11.焦りと落ち着き
『本艦の位置、315部隊中心部と5キロ離れました!』
三滝の声が飛んでくる。今だ!
「機関停止!…三滝さん、ピンガーを打ってください!」
“コオーン…”
モーターの音と入れ替わりに、CICにも僅かに聞こえたピンガーの音。
「いなければそれでいい…。」
手を合わせ、そう願う梓。戦う相手がいなければ、戦う必要性も犠牲も生まれない…。
が、現実は願いどおりにはいってくれなかった。
『本艦針路上に潜水艦探知!距離6000!本艦と同深度です!』
深度計に目を向ける梓。現在深度は100。やはり315部隊へ攻撃を加えるために…。
『魚雷発射管注水音が聞こえます!潜水艦は魚雷発射準備に入っています!』
ざわめくCIC。完全に相手の攻撃を誘ってしまった。
「艦長!浮上して水上艦に伝えましょう!」
「だめっ!そんなことしてたら、私たちが沈んじゃうよ!」
高く、悲鳴にも似た声が飛び交うCIC。真っ青な顔をしてる海士もいる。
「相手は315部隊を狙ってるはず…。だとしたら…。」
梓はひとり考えた。潜水艦が「つきしお」からピンガーを受けたのだけはイレギュラーだったはず…。つまり「つきしお」を攻撃する予定じゃないのだから…。
「魚雷発射管室!聞こえますか!?」
電話に鋭い声を吹き込む。程なくして、理沙の聞きなれた声が聞こえた。
『はい、聞こえていますよ。』
「短魚雷を装填してください!本数は6本、有線誘導でお願いします!」
『わかりました。でも、距離があるのでしたらアクティブホーミングの方がいいのでは…?』
「いえ、向こうが撃ってくる魚雷に当てます!…理沙さんの腕を頼りにしてます!」
考えた末の結論だった。315部隊への攻撃を想定してあるなら、必然的に魚雷管に詰め込まれているのは長魚雷ということになる。あとは315部隊へ攻撃するにせよ、「つきしお」を狙うにせよ、機動性が比較的鈍い長魚雷なら迎撃できると思ったからだ。
『…わかりました。魚雷を狙ってみます。』
理沙の低い声が聞こえた。無理な注文しちゃってゴメン…。でも、信じて欲しい。
『潜水艦より魚雷発射音!…6本きます!距離5700、雷速45ノット!』
「どっちに撃っていますか!?本艦ですか315部隊ですか!?」
『…315部隊が狙いのようです!方位2-6-0!』
「わかりました!…魚雷発射管室、装填が出来次第注水、発射してください!」
ソナーディスプレイに目がいく。
「魚雷…、先には…、タイタン…。」
巡洋艦タイタンが狙われてる。相対距離にして、およそ9000メートル。
「遠いから…、外しても当たらない…よね?」
自分を安心させるかのように言い聞かせる。もちろん、長魚雷において8000メートルと言う数字は決して遠いものではない。
『1番から6番管まで、短魚雷装填完了!注水開始します!』
急いで…。手に汗を握る梓。
“ドボボボ…”
「機関微速!艦首を魚雷の方向に向けてください!」
『外扉解放。…1番から6番発射!』
“ズバババン!”
連続的な音から、魚雷が放たれていく。「つきしお」から尾を引きながら海中を突き進む、6匹の獰猛な魚たち…。
“シャアアア…”
『本艦の魚雷、潜水艦の放った魚雷へと向かいます!』
「理紗さん、そのまま1番に囮魚雷を再装填してください。こちらへの攻撃に備えます。」
『了解しました。1番発射管に囮魚雷を装填します。』
落ち着いた声で指示を出す。
「機関半速。これより潜水艦を無力化します。」
この行動は、梓の思いつきだった。「つきしお」が潜水艦と対峙すれば、315部隊はその処理を「つきしお」に任せてくれるかもしれないと思ったからだ。
甘い考えた方なのはわかりきっていた。
「でも二人があんなに悩んでいるのに、艦長の私が何もしないっておかしいよ…。」
ついこの間の士官室を思い出し、ボソリと小声が出る。
その間にも、魚雷は海中を突き進んでいく。17歳の少女とはいえ、理沙のその腕は磨き上げられた技術の塊だ。
“シャアアアア…”
タイタンに迫る長魚雷。それに「つきしお」の短魚雷が喰いついた。
“ドォーン!”
“グワッ!”
次々と信管を起動させ、その炸薬を爆発させる短魚雷。衝撃波は長魚雷を破壊するのに、十分な威力だった。
“ドゴーン…”
真ん中からへし折られるものや、弾頭の誘爆をさせられるもの。
“ジャアア…”
爆圧で向きを変えられ、強制的に海底へと向かわせられるものと様々だった。
『短魚雷、全弾爆発!長魚雷の誘爆を確認!』
はぁ、とため息が出る。浅はかと言えばそうかもしれないが、味方のピンチを救うことができた。
「機関停止してください!潜水艦から姿を消します!」
音に隠れるという癖が染み付き始めている梓。
…味方を救えた、はずだった。
『…!長魚雷一発、そのまま航走します!駆逐艦ミマスへの命中コース!』
ソナーディスプレイ上で重なる、“Mimas”と魚雷のグリップ。
「やめてっ!」
思わずこぼれ出た悲鳴。
“ズドーン!”
不意打ちを喰らったミマス。艦舷にそびえ立つ水柱。
“ゴウウン…”
離れた「つきしお」にも、その音は確かに伝わってきた。
「…。」
うつむいてしまう梓。
大丈夫、梓のせいじゃないよ。そう声をかけてくれる人物が、今は隣にいない…。
その頃、優希は三咲のそばを離れられずにいた。
「おい、全然歩けてないぞ。」
「そんなの…知ってるよ…はぁはぁ…。」
優希に支えられつつ艦内を歩く三咲。顔は真っ赤、握る手は異常に熱かった。
「一人でいけるのか?」
「トイレの中まで…付き添わせること…できるわけ…ないじゃない…。」
フラフラしながら、トイレに入る。
“パタン”
「おえええ…!」
ハー、と優希。無茶するなよ三咲さん、どう見たって悪化してるんだから。
「このままじゃ、真水はスッカラカンだな。」
腕組みをしつつ、外で待つ優希。
『魚雷発射管への注水音を探知!さきほどの潜水艦です!距離4500!』
CICに飛び込む三滝の声。ハッと顔を上げる梓。
「理紗さん、短魚雷は何本残っていますか?」
もらってすぐに2本、そしてさっき6本。ということは…、
『残り2本です。…装填しますか?』
迷いが生まれる梓。315部隊への再攻撃を許せば、また僚艦が沈められてしまう。でも撃てば…
『魚雷発射音!…2本のキャビテーションノイズ!目標は本艦です!』
潜水艦は「つきしお」を狙ってきた。もう、一つでも判断を間違えれば…
「…短魚雷を装填してください。2本とも潜水艦に撃ちます。」
頭は真っ白の一歩直前まできていた。残り僅かな思考力で、順番にやるべきことを整理する。
「まずは魚雷を回避しなきゃ。本艦が機関を止めていた以上、推測で撃たれた有線誘導…。」
とにかく、考えるしかなかった。何かしなきゃ、そんな気持ちだけが無性に働く。
『誘導方式はどうしますか?』
「…有線誘導でお願いします。おそらく向かってきている魚雷は有線誘導です。コイルを切らせようと思います。」
『わかりました。2番と3番に短魚雷を装填します。』
頭に思い浮かんだ言葉を並べていく。距離は約4000を切ったところ、あと3分で…。
『魚雷の装填完了しました。注水開始します。』
“ゴボボ…”
「注水が出来次第、扉を開けてください。すぐに発射します。」
CICは落ち着きを取り戻していた。艦長である梓が落ち着くことによって、クルーにも心の余裕が生まれているのであろう。だが、それを梓自身が実感するにはまだ難しかった。
『注水完了です!外扉解放!』
「発射してください!」




