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3.恐怖と不安

 深度計が20を指した。

「潜望鏡上げ!」

そう言って、上がってきた潜望鏡のレンズをのぞく梓。

「?」

真っ暗だった。

「午前11時、見えないはずはないのに…?」

「ナイトビジョンに切り替えます。」

理紗の機転で、視界が緑色になる。遠くに、続く陸地が見えた。

「あれが房総半島?には見えないけど…」

不審に思いつつ、ゆっくりと潜望鏡を回していく。

「あれね。…うーん。」

視界が水上艦を捉えた。が、

「理紗さん、あの艦に見覚えはある?」

「?」

梓に言われ、潜望鏡をのぞき見る理紗。

「…いいえ、海自の艦でもアメリカの艦にも見えませんね。」

考え込む梓。再び潜望鏡をのぞいた時だった。

「…発射炎?」

それだけが感じ取れた。次の瞬間、体中をイヤな感覚が走り回った。

「潜望鏡を下げてください!急速潜行!」

「きゅ、急速潜行!」

ワンテンポ遅れて、三咲が声を上げた。椅子の端を掴む梓。

“バシュウウウ…”

再び潜り始める「つきしお」。梓の一言で、CICの空気がガラリと変わってしまった。

「一体何が?」

「何か撃ってきた。…機関全速!」

理沙の問いかけに、短く答える。理紗にも、事態の逼迫さが伝わってきた。

『ソナーより艦長へ!後方海面に着水音複数!』

「えっええっ!?何がどうなってるのよ!?」

混乱が隠せない三咲。

「ダウントリム最大!できるだけ深く潜って!」

「潜舵、ダウン30!」

艦内の傾斜がきつくなっていく。

“ズウン…”

腹に響くような、低い音。まだ小さな音だったが、梓には瞬時に理解できた。

「そんな…、対潜ロケット…」

お願い、間違いであって…。目をつぶり手を合わせる梓。

“ズズウン!”

だが、そんな祈りを無視するかのように響いた音。さっきより近くなった。

『後方500で爆発音!…何かやってきます!』

三滝の声がCICにこだました瞬間だった。

“ドオン!”

“ズオン!”

「うわあっ!?」

「キャアッ!」

激しく揺れる艦内。衝撃が腹の奥にまで伝わってくる。

「機関…停止!」

かすれ声で指示を出す梓。

「は…いっ!機関…停止します!」

海士からの復唱も頼りない。衝撃で計器盤に叩きつけられた。

「ぎゃ…あっ…」

腕に痛みを感じながらも、目の前の深度計を見た。

「150…」

“ズウン!”

また爆発。と、三咲の体が梓の方へと飛んできた。

「うわあっ!」

三咲の体と計器盤に挟まれて…


 「…さん、梓さん。」

「梓ぁ…、起きてよぉ…」

体を揺すられているのに気づく。

「う…、うーん…」

ゆっくりと目を開けると、理沙と三咲がのぞき込んでいた。三咲は半泣き状態になっている。

「気がついたのですね。よかったです。」

「え?あ、私…気を失ってたんだ。」

起き上がろうとして、右腕に痛みが走った。曲げ伸ばし、折れてはいないことを確認する。

「ごめん梓ちゃん!どうしても避けられなくって!」

「ううん、大丈夫だよ。」

立ち上がり、CICを見渡す。

「どうなったの?」

深度計を見ながら、理沙に訊いた。現在深度は…、300。

「爆発が終わって、それっきりです。ピンガーもきませんし、どうなってるのか…。」

「けが人はいない?」

「軽傷の海士が二人ほどですが、それよりも機械室が浸水してしまいまして…。」

ディーゼルエンジン冷却用のパイプから水が溢れ出し、今は排水作業に追われているのだという。

「じゃあ、けがをした海士の手当てと排水作業を進めて。できるだけ迅速にね。」

「はい、わかりました。」

さて、どうしようかな。不安そうな三咲の顔をうかがいつつ、電話をとった。

「三滝さん、水上の様子はわかりますか?」

『さきの爆発で、水上艦をロストしてしまいました。申し訳ありません。』

「いいえ、気にしないでください。何かあったら伝えて…」

『あっと…!?前方から、推進音が多数聞こえます。…距離は10000以上です。』

梓の声を遮っての報告。今度は複数…

 さっきの恐怖がよみがえってくる。意味のわからない電話、攻撃、爆発…

「…。」

どうしていいかわからない。艦長としてのプレッシャーを、ここまで重く感じたのは初めてだった。

「困っていたら、相談してください。」

はっと顔を上げると、理紗が笑顔を見せて立っていた。

「…また、いきなり攻撃されるかもしれないと思うと、みんなをケガさせちゃいそうで。」

正直に出てしまった言葉。

「いっそのこと、浮上してみたらどうでしょうか?損傷していますし、攻撃の意思がないと解ってもらえれば…。」

「うーん…」

理沙の言ってることはもっともだ。だが、どうも一歩踏み出せない。

 しばらく、CICは静かだった。誰も一言の声すら出さない沈黙の部屋と化したCIC。

『…艦隊、接近してきます。距離5000。』

三滝の声が、やけに大きく響いた。

「…よし!」

すっと視線を前に向ける梓。拳は堅く握り締められていた。

「浮上します。ベント閉鎖、メインタンクブロー!」

「メインタンクブロー!」

三咲の高い声と共に、フワッと浮くような感覚がきた。

「ありがとう、理紗さん。」

「いいえ。艦長だからといって、全てを背負い込む必要はないのですよ。」

やさしい微笑みを返してくれる理紗。気持ちが落ち着いた。

「深度200…190…180…170…」

深度計を読む海士の声。

「誰か、白旗の準備をお願いします。攻撃意思がないことだけでも伝えたいと思います。」

「アイサー!」

海士の一人が、艦内奥へと駆けていった。誰も命を無駄にしたくはない、助かる方法があるならそれにすがりつきたい。たとえ、その手段が降伏であったとしても…。

「深度50…40…30…20…」

「船体、浮上します。」

梓は足を踏み出した。行く先はセイル頂上、「つきしお」で最も高い場所だ。

“ザザア…”

浮上する時の音を聞きながら、セイルへのハッチを開ける梓。ドキドキで腕が震える。

 身を出すと、辺り一面真っ暗闇だ。…いや、前方に小さな灯かりが見える。

『酸素補充開始します。』

『機械室の排水作業急げー。』

艦内の指示が電話を伝って聞こえる。

「機関前進微速。」

艦内の揺れを抑えるため、微速の指示を出す梓。

「艦長。」

下から声が聞こえた。白い布を持った海士。

「私がやります。ありがとう。」

布を受け取ると、背後の潜望鏡へと巻きつけた。黒い空にたなびく白い旗…。

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