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32.影働き

4月20日 

「小沢治三郎連合艦隊司令長官率いる連合艦隊は敵拠点である室蘭より迎え撃つ為に出港したソ連艦隊を偵察機が補足、青森沖並びに岩手沖において昼夜を問わない激烈なる砲戦を行いました。連合艦隊に及ばずとも十二分に戦力を有するソ連艦隊は我が連合艦隊に果敢に攻め立て――」

 士官室に設置されたラジオは先程から後に岩手沖海戦と呼ばれる海戦の第1報を流していた。その部屋にいた士官達は昼食を食べ終え食後の一服を士官室係が淹れたコーヒーを楽しみながら聞いていた。

「この手の発表にしては珍しいですな」

灰皿に煙草を置いた岡田参謀長が聞いていた放送に対して感想を述べた。

「確かに過去の前例を踏まえれば先に我が海軍の戦果を伝えるのが先の筈ですが……」

すぐそばにいた通信参謀が相槌を打った。

「正しく昨日の今日だぞ情報の錯綜のして戦果の集計が済んでないのだろうな。こちらの損害の方が先に分かるから第一報ではそっちを伝えとくべきと判断してのだろう。戦果は昨日の傍受出来た通信を聞く限りもう少し時間が必要かもしれん」

宇垣が昨日の作戦中に可能な限り全艦にやらせていた海戦時の通信傍受の内容を思い出しながら口を開いた。その遣り取りの内に放送は終わろうとした。

「やはり我々の事はありませんでしたね」

「仕方なかろう表向きはあくまで傷病兵と民間人の救出、本当はそれを隠れ蓑にした敵重要文書の回収。表向きの理由はこんな大規模海戦の前では華が無い。本当の目的はとても口に出す事も憚れるモノだからな」

宇垣は受け取り以来長官室の金庫に保管していた黒革の鞄を思い出しながら言った。

「確かに仕方ありませんな」

苦笑いしながら言った岡田が灰皿に置いた煙草を取り深々と吸い込んだ。


同時刻 独立混成大隊拠点 会議室

同じ放送をなんとか地上に設置できたアンテナを使い彼らは聞いていた。

「海軍さんもよくやるわ」

西野は昨日受領した新品の煙草を楽しみながら言った。

「大隊長殿。方面軍司令部からです」

藤木が通信内容を書いたメモを持って会議室に入ってきた。その場にいた士官はメモを読んでいる西野に注目した。西野は眼鏡を直しながら顔を上げて士官達を一瞥した。

「とりあえずここにいる奴らには簡単に伝える。近々とある場所に上陸作戦が行われる事になった我々はその支援を命じられた」

ざわっとした雰囲気が会議室を包んだ。

「静かに」

西野はマイクがスピーカーに繋がっているのを確認してマイクを掴んだ。

「大隊長命令。全士官は2時間以内に現時点で今やっている作業を完了させ会議室集合。繰り返す2時間以内に作業完了し会議室に集合。直ちにかかれ」

「起立!!」

士官の一人が叫び全員立ち上がり敬礼した。西野は答礼するとすぐに手を直した。士官は我先に部屋を飛び出した。

「じゃ、俺もやらなきゃな藤木、手を貸せ」

「はい」

「それと右の奴直しとけ」

自分の襟を指さしながら藤木に言うと慌てて襟元を見た。軍服のくたびれ具合と釣り合いの取れない真新しい中尉の階級章が確かに曲がっていた。


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