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ポケバイ忍者参上!!

作者: 笑太郎

 風太は、幼稚園児の男の子。どこにでもいるような元気いっばいのいたずら小僧だ。

 しかし幼稚園を一歩出れば、ポケバイにまたがりサーキットを駆け抜ける小さなライダーに変身!そう、風太は、ポケバイライダーなのだ!!

 元々、風太は忍者ごっこが大好きだった。ところがある日テレビでやっていたポケバイ特集を観たのをきっかけに、ポケバイレースの魅力の虜となった。忍者に憧れる風太の目には、フルフェイスのヘルメットとレーシングスーツに身を固め、ポケバイを駆る子供たちの姿が、正に「現代の忍者」に見えたのだった。

 ここは、市内にあるサーキット。風太にとっては通い慣れた試合の場、そして練習の場だ。

 そこでは各々の愛機であるポケバイにまたがった子供たちが元気いっばいのエンジン音を轟かせながら練習に励んでいる。風太もそんな子供たちの中に混ざり、年少組の頃から無地の白いヘルメットにグレー一色の布製レーシングスーツに身を包み、中古のポケバイで一生懸命に練習してきた。

 しかし、子供たちのほとんどは、風太よりもはるかに歳上の高学年ライダーたちだ。風太よりもはるかに性能抜群のポケバイ、風太よりもはるかに華麗且つ斬新なデザイン、そしていくつものロゴワッペンが燦然と輝くレーシングスーツ。風太よりもはるかに豪快な走りでサーキットを駆け抜けゴールを決める。男子は勿論、女子とて容赦の無さは変わりない。

全てにおいて風太をはるかに凌駕する彼ら、彼女ら。中には自分専用のサポーターチームを持つお坊っちゃま、お嬢様ライダーもいるし、更にミニバイクに昇級間近の(つわもの)たちもいる。現にグレー一色のレーシングスーツの風太を、陰で「ネズミ」と呼ぶ者さえある!!

 練習中、そしてフリー走行中に転倒して思わずべそをかく風太。ヘルメットの中からその痛みに涙にうるんだ目を覗かせ、コーチでもある父に泣きつく…。その姿は、やはりまだ幼稚園のちびっ子だ。でも高学年ライダーたちはそんな風太などには目もくれず、豪快且つ颯爽とした走りを見せつけながら追い越して行く。特に膝擦り姿などは、男子なら

 「こんなヤツに負ける方が難しい!」

女子なら

 「三輪車でも乗ってなさい♪」

と言わんばかりの優越感に溢れて余りあるものだ。それでも風太は、

 「負けるもんかっ!!」

と心の中で叫んで、ヘルメットのゴーグルを涙で曇らせながらも、ポケバイのハンドルをむんずと握りしめ、懸命に高学年ライダーたちの後を追っかけて行く!

 そんな日々を繰り返しながら、風太も年中組になっていた。この頃には、風太も徐々に徐々にスキルアップしてきており転倒し泣きべそをかくことも滅多になくなってきていた。ある日のレースの後、風太に声をかけてきたある姉弟がいた。五年生のさやかと四年生の翼。二人は、姉弟ともに数々の勝歴を誇る優秀な高学年ライダーだ。転んでも転んでも涙を堪え自分たち高学年ライダーを懸命に追っかけてくる風太のことが(高学年ライダーの中には男女を問わず、そんな風太の姿を「しつこい!」、「ウザい!」と謗る者も少なくない…)かねてから気になっており、思いきって声を掛けてきたのだ。風太のこれまでの努力話を聞いて、風太のがんばり屋ぶりに益々感じ入った二人は、

 「一緒にがんばろう!!」と握手を求めた。風太は、本ッ当に嬉しそうな笑顔で握手に応え、それ以来三人は、ポケバイを通しての歳の離れた大親友となっていった!!

 それから何週間かたったあるレースの日。さやかと翼が、二人の父とパドックで各々の愛機の整備をしていた時だ。そこへ風太が、風太の父に連れられ、雨でもないのに黒い大きなかっぱを不格好にぶかぶかと被って現れた。思わず翼は、

 「おい、風太。どうして雨でもないのにそんなの被ってんだ?」

と訊いた。すると風太は、突然凛々しい表情となり、被っていたかっぱを勢いよく脱ぎ捨てた!!

 そこから現れたのは、陰では「ネズミ」とまで呼ばれた地味であか抜けないグレー一色の布製スーツとは似ても似つかない、目にも鮮やかな青、白、黄緑の三色を基調にし、両腿の側面には青地に白抜きでメーカーのロゴが、更に胸には白地に黄緑で「NINJYA RAIDER」の文字が力強くプリントされた精悍さ極まる新しいスーツ姿の風太だった!風太は

 「ポケバイにんじゃ、ふうたさんじょうっ!!」

と叫び本人曰く「忍者のポーズ」と言う超バワフルな大見得を決めた!!そんな風太にさやかも翼も大きな拍手を送った。加えてヘルメットもスーツとのコントラストを図った斬新なデザインの新品、そして何とポケバイも藍色に輝くボディと流麗なフォルムがウリの新車に変わった!風太の父は、

 「こいつも随分乗りこなせるようになってきたし、そろそろもっとかっこいいヤツ買ってやってもいいかなって思ったんだよ。なっ、風太。これでもう大きな子たちなんかに負けないよなっ!?」

と風太に問いかけた。父の問いかけに風太も

「うんっ!!」

とピシッときよつけして元気よく応えた。その時の風太の目には、もう誰にも自分を「ネズミ」だの「ウザい!」だの言わせるものかと言う気迫が、ありありと表れていた!そんな風太に向かいさやかもにっこりと

 「かっこいいぞっ、風太!!」

と親指を突き立て、風太もまたさやかに向かい同じく親指を突き立て返した。

 そしてこの日のレースを風太は、思いっきりがんばり、順位、タイムともにこれまでの自己最高を記録できたことはいうまでもない。

  ポケバイ、スーツ、ヘルメット。それら全てを刷新させた事で、風太はレース、練習ともにこれまで以上にがんばるようになり、同時にポケバイレースがこれまでよりもはるかに楽しくなっていった。風太には小さな藍色のポケバイが、まるで児雷也の大蝦蟇のように感じられるのだろう。その大蝦蟇にまたがり、青いレーシングスーツ、つまり自分にとっての忍装束に身を固めた「サーキットの児雷也」として大暴れしている気分の風太。特に風太言う処の「ポケバイ忍法」こと、小回りの利いた走りによる相手の油断を窺いながらの背後からの猛追に、今まで風太をライバルとも思っていなかった高学年ライダーたちは次第次第に苦しめられるようになっていった。

 そして風太にとってポケバイが楽しくなれば、そんな風太の姿を見ながら走るさやかと翼もまた同時により楽しい気分になっていく。例え風太がスキルアップしてもさやか、翼との仲の良さには変わりない。むしろ益々その仲の良さは、より堅固なものになった。

 実はさやかと翼は、ポケバイレースに挑戦するかたわら、祖父母の影響で小学生ながらも何と大の歌舞伎マニアで、地元の子供歌舞伎教室の花形でもあるのだ(それは、二人にとってポケバイのための精神衛生の役割もある。)!この教室では、年に二回、発表会を兼ねて、市内の名刹で春と秋のお彼岸に子供歌舞伎を奉納するのが通例になっているが、これまでも二人は、「連獅子」、「瀧夜叉姫」、「土蜘」、「暫」、「娘道成寺」等々の主演を姉弟で勤め、観客の熱烈な喝采を受けてきた。二人のダイナミックな演技は、ポケバイでの走りにも大きく反映されていて、二人にとっては、ポケバイと歌舞伎は表裏一体の存在なのだ。二人の歌舞伎の知識も小学生離れしていて半端ない。そんな歌舞伎マニアの姉弟が、忍者の大ファンである風太と仲良くなれないわけがなかったのだ。

 勿論さやかと翼とて、レース中は風太に容赦などしない。それどころか、二人とも風太に更なる大差をつけるかの様に燃えた!〜二人の、今にも愛機を乗り潰さんばかりの超豪快な走りはスゴイ!!(特にさやかの場合は、到底女子とは思えないもので、ヘルメットの後から出た束ね髪が女武者の髢のようだ。)それは、周囲からその名も「歌舞伎走り」と呼ばれ高学年ライダーたちの中でも特に傑出している!〜しかしレースの休憩時間等では、二人とも風太を弟のようにかわいがり、三人でレーシングスーツ姿のまま本ッ当に仲良く遊んだ。

 中でも風太が大好きなのはやはり忍者ごっこ。お気に入りのレーシングスーツ姿に身も心もすっかり忍者気分の風太は、翼と伊賀忍者の兄弟となり、甲賀のくの一、さやかと迫力満点の立ち回り!風太はこの忍者ごっこのために家からおもちゃの刀や手裏剣をさやかと翼の分まで持参してくる程だ。翼と風太は力を合わせて秘術を尽くすが、さやかは一人でもとても手強くなかなか討ち取れない。それもそのはず。実はさやかも風太ぐらいの歳の頃には、女の子ながらもちゃんばらごっこが大好きだった(それは、祖父母の影響と同時に、後に翼とともに歌舞伎マニアとなる布石でもあった。)。

しかもかなり強く、いつも翼を負かして泣かせていた(!)。風太に

 「さやかちゃん、ちゃんばらつよいねっ!!」

と言われると自慢気な表情でVサインを返すさやか。 そして極めつけは、おもちゃの巻物をくわえ印を結んだ風太を、翼が変わり身の術で大蝦蟇に変身した体<てい>で肩車しての「大蝦蟇変化<へんげ>の術」。それは正に風太の忍者気分が最高潮に達する瞬間で、二人の背景には壮大な屋台崩しが目に浮かぶようだ。それでもさやかは参ることなく、秘かに隠し持っていた「土蜘」の蜘蛛糸で大反撃。〜風太曰く「さやか忍法蜘蛛の糸」〜しかも一投げだけではなく、時にはレーシングスーツのどこに隠していたのかと思うほど手品のように無数に投げつけ、風太と翼を白い蜘蛛糸でぐるぐる巻きにして、レース同様に風太と翼に逆転勝利を納めることもある! そんなレーシングスーツを忍装束の代わりにしての忍者ごっこに夢中になる三人の姿は、そのアクションも歌舞伎ばりでかっこよく、またスーツ姿の精悍さも手伝って、忍者ごっこと呼ぶより立派な「忍者剣劇」と呼んでいい程スリリングで迫力がある!さやかと翼、そして風太の父たちも、この忍者ごっこが三人のレースでのモチベーションを高めているのではとともに考えている。(現にこの忍者ごっこをやると、なぜか風太は必ず自己ベストを更新でき、さやかと翼は、必ず優勝できる!!)加えて風太は、「大蝦蟇変化の術」で自分を肩車してくれる翼に

 「いつもつばさくんがぼくをかたぐるましてくれるから、きょうはぼくがつばさくんをかたぐるましてあげる♪」

と、張り切って翼の足の間に後から頭を突っ込み肩車しようともする。しかしちっとも持ち上がらない。こればかりはさしものポケバイ忍者の風太も思わず

 「ちぇ〜。」

となり、一方さやかと翼には、その姿がいかにもまだ幼稚園のちびっ子らしくてかわいく、二人とも思わずほほが緩む。

 そんな充実した日々を過ごす内に、更にまた一年が過ぎた。風太は年長組、そしてさやかは六年生、翼は五年生になっていた。風太のポケバイでの成長ぶりは、さやか、翼とのレースと練習、加えて交流の効果もあり目覚ましく、得意の「ポケバイ忍法」で周囲の高学年ライダーたちともほぼ互角に渡り合える程にまでなっていた。自慢の青いレーシングスーツも傷や土汚れが目立つようになってきたが、それがまた忍者のむこう傷のようで、一層風太の成長ぶりを感じさせ、それに身を固める風太の凛々しさを引き立たせている。 だがそれらより特筆すべきことはこの年風太は、遂に初表彰台に昇ったのだ!!その日、参戦したあるクラスのレース。風太は、ヘルメットの中から忍者のような鋭い眼差しを覗かせながら虎視眈々と逆転の機会を窺っていた。風太の視線の先には一人の女子ライダーの姿があった。

 彼女は四年生のお嬢様ライダー。無論風太よりもポケバイ歴は長く、優勝歴も多い。因みに彼女の初優勝は、二年生の時。その時のレースには風太も参戦していたが、その頃の風太は、まだ例のグレー一色のレーシングスーツ。すでに艶やかなスーツに身を固めて参戦していた彼女と風太とでは、スーツ姿、実力ともにその差は歴然。風太は、全く彼女の敵ではなかった…。ピンク一色のヘルメットと、同じくピンクが基調のレーシングスーツ。それに数々の煌めくデコがボディに施された愛機がトレードマークの彼女は、今や可憐な走りで群がる男子ライダーたちに圧勝する「ポケバイ界のアイドル」として周囲の注目を一身に浴びる存在でもあった。

 しかもその日は、彼女の誕生日。レースの前から彼女は、すでに自分の優勝を見越したように、彼女の家来(!)でもある三、四年生の女子ライダー数人に、高々と肩車されたり、人間ピラミッドの頂に登ったり、更に誕生日プレゼント兼優勝祝いとして親からその場でもらった、背丈も彼女の半分はある特大のテディベアをだっこしたりして記念撮影をする等アイドル気分全開。風太は、そんな彼女の姿をゴーグルの開いたヘルメットから燃えるような瞳で見ながら

 「このこだけには、まけないぞっ!!」

と心に誓った!

 そしてレースがスタートすると、彼女は秘かに想いを寄せる同じ四年生の男子ライダーとレース前半トップを並走。ヘルメットの後からはみ出た髪を風になびかせ、

 「今日のレースも、私が主役♪」

といったウキウキした気持ちで、その男子ライダーとの優勝争いを爽快な気分で楽しんでいた。ところがレース後半に入るや否や風太の「ポケバイ忍法」が、彼女を急襲!彼女は風太の背後からの迫撃にまんまと油断をつかれ、その隙に他の男子ライダー二、三人に逆転を許してしまい、更に風太にも逆転されてしまった〜風太の「ポケバイ忍法」恐るべし(!)〜。風太はこの鮮やかな逆転劇で、二位を三年生の、優勝を(レース前半まで彼女とトップを並走していた)四年生の男子に譲ったものの、堂々の三位に入賞。優勝歴さえある、それもかつて何度も表彰台から風太を見下ろしてきた「ポケバイ界のアイドル」を見事表彰台から引きずり下ろし、記念すべき初表彰台に昇った!!

 なお、彼女は大きく順位を落とし六位となったが(あの誕生日プレゼントのテディベアも優勝祝いにはなれなかった…)、後日のレースでは先輩ライダーとしての意地を見せ、この時とは全く異なる気合い十分の走りで風太を降し再び優勝。風太への逆リベンジを果たした。それでも風太は、レース中終始彼女を苦しめ、惜敗したとは言え何と再びの表彰台となる二位に入った!表彰式で、片手に優勝のトロフィーを持ち、もう片手で親指を突き立て、表彰台の一番の高みに

 「どうだ、参ったかっ!!」

と言わんばかりの不敵で得意げな表情をして堂々と立つ彼女。風太は、その一段下で惜敗の涙をぐっと堪えているような、だが誇らしげな表情で二位のトロフィーを片手に同じく堂々と立っていた。

 また、ポケバイ以外でも風太にとっては、最高に嬉しい事があった。風太は、初表彰式台に昇ったお祝いを兼ねて、さやかと翼の口利きで何と子供歌舞伎教室の発表会に友情出演する事になった!

 さやかと翼に連れられて稽古場にやってきた風太は、教室の子供たちともたちまち仲良くなり、稽古をポケバイの練習と同じくらいがんばった。さやかと翼のもそんな風太に負けじと玉のような汗を流し稽古に励んだ。

 そして迎えた発表会の日(その年の秋のお彼岸の日)。演目は「蜘蛛之拍子舞」。優美に舞う可憐な白拍子から、黒頭に藍隈(青い隈取り)というおどろおどろしい出立ちに変身して再登場するさやか扮する女郎蜘蛛の精。〜きらびやかな襖絵に飾られ御殿が、一瞬にして巨大な蜘蛛の巣が張った荒御殿に変わる田楽(セット変換)も秀逸!〜風太は、取り手たちの一番下っ端という端役であったが、他の子供たちとともこれに立ち向かう!だが取り手たちを女郎蜘蛛の精は、返り討ちにし組体操のように組んだ取り手たちの上に彼らを押し潰さん勢いでどっかりと乗り、大見得をきった。風太も、その取り手の中に混ざり、さやかを力いっぱい支え上げる!

 そこに現れた翼扮する坂田金時。赤隈と仁王襷もパワフルな「暫」の鎌倉権五郎と同じ出立ちの翼に対し、さやかの女郎蜘蛛の精は蜘蛛糸を次々投げ掛け大反撃し、姉弟によるド派手立ち回りを繰り広げた〜その姿は忍者ごっこで見せた「さやか忍法蜘蛛の糸」以上の迫力〜!!

 そして舞台の軒から蜘蛛糸がナイアガラの瀧のように一斉に落ちる大仕掛けで熱演は幕。発表会は大成功に終わった。さやかと翼の熱演を陰で支えた風太も、終演後はまるでレースの後のように心が充実感でいっぱいだった。同時に風太は、これこそが二人のポケバイでの強さの源と子供心に確信した。

 その数日後。さやかと翼にも大きな「お祝い」とも言える出来事があった。二人は、これまでの勝歴を大会本部から讃えられ、この年の大会の最優秀ライダーに姉弟ともに選ばれのだ(二人同時の授与は異例中の異例)。そしてその証として以後スーツの左胸には、黄金に輝くMVPワッペン(通称黄金マーク)を装着する事となった。

 驚くのはまだ早い。それはいつものサーキットで開催された模擬レースと練習会を兼ねたキッズミーティングにさやか、翼、風太の三人で参加した時の事だ。 何とさやかと翼は、ここに参加した子供たちの中で、実に二人だけ今後の昇級を見越してのミニバイクの試乗を認められた!!真新しいミニバイクにまたがり、おまけにスーツの左胸のやや上に黄金マークを燦然と輝かせて広いサーキットを、姉弟二人だけで快走する二人の気分は、勿論爽快且つ最高!また二人のスーツとミニバイクとの色のコントラストもとても美しく、ポケバイで培ったダイナミックな「歌舞伎走り」も手伝って、二人の姿はかっこよさ極まるものだった。ミニバイクのエンジン音も大薩摩のように轟き、もはや二人の心は歌舞伎の主人公!!

 風太は、そんな二人の姿を宝石のようにきらきらと目を輝かせて見入ってた。だがその一方で、風太にはさやかと翼が自分にとって手が届かない遠い存在になってしまうようで、ちょっぴりしんみりとした気持ちにもなった…。

 その半月程後のある日。その日も同じここのサーキットでは、例によってポケバイレースの大会が開催されていた。当然風太とさやか、翼の姉弟も参戦している。あるクラスのレースで、さやかと翼は三位以下のライダーたちの迫撃を無類の強さで押さえ付け、壮絶な優勝争いを演じていた。何を隠そうさやかにとってそのクラスの連続優勝記録の更新がかかっているのだ!

 さやかは、その日のフリー走行で早くも熱が入り過ぎて久々に転倒し鼻の頭を擦りむいてしまった程だ。そのためさやかは、ヘルメットの中では鼻にカットバンを貼っての参戦となった(!)。連続優勝記録更新に燃えるさやかと、それを阻止せんものとがっつり食い下がる翼。姉弟と言えどもレース中は情け容赦ないライバル同士。清廉な白を基調にしたスーツのさやかと、炎のような赤が基調のスーツの翼。先頭で一進一退の並走を繰り広げるその様は、正に白獅子さやかと赤獅子翼による「ポケバイ連獅子」だ!!二人の左胸の黄金マークもこの上無く眩しい!(奇しくも二人が子供歌舞伎教室の発表会で「連獅子」を演じた時も、さやかが白獅子、翼が赤獅子だった!)

 その内にゴールが1メートル、1メートルと近づき二人渾身のラストスパート。そして結果は、僅か数十センチの差でさやかの勝利!見事連続優勝記録更新を決めた!!チェッカーが振られた瞬間

「やったあああーっっ!!」

とさやかは、ポケバイのエンジン音をも凌ぐ雄叫びとともに力強く左腕を突き挙げた。 各々のポケバイのチェックを終え父の待つパドックに帰って来たさやかと翼。二人の父は、さやかを豪快に肩車して娘の大勝利を祝った。鼻にカットバンを貼りながらも、父に肩車されながらガッツポーズを決めるさやかは、連続優勝記録更新という夢の達成と、翼に姉の強さこれでもかと見せつけたダブルの喜びで今にも心臓が爆発しそうだった。

 そんな姉の姿を、レーシングスーツの上半身をはだけて見上げる翼。勝利に狂喜する姉の姿は、これまでになく翼の目には輝かしく見え、その目には、惜敗の涙が溢れていた。これまでにも、翼は勿論さやかに敗れたことも多い。しかし、この時程、悔しかったことは、これまでなかった。それは、翼にとってはポケバイ以前に、幼い頃ちゃんばらごっこで、さやかにこてんぱんに打ち伏せられ

 「どうだ、つばさ!!」

と得意げに大見得をきるさやかを目の前に、しゃがみこんで男の子だてらにおいおい泣いていた時の悔しさに似ていた。

 その時誰かが、翼のはだけたスーツを下から引っ張った。翼が見下ろすと、それはヘルメットとスーツに身を固め、次のレースへの臨戦態勢をバッチリ整えた風太だった。風太は、次のクラスのレースに翼とともに参戦するのだ!風太は、翼を見上げ

 「つばさくん!ぼくたちもさやかちゃんにまけないようにがんばろう!!」

と熱い眼差しをゴーグルの開いたヘルメットから覗かせながら翼を叱咤した。それは、いつも転倒しては、その度に泣きべそをかいていたあの頃から逞しく成長した風太の姿でもあった。翼は涙を片腕で力強く振り払い、もう片腕に抱えていたヘルメットを風太に持たせると

 「そうだな!負けたからっていつまでもめそめそしてたって何にも始まらないよな。よしっ、風太!おれたちの強さをお姉ちゃんに見せつけやろうぜっ!!」

と言い、はだけていたスーツを着込みファスナーを気を引き締めるようにビシッと閉めた。そして風太に持たせていたヘルメットを被り、風太ともども闘志に燃える眼差しをゴーグルの中にしまった。更に二人は、お互いの健闘を祈るかのように親指を突き立て合うと、戦雲極まるレースコースに向かって駆けていった。何と翼にとっても、次のクラスでの連続優勝記録更新がかかっているのだ!しかもそのクラスでの今の最高連続優勝記録の保持者は、他ならぬさやかだ!!つまり、今のさやかは、二つのクラスでの連続優勝記録の保持者ということになる!!

 華麗且つ斬新なデザインのレーシングスーツとヘルメットに身を固め、愛機にまたがり、スタートラインに一堂に会する雄々しい少年少女ライダーたち。誰もがサーキット狭しと早く大暴れしたくてウズウズしているその中で、最前列に自分の優勝を確信しているかのように陣取る翼の姿は、貫禄に溢れレース前から他のライダーたちを圧倒していた。

 一方、風太もその後で、高学年ライダーたちに混ざりスタートの時を待つ。全員の愛機は、エンジン音を轟かせ、排気ガスは辺りに漂い、白い霞のように凛々しいライダーたちの姿を包む。その中にあっても、各々のスーツに眩しく輝く、翼の黄金マークを始めとした、いくつものロゴワッペンの数々。彼らの姿は、正に現代の忍者、ポケバイ忍者そのものであり、「ポケバイ忍法帖」の始まりに相応しくて余りある。風太には、排気ガスが、大蝦蟇の吐き出す煙のように見え、身も心も完全に忍者になりきっていた!

 そして、遂に鳴ったスタートの合図!少年少女ライダーたちは、愛機のエンジン音を法螺貝のように響き渡らせ一斉に走り出した!さあ、情け無用の忍者剣劇「ポケバイ忍法帖」の幕開けだ!!

 スタートするなり、翼は前のレース以上の強さを見せつけるように、後続のライダーたちを振り切っていきなりトップに躍り出た!他のライダーたちも必死な走りで逆転を試みるが、その差は一向に狭まらない。

 さて、トップ集団でそんな攻防戦が繰り広げられていた時、我等がポケバイ忍者、風太は、はるか後方で息を殺すような走りを続けていた。ヘルメットから覗くその眼差しは、あのアイドル女子ライダーに逆転した時にも勝る鋭さだ。その風太の視線が、一人の少年ライダーを捕えた。彼は、六年生で自分専用のサポーターチームを持つお坊ちゃまライダーでもある。彼は、このレースに新たに購入した最新型のポケバイで参戦していた。彼は、レース後半で一気に逆転し、勿論翼さえ抜き去り優勝し、自分の愛機の性能と、お坊ちゃまライダーとしての自分の優位性を、周囲に知らしめようと考えているのだ(当然風太の存在などには無警戒)。

 風太の目の前を、一際派手なスーツ姿で、最新型のポケバイに自慢気にまたがり悠然と走る彼。彼の気分は正にサーキットの荒武者だ!しかし体格が良すぎるためにM字形に曲げた両足がだんだんと痺れてきた。その内

 「あ〜あ、足痺れちゃたよ〜。」とばかり両足を開いたり、閉じたりし始めた。その時だ!風太の「ポケバイ忍法」が彼を急襲し、風太は彼を一瞬の内に抜き去った!余りの一瞬の出来事に彼は呆気にとられ、そのせいで優勝どころか、その場にズデーンと転倒してしまった!最新型の愛機も全く見せ場のないまま退場となった…。

 一方風太は、中間集団の中になだれ込む!それまで翼に逆転する事しか頭の中に無かった高学年ライダーたちは、突然の風太の、小回りの利いた執拗な背後からの迫撃に油断をつかれ、苦しめられ、翻弄されるはめになった!

 「え〜い、しつっこいな〜!」

 「五月蝿いチビめ〜!」

と高学年ライダーたちは、風太に走りのペースを悉く崩され、もはや翼に逆転する事より、風太から逃れる事に精一杯の状態になっていた!中には、風太に完全にロックオンされ、焦燥感の余りヘルメットの中でほてり過ぎた顔を冷やそうと、走りながらゴーグルを半開きにして

 「もうーっ、この子何とかしてーっ!!」

という悲鳴にも似たエンジン音を響かせ風太からリードを死守する女子ライダーもいた!風太は、これまで自分の眼前で豪快且つ颯爽とした走りを見せつけながら、優越感のぬるま湯に浸かり続けてきた高学年ライダーたちを、ここまで脅かす存在にまで成長したのだ!!その様は、正しく刀や薙刀を振りかざし猛り狂う荒武者たちに対し、巻物をくわえ大蝦蟇にまたがり、秘術を尽くし大暴れする児雷也〜サーキットの児雷也そのものだった!!

 そしてその時、翼は依然トップを独走していた。その姿は、実に凛々しい力強さに溢れている。しかしそこへ、風太の迫撃を辛うじて振り切った高学年ライダーたちが、今度はこっちが迫撃する番だとばかり、翼に猛追を仕掛けてきたのだ!彼らとて百戦錬磨の兵<つわもの>たち。最優秀ライダーの翼と言えども決して侮れない!!それでも翼は、動ずることなくあの愛機を乗り潰さんばかりの超豪快な「歌舞伎走り」で逆転を決して許さず、まるで「暫」の鎌倉権五朗や「蘭平物狂」の蘭平が、群がる取り手たちをバッタバッタと斬り捨てるように、彼らの猛追をバワフルに、そして鮮やかに退けていく!

 こうして向かえたゴール前最後のカーブ。ここはそれまでトップを死守してきたライダーたちの多くが、後続のライダーに逆転されてきた「魔のカーブ」だ。後続の少年ライダーたちにとっては正に、翼に逆転する絶好のそして最後のチャンスだ!カーブに差し掛かる翼。猛追を仕掛ける後続の少年ライダーたち。ところが翼は、一切スピードを落とす事なく、転倒ギリギリのプロレーサー並みの超絶な膝擦りでこれをきり抜けて行く!翼の愛機はかなきり声を上げ、路面と擦れた内輪側の膝からは、何と火花までが散った!!

 「でたっ!ポケバイにんぽうおうぎ、ひざひばなのじゅつ!!」

後方でから翼の走る様子を見つめていた風太は、心の中で思わずこう叫んだ。翼の姿は、忍者と言うより、もはや赤い甲冑に身を固め、敵陣に斬り込む若武者と言っていい。若武者翼と児雷也風太により、サーキット狭しと繰り広げらる「ポケバイ大歌舞伎」に周囲の興奮は最高潮に達していた!!

 そんな翼と風太のレースをコースのフェンス越しに声援を挙げ、力一杯に応援するレーシングスーツ姿の風太のちびっ子ライダー仲間たち。この子たちも勿論みんな、さやか、翼にとっての歳の離れた親友たちだ。

 「つばさくーん!かっこいいーっ!!」

 「ふうたー!がんばれーっ!!」

みんなぴょんぴょん飛び跳ねながら夢中で風太と翼を応援している。そして狂喜の余韻から既に醒め冷静さをすっかり取り戻したさやかも、スーツの上半身をはだけ、両手で二人のちびっ子ライダーの頭を優しく押さえながら、凛とした眼差しでこのレースの一部始終を見据えていた。その姿は、武将たちの戦いを見守るお姫様のようだ(鼻に貼られたカットバンを除けば…)。

 レースは、いよいよ最後の直線に入った。後続の少年ライダーたちの迫撃を悉く退け、もはや翼はゴールにまっしぐら!だが、翼の走りには油断の微塵もない。二十メートル、十メートルとゴールに迫り来る翼。五メートル、三メートル、そして遂にゴール!チェッカーが振られるとともに、翼は、前のレースでのさやかをも凌ぐ

 「よっっしゃっっーっ!!」

と言う雷のような雄叫びを轟かせながら左腕を突き上げゴールを決めた!!翼は、二位以下に圧倒的な大差をつけ文句無しの優勝!さやかの持っていたこのクラスでの連続優勝記録を見事打破した!!〜それは同時に翼にとっては、前のレースでのさやかへの惜敗が起爆剤となっての大勝利であったのだ。〜

 その後、二位以下のライダーたちも続々ゴールイン。我らが風太も、高学年ライダーの兵〈つわもの〉たちを相手に堂々の七位に入賞するという大武勲を果たした!!因みに風太のロックオンに苦しめられた女子ライダーは、何とか風太に辛勝して六位。レース序盤、風太の奇襲のために転倒してしまったお坊っちゃまライダーは、これに逆ギレし途中棄権してしまった(!)。

 「わーい!つばさくん、ゆうしょうだーっ!!ふうたもやったーっ!!」

と、二人を応援していたちびっ子ライダーたちは、全員まるで自分の事のように飛び上がって喜んでいた。そんなちびっ子たちに囲まれながら、さやかはやや物憂げな表情で顔をうつむけていた。姉としては、弟の見事な勝利は勿論喜ばしいことであった。しかしその反面さやかにとっては、自分の「二つのクラスでの最多連続優勝記録保持者」という栄冠がほんの僅かな時間に終わってしまった、それも実の弟に覆されてしまったことは、やはり悔しくてたまらなかったのだ。惜敗の涙が今度は、さやかの頬をつたった…。するとちびっ子の一人が

 「ねぇ、ねぇ、さやかちゃん、ないてるの?」

とさやかに訊いた。さやかは、ふと我に返り

 「んっ!?そんなこと…、そんなことないよ!さぁ、みんなっ、翼と風太を迎えに行こうっ!」

と涙を振り切り応え、ちびっ子たちも

 「おおーっ!!」

と叫んで片腕を突き上げて叫んだ。さやかもいつもの明るい表情に戻り、上半身はだけていたレーシングスーツを再びビシッと着込んだ。

 さやかにちびっ子たち、それに風太とさやか、翼の父たちは、風太と翼が各々のポケバイのチェックを終えて戻って来るのをパドックの近くで待っていた。そこへともにヘルメットを被ったままの風太と翼が手を繋ぎ走って戻って来た。全員拍手と歓声で二人を出迎え、その前で二人は立ち止まった。翼のレーシングスーツの片膝は焼け焦げ、若武者の名誉の負傷のようだ。二人の前に嬉しさと悔しさが合い交わったような表情で、さやかが一人進み出た。風太と翼は、そんなさやかの前でようやくヘルメットのゴーグルを開き、まだまだレースの興奮が醒めやらないように真っ赤に紅潮し眉間から鼻の周りにかけて玉のような汗を吹き出した表情を表した。さやかと翼は、しばし姉弟同士ともに黙り込み見詰めあっていたが、やがてさやかは、精悍な表情で

 「おめでとうっ!翼っ!!」

と言い、翼に向かって親指を突き立てた。これには翼も

 「ありがとうっ!やったよ、お姉ちゃんっ!!」

と親指を突き立て返した。さやかは、更に翼の隣に控えた風太に歩み寄り、風太のヘルメットを外すと

 「風太もがんばったね!かっこよかったよっ!!」

と褒めながら、今だ汗で湿った風太の頭を優しく優しく撫でた。これには風太もちょっぴり照れくさく、思わず目をトロ〜ンとさせ、その風太の姿に周りからは温かい笑いがこぼれた。翼もさやかとは対照的に、風太の頭を今にも押し潰しそうな勢いでぐりぐりと力強く撫でた。

 すると風太は、凛々しい表情となり、

 「ポケバイにんじゃふうた、おおがまへんげのじゅつ!!」

と叫びながら、例の「忍者のポーズ」を力強く決めたかと思うと、そのまま翼の真後に周り、翼の足の間に頭を突っ込んだ。風太は、これまで忍者ごっこの度に「大蝦蟇変化の術」で自分を乗せてくれた返礼と優勝祝いを兼ね、また翼を肩車しようというのだ。これには、当の翼も、そして周りの誰もがまた無理だろうと思っていた。しかし風太は、「う〜ん」という唸り声とともに渾身の力を込め、何と一人で翼を見事に肩車して見せたのだ!!

 「わぁぁぁー!?」

と翼は、両手を真一文字に広げ、ヘルメットの中からまん丸に見開いた驚きの眼差しを覗かせ自分を乗せる風太を見下ろした。これにはさやかをはじめ、周りの一同全員が感嘆の声をあげた。顔を再び真っ赤に紅潮させ、口をへの字にくいしばり翼を肩の上に乗せる風太!それでもやはり、今にも力尽き倒れそうになってきた。するとちびっ子たちは、

 「よーし、ふうた!!」

と言いながら次々に風太の元に駆け寄って、翼の両足、腰、両膝を支え上げ、風太に助太刀。風太を含め実に七人がかりで翼を堂々と肩車し直したのだった!!翼は、風太とちびっ子ライダーたちの思わぬ祝福に感激し、精悍な眼差しで、歌舞伎仕込みの大見得を決めてこれに応えた。風太とさやか、翼の父たちも、そしてさやかも(自分の記録を破られた悔しさもいつしか忘れて)にっこりと微笑んでそんな翼と風太たちの勇姿を眺めていた。

 それから程無く表彰式。それぞれのクラスで優勝のトロフィーを片手に表彰台の一番の高みに立ち、周囲の賞賛を一身に浴びるさやかと翼。しかしそれだけではなかった。何と風太も、幼稚園児ライダーの身にあって高学年ライダーたちを存分に苦戦させた活躍を評価され、ナイスライダー賞を受賞したのだ!!トロフィーを授与された風太は、秘伝の巻物を手に入れた気分になり、この表彰式の場でも更にトロフィーを片手に「忍者のポーズ」を周りに披露した。

 さやか、翼、加えて風太の晴れ姿に拍手を贈る中には、風太にロックオンされながらも辛勝した六位の女子ライダーの姿もあった。彼女は、この表彰式だけではなく、翼を肩車して祝福していた風太の様子も陰から一部始終眺めていた。表彰式の後、彼女は彼女の父にこう話し掛けた。

 「ねぇ、お父さん。あたしね、お願いがあるの…。」彼女の父は、

 「わかってるよ。もうじきミニバイクに昇級するから、かっこいいヤツ買ってねってんだろ!?よしっ、とびっきりかっこいい最新モデルのミニバイク買ってやるよ!」

とはつらつと応えた。ところが彼女は、

 「そうじゃないの。あたしミニバイクに昇級するの先に延ばして、もっとポケバイを乗り込みたいの。」彼女の父が怪訝気味にその理由を訊くと彼女は、

 「あたし、もう自分の実力ならミニバイクに昇級しても大丈夫だと思ってた。さやかさんや翼君とも十分渡り合えるとも思ってた。でも、今日のレースであのちびくんに思いっきり苦戦してわかったの。いくら勝ったって言っても、まだ幼稚園のちびくんにきりきりまいさせられてるようじゃまだまだだって。だからあたし、ミニバイクやるよりもっとポケバイがんばっちゃいたいの!それにあのちびくんに今日のかりをこれでもかって程返して優勝でもしないと気が治まらないもん!!」

ついこの間まで、早くミニバイクに昇級することしか頭の中になく、かっこいいミニバイクの新車をおねだりしてばかりだった娘(彼女には、そんな自分が風太以上に未熟に思えたのかも知れない。)の意外な言い分に彼女の父は些か驚いたが、娘のバイクレースへの真摯な姿勢に感じ入り、

 「そうか…。よしっ、いいだろう。お前がそうしたいって言うだったら、お父さん何にも反対しないぞ!」

と娘の願いを聞き入れた。彼女は、

 「ありがとう、お父さん!でもあの子、強かったなあ…。」

と風太を通して、改めてポケバイレースへの情熱を駆り立てられたような充実感溢れる表情をしていた。

 一方表彰式の後、さやか、翼、風太の三人は仲間たちと記念撮影をした。さやかと翼は、各々の優勝トロフィーを片手に持ち、もう片手で親指を突き立て、高学年ライダーの好ライバルたち三人づつに騎馬戦状に高々と持ち上げられ(さやかを持ち上げていた内の一人は、あの六位の少女!)ちびっ子ライダーたちも、風太を中心に、二人の武将を警固する忍者になりきったように、ヘルメットを片手に、拳を握ったもう片手と片膝を地面につきそれを取り囲む。風太の脇に置かれたナイスライダー賞のトロフィーと、仲間たちに持ち上げられるさやか、翼の優勝トロフィーとスーツの左胸の黄金マークが、やや西に傾き出した太陽に反射し燦然と輝いていた。さやか、翼、風太三人の表情は、嬉しさににっこりというものではなく、早くも次のレースに向けて、心を燃やしているような厳めしくも精悍なものだった!その光景は、勇壮さに溢れており、豪快な「ポケバイ忍法帖」、或いは「ポケバイ大歌舞伎」の幕切れに相応しかった。

 それから程無くさやかと翼は、ミニバイクに昇級していった。ポケバイでの様々な思い出を胸に…。翼も風太たちに肩車された時の感触をいつまでも忘れないだろう。それは風太にとっては、喜ばしい反面、やはり寂しいことでもあった。しかし、風太はいつまでも寂しがってばかりいるわけにはいかない。風太の存在に本格的に警戒し始め、改めて自分たちの強さを見せつけようと燃える高学年ライダーたちに、風太は立ち向かっていかなければならない!〜だがそれは、高学年ライダーたちが、自分たちにとって風太を同じサーキットを走る立派なライバルと認め出したということでもある!!〜またちびっ子ライダー仲間たちもこれからは、単なる仲間ではなく手強いライバルとして風太の打倒を目指して猛追を仕掛けて来るだろう!

 でも、どうやら心配御無用のようだ。サーキットには、これまて乗り込んできたポケバイを、そして着込み続け少々窮屈になってきたレーシングスーツを、ともに再び刷新し、得意の「ポケバイ忍法」をよりパワフルに披露する風太の姿があった。ポケバイは両側面に黒抜きでプリントされた「FUTA」の文字を始め、様々なロゴがプリントされた白いボディの物、スーツは濃いピンク、白、黄緑の三色を基調とした斬新なデザインの物で、加えて銀一色の新しいヘルメットも眩しく輝く!

 新たなポケバイの抜群の性能と乗り心地、より鮮やかで華麗、そして着心地最高の新たなスーツが、風太の忍者気分を更に最高潮に高め、さやかと翼がいなくなった寂しさなど瞬く間に吹き飛ばしてくれたのだ!〜完全武装し、新しいポケバイにまたがり、親指を突き立てる姿などは、高学年ライダーさえ思わず恐れ入る程の凛々しさだ!〜走りも以前よりも格段に豪快さを増し益々風太は、高学年ライダーたちには油断できない相手となり、ちびっ子ライダーたちには超え難い壁となっていた!!

 それでもさやかも翼も、今だにレースの暇を見ては、風太たちの元を訪れ仲良く遊んでくれる。二人には例え自分たちがミニバイクに昇級しても、風太は大事な親友であり、かわいい弟分なのだ。雄々しく成長した風太の勇姿に自分たちの闘志を改めて燃やす二人。 因みに翼は、風太の小回りの利いた走りを逆に参考にしたのが功を奏し、何とミニバイクのデビュー戦早々に見事優勝したそうだ!!またさやかは、目下女子レース、男女混合レースを問わず、連戦連勝中の無敵の現役女子大生ライダーの打倒を目指してレースに、練習に夢中で励む日々を送っている。彼女は、国際A級ライセンスを保持し、更にプロレーサー並みのサポーターチームをも持つお嬢様ライダーであり、常にフルオーダーのレーシングスーツに身を固めて他のライダーたちを圧倒する彼女の姿は、正に「レースの華」だ。だが彼女は、その反面世のお嬢様らしく我儘且つ傲岸で、しかも大変な子供嫌いでもあるのだ!!それ故に彼女は、ポケバイレースを、不格好でくだらないガキのお遊びと謗り、

「バイクレースは、大人だけに許される楽しみ。サーキットにウザい子供の居場所なんかないわっ!!」

とまで豪語し、ポケバイをがんばる(特に風太と同年代以下の)子供たちを常に蔑んでいる。事実、彼女は、自分が大嫌いな子供と一緒に走ることなど鬱陶しくて堪えられないという理由でポケバイ経験は皆無なのだ。

 ならば、ポケバイを通して子供同士切磋琢磨し合ってきた者がどれだけ強いか彼女に思い知らせてやろうと、さやかは彼女と女子ライダー同士火花を散らす!その志は、翼も同じで今や彼女の打倒は、この姉弟共通の一大目標となっている(さやかと翼なら、彼女を打倒できる日も遠くないだろう…)!!

 そしてもうすぐ、風太も一年生。真新しく美しいスーツ姿で、自慢の愛機のエンジン音を元気いっぱいに轟かせ、満開の桜の下を思いっきり走って欲しい。「優勝」という秘伝の巻物を手に入れるその日まで、がんばれっ、ポケバイ忍者風太!!

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