New moon vol.13 【連合の接触】
血の匂いが残る部屋に数名の子供が寝かされており、それぞれ体の一部に拳大の魔石が埋め込まれており、死んでいるかのように目を閉じベットに横たわっている。
胸が一定間隔で上下している事から生きていることは生きているのだろう。その周りを白衣を着た数名の人間が手に持った書類に細かく何かを記載して周囲を徘徊しながら話し合っている。
「027号と048号は駄目だな、廃棄処理だ。意外と保った方だがやはり出力に体が耐えられないようだ」
「やはり産まれた瞬間、もしくは母体内に居る間に処置をしたほうが良いのかも知れんな」
「039号か? だが感情が完全に喪失している。兵器としては十分かもしれないが敵味方の区別が付かないのではな……」
隣の鉄格子とガラスに囲まれた部屋、その中に鎖で繋がれた子供を見る。目は虚ろで微動だにせず目は壁の染み一点だけを見ている。しかし目が合うと凶悪な笑みを浮かべる、獲物を見つけた目だ。狂っている完全に。
強化魔昌石を埋め込んだまでは良かったが、膨大なマナを受けきれず感情が破壊され、破壊衝動しか残されていない欠陥品だ。
「敵地に放り込めば良いだろう?」
同じように横でその欠陥品を見ていた同僚から声がかかる。
敵地にそのまま放り投げて使い捨ての兵器として使用するつもりなのだろうか。
「回収はどうする」
「廃棄処分だろ」
「いくらかかってると思っているんだ、それでは金がいくらあっても足りないぞ」
吐き捨てるように言ってくる同僚、思わず眉間にしわが寄る。あの欠陥品とて相当な金を注ぎ込んでいる。そんな使い方上が納得するわけがない。そのまま廃棄処分にするくらいならやるだろうが、母体として使えるかもしれないから生かしている。
ただまぁ、あんなのを抱くくらいなら死んだほうがマシだ、抱こうとした相手も殺されるだろうしな。実験体同士でする事になるだろうが、もしその流れで決定したら担当からは外してもらおう。
「まぁ、そうだけどな」
内心の葛藤を気づいているのか気づいていないのか、どうでも良さそうな目で鎖につながれている009号を見ながら答えてくる。
「039号と同等の力があれば良いのだろうが、やはり劣化品だが数で勝負するしかないか」
深く考えない、ここで仕事をするコツだ、その場を離れ話を変える。
加護持ちと比べてしまうと劣ってしまうが、009号の戦闘力はそこらの一般人の比ではない、十分に帝国の隊長クラスを任せられるほどだ。しかし、問題とされている部分は作戦行動が取れ無いと言うところ。これは膨大な力を体が受け止めれなかった事から来る弊害なので、単純に埋め込む魔石を容量の低いものにすれば良い。
当然その分、行使できる力は落ちてしまうので中途半端な結果になってしまうのだ。
「一応そっちで報告は上げているんだろう?」
「しかたがないさ、上が求めているのは使える兵器だ。思い通りに動かない物は必要ない」
「ふぅ、俺達の苦労もわかって欲しい所だよ、ほんと気が狂いそうだ」
くくく、と思わず自嘲する、いまさら気が狂うなど何を言っているのか。
「とっくに狂ってるさ、わかっているんだろ?」
内心を見透かしたかのように話して来る。そうだその通りだ。
「はは、まぁな。最近実験体を生きたまま腑分けにしても何も思わなくなっている自分がいる。そういえば新入りのリザードだったか? 腑分け室で盛大に吐いて大変だったよ」
「そいつもその内慣れるさ、3ヶ月もすればな」
「違いない」
開けた部屋に入る、耳に聞こえるのは絶叫と泣き声。特殊技術によって液状化した魔石を直接血管に注入され、拒絶反応に苦しむ実験体、助けてと声がかれるまで叫ぶ少女、目と鼻から血を流しおそらくもう1時間と保たないだろう。そのあとは処理場で廃棄だ、いつも通りの日常、いつも通りの風景。
攫った子供もいれば売られた子供もいる、犯罪者の大人もいれば、国家反逆罪として捕まっている大人もいる。だがここでは等しく実験体だ、ただの肉の塊なのだ。
「狂っている、狂っているな。だがここでは狂っていることが正しい、そしてこのようなことが正しくなっているこの国はもう先が無いのかもしれないな」
ポツリと呟く、同時につかまれる袖、横を見ると血の涙を流しながら助けを求める男がいた、この男ももう長くないだろう。
懐に入っていたメスを胸に刺す。痛いのだろう、必死で此方の腕を掴んでくるが周りの助手がベットに押さえつけ、拘束具を取り付ける。臓腑を取り出した時にはすでにその男は事切れており、私はその臓腑を持って次の実験の準備を進めた。
◇◇◇◇◇
「実験のほうはどうなっている?」
腕を組み、眉間に皺を寄せて廃屋の一室で話す初老の男性。見た目はボロを被ったような格好だが、腕につけている時計や靴が高級品である事は、見る人が見れば分かるだろう。
「6~7割と言った所でしょうね、兵士に毛が生えた程度の物であれば直ぐのようですが、加護持ちに対抗できる物となると難しいようです」
相対しているのは20代後半の若い男、こちらも貧相な格好をしている。こちらは靴も時計もそれ相応の服装の為違和感が無いが、話し方は流暢で品がある。
「我らとしてもそれなりに資金援助をしているのだ、頼むぞ」
「善処はしますが、まぁもう少し時間を頂ければと」
「わかった、そう伝えておこう」
「それと、【Crime】の事ですが、悟られていませんよね?」
「……ああ、当然だ」
問いかけられた内容に思うところがあったのか、ピクリと眉を震わせた後答える初老の男性。その対応で大体の状況を把握したのか若い男が少しだけ笑い、そして目を細め聞いている。
「そちらの情報網が大分やられているとお聞きしましたが」
「わかっている、なんとかする」
所詮は希望的観測を含む回答、だが此処で追求した所で意味は無いと考えたのだろう、ため息を付いた後この話はこれで終わりだ、と切り上げるように話してきた。
「でしたら構いませんが。あくまで起爆剤程度で良いのですよ、毒薬になられては困るのです」
「わかっていると言っている。こちらの件も同様に伝えておく」
眉間に皺がよっている初老の男性、険悪な顔を隠そうともせず若い男を睨む。実際の所初老の男性に問題があったわけではない、問題があったというよりは彼らの手際を褒めるべき所だ。
自分の4分の1も生きていないような若造に馬鹿にされることも、さらにそれよりも下の子供に翻弄される国も、その初老の男性にとっては我慢の出来ないことなのだろう。
「宜しくお願いいたします。王の懐柔は?」
「あんな日和見いらんわ、既に排除の方向で動いている。和平派の奴らが邪魔でどうにも出来んが近い内に行動を起こす」
細めていた目を閉じ、にこりと微笑みながら頭を下げ、次の話しに移る男を横目に乱暴に言い放つ。内部では加護持ちを手放した責任を王に求めるような動きも出ている。だがそれでは効果が低い、王位継承権を持つ人間を一人に絞る必要があるのだ。
「困りましたねぇ、帝国から危機感を煽りましょうか?」
「……いや、【Crime】に出てこられると面倒だ、此方で何とかする」
「しかし彼らも所詮時間稼ぎにしかならないと言うのに、良くやります」
【Crime】の名が出ると同時に満面の笑みになる男。くすくすと笑いながら話しをしている。滑稽な事が面白いのだろう、滑稽なのは彼らか、それとも帝国か、いや連合か、誰の事を指しているのかは不明だが。
「だが都合が良かったのも確かだ、計画が早まったからな」
肩を震わせて笑う彼を視界から外し話を進める。
彼らのお陰で人工加護の資金も取れた上、強大な力に対する危機感を煽ることもできた、それに関しては感謝しても良い、だが。
「遅くなった部分もありますがね」
そう、彼の言うとおり加護持ちがコンフェデルスに移った事でコンフェデルスの発言力が一気に高まった、さらに国立図書館の件で今や無視できないレベルにまで達した。いままで少数どころか無視出来る程度であった和平派が強硬派たる連中と対抗できる程になったのだ、これは多岐にわたる点で弊害となっている。
帝国では民衆の支持はガタ落ち、さらに重要な貴族も潰され資金難に陥っている所もあると聞いている。
コンフェデルスは、いまだに明言もしていなければ、繋がりも見出せない。だがどの国とて予想できる事だ。
【Crime】の頭と思われるスオウ=フォールス、彼がコンフェデルスに喧嘩を売ったとはいえ、それはあくまでアウロラ家単体の話しだ。一般市民レベルではどういう認識かは不明だが、その程度の事でコンフェデルスと袂を別つとは思えない。
それを理由にコンフェデルスを利用するくらいの事はするだろう男だ、それはカナディルの情報部が壊滅されかけている事から分かる。
「彼らは適度に噴出させて抑えるつもりなのだろう。だがしかし、スイルが属国である限り、そしてリメルカの加護が存続している限り戦争は無くならない」
「彼らの目的はなんなんですかねぇ、加護持ちを一つに集めて一つの組織とする、ですか?」
「考えられるのはそこだな、各国に対する牽制力を持ち、争いを抑圧する。しかし、空飛ぶ船で考えが変わった」
「どういうことですか?」
「彼らは加護持ちによる脅威、バランスブレイカーたる存在を無くすつもりなのではないかと」
「それこそ意味が分かりません、加護持ちが脅威ではなくなったとして、その脅威で無くした物が次の脅威になるだけです」
「それがもし誰にでも使えるものだったとしたらどうする? その兵器の数で勝負が決まる事になる。運に左右される加護では無くてな。ただそうすると、コンフェデルスが力を持つことになる」
あくまでも予想に過ぎない話ではある、だがしかしそれも一つの手だ。加護が脅威で無くなるのならばリメルカを恐れる必要も無くなる。現状ではコンフェデルス1国が所持している為変わりはないが、これが帝国と連盟でも所持できるのであれば表面上であれ恒久的な平和を得ることが出来るのではないか。
「ふむ……、それはそれで構いませんよ。私どもとしてはリメルカに消えて頂く事、そして帝国の政治形態が変わって頂ければ満足ですので」
どうやら相手も同じ考えの様だが、おそらく目指している者は違う。彼はリメルカそのものを消したいのだろう。あの国が所持している魔木が沈む湖、トルロ湖は魅力的だ、あそこだけでかなりの利益を上げられるのが分かる。
「土壇場で裏切られては困るのだがな。貴殿、国家反逆罪で投獄されるのではないか?」
「生憎とそこまで間が抜けてはいないのでご心配なく」
リメルカが滅ぶまでは間違いなく手を組んでくれるとは思うが、その前の帝国との問題も残っている。その際、彼らにとって不都合になる場合はコンフェデルスと組まれる可能性がある。
そうなるとまた面倒な話だ、あの国は帝国を不倶戴天の敵としているが、カナディルの半王制に疑問を持っている者もいるはず、組む可能性は限りなく低いが警戒をしておく必要はある。
「ならば良いが。…………帝国の政治形態が変われば次は我が国だな」
「カナディルは上手く回っていますから問題はないのでは? それこそ一部の腐食した高官は【Crime】にお願いすれば良いでしょう」
「簡単に言う。金を出してくれる間は利用価値がある。さらに終わった後に人身御供として晒す価値もある、今刈り取るとデメリットのほうが多い」
腐った高官など何処にでもいる、問題はそれをどこで使うかだ。毒とて使い所によっては薬になる。
「まぁ、どちらでも構いませんが。お任せいたしますよ」
「ふん、それとこれが例の物だ。ロロゾ様より、使い所を間違えないよう、との事だ」
どうでもよさげに話して来る男、そろそろ時間も無いので今日態々直接会った一番の理由を懐から出す。
出されたのは布で包まれた細長い塊、それを解くと短剣が顔を覗かせる。その短剣は見事装飾がされており、ちりばめられた宝石と柄に刻まれた紋章が世界に3本しかない剣という事を示している。
「これは見事な装飾ですね。第一皇女のですか?」
受け取った男がその装飾を見ながらこちらに聞いてくる。紋章を確認した後すぐに布で包み懐で隠している。
「いや、第三皇女のだ、彼女は既に継承権も無いのでな。使い所は任せる、ただここ数年は控えろ。必ず強硬派が出てきてからにしろ」
正直な話をすれば直ぐに使って欲しい所でもある。これは盗んできたものなのだ、ばれた場合絞首刑は間違いない。だが種は必要だ、火種となる可能性となるものを撒く必要がある。
幸運だったのは第三皇女が継承権を失った事。その為、継承権を持つ証明とされる王家の剣が国王へ返却され、そして厳重に宝物庫にしまわれた事だ。
これでは長期的に有るか無いかを調べられる事は無い。
誰も忍び込むことが出来ない、絶対堅牢な宝物庫の信頼が裏目に出た結果だ。しかしこれとて絶対では無い、使う前に発覚してしまったら意味が無いのだ。
「ええ、心得ていますよ」
大事に懐にしまいこんだ後、こちらに微笑み頭を下げてくる男。おそらくこの男ともしばらく会う事は無いだろう。
「それでは失礼する」
「はい、良き旅路を」
廃屋を後にし、しばらく歩いた後近くを通った馬車に乗り込む。
これで剣は渡った。だがこれだけでは不十分だ、第二皇女のナンナはコンフェデルスに嫁いだ為、継承権は無い。第三皇女のリリスは先日の騒ぎで責任問題となり継承権剥奪。この状況で王が死ねば王の親族が代理として継承する事になるが、継承可能な人間を一時的に国外に出し、その間に第一皇女を頭に据えればなし崩し的に決まるだろう。
問題はそれを行うまでに必要な根回しだ、少なくとも2年……、いや3年は欲しい所。それまでせいぜい【Crime】に目が行っている事を祈るばかりだ。