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8.すれ違いと本音

 “ガチャ”

三滝の向かい合ったドアが、突然開いた。

「あっ。」

「艦長、お疲れ様です。」

梓だった。

「無理しちゃダメだよ!寝てなきゃ!」

「もう大丈夫。何ともないから。」

足どりはしっかりしてるし、顔色も悪くはない。…が、先ほどを考えれば不安にもなる。

「すいません、突然抜けちゃって…。どうなりました?」

「潜水艦は5隻全てが315部隊によって撃沈された。だが315部隊もタルヴォスを沈められてしまった。」

結果をしっかりと伝える優希。

 理沙は震えていた。沈んだことを伝えてしまえば、また倒れてしまうんじゃないかと心配でたまらない。

「そうですか…。沈んで、しまいましたか…。」

暗い顔でうつむく梓。

「艦長の支持は適切でしたよ。誰も責めたりなんかしませんって。」

三滝が明るい声で言った。

 無論、味方が沈んでしまったことをだけを気にしているわけではない。CICの空気は重苦しかった。

「…ごめんね、頼りない艦長で。」

「そんなことありません、むしろもっと頼って下さい。」

励ます理沙。三咲も頷く。

「これが戦闘だ、艦長。」

突如として、優希が冷たい声で言い放った。梓だけではない、CICにいるクルー全員の心中に響いたことだろう。

 長い髪をなびかせ、梓へと向き合う優希。

「辛いだろうが現実なんだ。私たちは潜水艦という兵器を扱い、自分を殺そうとする敵を殺す。…直接しなくても、その責任は自分たちにある。」

「…。」

「この艦から一歩出れば、そこは戦場なんだ。…いや、この中もそうかもしれない。顔も合わせたこともない赤の他人を殺さねばならない場所なんだ。」

誰も、一言たりとも声を上げなかった。モーターの音だけが耳に入ってくる。

「…優希さん、あなたは何も感じないんですか?」

理沙が訊いた。いつもの優希のように、抑揚も感情のない声だった。

「意識していない。考えればキリがないからな。」

すぐに答えを返す優希。理沙の視線は鋭かった。

 じっと視線を定め、にらみ合う二人。

「二人とも、やめよう。」

梓が制した。状況に耐えがたくなってきたのだろう。

「そうだよ。こんなところでするような話じゃないでしょ?」

三咲も周りを見渡しながら言う。

「…わかった。」

「…そうですね、失礼しました。」

二人はそう言うと足を踏み出した。理沙は艦首側の魚雷室へ、優希は艦尾側の機械室へ。

 二人の身体が入れ替わる瞬間、梓と三咲はグッと心臓を掴まれたような気がした。これほど二人を見ていて、苦しいことはない。

“ガチャ”

“パタン”

CICの艦首側と艦尾側のドア、両方が同時に閉まった。

「…はぁ。」

ため息の出る三咲。梓も肩を緊張から落とした。

「水雷長と機関長、あんなに仲悪かったのでしたっけ?」

三滝が訊く。CICを出るタイミングを失っていたらしい。

「ううん、そんなことないよ。…だから、余計にね。」

「優希は冷静すぎるんだよー!もっと人間らしくできないの!?」

「ゆ、優希さんだって、みんなのこと考えてると思うよ。…ただ、理紗さんと意見が対立しちゃっただけだと思う。」

「でもあれは冷たすぎるよ!もうちょっと考えて喋ってくれればいいのに~。」

でもこのままじゃ良くないよ。あの二人が仲直りしてくれないと…。


 “ザバァ…”

艦隊の後方に浮上する「つきしお」。

「浮上よし。」

「動力をディーゼルにスイッチ。バッテリー充電始め。」

「アイサー。」

ディーゼルエンジンの振動が伝わる艦内。戦闘でほとんど動けなかった分を取り返すように、三咲が声を上げる。

「針路確認して、速度を先行艦に合わせて。」

「わかりました。進路確認。」

“トントン”

「ん?…ああ梓、どうしたの?」

「二人が仲直りするように、ゴハン食べない?」

「いいねそれ!行く行く!」

「うん、わかった。…理紗さん、呼んできてもらえる?」

「やってみる。」

急ぎ足で魚雷室に向かう三咲。

「さて…、私も優希さん呼ばなきゃ。」


 機械室―

“ゴー…”

ディーゼルエンジンの駆動音がこだまする機械室にいるのは優希と、

「機関長、電動機の点検終わりました。」

機関士の入谷いりや 恭子きょうこだ。やる気があるのかないのか、ダルそうな顔つきだ。

「わかった。」

「しっかし、どうしました機関長?そんな怖い顔しちゃって。」

怪しそうな笑みを浮かべる入谷。

「艦長が罪悪感から倒れた。今は元気になったが、その時に水雷長と意見をぶつけてただけだ。」

コンソールを操作しながら答える優希。

「へぇ~。機関長なら、戦闘に犠牲はつきものだ、みたいなこと言って反発くらったんでしょうねぇ。」

お見通しですよ、といわんばかりの声で言う入谷。

「戦闘は殺しあう行為だ、辛いが現実だろう。と言ったら、私が無神経のような雰囲気になってしまった。」

ギッと椅子を回し、入谷の方に向く。

「言い方がまずかったらしい。本来なら女子高生の者に、殺し合いという考え方は酷なのだろうな。」

「それでも言いたかったんでしょう?」

意地悪そうに笑みを浮かべながら訊く入谷。思わず優希は視線を落とす。

「…言っても理解されない。」

「それは当然です。機関長の言い方がよくないんですから。」

平然と上官を否定する海士。おそらく「つきしお」艦内でも入谷だけであろう。

「じゃあどうすればよいのだ。」

「もっと相手の気持ちを考えなきゃあ。機関長がどう言ったか知りませんが、平然と言うだけ言ったら…、」

工具箱にレンチを戻す入谷。

「それが平気みたいな印象になってしまいますよ。機関長は好きで殺し合いする殺人鬼ですか?」

「そんなわけあるか。私だって、戦闘という殺し合いがしたくないから機関科に希望だしたんだ。」

「それだったら、そう言わないと。現実だから受け入れろって言うんじゃなくて、自分も辛いけど頑張ろうみたいに言わないと。」

「でもそんな言い方できない。」

「はぁ~…。これだから機関長は。」

呆れたようにため息をつく入谷。

「じゃあ殺さずに済む方法でも考えたらどうですか?相手のスクリューだけを狙うとか、ひたすら囮に専念して攻撃しないとか。」

「できるわけないだろ。」

「それを考えるんですよ。そもそも戦闘しないで生き残ろうってのが無理な話になってきてるでしょう。犠牲者が出ない戦い方でも戦闘はできると思いますよ?」

ふぅん、と感心してしまった。コイツもたまに真面目なことを言ってくれるな。

「犠牲者が出ない戦い方を考える、か。」

“ガチャ”

「優希さん、今忙しいですか?」

梓が顔をのぞかせる。

「忙しいというほどでもない。…何かあったのか?」

「じゃあみんなでゴハン食べましょう。息抜きにちょうどいいですよ。」

笑顔の梓。思わず視線を逸らしてしまう。

「い、いや私は…」

「機関長、あとはやっておきますから。ごゆっくり。」

入谷が逃げ道を絶った。行かざるを得ない…。

「わ、わかった。すぐに行く…。」

「じゃあ士官室で待ってますから。」

パタン、とドアが閉まった。

「さすが部下想いの艦長ですね。…ちゃんと話し合うんですよ?」

「う、うう…。行ってくる…。」

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