」

「……誓います」

 絞り出した言葉が説得力を失っていることを、発したリュウマ自身が感じていた。ラプンツェル姫がどう感じたのかはわからない。だが、リュウマを見つめるラプンツェル姫の顔は、出会って初めて、少しだけ笑って見えた。

「では、あんたを殺しても、姐御には怒られないな。いずれにしろ、魔物退治に連れていくなら、足手まといはお断りだ。腕を見なけりゃ話しにならない。始めるよ」

「承知しました」

 騎士リュウマは、剣を抜いた。


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