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7.想像と現実

 放たれた魚雷、「つきしお」を離れていく2本の短魚雷は、

“シャアアア…”

誘導用のワイヤーを引きながら雷速を上げていく。

「本艦の短魚雷2、航走を開始しました。」

ほどなく40ノットへと達する。その遥か向こうに潜むのは鉄鯨の一頭。

 梓はうつむいたまま、チャートテーブルを見つめている。

「…。」

声が出せない三咲。髪で見えない梓の表情が余計に怖い。こういう時、なんて声をかけたらいいの…?

『潜水艦、増速しながら転舵します。回避行動に移るみたいです。』

これで315部隊への攻撃タイミングを、一時的とはいえ奪った。あとは短魚雷を自爆させて、315部隊が気づいてくれれば…。

『えっ、うそっ!?』

驚きの声が三滝から漏れてきた。

『別の位置より、魚雷管への注水音を探知!3…4方向より同時、距離4000から5000!』

思わず首を上げる梓。

「そんなにいたの…!?詳細を!」

4隻から同時攻撃を受けたら、315部隊はひとたまりもない!

「理紗さん!短魚雷を今すぐ…」

『待って下さい艦長!魚雷発射音探知!…目標は本艦です!』

遮られて聞こえた、三滝の必死の声。

『また発射音!…いえ、右舷よりさらに発射音!』

同時攻撃!向こうは1隻を囮に、「つきしお」を沈める気らしい。

「い、一度潜ろう!このままじゃやられちゃう!」

「わかった!三咲さん、深深度に潜行してください!機関全速!」

「うん!…全ベント開けて!ダウントリム一杯!」

「アイサー!全ベント解放!」

「機関始動!全開!」

“ガボボ…”

「理沙さん!短魚雷の自爆用意を!効果があるかわかりませんが、爆発音を盾に姿を消します!」

『わかりました!自爆用意します!』

『魚雷、距離3000を切りました!なおも接近中!』

ソナーディスプレイに目を移す。

「1-9-5と、2-0-0と、3-0-0と3-0-5…」

全部で8本、また増えたんだ…。

「深度250!…260…270…」

「早くっ!魚雷が来ちゃう!」

三咲の悲鳴が聞こえる。魚雷圧壊深度600、ギリギリか…。

「三滝さん!本艦の短魚雷はどの辺まで進んでいますか!?」

『2000メートルを超えました。目標艦を失探したので相対距離はわからなくなっちゃいましたが…。』

「わかりました。…理沙さん、短魚雷を自爆させてください!」

『アイサー!短魚雷、自爆します!』

“ズウウン…”

低く地響きのような音が響いてきた。短魚雷の自爆音だ。

「機関停止ー!」

小さくなっていくモーター音。反対に、不安はドンドン大きくなっていく。

『魚雷推進音が小さく…』

「三滝さん、315部隊に動きはありますか?」

『どうやら気づいたようです。タルヴォスが速度を上げ…』

不意に三滝の声が切れた。不安が一気に増大する。

『魚雷推進音2、向かってきます!…ピンガー音探知!距離1300!』

「アクティブ誘導!?現在深度は!?」

「ようやく350を越えたところ!…機関再始動する!?」

この速度では、どう考えたって圧壊深度まで間に合わない。…機関始動すべきなのか。

『ポリマーだ、艦長。』

優希の声が電話から聞こえた。

「そうだ…!マスカー起動!急いで!」

“ボボボ…”

艦体下部のスリットから、大量の泡が「つきしお」を包んでいく。

『…魚雷が蛇行を始めました。失探したみたいです!』

「は…ぁ…」

ドッとへたり込む三咲。梓もため息を漏らす。

「そのまま600まで潜行してください…。」

そう言うのが精一杯だった。まだ心臓がドキドキしている。

「何とか回避しましたね。後は315部隊の人達がうまくやってくれれば…。」

海士の一人が言った。

「そうだね。偵察の働きはできたのかな。」

作り笑顔で返した。自分は幹部、海士に不安を見せちゃダメ…。

『ソナーより艦長へ、水面に着水音2。タルヴォスのアスロ…、いえ魚雷のようです。』

アスロックと似たようなものだろうが、アスロックではないと言いなおす三滝。

 そのまま沈降していく「つきしお」。深度計はジリジリと進んでいき、ついに500を越えた。

『タルヴォスの魚雷、潜水艦へ接近します。…距離500、…400…300…200…』

“ズズウン…”

低く響く爆発音。

「やっぱり、沈めちゃうんだ…。」

三咲の一言。

 そう、他愛もない一言だった。

「…!」

梓の心の中に、何かが引っかかったような気がした。

「沈む…、沈むってことは…。」

「?」

そう、潜水艦において沈没は乗員の死とほぼ同義だ。

「私たち…、潜水艦を見つけただけだよね…?」

「え?う、うん。魚雷で脅しはしたけど…。」

私は何もやってない。…攻撃してないよ。

 否定したかった。自分の行動によって、発見された潜水艦。それが、攻撃を受けて沈んでいく。…乗員は、

「…。」

閉じ込められた空間を満たしていく海水。艦内はあっという間に水で満たされ、息が…

「ハー…ハー…」

上にも下にも逃げ場はない。目の前を見れば、もがき苦しむクルーの姿…

「ハァハァハァ…」

「ちょっと梓どうしたの!?大丈夫!?」

チャートテーブルに倒れこむ梓。

「誰か!梓が!」

苦しい…。意識がもうろうとする。自分の心臓の音がうるさいほど聞こえた。

「艦長!」

「梓っ、いったい…」

そのまま意識を失った…。


 艦長室―

ベッドに横たわる梓を見守る理紗。横には不安そうな三咲もいる。

「落ち着いてよかったです。」

ふっと微笑みを見せる理紗。

「いきなり倒れちゃうなんて…。」

理沙に連れられ、艦長室を後にした三咲。ゆっくりとドアを閉めた。

“パタン”

「話から、自分が悪いことをしてしまったように考えてしまったのかもしれませんね。」

「私のせい…なのかな?」

「いえ、それはないと思いますよ。正直、梓さん本人の問題ですね…。」

CICの扉を押し開けると、優希が立っていた。

「優希さん、代行指揮ありがとう。」

「幹部だからな。まとめ役は得意ではないが。」

いつもの声で返答する優希。理沙はチャートテーブルを見つめた。

「潜水艦は5隻全て315部隊が撃沈した。だが、こちらもタルヴォスが沈んでしまったそうだ。」

「犠牲が出てしまったんですね…。」

「お互い、命を賭けた戦いだからな。犠牲はつきものだ。」

さも当然という風に、淡々と答える優希。

「…梓さん、大丈夫か?」

思わぬ質問に、三咲が顔を上げる。他人のことなんて、ほとんど気にしない優希が…。

「うん、今はもう落ち着いてる。艦長室で寝ているわ。」

「そうか…。」

珍しく、感情のこもった返事だった。がっかりしたような、しかし温かみのある返事。

“ガチャ”

三滝が入ってきた。

「あ、お疲れ様です。…艦長はどうされました?」

「ちょっとね…。今は艦長室で寝てるから、起こさないであげて。」

「わかりました。じゃあ私も仮眠をとらせてもらいますんで。」

沈んだ雰囲気のCICに、三滝の笑顔はありがたかった。

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