1.始まりの為の終わり
昭和20年2月26日
札幌 陸軍第5方面軍司令部
西野主計大尉は連隊長の命令により機密書類の焼却処分を行っていた。
「そろそろ俺も靖国行きか・・・・・・」
そう呟く顔にはある種の諦観が浮かんでいた。
「大尉殿」
その背中に司令部付きの若い少尉が声を掛けた。
「何か?」
答礼しながら西野は声を掛けた。
「中代司令より士官は作戦室に集合せよと命令が出ました」
一瞬怪訝な顔をしたがすぐに元に戻った。
「わかった、直ぐに行こう」
そう言って西野は残りの書類を焼却炉にまとめて突っ込んだ。
作戦室
西野が最後らしく現在、司令部にいる士官全員の顔がそこにあった。
現在ここを仕切っている中代少将は全員の顔を一瞥し咳払いを一つしてから喋り始めた。
「皆に集まってもらったのは他でもないたった今、樋口司令官から我々に対して命令が下った」
折しも第5方面軍を束ねる樋口中将は対ソ連対策の会議の為帝都に出張中でありここにはいなかった。
「では、読み上げる。発、第5方面軍司令官 陸軍中将樋口季一郎 宛、第5方面軍所属札幌守備隊
守備隊は現時点をもって、防衛計画第8項に基づき行動せよ、集合地点は事前計画通り変更なし」
これだけでは知らない人間には何を言ってるのか解らないがこの部屋にいた士官達にそれがどうゆう意味か理解できない者は皆無だった。
ある者はすすり泣き、
ある者は怒りの声を押し殺し、
ある者は今更といった顔をしていた。
西野はどれでもなく頭をフルに使ってこれからの事を考えていた。
「皆、思う事もあるだろう。だが命令は下されたのだ、ここは安易な選択をせず、一兵でも多く集合地点にたどり着けるよう最善を尽くしてもらいたい。そして捲土重来の時、ここに戻れる者は戻ろうではないか」
中代はここで区切り全員を今一度見渡した。
「守備隊司令として最後の命令を伝える。各員、兵を回収しつつ集合地点を目指せ、弾薬は無駄にするな可能な限り交戦を回避する事を許可する。以上」
「中代司令に敬礼」
最上級者の中佐の号令で士官たちは一斉に敬礼した。
昭和20年2月26日
札幌守備隊、札幌を放棄。司令官中代丈一郎少将、自決