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1.潜水艦と少女たち

 『朝のニュースです。昨日、海上自衛隊の護衛艦が長崎県沖で所属不明の潜水艦を探知しました。』

朝のニュース一番に流れる、潜水艦探知の知らせ。これが初めてではない、すでにこのような状況は半年前からだった。

 20XX年、日本は近隣諸国との緊張状態に頭を悩ませていた。連日のように伝えられる近隣諸国の訓練報道、防空識別圏への所属不明機の接近、そして領海付近にまで及ぶ艦艇、とりわけ潜水艦の接近…。

 防衛能力の向上が急務となった日本。もちろん、政府が決め国民が納得したとしても、急に戦闘機の数が増えるわけでもなく、護衛艦の建造予算が出てくるわけでもなかった。


 ただ唯一、日本にとって不幸中の幸いとなったのは国民の国防意識が向上したことである。特に若者は素晴らしく、一刻も早い自衛官増員がしたい政府の考えと一致してくれたのだ。「防衛高校」、つまり自衛隊の高校ができるほど自衛官の希望者は急増していた。

 そんな中…


 「…それで、潜水艦の方は?」

“防衛会議”と称された、「日本防衛機密会議」。総理大臣、防衛長官、各幕僚長などといった、日本の防衛を担うトップたちの姿があった。

「残念ながら、まったく数が足りておりません。」

海自幕僚長が発言する。

「来年度の予算で、潜水艦4隻もの建造が認められたじゃないか。それでも足りないというのか。」

「いえ、潜水艦自体は足りております。足りないのは乗員たちです。」

「人員はたくさんいるだろう。何の言い訳だ?」

「言い訳ではありません。潜水艦は特殊な技能を要します。適正がなければ乗員にすることはできません。」

まったく、と声を漏らす陸自の幕僚長。

「もちろん、我々海自は予算を無駄遣いするつもりはありません。ひとつ、ご意見をいただきたいものがございます。」

「ほう。」

総理が身を乗り出す。

「潜水艦というのは、プライベートがほとんどありません。つまり、水上艦艇のように男女で乗艦することが難しいのです。」

「それで?」

「女性自衛官が我々海自にも急増しました。これらを踏まえ、一部潜水艦の乗員を女性のみとすることを提案いたします。」

「もっと特殊なことかと思えば…。」

「ピンとこないかも知れませんが、これは潜水艦史に一石を投じることになるでしょう。原潜への乗艦はあっても、スペースの狭い通常動力潜への乗艦は…。」

「まあいい。それでこと足りるならいいだろう。」

「そうだな。私も賛成だ。」

「試験的に行うことが前提であれば…、私も賛成しよう。」

全会一致で決まった。

「ありがとうございます。」

苦し紛れの提案であったが、状況だけに通ってしまうのかと内心ホッとした幕僚長。


 時は経ち、とある日の呉港―

“ドドドドド…”

艦尾から水しぶきを上げ、一隻の潜水艦が出港して行った。晴れ渡る呉の太陽を浴びて、船体が黒光りしている。

 セイルプレーンの頂上、そこに立つのは屈強な自衛官。…ではなく、まだあどけない顔をした少女だった。セミロングというのか、黒髪が潮風になびいている。

「艦長、航海長がお呼びですよ。」

ハッチから顔を出すのは、こちらも少女だ。

「え…、あ、うん。今行きます。」

艦長と呼ばれた少女は、ハッチから顔を出した少女と入れ替わりに艦内へと下りていった。

「なんか…、艦長って呼ばれると緊張するな…。」

「だって、艦長は艦長でしょう。…里道三尉の方がいいですか?」

「で、できればそっちの方がいいけど…。」

作り笑いをしながら、下りていった。

 「よいしょっと。」

タンッと艦内に下りる。周りを見れば少女ばかり。この潜水艦には、少女しか乗っていないのだろうか…。

「三咲さん、呼んだ?」

三咲、という名前に反応したロングヘアーの少女。

「呼んだ呼んだ。ここからってさ…」

なにやら紙で説明を受ける。

「じゃあこれでいいね。名前書いておいてね。」

「え、これって三咲さんが書くんじゃないの?」

「何言ってんの~、梓が書くものでしょう?」

「あ、うん。」

渡されたペンで、“里道さとみち あずさ”と名前を書いた。

「じゃあ私、CIC行ってくるから。ここお願い。」

「大丈夫!この長原ながはら 三咲みさき航海長にまっかせなさ~い!」

自身満々そうに胸をドンと叩くのを見て、アハハ…と苦笑を浮かべながらドアをくぐる。


 “コンコン”

「入れ。」

「失礼します。長原 三咲 航海長兼副長、出頭しました。」

ビシッと敬礼する三咲。

 士官室には、この艦たった一人の男性である教官と、艦長である梓がいた。士官に集合がかかっているのだ。

“コンコン”

「入れ。」

「失礼いたします。霧村きりむら 理紗りさ 水雷長、出頭しました。」

「同じく時雨しぐれ 優希ゆうき 機関長、出頭しました…。」

後から入ってきた優希は、今にも立ったまま寝そうな雰囲気だ。

「よし、では明日の説明を始める。」

教官がチャートを広げた。

 自衛隊新人技能大会、俗に新人戦と呼ばれているこの大会。陸海空問わず自衛隊候補生、あるいはなりたての者たちが自らの技量を争う場として設けられた場であった。

「スタート地点はここだ。私はこのポイントでヘリに乗るから、そのままスタート地点まで向かうように。」

「はいっ。」

「では私はここを出るから、四人で明日について話し合うように。」

「はい。ありがとうございます。」

パタン、と教官が士官室を後にする。

「いよいよ、自分たちだけで艦を動かすのかぁ~。」

「うぅ…緊張する…。」

嬉しそうな三咲とは対照的に、引きつっている梓。

「大丈夫ですよ、梓さん。みんな信頼してますから。」

「寝る。」

「あっ、ちょっと!優希寝ちゃだめでしょ!」

「くかー…」

防衛高校二年生、17歳のまだまだ少女たちのひとコマ。


 彼女らが乗るのは、海上自衛隊の潜水艦「つきしお」である。退役した「おやしお」にAIP(:燃料電池)の搭載、女性の乗り組みを前提とした改装、その他電子機器の高度化等々を行った艦っであり、現在は練習艦としてひっそりと復帰の時を待っている状態だ。

 その乗員は、全て防衛高校二年生の女性生徒である。幹部も海士も17歳の少女たち。だが、中身は多くの希望者から選抜され厳しい訓練を積んだサブマリナーたちだ。その技量はすでに、単独での航海すら行えるほどに達していた。


 “ガチャ”

梓は艦長室へと入った。狭いながら個室が持てるのは、艦長の特権である。

「明日か…。うまくやれるかなぁ…。」

ベッドに仰向けになり、天井を見つめる梓。不安そうな顔つきだ。

「艦長艦長って…、まだ慣れないなぁ…。」

はぁっ、っと一つため息。技量はあっても、17歳の少女には荷が重かった。

“コンコンッ”

「どうぞ。」

「入りまーす♪」

陽気な声で姿を現したのは、

「三咲さん、どうかしたの?」

「だって梓がうかない顔してたから、励ましてあげよーかと思って。」

「え?そんな顔してた?」

「してるよー。ホーラ、いつまで経っても心配性なんだから~。」

そう言って、いきなり梓の頭を撫でる三咲。

「うあぁ!?」

「ほらほら~、いーこいーこ♪」

「恥ずかしいよぉ…。」

「誰もいないじゃん♪」

三咲はこうやって、人を明るくするのが得意だ。まあ、手段はどうかと思うが…

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