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Moon phase  作者: 檸檬
帝国魔術研究所
98/123

New moon vol.15 【虐殺の深夜】

 魔昌蒸気船、帆を持たぬ独特な形状の船、帝国でも数少ない船が目の前に浮かんでいる。


 黒塗りの船体に拘束された奴隷が運び込まれていく。黒塗りなのは見つかる可能性を低くする為か、その色も相まって不気味な雰囲気を醸し出している。

 少し前に馬車から降り、あぜ道から外れ見つからないよう暗闇に紛れその光景を見ている。幸か不幸か髪も目も黒くなった為、日が落ちた今、私を見つけることは不可能だろう。


 研究所の所員だろうか、それとも雇われた傭兵だろうか、10名程度の男が周囲を警戒し、歩き回っている。

 舗装されたような港ではなく、砂浜に小船で近づき、奴隷を運んでいるようだ。魔術の光りでぼんやりと辺りを照らしながら小船に乗ってきた男と何かを話した後、奴隷を積み込んで行く。話しをしているのは先ほどの御者の男だ、此方の事を話す可能性もあったが、スオウより貰った資料にはあの男の弱みも書いていた。


 貧しく養うことが出来ない娘のためにこの様な非合法の仕事をしている様だ。案の定娘の名前を出したら直ぐに従順になった。 

 

 この場で取り押さえたい所だが、知らぬ存ぜぬで済まされる可能性が高い。やはり潜入し明確な証拠を掴む必要がある。


 しかしなぜ魔昌蒸気船がここにある、フォールス家が売ったのか? いやそれは無いだろう、あの家がこのような足が付く可能性が有るところに使うとは思えない。カナディルが関わっているのだろうか、あの国も一枚岩ではない、不思議なことではないが……。


 ゴォォン、と夜の海に響き渡る音が聞こえ、海上に浮かぶ魔昌蒸気船のタラップが外されていく。そろそろ出航の様だ、さて、動くとするか。


 船が水平線上にギリギリ見える位置に来た所で隠れていた所から飛び出す。砂浜を滑るように走り抜け、おそらく出航していた事で油断していたのだろう、此方に気づきもしない男に近づき、剣を抜刀し一人、返す刀で横を歩いていた男を切り二人、そして延ばした刀身で三人。声を上げる間もなく瞬殺する。


「な、何者だ! てきっ……」

 漸く気づいた男が言い終わる前に首を刎ねる。この時点で一人目に切った男が倒れ、その倒れ込む音と先ほどの男の声で一気に騒がしくなる。


「さて、一人生きていれば十分だろう。少し話を聞かせてもらうぞ」

 およそ時間にして2分、そこに居た男達は御者の男ともう一人を残して全て事切れていた。


「ぐぅ……、お前何者だ……、この様な事をして、唯で済むと思っているのか……」

 千切れた腕を押さえながら這い蹲り、此方を睨みつけてくる男、灰色のローブは真っ赤に染まっており、すぐに治療しなければ命に関わるほどの出血量だ。


 逃げようと考えているのだろう、懐から何かを取り出し投げつけようとした瞬間、剣を振るい。その男の指を斬り飛ばし、そのまま流れるように耳も同時に切り飛ばす。

 

「ぎゃあぁぁああっ」

 悲鳴を上げて人差指と中指の無くなった手で耳を押さえる男、すでに持つ事も出来なくなった手から零れ落ちたのは何かの球状の道具、おそらく煙玉かそれに近いものだろう。足でその球状の何かを遠くまで蹴り飛ばし、悲鳴を上げる男に近づく。 


「何かされる可能性があるのか? 誰が何をしてくるのだ? 後ろに付いているのは誰だ?」

 耳を押さえながら転げまわる男の顔を足で踏みつけ、砂浜に押し付ける。力が強すぎたようで半分ほど顔が埋まり、意識が混濁したようだ。口から血の色をした泡を吹きながら涙を流している。


 起きろ、と顔面を蹴り上げ覚醒させる。鼻は潰れ血が止め処なく流れている。


「ぎがっ、ぐっ、はぁっ、はぁっ……、し、しらねぇ。俺達は雇われただぎっぁっ」

 ドス、と今度はふくらはぎに剣を突き刺す。ぐりぐりと捻る度に悲鳴を上げる男を冷めた目で見つめながら拷問を続ける。 


「知らないという回答は聞いていない。何かされる可能性があるのか? 誰が何をしてくるのだ? 後ろに付いているのは誰だ? これだけ答えろ」

 ズブリ、と血に染まった剣をふくらはぎから抜き、首元に当てて先ほどと同じ質問をする。


「ほ、ほんとうに知らないんだ、ま、まてまってくれ! 元老院の連中が関わっているとかいう噂を聞いたことがっ」


「なに?」

 目が細まる、元老院、帝国のご意見番、相談役、宰相とも言われる5人の老人達。彼らの権力は帝王の下ではあるが、相談役としての立場もあり帝王も知らぬ部分が多いといわれている。彼らが動いているとなると面倒な話になる。

 所詮噂だとは思うが、調べてみる必要があるか。研究所に関係している資料が見つかれば一番良いのだが。


「う、噂だから俺も本当か知らない、知らないんだ! 助けてくれ、死にたくない、まだ死にたくないっ!」

 考えていた所で踏みつけていた男から叫び声が上がる、鼻から血を流し、耳は切り取られ、涙を流しながら必死に懇願してくる。


「他には?」


「ほ、ほか? ほかは知らない、何も知らない、頼むたすけっ」

 スパン、と剣を振り首を刎ねる。面白いように血が吹き出る様を見た後、腰を抜かして此方を見ている御者の男に声をかける。


「そうやって助けてと懇願してきた人を何人売って来たのだろうな。なぁ?」

 にやりと笑い後ろで震えている御者の男を見る。恐怖で顔は引き攣り、目が合うとひぃ、と悲鳴を上げている。


「死体の始末をしておけ、砂浜を適当に掘って埋めておけば良い。しゃべればわかるな?」

 壊れた機械のようにぶんぶんと頷く男を横目に、もう豆粒のようになってしまった船を見る。剣を鞘に仕舞い、一息付く。

 遠めに見える船、夜の暗闇のため、強化したこの目でもぼんやりとしか見えないが、それだけで十分。ぐっと足に力を入れ、砂浜を蹴り上げ、船に向かって海上を走り出した。


 距離にしておよそ5キロ程、あまり水飛沫を上げなければ見つかる可能性は低い。そのまま船の船尾に張り付けば良い。適当に小刀でも差し込めば暫く張り付いていられるだろう。


 段々と大きくなっていく船のシルエットを見ながら、懐から手の平サイズの小刀を出し、海上を駆けていった。









◇◇◇◇◇








―――――ゴン


「ん?」


「どうした?」

 深夜の当直、暗い甲板の上を警戒しながら見回りをしている二人の男。雑談をしながら歩いている所で片割れの男が急に足を止め、耳を澄ませている。

 その仕草に不審に思ったもう一人の男が声をかける。


「いや、今なんか音がしなかったか?」


「そうか? 全然気が付かなかったが」

 腕を組みながら悩み、答えてくる男、だがどうやらもう一人の方は何も感じていない様子。


「気のせいか? 船尾から聞こえたような気がしたが」


「飛魚でもぶつかったんじゃねぇのか? もしくは幽霊だったりしてな」

 船尾の方を見ながら眉を潜めて聞いてみる。あまり深刻に考えていないもう一人の男が茶化したように言ってくる。だが正直この男の言っていることが正しいだろう。幽霊は無いだろうが。


「ふざけてる場合か、まぁ飛魚が可能性として高いだろうな。一応見てくるよ」


「おう。気をつけてな」

 はぁ、とため息を付いた後少しだけ小言を進言し、念のため見てくることにする。手を振り頑張れと声をかけてくる男に返事を返し、船尾に向かって歩き出した。


 船尾に着いたその男は魔術で灯した明かりを前に出し、船尾を覗き込む。船尾は反った形状をしており、真下を見ることは出来ない。当然ながら男もその様な所を見るつもりは無い。航海時間はおよそ半日だ、その間ずっとへばり付いて入れる者なぞ居るわけも無く、また出航時に確認した時にはなにも問題は無かった。


 船尾の甲板には何も問題が無かっため、おそらく飛魚がぶつかったのだろうと結論づけ、先ほどの巡回に戻る事とする。


 彼に非は無い。海上を走りぬけ、半日だろうが数日だろうが余裕でへばり付いていられるだけの力と体力を持った人間がそうそう居る訳が無いのだから。


「ふぅ、危なかったな。さすがに到着する前に皆殺しはばれるのが早すぎる。奴隷の売買は非合法だから彼らを殺した所で問題は無いが、繋がりが消えてしまうのは困る。さらに警戒レベルが上がっても困る」

 だいたいスオウ共のせいで研究所の警戒レベルは鰻登りだ、その状況で潜入をさせるなど私をなんだと思っているのだ。私をどういう目的で使うつもりか知らないが戦術が戦略を上回る事を教えてやろう。次は油断は無い、貴様の思惑事叩き切ってくれる。

 

 とりあえず島が見えてきたら一度海に降りるべきか。濡れるのは嫌だが警戒状況によっては潜っていくしかないか。鮫が大量に生息しているようだから潜って近づく人間に対しての警戒は甘いだろう。むしろ空飛ぶ船の件もある、上空に対する警戒を強めているはずだ。


 鮫程度なら素手で殺せる。さほど問題は無い。


 ぶらりと船体に突き刺した剣にぶら下がり、欠伸をする。おそらく到着まであと数時間かかる、ここで仮眠を取っておくか。

 目を瞑り体力を回復させる、疲れることは特にしていないのだが休める時に休むのが戦士としての最低限の鉄則である。彼女の場合たとえぶら下がりながらでも周囲の警戒をしながら睡眠を取る事など造作も無い。


 アルフロッド等とは違い、正規の戦士としての育成、そして情報機関の特殊部隊としても育成が彼女の力をより強めていた。

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