9.臆病者と女の子
というわけで、士官室では四人揃って食事をとっていた。「つきしお」に幹部は四人しかいないから、決して珍しいメンバーではない。
「異世界っていうけどさー、そんなに変わんないよねー。」
ご飯を口に頬張りながら喋る三咲。
「そうだね。太陽が二つあるとか、変な鳥が飛んでるとか考えちゃうけど、全然そんなことないし。」
「やっぱり地球のどこか遠いとこなのかな?でも日本語が通じるってのは逆にあやしいよね~。」
梓と三咲の会話。もちろん、今ここで二人が気になっているのは異世界どうこうではない。横の二人、理沙と優希の様子だ。
いつもなら会話がはずんでくると、自然と参加してくる理紗。たまに突っ込みを入れる優希。それが今日は…
「…。」
「…。」
お互い、目線を落としたまま食事を続けている。
“バンッ!”
「もうっ!いつまでそうしてるつもり!?せっかく顔つき合わせてるんだから、何か言ったらどうなの!?」
耐えきれないとばかりに、三咲が立ち上がりテーブルを叩く。ビックリして固まっている梓、思わず顔を上げる理紗。
「…理紗さん。」
視線を落としたまま、優希が声を漏らす。まるでタイミングを見計らっていたようだ。
「…何でしょう。」
厳しい顔つきで返事をする理紗。
「…先ほどは言い過ぎた。すまなかった。」
小さく頭を下げた。
「…こちらこそ、すいませんでした。」
理沙も頭を下げる。
「…だが、知って欲しかったんだ。」
優希が顔を上げないまま、さらに続ける。
「私は強い人間ではない。目の前で争いが起こって、それを平然と傍観していられるような強心臓じゃない。」
優希の言葉に、目線を向け黙って聞く理沙。
「むしろ、隠れてビクビクしているような臆病者だ。口ではいろいろ言ったって、内心怯えているんだ。」
梓も三咲も固まって聞いている。静かな士官室に、優希の声だけが満たされていく。
「今、私たちは戦場にいる。目の前で否応なく殺し合いが起きてしまう場所なんだ。そして、私はそれを受け止めなければならないと思っている。」
四人とも、いつの間にか手が止まっていた。ただただ話へと耳を傾け、あるいは喋り続ける。
「でも、それは難しいのかもしれない。いきなり殺し合いを認めろといわれても、普通の神経ではできるはずもない。まして相手の顔も姿も見えない中…。」
そこで、口を止めた。どうやって伝えたらいいのか、わからなくなってしまったのだ。
「だから…、その…」
梓と三咲は顔を見合わせた。困っている優希を見たのは数えるほどしかない。17歳の女の子らしい、ちょっと可愛らしい優希だった。
「やっぱり、優希さんも辛いのですね。」
理沙が言った。顔には微笑みを見せて。ようやく、二人の間にあった冷たい氷の壁が融けてきたみたいだ。
「私は、認める必要なんかないと思うんです。甘い考えって言われても仕方ないですけど、この艦に乗ってるクルー全員が人を殺したりなんかしたくないと思ってるでしょう。それに…、」
理沙のやさしい声。優希は何が恥ずかしいのか、うつむいた顔がやや赤い。
「私たちが人を殺めたりしなくてもいいような方法を考えればいいのではないでしょうか?」
優希の心に響く一言。機械室で入谷に言われたことと同じだった。
「自分から動く、か。いいかもね。」
梓が明るい声で賛同を示した。三咲もウンウンと頷く。
「し、しかし、どうやって…」
「バッカね~、それを今から考えるんでしょ?優希とか、こういうの得意じゃないの。」
優希の小さな声も、三咲にアッサリと返される。小さいながらも感情のこもった人間らしい声が、優希を女の子にしていた。
「と言っても、…ふああ~。もう眠たいよ…。」
「今日のところはいいじゃないんですか?皆さんお疲れのようですし。」
「そうだね。じゃあ今日は解散、しっかり寝て明日に備えてください。」
梓が艦長らしく締めくくった。
二日後の早朝、315部隊と「つきしお」は小さな港へと入港した。4隻が身を寄せ合い、ようやく入れるほどの大きさだ。
港外で入港の順番を待つ「つきしお」。一日目が終わる頃、ようやく入港許可が下りた。
「前進最微速。」
「アイサー。前進最微ー速。」
セイルの頂上から見下ろす港は、明らかに軍港ではなかった。市場のような建物や漁船も何隻か見えた。
“ズウン…”
『艦長、係留が完了しました。』
「わかりました。…艦長より全艦へ通達します。夜半日しかありませんが、半舷上陸を許可します。その間、艦内各部の点検を済ませておいてください。」
厳しい戦闘があった後だ、例え少しの時間であってもクルーに気を緩めてもらいたかった。甲板上の笑顔を見て、ホッとする梓。
艦内へと下りていくと、
「梓~。私たちも上陸しよ~?」
寄り添ってくる三咲。
「う、うん。みんな一緒の方がいいかな?」
「やったあ!理紗と優希呼んでくる!」
嬉しそうに奥へと消えていく三咲。
「とは言っても…。」
「本当に何にもありませんね…。」
理沙が周りを見渡しながら一言。電灯が一定間隔で並び、市場だったのか大きめの建物、事務所っぽいプレハブ小屋。
これが港にある全てであった。すぐ向こうには山が迫っており、細い山道はあったが…。
「きっと…ラシャ皇国の…ちょっとした市場…だったんだろうな…。」
優希が眠そうな声で言う。
「眠ければ無理について来なくてもよかったのに…。」
「一人は…嫌だ…。」
コックリコックリしながら、三人についていく優希。
ちょっとした好奇心からか、四人は市場らしき建物へと足を踏み入れた。
「電気はきてるんだ。」
天井の、けっして明るくない電灯を見る梓。
「意外とキレイ…ですね。最近まで使われていたんでしょうか?」
確かに、床は汚れが酷くないし、壁も白い。隅には発泡スチロール製なのか、白い容器が整頓されて積まれている。
「あれは、ホワイトボードでしょうか…?」
理紗が指差した方向には、何かが殴り書きされたホワイトボード。
「えっと…、あれ?」
ホワイトボードの文字は、どこのものかもわからない象形文字…、ではなかった。
「カタカナだ…。“ネンリョウハアトハンブン”…。」
「これも読めますねぇ…。“アスコナケレバシュッコウ”。」
しかし他が見当たらない。つまり、ひらがなと漢字が見つけられなかった。
「これは…」
優希が何か言いかける。
「どうしたの?」
「もしかしたら…この国の人達は…この世界の人達は…、カタカナが使用文字…なのかもしれない。」
相変わらず眠そうだ。
「じゃあ、315部隊の人達にカタカナの文章見せたら通じるのかな?」
「そうですね、梓さんの言う通りかもしれません。」
さっと横を見た梓。
「…ブルーシート?」
思わずめくってみる。そこにあったのは…
「…!」
「何?それ?」
三咲が顔をのぞかせる。シートを上げ、黙って見せる梓。
「これは…。」
理沙が息を呑む。
寝袋だった。いや、ただの寝袋ではない。その証拠に、
「…5/18 2100。」
ついていたプレートの数字を読み上げる優希。
「…。」
「…。」
「…。」
声ひとつ、上げられなくなった三人。もう寝袋の中身が何なのか、考えたくもなかった。
数個転がっている寝袋。血の跡があることに梓だけが気づいていた。




