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騎士リュウマと森の魔物 前

 翌朝、騎士リュウマはお菓子の家の居間で目を覚ました。ヘンゼルとグレーテルも一緒である。隣室のセジュールは、安らかな呼吸を繰り返し、熱は下がっていた。

 リュウマは魔物討伐の準備をするよう告げる。

 お菓子の家を一歩出ると、狼のファニーが尾を振った。リュウマはうなずき、ファニーに語りかけた。

 リュウマはヘンゼルにナイフと木の棒で槍を作らせ、セジュールに矢の矢尻を削らせ、先端を丸めさせると同時に、燃えやすい乾燥した木の皮を巻き付かせ、油を沁み込ませるよう指示した。

 グレーテルにはお菓子の家にとどまり、負傷者が撤退できるようお菓子の家を死守するよう命じた。ファニーには自由にさせた。誰よりも、天性の狩人である。

 朝食もリュウマが作り、太陽が天空に高く登ろうとした頃、リュウマは告げた。

「ヘンゼル、魔物がどこにいるか解るか?」

「昨日の穴だよ。夜しか動かないんだ。だから、昼間は安全なはずだった。僕とセジュールが油断していたのかもしれないけど、夜しか出てきたことはなかったんだ」

「誰も責めてはいない。案内してくれ。森のことはよくわからない」

「でも、穴から出てこないよ。ずっと寝ているんだ。また穴に入るの?」

「いや。これを使う」

 リュウマはお菓子の家に近づいた。扉に手をかけた。板チョコでできている。扉に手を懸けた。取っ手ではなく、扉にである。

「ちょっと、何をしているよ!」

 グレーテルが悲鳴を上げた。リュウマは、お菓子の家の扉をむしりとったのである。

「すぐに戻るだろう。魔物を退治するために使う」

「もう……仕方ないわね」

 顔をしかめながらも、グレーテルはもじもじと文句を言っただけだった。

「ヘンゼル、セジュール、ファニー、行こう。グレーテルは待機していてくれ」

「……うん」

 板チョコの扉を担ぎ、リュウマはヘンゼルの後に続いた。


 先頭を行くヘンゼルが、森の中を進みながら振り向いた。

「あの、グレーテルの態度見た?」

「ああ。どうかしたか?」

 リュウマはヘンゼルが興奮している理由がわからずに問い返した。

「あんなの、変だよ。セジュールならわかるよね」

 セジュールは回復した。見事に回復してくれた。だが、まだ顔色は悪い。腹に巻いたさらしは胸に巻きなおし、知らない人間であれば男だと勘違いする、颯爽とした出で立ちは変わらない。だが、リュウマが知る騎士セジュールは、地面の凹凸を踏むたびにふらついたりはしない。

「グレーテルの奴、リュウマのことが好きみたいだ」

「そうだよね! おかしいと思ったんだ。グレーテルの奴、あんなに顔を赤くしたのは、おたふく風邪をひいて以来だよ」

 リュウマは答えなかった。二人の話を聞きながら、まったく別のことに気をとられていた。

 お菓子の家を離れるにつれ、担いでいた板チョコの扉が軽くなっていたのだ。振り返る。お菓子の家はすでに見えなかった。代わりに、後方にいたセジュールの顔が見えた。青白い顔を見せたくなかったのか、リュウマの視線を避けるように伏せたが、リュウマはセジュールの反応を見たかったわけではない。

「リュウマ、どうしたの?」

 立ち止まったリュウマに、先導していたヘンゼルが戻ってくる。リュウマは、担いでいた板チョコを地面に置いた。

 それは、もはやお菓子ではなかった。複雑に絡み合った植物のつたが、板のように平たい長方形を成していた。

「……これは?」

 セジュールが尋ねる。

「何に見える?」

 リュウマが問い返す。

「何だろう?」

 ヘンゼルが首を傾げた。誰にも正解はわからない。リュウマすら、正確な知識があるわけではない。しかし、リュウマは、お菓子の家の影響をもっとも受けていない。リュウマは推測にしかすぎないことを、あえて断言した。

「これが、お菓子の家の正体だ。このつた植物には幻覚作用と興奮作用がある。毒というほど強いものじゃないが、ずっと食べ続けたりすれば、精神が不安定になったり廃人になることはあるだろう。ヘンゼルは、私たちが一緒に戻った直後のグレーテルを見ただろう。なにもせず、ただ天井をみつめてぼんやりしていた。お菓子の家を食べ続けると、みんなああなるんだ。できるだけ早く、お菓子の家から離さないといけない」

「こんなもの、僕も食べていたの?」

 ヘンゼルは不思議そうに尋ねた。

「実際に食べているかどうかはわからないな。お菓子の家にいる間は、私にも本物のお菓子にしか見えなかった。魔女の力なのだろう。食べたつもりで、かじったり舐めたりしているだけかもしれないが、成分が体に入っているのは間違いない。グレーテルのことは気をつけなければいけないが、一部を持ってきたのはそのためじゃない。いま肝心なのは、この植物の臭いを魔物は嫌っているということだ」

「しかし、お菓子の家からは甘い匂いがしていた。この植物はあまり臭わないが?」

 板状に絡まった植物を持ちやすくちぎりながら、セジュールの問いにリュウマが答える。

「お菓子の家で唯一本物なのが、暖炉の火だと言っただろう。あの暖炉は、部屋を暖めるためじゃなかったんだ。お菓子の家の中で、料理をするためでもない。お菓子の家に見せかけているこの植物を、本物の火であぶり続けるための暖炉だったんだ。お菓子の家をつくった魔女は知っていたんだ。魔物がこの植物を嫌うことも、そのためには火でいぶすことが必要だということも」

「じゃあ、魔物に?」

「ああ。巣穴から追いだすぐらいのことはできるはずだ」

 リュウマは、お菓子の家の扉だった植物のつたを、必要なだけ担ぎ直した。


 ヘンゼルの案内に従い森の中を進み、リュウマは再び魔物の巣穴の入口に立った。昨日と比べて、かなり崩れている。

ヘンゼルは魔物をクモだと言い、セジュールはクマだと言った。実際には見たことがないと語るヘンゼルの言葉よりセジュールのほうが正解に近いだろう。だが、クマは巨体である。リュウマが崩した柔らかい地面を毎日出入りしていれば、もっと崩落していて当然のはずだ。リュウマ自身が崩してしまうまで、巣穴には崩れた後がなかったのだ。ならば、やはりクモだと考えるべきかもしれない。クモなら、大きく足を広げれば下の地面に触れずに移動することもできる。

 考えても仕方がない。リュウマは担いできた植物のつたを地面に下ろした。少し前まで、お菓子の家の扉だったものだ。

「中にいるかな?」

 尋ねたのはファニーに対してである。賢い狼のファニーは、鼻をひくつかせた上で小さく喉をならした。肯定の返事だと理解し、リュウマはうなずき返した。

セジュールは背後に見守り、ヘンゼルは自らが作った槍を手に木の上に上った。魔物と正面から相対するのは、リュウマの役目である。ファニーは自らの判断で行動するだろう。

 火口箱に石を打って火花を飛ばし、油を沁み込ませた麻縄に火を移す。今度は明りではない。お菓子の家の扉だった植物に火をつけると、生木ではあってもゆっくりと燃えだした。

 火がついた麻縄はセジュールが受け取る。

「頼むぞ」

「ああ。わかっている」

 セジュールは火を受け取り、距離を取った。セジュールの役目は援護である。糸を使い獲物を捕獲する魔物に対し、セジュールの援護なしでは戦えない。

 火のついた植物のつたは白い煙を上げた。嗅覚に秀でた狼のファニーも、鼻を抑えてうずくまる。

「もういいな」

 リュウマがつぶやくと、嬉しそうにファニーが鳴いた。リュウマは手にしていた植物のつたを、魔物の巣穴に投げ落とした。

 とても長いようで、ごく短い間だった。リュウマの推測が正しいことが証明された。地面の下から、魔物の咆哮がとどろいた。

 静まりかえっていた森が揺れる。リュウマは剣を抜き、ファニーに下がるよう告げた。狼はびんしょうにリュウマの背後に隠れる。

 穴の中から姿をあらわしたのは、クモであり、クマだった。


 丸い胴体に長い八本の脚は、いかにも昆虫に分類されるクモの特徴である。しかし、胴体も足も茶色い剛毛に覆われ、足の一本一本に五つにわかれた鋭い爪があるのは、クマの特徴だ。丸い胴体に、本来の骨格ならあり得ない角度を向いた頭部が張り付いており、鋭い牙を剥きだしにした動物的な顔もクマそのものである。

 巣穴の地面が崩れていないのも当然だった。リュウマが予測したとおり、長い足を広げて巣穴の壁を歩いてきた。巣穴から顔をだすや跳躍し、伸ばした八本の脚で木々をまたぎ、リュウマを見降ろした。

 クマの顔がよだれをまき散らしながら咆哮する。リュウマは盾を構えながら後方に跳んだ。リュウマがいた空間を、太い脚の一本が薙いだ。鎧で覆われていない部位でうければ、肉が裂けて容易に骨まで達するだろうと思われる力強さだった。

 クマともクモともつかない魔物が、木の幹に爪をたてて移動する。後退したリュウマを追おうとしていた。魔物の爪が滑った。いかに太い爪を食い込ませようと、いかに木の幹が強かろうと、あまりにも魔物は巨体だった。森の中を飛ぶように移動するというわけにはいかないのだ。爪が滑った魔物は、地面に落ちた。リュウマの目の前である。

 リュウマは剣を振り上げ、魔物に打ち下ろした。深くは踏み込まなかった。魔物を相手に、短時間で決着をつけようとすることがいかに危険か、よくわかっていた。

 空気が切り裂かれる音を頭上で聞いた。

 リュウマの剣は魔物の頭部の革に傷をつけ、血をにじませた。リュウマは盾をかざしながら下がった。盾で受け止めたのは、魔物の毒針だった。魔物は、丸い胴体の後ろに細長い腹部を持ち、腹部の先端から針を出していた。サソリのように本体の頭上を越えて打ち下ろしてきたが、体勢しだいで上にも下にも振るえるに違いない。

 針を防がれた魔物は、すぐにひっこめた。文字通り、針を腹部に収めた。リュウマが逆に踏み込み、再び魔物の頭部を剣で撃つ。魔物の腹がさらに振り上げられ、こんどは針ではなく糸を吐き出した。

 クモの糸は空気に触れるまではクモの腹の中で液体となっている。魔物も同じに違いない。リュウマは自分に向かって飛ばされる白い物体を見た。白い塊を見た。魔物の尻からつながり、リュウマに近づくにつれて糸状に変化した。

 いままで見た魔物の糸に粘着性はなかった。ヘンゼルを捉えていた糸もセジュールを捉えていた糸も、粘りつきはしなかった。だから盾で受けた。リュウマの盾に、魔物の糸が張り付いた。

 魔物が尻を振る。リュウマの盾につながっている。リュウマは体勢を崩して膝をついた。粘着性の糸を出さないという推測は裏切られた。だが、全くの想定外ではない。

 魔物が目の前にいた。巨大な頭部だった。口を開け、リュウマに噛みつこうとした。魔物の頭部は大きく、一噛みでリュウマの上半身を飲み込むぐらいはできそうだった。リュウマは素早く盾に張り付いた糸を剣で打ち払う。一部が剣にまとわりついたが、振り払うことができた。さらに、開けられた魔物の口を剣で払った。口の端から血を飛ばし、魔物がほえたてた。

 リュウマが下がる。魔物がさらに糸を飛ばした。


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