12.成功と失敗
“ズバン!”
発射管を離れた2本の短魚雷は、コイルの尾を引きながら海中を進んでいく。
『本艦の魚雷、航走中!命中まで3分!』
“シャアアア…”
「機関、逆進してください!」
「アイサー!機関、逆進一杯!」
モーターの音が再び艦内を満たし始める。前へと押し出される身体。
次にとるべき行動は…?必死に考えをめぐらせる。
「理紗さん、接近中の敵魚雷に本艦の魚雷を当てる事は可能ですか!?」
そんなムチャな、と海士たち。相対速度は軽く100ノット、失敗すれば無駄撃ちになるどころか魚雷回避の手段が…。
『…難しいです。』
理沙の重苦しい声、一言だけが返ってきた。
「わかりました。…大変なこと言ってしまってすいません。」
ゴメン、理沙さん。やっぱり自信ないよね…。
『魚雷がすれ違います!』
“ゴオオオ…!”
“シャアアア…!”
魚雷がすれ違う瞬間。お互い、全く気にもせず、ただただ母艦からの誘導に沿って突き進む無機質な魚雷たち…。
『潜水艦、動き始めました!急速転舵します!』
“カチッ”
“ピーン!”
魚雷がピンガーを放った。コイルが切られ、自律誘導へと切り替わる魚雷。
「急速転舵!面舵一杯!機関停止!」
「アイサー!面舵一杯!」
「機関停止!」
急回頭で魚雷を回避しようとする梓。
「マスカー起動!」
“ドボボボ…”
泡が「つきしお」を包んでいく。魚雷のピンガーを吸収するには十分な隠れ蓑となってくれた。
『魚雷、速度を落としました!回避できたようです!』
「ふぅっ…。理沙さん、魚雷を自爆させてください。」
“ズズウーン…”
魚雷の爆発音。…結局、潜水艦を沈めることに抵抗を感じずにはいられなかった。
『潜水艦、180度転舵しました。…退いていくみたいです。』
三滝の安心したような声。
梓にも、ちょっとした安心感が生まれた。私だけじゃない、いくら自分を攻撃してくる相手であっても、沈めたくないのはみんな同じなのだと。
「艦長、酸素残量が残り僅かです。すぐに浮上しなければ…。」
海士の声がした。
「水上はどうなってるんだろ…。」
海中からの攻撃には対処できたが、海上での戦闘はどうなったのであろうか?奇襲を受けた格好になった艦隊の無事が気になる。
「三滝さん、水上の様子はどうですか?まだ戦闘は続いているみたいですか?」
『…いえ、315部隊が徐々に再集結しつつあります。…旗艦タイタンの針路は、2-4-0です。』
「わかりました。…針路を2-4-0に取ります、潜水艦が10キロ離れたら微速前進。」
「アイサー。針路2-4-0への転舵用ー意。」
「機関始動用ー意。」
“ザバァ…”
浮上した「つきしお」。眼前の艦隊は…、
「…。」
駆逐艦グレイプ、ミマスの姿がなかった。ついこの間、姿を見たばかりの艦。だけど…
「…。」
寂しい気持ちがした。夜明け前の空を見ると悲しくなる、そんな変な癖を持ってる梓。でも、それ以上に何かが寂しかった。
すぐ前をテレストが航行している。
『動力をディーゼルにスイッチ!』
『…スイッチよーし。』
『バッテリーの充電開始できました。』
『酸素補充を始めます!』
電話から伝わる、艦内の動き。みんな、感慨にふける間もなく自分の仕事を黙々とこなしている。
さっきの戦闘、自分は一体何ができたのだろうか?殺めたりしなくてもいい方法…。確かに、私は相手の潜水艦を沈めずに済んだ。ダメージを与えることなく、撤退という最高の状態に持っていくことができた。
「…でも、…でも、」
味方からすれば、貴重な魚雷を何本も使って仕留められたはずの潜水艦を逃がしてしまった。また攻撃を仕掛けてくるかもしれぬ脅威を、みすみす取り逃がしたのだ。
「だって、…だって、」
何が正しいのか、わからなくなってきた。相手のことを考えれば味方に迷惑だし、かといって…。
“カン…カン…”
「梓さん。」
理紗がハッチから顔をのぞかせていた。周囲が暗くとも、微笑んでいるのはわかった。
「三咲さんのところへ行きませんか?」
「あ、うん…。」
ここに誰かいないと、と思った。でも、断れなかった。
艦内に下りた二人。
「梓さん、悩むことはないと思いますよ。」
「え?」
まるで梓の考えていることを読み取ったかのような言葉。
「私たちは、相手を沈めなくて済んだのですから。」
「でも、その代わりに…。」
ミマスのことが思い浮かぶ。私が迎撃できなかった魚雷で…。
「仕方ない、という風には言えませんけど…。終わってしまったことよりも、次のことを考えるべきではないでしょうか?」
「だって、味方の艦が沈んで…!」
梓の強い口調に、口をつぐむ理紗。
「あ…、ご、ごめんなさい…。」
「…お互い、伝えたいことがうまく伝わりませんね。」
やっぱり、犠牲は出ちゃうのかな…。戦場ってのは、どうしてこうも残酷なんだろう…。
“コンコン”
「三咲さん、入りますよ。」
ドアを開け、三咲の部屋へと入る。ベッドで寝息をたてている三咲がいた。
「…顔色は落ち着いてきていますね。」
「そうだね、真っ赤だったもんね。」
体温計を取り出し、そっと腋へと挟む。
「私も寝てもいいですか?なにぶん、昨日の昼から起きっぱなしなので…。」
「そんなに起きてたの?理沙さんこそ大丈夫なの?」
「ええ、まあ…。」
「いいよ、無理しないで。」
それではと、自分のベッドである上段へと上がる理紗。
「あ…。」
「どうしたの?」
理紗が自分のベッドを指差す。
“スー…スー…”
「あ、優希さん…。」
優希が静かに寝息をたてていた。
「おそらく、ずっとここで三咲さんを見ていてくれたんでしょうね。」
普段、友達には冷たいといってもいいくらいの優希。
「なんか、おかしいね。」
「ええ。でも、優希さんらしいですね。」
見えないところで友達の心配をする優希。なんだか、違った人に見えた。
タイタン士官室―
数人の幹部が集まる士官室。屈強な男たちが、真剣は表情で話を進めていた。
「あと半日と少しで、レミリア港に到着します。」
「ようやく、脱出の目処が立ってきたな。」
「油断は禁物だ。陸上からの情報では、大規模な艦隊を目撃したと言うのもある。」
大きな海図を目の前にして、話を重ねる男たち。
「あの潜水艦はどうしますか?」
「敵潜への対処を任せよう。発見できるだけでも、被害は抑えられる。」
「しかし、乗員が女性なのが原因なんですかね?攻撃意欲がないと言いますか…。」
心配そうな顔をする男。
「そう言うな。我々はすでに3隻の味方を失っている。これを無駄にしないためには、例え張子の虎であっても戦力は必要だ。」
「うむ。…レミリア港で補給後、できる限りの速さでアインシアのリムサイド港へと向かう。いかに速く到達できるかがカギだ。諸君の健闘を祈る。」
「ハッ!」




