0.独立混成大隊
昭和20年 3月28日23:14
北海道南部日高村
閑散とした村にある、牧場にいくつかの影が向かっていた。
影は牧場の周りを素早く確認して1キロほど離れた雑木林へと入っていった。
「中、もとい大隊長殿、阿部分隊斥候より戻りました」
影の一つ、ヒゲを生やした軍曹が色白でメガネの男に申告した。
「ご苦労様、状況は?」
答礼しながら大隊長と呼ばれた男、西野直人大尉が先を促した。
「はっ、目標はやはり露助の物資集積所のようです厩舎に木箱が大量に置かれていました。歩哨は確認できたのは4人」
「歩哨以外の敵兵の様子はどうですか?」
「厩舎に隣接している家から数名の声が聞こえたのですが酒盛り中の模様」
「軍曹、貴方の経験上相手はどれぐらいの規模だと思いますか?」
「声の数から考えて最低でも1個分隊はいるかと他にも既に寝ているものもいるかもしれませんが」
「そうですか・・・・・」
西野は腕を組んで思案しつつ中隊長と小隊長達を召集するように阿部軍曹に命じた。
すぐさま指揮官たちは集まった。
「いいですか、当初の予定通り敵物資集積所を攻撃します。23:50に中嶋小隊は歩哨を片付け完了次第合図を、それをもって橋爪中隊は厩舎に向かいソレを制圧し、中嶋隊と合流、周辺警戒しつつ指示を待て。竹下中隊は私と一緒に来てもらいます。兵舎替わりの家を制圧しますが、1個分隊で家を包囲して下さい。ドサクサで脱出されても困りますから一人残らず制圧するのが目標ですが投降の意思を示した敵には一発も撃たないように、制圧後に通信機と暗号表を可能ならば抑えます。後、厩舎横の車輌は装甲車以外は手を付けないようにソレに途中まで荷物を載せますから。最後に西浦小隊は牧場の周辺に展開し警戒に当たってもらいます。以上です、質問は?」
西浦小隊長が一瞬だけ顔をしかめたが、質問はなかった。
「では、準備してください、解散。かかれ」
指揮官たちは自分らの部隊に戻っていった。
「とりあえずはこんな感じですかね」
独り言のつもりだったが傍らに立つ副官の藤木少尉には聞こえたようだ。
「あの大隊長殿、発言よろしいでしょうか」
キリッとした表情と声で大隊長に尋ねた。
「許可する、何か」
「先ほどの説明ですがもう少し威厳ある口調にはならなかったのでしょうか?」
このコンビとなって幾度も繰り返されたやり取りが始まった。
「仕方なかろうって、本来私はこんな事する立場じゃないのだから、そもそも大尉で大隊長してるのがおかしいのだから威厳も何もなかろうって」
胸につけている旧式の白い兵科章を指差しながら西野が言った。
「ま、こんな事するのも友軍と合流するまでの間だけだろうがな、それまでは一人でも多くこの混成大隊の人間生き残らせる事考えてりゃいいの、ほら、そんな事言ってる暇あったらお前さんも装備の点検始めろ」
それだけ言って西野は自分のホルスターから愛銃のベレッタを取り出し点検を始めた。
それを見て(これ以上は無理)と諦めが付いた藤木も百式機関短銃改の点検を始めた。