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Moon phase  作者: 檸檬
白銀のラウナ
97/123

New moon vol.14 【潜入の前触】

 父を殺されました、大切なものを奪われました。暖かかった家は今や無く、暖かかった家族はもういない。

 悪かったのは誰、きっと父が悪かった。それでも私にとっては優しい父だった。


 力無い者は落ちていく、坂道を転げ落ちるようにごろごろと。まだ14歳にしか過ぎなかったが需要はあった、だから私は体を売る。それしか私の価値は無いのだから。


 ある日、私の何が気に入らなかったのか癇癪を起こした客が居た、気を失うまで殴られ、犯され、溜めていたお金も全て奪われた。そして気づいた時には路地裏にゴミの様に捨てられており、左目が見えなくなっていた。

 病院に行くほどの金も無く、目を失い、腫れ上がった顔の私を好む男性は居なかった。

 膿んで行く左目はどんどんと醜悪な顔に変えて行く、その為客を取れない日々が続く、食事は盗みを働くしかない、しかし所詮は女の身、失敗する事のほうが多かった。


 失敗すれば怪我が増える、そしてタチの悪いのに捕まりペットのように飼われて慰み者とされた。


 あぁ、これが奴隷か、これが父の売っていた物か、しかし私が何をしたと言うのだろう、私が悪かったのだろうか、世界が悪かったのだろうか、あの男が……悪かったのだろうか。


 首に繋がる鎖をぼんやりと見つめながら残飯以下の食事に目をやる。もはや食べる気力も無くこのまま死ぬ事を望む。


 目の前にある鉄の扉がキィ、と音を立てて開かれる。ああ、時間が着たのか、もはや何も感じなくなった体をサンドバックのように嬲り、罵詈雑言を浴びせ満足したら帰るのだろう。いっその事殺してくれれば、と思った時、部屋に入ってきたのはいつもの醜悪な男とは違った。


「だ……れ……?」

 長い銀髪に赤い目、剣を右手に持ち、良く見ると少し血に濡れている。屋敷の明かりと地下室の暗闇、逆行となり顔全ては良く見えない。


「……これがお前らの行った結果の一つだ」

 凛と響く声、地下室に透き通るように響いたその声を聞いた後、世界は暗闇に閉ざされた。




 地下室に崩れ落ちる体、年場も行かぬその子は年齢よりも上のように思える疲れた顔をしており、そして体はその年齢の半分しかないと思われるほど痩せていた。

 両腕と両足が切り取られており、もはや……。


「せめて安らかな眠りを」

 チン、と剣を鞘に治めそこを後にする。後始末は部下が行うだろう。


 事切れたその顔は、初めて年相応に思えるような笑みを浮かべていた。










◇◇◇◇◇










 帝国魔術研究所、帝国における魔術理論の発展の為に建てられた帝国直属の研究機関である。その機関に対する内部調査が珍しくも軍事部門諜報部(シャドウ)帝国独立特殊諜報部隊(ファング)合同で行われた。


 結果は白、法外な研究は行われておらず、多少金遣いに問題はあったが綺麗なものであった。当然の話ではあるのだが。


「向こうから良いですよ、って言っておいてボロが出る訳はねぇな」

 査察が終わった後、報告資料を見ながらがりがりと頭をかき、欠伸をする。


「隊長宜しいので?」


「宜しいも何も、白なんだから宜しいんだろうさ」

 帝国独立特殊諜報部隊(ファング)の隊長アベル=ブローズが眉を顰めて部下に返答を返す。そもそもの彼に与えられた職務は、発覚した場合の部下の始末だ、むしろボロが出なかったことに安堵しているくらいである。


 この甘さが諜報部の頭として不適合ではあるのだが、決断した事は最後まで行う男だ、その辺も上は理解しているのだろう。


「自国民すら敵に回して何をしているんだかね」


「どうかされましたか?」

 呟いた声を何かの指示かと思ったか、疑問顔で聞いてくる部下になんでもない、と返し現場を後にする。シャドウの連中はおそらく【Crimeクライム】の襲撃も視野に入れているのだろう、物々しい装備と人員が派遣されている。

 

 帝国の部隊もいくつか常駐しており、今帝国魔術研究所は戦時中の要塞の様になっている。


 だがしかし彼らが乗っていた空を飛ぶ船、それに対抗する為にはまだ弱いだろう。おそらく研究所は実験をするつもりなのだ、彼ら【Crimeクライム】を相手に新兵器とやらを。


「さて、此処で終わるのか、それともこの戦力差を覆すのか。新兵器とやらがどれほどの性能かは知らないが、無謀に挑むほど愚かではないだろう」

 そしてそれを理解していないほど相手も愚かでは無い。むしろ我々より情報が仕入れられているのではないかと思われるほどの情報収集能力を持った彼らは下手をすれば国一つ相手取るより面倒だ。


 帝国でも当然ながら連合国家でもフォールス家の手を押さえようとしたが、あの家はグループ企業と言う物を発足させた。その会社一つでは立ち行かない会社も援助を行い、グループの傘下へ引き入れていく。気づいた時には帝国の大手こそ無事だったが、小さな商家は取り込まれてしまっていた。


 当然自国からの追い出しや圧力を行ったが、追い出しを行ったものは直ぐに出て行ってしまい、自国の技術力低下に。圧力を行った場合、何処からとも無く圧力を行った者のアキレス腱がその町にばら撒かれる。

 いっその事始末してしまう事も検討したが、フォールス家が抑えた商家は帝国にある事で利益を生み出しており、一部の貴族からの反対があった。当然自国領が豊かになれば懐に入る収入も増える、我が身可愛さで反対してきたのだ。


 おそらくはそこまで考えた上での傘下への引き入れだったのだろう。


「仕事が増える一方だな、我々としては帝国魔術研究所なんかより、自国に流入してきているこのグループ企業という概念こそが恐ろしいものだと思うが……」

 ゼウルスも同様の懸念をしていたが、殆どの人間が関心を持っていない。たしかに職を失うものは減った、さらに作るものを部署ごとに分ける事で効率化が図られ、流通業も潤っている様だ。


「戦争は既に始まっているのかもしれん……」

 ひたひたと目に見え無い足音が迫るような感覚に囚われる。やはり彼らを拘束か殺害しない事にはこの連鎖は止まらない。当然他の手もゼウルスと共に検討しているが、手っ取り早い解決策である。


「たかが一人の男相手に帝国が動くとはな、味方であれば良かったが、仕方があるまい」

 帝国とて1枚岩ではない、このまま小康状態が続けば連合国家と手を結ぶ事も考えるものが増えるだろう。それはそれで良いのだが、おそらく時間がかかる。コンフェデルスと組むよりはマシでは有るが、反対派も多いだろう。


 説得するのは自分の仕事ではないが、説得する為の情報を集めろと言われるのが関の山だ。この忙しい状況で仕事が増やされるのは溜まったものではない。いっその事【Crimeクライム】に仕事の依頼をしてやろうかと考えているアベルだった。









◇◇◇◇◇








 がたん、と馬車が跳ねる。悪路を走るその馬車はぼろぼろの幌を纏っており、車輪は泥で汚れている。貧乏な商家か、それとも魔獣に襲われたか、見るからに汚い馬車が一つ舗装されていない悪路を黙々と走っている。


「目的地まではどれくらいだ?」


「へ、へぇ。あと1時間程です姉さん」

 へらへらと笑いながら此方に声をかけてくる男、年は40過ぎくらいだろうか、垢で汚れた顔がその年を不明瞭にさせている。


「そうか、それともう少し丁寧に走れ、子供たちが脅えている」


「で、ですがこの道ですぜ?」

 慌てたように言ってくる男に剣の切っ先を刺す。ぎゃぁっ、と悲鳴を上げた後震える男に告げる。


「丁寧に走れといった、言った事をやれ。別に御者は貴様でなくても良いのだぞ」


「へ、へぇっ!」

 半泣きの顔で手綱を握る男、心持振動がゆっくりとなった。荷台で大人しくしている子供たちもこれでゆっくりと寝れるだろう。


 この子達は帝国魔術研究所へ送られる予定の奴隷達である、思い出すたびに腹が立つがスオウから運送ルートの情報が送られてきており、そこを張っていたらこの御者にぶつかった。


 とりあえず耳を切り落として脅し、御者の付き添いとして研究所に潜入する事にしたのだ。

 だが、私の容姿は目立つ為潜入捜査には向いていない、しかしこれも腹の立つ事だがスオウから髪染めとコンタクトと呼ばれる物が送られてきた。

 さらに腹が立つ事この上ないが使ってみた所髪の毛は黒く染まり、目は赤ではなく黒目になった。ちなみにコンタクトを入れる時はかなり勇気が必要だった。何度も何度も魔術をかけられていないか、毒が使われていないか調べたが何も無かった為付けた。約丸二日コンタクトと悪戦苦闘していた事は誰にも言えない。


 あの男の事だこれすら予想済み、いや楽しんでいる所だろう。いずれ豚箱にぶち込んでくれる。


 黒くなった髪を一瞥し、空を睨む、前回は予想外の手で油断した、だがしかし今度はあの空飛ぶ船すら叩き斬ってくれよう。


 しばらくすると潮の香りが鼻を付く。外を見ると海岸線が見えてきた。どうやら帝国魔術研究所がある島へ渡る船に乗り換えの時間の様だ。ここから先は御者の人間も入れないと聞いている。小船に乗ってきた相手に奴隷を渡して終わりだそうだ。どうにかして船に潜り込み、島に渡る必要があるだろう。


 遠目ではあるがそれなりに大きな船が見える、だが見つからずに潜入し、潜んでいれる程の大きさでは無い。どこかにしがみついて行くか、もしくは泳ぐ必要がある。しかしこの暗闇で泳ぐのは無謀だ、いざとなれば海を斬って歩いていけば良いが疲れる上に確実に目立つそしてばれる。それでは意味が無い。


 海上を走っても良いが、目算で20キロは有るだろう。流石にこの距離は試したことが無い、途中でずぶ濡れになるのも嫌だ。発想が既に超人じみているがまったく気にしていないラウナ、どうしたものかと考えながら少しづつ近づいてくる海を見る。


 思わずちっ、と舌打ちをする。前に座る御者の男がビクリと反応するが気にしない。 

 どうせならこんな変装道具では無く、単独で島に渡れる船を用意してくれれば良かったものを。と、この場にいないスオウを呪った。










「はぁっくしゅん」


「風邪ですかスオウ? その怪我で風邪を引かれると大変ですからもう部屋に戻っていてください」

 腕にも顔にもあちらこちらに包帯を巻かれ、ミイラ男になっているスオウ、ブリッジに座っているが殆どスゥイが指示を出している。正直あまり居る意味がない。

 さらにくしゃみでスゥイからも退室願いをされてしまった。予定よりかなり前倒しでお披露目になってしまった移動式空中要塞オーディン、今回の件は自分の情報収集が甘かったことが原因だ、何か手伝えることは無いかとブリッジに来ていたのだが……。


「いや、おそらく誰かの噂だな」


「なぜ断言できるのですか」

 どことなくくやしかったので揚げ足を取る、ため息を付きながらじと目で見てくるスゥイ。


「勘だ、そしておそらくラウナ……、いや、ルージュだな」

 だがここで引き下がったら唯の馬鹿だ、先日送った変装キットを思い出し、ラウナの名前を出す。しかし名前で呼んだことに対してギロリと睨まれる。知らぬ間に仲良くなったのが気に入らないようだ。苗字で呼び直すと温和な顔に戻る。

 仲良くどころか一方的にぼこぼこにされたのだがそれに関してはどうなのだろう……。


「先日送ったプレゼントの件でしょうかね。そういえば同封した手紙に書いていたボ○ドとかス○ークとかは何だったんですか?」


「まぁ、ロマンだよスゥイ君」

 ニヤリと笑い語りかける。さらに言うならミッション:イ○ポッシ○ルも書いておいた。きっとわかるのはこの世界で俺だけだろう。


「……熱が出てきたようですね、さぁ、部屋に行きましょう」


「いや、すまん俺が悪かった」

 頭を抱え、ため息を付いた後腕を掴み引きずっていくスゥイ、これは今日明日は部屋を出れそうに無い、強制療養期間になってしまった。無駄だとは思うがとりあえずあやまっておいた。

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