4・瓢箪から駒が出る
訓練終了の知らせにより赤松隊は葛城上空に集合し指揮官の赤松は機体の状況を申告させた。
「菊永と加藤の機体が咳き込み気味か……よし、宇野、最初に菊永から下ろして次は加藤だ。その後は第1中隊から順に下ろすぞ」
「はい」
そう言って宇野は各隊の指揮官と葛城に赤松の指示を伝えていた。
葛城上空を旋回していた赤松隊は徐々に高度を下げ、葛城も艦首を風に立て合成風力を調整し、「着艦準備完了」と知らせた。
そして指示された通りエンジンの調子が悪い機体から着艦を始めたがそれは今までの空母への着艦を知る者が何も知らないで見ていたら目を疑うものだった。
機体は着艦指導灯を見ながら自機の高度を調節し艦尾から斜めに突っ切る形で降りていったのである。
そのまま教科書通りに三点姿勢で着艦し速度を殺しつつ、フックを制動索に引っ掛けて反対側に伸びている張り出された飛行甲板に向けて機体を進ませた。エンジンが止まり待機所にいた整備員達がプロペラが止まりきるタイミングで機体に張り付き機体を搭乗員と一緒になって甲板の脇にある昇降機に押して行った。昇降機に機体が乗ったのを見て甲板の士官が手旗を振って次の機体を促した。
「搭乗員からの評判はどうなのだ?」
一連の流れを艦長を伴って艦橋の見張り所に出て見ていた宇垣が北原艦長に尋ねた。
「はい、駐機中の機体を気にしなくていいと評判は悪くないありません、着艦に専念できるように甲板を使えるのでカタパルトでの待機任務中の搭乗員からも後ろを気にしなくていいとの話もあります」
「そうか」
宇垣はそう言って2ヶ月前を思い出していた。
2ヶ月前 葛城士官室
「やはり、あの機体は空母に載せるべきではない」
艦政本部から派遣された若井中佐が言った。
「そもそも、翼を畳めんからと言って甲板に野ざらしさせるのが前提とはマトモではない。空技廠は何を考えてこのような機体を採用させたのか?」
続けてこのように言った士官が空技廠からの派遣された千田技術大尉を睨んだ。
この日より半月前、流星21型は初めて空母運用評価の為に葛城に派遣されたのである。そしてこの日艦政本部と空技廠から視察が派遣され彼らの目の前で普段通りの流星の訓練が行われたのである。中佐は訓練終了後に艦橋脇に露天駐機される流星を見て意見交換の為に士官室に入り意見を求められた時に最初のセリフを言ったのである。
「お言葉ですが、あの機体の出力では折り畳み機構は廃止した上で強度を上げなくては全力で飛行した際に空中分解してしまうのであのような……」
「だったら地上で使えばよかろう。大体あのような事をしていれば、いずれは着艦の際に駐機中の機体に衝突する事故も起きようそうすれば大惨事に繋がる事もある、はっきり言ってあのような障害物を置かれては迷惑千万、欠陥機を採用させた空技廠は恥を知るべし」
「欠陥機とはなんですか、欠陥機とは訂正頂きたい」
さすがに下手に出ていた千田大尉も腹を立てたようだ、その後はしばらくは双方の激しいやり取りが続きそろそろつかみ合いになりそうな所で黙って立場上臨席し黙って聞いていた宇垣が口を開いた。
「そんなに邪魔なら避ければ済む話ではないか」
いきなり口を開いたため口論をしていた二人も含めて一同は宇垣に顔を向けた。
「司令、それは?」
全員を代表し岡田次作参謀長が質問した。
「簡単な話だ、本艦では艦橋の前後に機体を駐機している。つまり若井中佐が言っている障害物は右舷に集中している事になる、ここまではいいな?」
全員が理解しているかを確認するように宇垣は士官室を一瞥し問題ないようなので続けた。
「そこでだ、本艦の左舷にその障害物を避ける形で飛行甲板を追加するとゆう事だ。千田大尉、同期の山口に聞いた話だが航空機は真っ直ぐ飛ばしているつもりでも自然と左に流れてしまうと聞いたが間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「ならば、流れる方向に合わせる形で甲板があれば障害物を気にせずに降りれるのではないか?」
「はい、そちらの方が衝突を気にせずに着艦はできるかと」
「よかろう、若井中佐」
「はい」
「今話した事だが、艦政本部に持って帰って検討してくれ」
「はっ」
呆然としつつも若井中佐はその日の内に艦政本部に戻り士官室の一件を報告した。
造船部もこの話に興味を持ちこの後定期点検のためドック入りする事になった葛城で実験してみる事が決まったのである。かくして葛城は半月で済むはずの点検ではなく突貫で2ヶ月近く改装を行い追加飛行甲板を装備して出渠したのである。
(まさか思いつきがこうなるとはな)
回想していた宇垣の眼前で赤松隊は最後になった赤松隊長機が着艦した。