18.決行直前
4月18日 00:18
「すぐに全隊長に通達、0100に会議室に集合。それと金森先生と中村巡査部長も呼んで下さい」
倉間通信士からの報告を聞き、そのまま彼女に藤木を連れて来させて西野は開口一番そう言った。
「全員ですか?」
唐突に言われた為に思わず藤木はそう訪ねた。
「そうだ、全員だ。たった今、合図が出た。作戦の本番だ」
藤木への答えはそうだった。それを聞き藤木は隊長達の居住区に走っていった。
「とりあえず、これで少しは楽になるな」
自分以外誰もいなくなった自室で西野は呟いた。
01:00 会議室内
西野の集合命令を受けた時、大半は理由は解っていた為に西野が作戦決行を伝えた時には動揺は起きず、すぐさま作戦時の自分らの役割の再確認が始まった。
「では、傷病兵の輸送は橋爪中隊長が指揮してください。トラックには衛生小隊から各車に何人か回しますが、光澤小隊長、この台数なら何人ぐらい回せますか?」
会議の進行を行っている藤木が衛生小隊の指揮官に尋ねた。
「そうだな、これならとりあえず3人ってとこだな。ただ、重傷者を載せている車には金森先生に乗っていただけると助かるのだが」
光澤のこの言葉に藤木は末席に座っていた白衣の青年に顔を向けた。
「わかりました。念の為に医薬品をある程度持っていければ行きたいのですが、それは大丈夫なのですか?」
これに対して藤木は西野の方を見た。
「最低限これだけは欲しいという物を今ここで書けますか?」
西野は金森医師に直接尋ねることにした。
「はい」
「わかりました。これが終わり次第、輜重の山崎少尉と一緒に倉庫に行ってください。集合時間にはくれぐれも遅れないようにお願いします」
とりあえずこれで怪我人の方は片付いた。次に西野は金森の隣の警官に目を向けた。藤木はそれを見てその警官に話し始めた。
「中村巡査部長はこの後、民間人の所に行ってもらい民間人の中に長時間の徒歩での移動が困難の者を確認して頂きます」
「はい、移動困難者はトラックに載せるという事でよろしかったでしょうか?」
「そうです。――」
この後も打ち合わせは続き、西野の「かかれ」の声で全員、会議室から出て行った。
03:53 津軽海峡
第44潜水隊は作戦前の準備として作戦海域の直前で辛うじて味方が制海権を握っているこの海域で作戦前の準備としてエンジンを動かして電池の充電を行っていた。
「艦長」
セイルに上がってきた通信長が双眼鏡の脇に立ってタバコを吹かしている男に声を掛けた。男は咥えタバコのまま水兵の方に振り返った。
「なにか、通信か?」
伊91艦長真木一少佐は相手の要件が予想できたのでこう言った。
「はい、司令より各艦に対して準備はどうかと問い合わせが」
「待ってろ」
それだけ言って真木は伝声管に顔を近づけた。
「機関室、艦長だ。機関長を呼んでくれ」
「はっ、只今」
伝声管の向こうでガタガタ音がして機関長が出た。
「機関長、電池の充電はどれぐらい出来た?」
「現在、8割方は完了しています。後、20分で終わりますが機関出力をもう少し上げれば10分程で仕上がりますが、如何しますか?」
「急がなくていい、20分で間違いなく仕上がるのだな?」
「はい」
「そのまま、充電を続けろ。さっき先任から相談があって魚雷の点検に応援が欲しいと言ってるんだが機関科から何人か応援を出せるか?」
「少々お待ちを…………、えーと、松井、高橋、佐竹っと三人ならすぐに向かわせられます」
「それでいい、直ちに向かわせろ。以上」
「了解」
それで伝声管の蓋を閉じて真木は通信長に向き直った。
「通信長、旗艦に返信。内容は『本艦の準備は順調。現在の所、問題を認めず』」
「『本艦の準備は順調。現在の所、問題を認めず』、了解」
復唱して通信長は梯子を降りていった。真木は甲板で探信儀の点検を行っている水測員を眺めながら2本目のタバコに火を着けた。
同時刻 函館港
第1任務部隊は最後の点検と準備の為にこの港に停泊していた。その中の1隻である酒匂の後部甲板では何人かの砲術科の人間が作業を行なっていた。
「よし、揚弾機動かせ。装填員は注意しろ」
酒匂ミサイル長でこの作業の指揮を執っていた多川昭一大尉が艦内電話で弾薬庫と話しながら、発射機の傍にいたミサイル員に注意を促した。それを聞いたミサイル員は足元を注意しながら揚弾機から揚げられてくる物を待っていた。下の方から音が聞こえてきて揚弾機には動かないように拘束具で固定された誘導弾が載せられていた。
「誘導弾、装填作業開始します」
先任兵曹が多川にそう言ってまず油圧ジャッキで誘導弾を発射機に付いているレールの高さまで持ち上げてから拘束具を外して、誘導弾をレールの上に滑らせていった。
「まさか、これが実戦を経験しかねない事になろうとは……」
多川はその作業を見ながら呟いた。本人としては性能は心配してはいないがまだまだ運用試験の積み重ねが欲しいと考えていたからだ。正直、この戦争では出番などないと考えていたからだ。
「まあ、この状況でこんなこと考えてちゃ士官として如何なものかって言われても文句は言えんな。実戦データが取れるかもしれないからそれはそれでコッチの儲けとしとこう」
こんな独り言をボヤいているうちに装填作業が完了してので多川は発射機自体の点検の為に背後の管制室の扉に手を掛けた。




