海軍の霹靂事件 中編
宇垣中将が潜水艦隊の戦果を判定役の二式大艇と水偵から聞いたのは山口艦隊から飛び立った航空隊を摩耶が発見した時であった、戦果に喜ぶ暇もなく艦隊司令部は対空戦闘を命令した。
まず、第1戦隊の戦艦を中心とした三式弾による迎撃で撃墜よりも統制を崩す策に出た。
この頃の三式弾は英国からの技術提供で開発された磁気感応信管の採用が始まっていたが今回は訓練のため従来型の時限信管だった為、航空隊は砲塔が動き出した時には各小隊ごとに散開し一網打尽にされる事を防ぎ、この迎撃では150機中3機撃墜の戦果であった。
この対空射撃の合間に第4航空戦隊所属の強風と二式水戦は散開した攻撃隊に襲いかかろうとするも襲いかかったのが岩本徹三の小隊が護衛を受け持つ部隊であり、水上機隊は甲木清実一飛曹や松永英徳一飛曹等が奮闘するものの多勢に無勢であり4航戦航空隊は全滅、攻撃隊は水上機隊を振り切った後に対空火器で撃墜されたものも有りその数を98機に減らしていた。
航空機の迎撃を掻い潜った攻撃隊指揮官翔鶴飛行隊長沢本少佐は艦爆隊に輪形陣の外郭に陣取る軽巡や駆逐艦に的を絞らせ、自らが率いる艦攻隊は戦艦を仕留める事にした。この時、手空きになる筈の艦戦隊を攻撃隊が攻撃態勢に入る前に先行させていた。この行動に各艦の機銃員や士官たちは首を傾げたが機体を確認するとすぐさま答えを導き出し、慌てて艦内に退避した。
艦戦隊は距離2000で翼に吊り下げていたロケットを打ち出し、それは高角砲や機銃座目掛けて突っ込んだ。
時限信管により距離300の所で炸裂したロケットは炸薬代わりの塗料を盛大にバラ撒き、目標の対空火器を色鮮やかに彩り、無力化した。そこに艦戦隊が機銃掃射を掛け追い討ちをかけた。中には艦橋や射撃指揮装置に撃ち込む機体もいた為、いくつかの艦艇で艦長などの主要士官が戦死判定を受ける事になり指揮の引継ぎに混乱を起こす艦もあった。
この攻撃で宇垣艦隊の防空網に穴を開けた攻撃隊は次々と指定された目標に牙を剥くが艦戦隊の攻撃で火が着いてしまった(精神的な意味)一部の艦艇の決死の対空射撃と回避運動に思うように戦果を上げられず、攻撃隊は被害を増加させてしまい、沢本少佐は艦攻隊の一部を振り分けなんとか外郭の防御陣を突破し中心部の大和達へと向かった。




