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騎士セジュールと森の魔物

 入口付近だけ足元がもろくなっていたらしく、リュウマは崩落と同時に落下したが、すぐに硬い地面の衝撃を足に受けた。

 あまり深く地下に潜ったわけではないが、巣穴の出口からの光は届かず、穴の中は全くの暗闇だった。

 リュウマはすかさず木くずを入れた火口箱に火打石で明かりを灯し、油を沁み込ませた麻縄に火を移し取り、明かりとした。騎士の標準装備ではないが、シンデレラ姫の命令で各地を転戦する内に、常備するようになった道具である。

 小さな明かりだったが、闇を退け状況を把握するには十分だった。

 入口から想像された以上に、中は広い空間となっており、塊が二つできていた。一つは糸にからめとられた獲物であり、一つは糸を吐いた巨大な影だ。

 リュウマがうずくまり眠る影に意識を向けながら、からめとられた塊に近づいた。

「おい、生きているか?」

 自然と声も小さくなる。リュウマが落ちてきても眠り続けている以上、魔物と思われる塊は熟睡していると考えていい。だが、いつ起きるかはわからないのだ。

「その声……まさか、リュウマか?」

「セジュール、無事とはいえないが、生きていたようだな」

 人間大の塊に明りを近づけると、見知った顔が不自然にゆがめられているのがわかった。糸できつく巻かれ、自由を奪われ顔まで変形している。整った美しい顔立ちが台無しだが、リュウマはそのことには触れないことにした。

 じりじりと燃え続ける麻縄の炎を近づけると、セジュールを拘束している細く強靭な糸はもろくも溶け出した。

 セジュールは熱がらなかった。ただじっと、リュウマの動きを見続けていた。糸が溶けて現れた腕に、麻縄を渡した。腕一本動けば、すべての糸を焼き切るのは簡単だと思ったのだ。

「油断するな」

 魔物に背を向けたリュウマに対してセジュールが警告を発したが、囚われていたセジュールに言われることではない。

「分かっている。クモか?」

「……いや、僕もはっきりとは全身を見ていない。でも、動きはクマに見えた」

 クマといえば、森を徘徊する猛獣の中でも、最強にあげられる動物だ。うずくまり、眠っているため、刺激しないように明かりも向けていなかった。確かに、昆虫にしては大きすぎる。

「弱点は?」

「おそらく、無い」

「武器は?」

「僕も、遠くから糸でからめとられたんだ。近くでは戦っていない。それに、少なくとも、この場所では戦いたくないよ」

「それだけは同感だ。まず、ここから出る必要があるな。ヘンゼルの奴、どういうつもりだ?」

 リュウマは暗くて見えないながら、斜め上を見つめた。頭上には地上があり、リュウマを突き落としたのは、ここまで案内していたヘンゼルという名の少年だ。

「ヘンゼルに会ったのか。無事だったのか?」

「ああ。私を突き飛ばすほど元気だ。おかげで、こうしてセジュールに会うことができた」

 セジュールが笑ったような気がしたが、声はほとんど漏れなかった。セジュールの様子がおかしいことに気づいたリュウマは、足元に目を向ける。セジュールと思われる塊から腕が一本飛び出し、手に火のついた麻縄を握っている。腕だけだった。

「どうした? セジュール、出ないのか?」

「奴の武器は糸だけじゃない。動けない時、背中を刺されたような痛みがあった。その後、動けなくなった。たぶん、毒を打たれたんだ」

「……そうか」

 当然ながら呼吸はしている。肺も心臓も動いている。だが、手足が動かないようだ。弱い神経毒だろう。糸で動けなくなった相手に毒を使うとは、ずいぶん慎重な魔物だ。

 セジュールの手から麻縄をとり、リュウマは糸を焼いた。セジュールの美しい服が焦げ、滑らかな髪に火が移っても、身動きすらしなかった。

「済まない。助かった」

 言ったとき、セジュールは糸から転がり出た。

「いや、大変なのはここからだ」

 リュウマは再びセジュールの手に麻縄を握らせた。体を動かすことができず、固まったまま地面に転がっているセジュールを、リュウマは背中に担いだ。

「リュウマ、無理だ」

「黙っていろ……いや、一つ教えてくれ。こいつ、起きないと思うか?」

 巨大な魔物は、相変わらず静かに体を上下させている。眠っていると思われる、穏やかな呼吸音が聞こえる。肺で呼吸しているなら、たしかにクモではない。

「あれだけ騒々しくリュウマが落ちてきても、眠ったまま身動きもしないんだ。おそらく、大丈夫だろう」

「わかった」

「ま、待て。リュウマ、僕は置いていけ。リュウマだけでも外に出て、縄でも下ろしてくれればいい」

「毒はいつ抜ける?」

「……わからない。だが、半日ぐらいあれば……」

「そんな訳に行くか」

 リュウマはセジュールをしっかりと背負い直し、地面を蹴った。

 助走をとれるだけの距離はなく、飛び跳ねた。

 地上までは雪崩が起きた直後のように斜めに続いていたが、崩れたばかりなので地面はもろい。しかも、地上までは遠い。リュウマは両足に加えて両手も土に埋め、まるで地面の中を泳ぐかのように地上を目指した。

 真っ先に踏み台にしたのは、硬いしっかりとした踏み台だった。

 魔物の背中だ。

 眠っていた魔物の背を踏んだことはわかった。だが、辞めるわけにはいかない。進むしかない。

 進み始めてすぐに、咆哮が響いた。下から突き上げるような振動は、眠っていた魔物が起きたことを告げていた。

「リュウマ、奴が起きたぞ」

「解っている」

 頼れる足場もなく、リュウマは両腕を回転させることで登っていった。騎士の鎧が泥だらけになる。おそらく背中のセジュールも同様だろうという想像だけが救いだった。

 明かりが見えた。前方から、強烈な日の光がリュウマの網膜を焼いた。

「セジュール、しっかりつかまれよ」

「僕は力を入れられないよ」

「冗談だ」

 リュウマの言葉に、耳元でセジュールが笑ったような気がした。一気に登る。

 力を尽くし、リュウマはセジュールを背負ったまま、森の中に飛び出した。


 リュウマが落ちた穴が崩れたことがわかる。間違いなく同じ場所に戻ってきた。人気はなかった。ヘンゼルの姿を探しながら、リュウマは腰の剣を抜いた。

「待って、ここで迎え撃つつもり?」

「ああ。奴が森を住処としているなら、逃げるだけ無駄だ。必ず捕まる」

「この近くに、魔物も猛獣も決して近づかない場所があるんだけどな」

 背中のセジュールが断言した。地の下から、地響きにも似た振動が伝わってくる。魔物が昇ってきつつある。もろい地面は、魔物に取っても上りにくいのだろう。なかなか登ってはこない。

「どれぐらいだ?」

「リュウマの足ならすぐそこだよ。僕を背負ったままでもね」

「わかった」

 剣を収め、リュウマは地響きが続く不吉な穴に背を向けた。


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