New moon vol.12 【望郷の学院】
コンフェデルス連盟 ローズ家執務室
「派手にやってくれたようだね、抗議文が山済みだよ」
「仕方がありませんわ、国立図書館を半壊ですので。カナディル連合国家からも抗議が入っているようですよ」
「ナンナ、やはり彼らに任すのは問題だったのではないか?」
「ふふ、それでは移動式空中要塞を回収しますか? いまや五国全ての敵として見られている船を」
「今更遅いだろう、加護持ち二人を相手取るのは面倒だろうしな。カナディルの和平派はどうなった?」
「レイズ家からの報告も含めてですけれど、今回の件は少々誤算でした。【Crime】を理由に中立派の人間が大分強硬派へ傾いたようで」
「頭はロロゾ=フロッサム。連合国家軍部総司令官か、グラン=ロイルはどうした?」
「残念ながら第一部隊隊長に、軍部は強硬派の根城ですから食い込めないでしょうね。実力を加味してその地位だそうですが」
「アルフロッド=ロイルの失態を考えると妥当な所か。むしろ放逐されたほうが良かったのだがな」
「ある意味人質ですからそのような事はしないでしょう、むしろ隊長に任命されただけでも御の字です」
「国王から直々にか?」
「お願いしましたから」
「第一皇女は?」
「難しいですね、元々リリスとは不仲でしたので……」
はぁ、とお互いにため息を付く。ため息で済んでいる内は良い、だがただの兄弟喧嘩、ただの嫉妬が戦争に発展する事などありえない話ではないのだ。それなりの立場に立っているのだから分別を持って欲しい。当然第一皇女の事は知っているので、そのような事にはならないと信じてはいるが、それを理由に担ぎ出す愚か者が多いのだ。
「子供じゃ有るまいに、何を考えているのやら。まぁそちらは任せる、それとベルフェモッドからの連絡は?」
「順調だそうです。凡庸型制空兵器のお披露目も近いですわね。残念ながら圧縮タービンは再現できませんでしたので移動式空中要塞と同様のサイズは無理だったようですけど」
「しかたがあるまい、完全に信用して貰っているとは思っていないのでな。なによりアレは軍派遣を視野に入れた機体だ、目的が違う、凡庸型制空兵器はそれで十分だろう。それと情報隠蔽は厳密に行う様に伝えてはいるが……」
「問題ありませんわ、カナディル連合国家の諜報はスオウが握っておりますし、伝達速度では圧倒的ですので」
「同盟国に一番警戒しなくてはならないとは皮肉だな」
「世界とはそういうものですわ」
帝国の国立図書館を破壊した事による影響は計り知れないものが有る。まず第一にその兵器の威力、最強と謳われていたラウナ=ルージュを退けた事もそうだが、空中をあれだけ巨大な船が飛び、強力な攻撃力を有しているとなれば誰しもが恐怖する。
帝国は積極的に【Crime】の仕業だと広め、その凶悪性を伝えた。
しかし今までの彼らの行為により帝国の信用が失墜していた為、思うように浸透はしていない。当然そのまま信じる者も多数いたが、それと同じく反感を強く感じる者もいた。以前より帝国のあり方に疑問を持っていたその者たちは、徒党を組み一つの組織を作り上げる。レジスタンスのような反抗組織を。
帝国から見ればしょせん蟻が数匹集まった程度、無視するどころかなかった事にしても良いぐらいの戦力だった。しかし不思議と彼らは一定の人数を保っていた。増えることも無く、減ることも無く。
◇◇◇◇◇
「レジスタンス、ね。【Crime】の採用場所になっているなど分かりきっている事だが、潜入した人間からは今だ色好い返事は無し。数も多いから把握しきれないか、こればかりは時間をかけるしかないな」
新調した剣を腰に吊るし街を闊歩するラウナ=ルージュ、帝国魔術研究所の調査とスオウ=フォールスの追跡任務に独断で付いた彼女は、スイル国のカルディナ魔術学院へ向かっていた。
彼ら5人が所属していた魔術学院。さまざまな思惑が重なりアルフロッド=ロイルとリリス=アルナス=カナディルが在学する事になったが、現在は退学処分とされている。本人達の希望もあったようだが、どの様なやり取りがあったかは不明だ。此処にきた理由は、補給地点として使われていないか、そして潜伏場所に使われていないか、等。
学生時代がどうだったのかという個人的興味も無きにしもあらずだが……。
「ほっほっほ、かの有名なラウナ=ルージュ殿にお会い出来るとは思わんかったわい。長生きはするもんじゃのぅ」
学院に入った私は直ぐに学院長室に案内され、今目の前には見事な白髭を生やした老人が座っている。カルディナ魔術学院学院長ゼノ=カルディナである。スイル国でも優秀な魔術師の一人であり、大陸で5本の指に入るといわれている魔術師の一人だ。
加護が無いのであくまで技量の話ではあるが、こうして正面に立つと唯の老人にしか見えない。それが逆に感嘆するべき所であろう。
「此方こそ有名な風神ゼノ殿にお会い出来るとは思いませんでした、お相手して頂けるのはティファナス殿かと思っていたものですから」
「その様な肩書きは過去の遺物ですわい、今は唯のじじいじゃ。それに帝国最大の使い手が我が学院にきて頂いたのですぞ、学院長たる私が対応するのが当然じゃろうて」
物腰柔らかに話しかけて来るゼノ=カルディナ。温和に微笑むその顔は知らぬものが見れば唯の隠居した老人にしか見えないのだろう。
「そうですか……。では早速出申し訳ありませんが」
「スオウ君達のことじゃろう?」
少し考えた後、本題に入ろうとしたところで先に問い詰められる。当然の事ながら今この状況で学院に来る理由はそれしかない。
「ええ、帝国や連合国、連盟から再三事情聴取は受けているかと思われますが」
「ほっほっほ、あれは大変だったのぅ。老骨には答えるわい」
「ずいぶんと穴の無いご回答をされていたようですが?」
「そうかのう? 正直に話しただけなのじゃが」
他国もそうだと思われるが、帝国が学院への責任追及や事情調査に来たとき図ったかのように資料が揃っていたとの報告がある。スオウ=フォールス、アルフロッド=ロイル、リリス=アルナス=カナディル、ライラ=ノートランド、スゥイ=エルメロイ計5名は事件の1週間前に自主退学となっていた。
アルフロッドとリリスの二人に関してはそう簡単に退学など出来るはずも無いのだが、ナンナ=アルナス=ローズの手回しで全て必要資料が揃っていたようだ。
当然そんな話は聞いていないとカナディル連合国家からかなりの追求がきたようなのだが、以前のトロール騒ぎと同様に直ぐに沈静化したと聞いている。
この件は帝国からの圧力があったと思われる。帝国はカナディル連合国家の技術革新により1歩遅れている現状であった。だが長く続く平和の為、軍事部門に大量の資金をかけるのは民衆の支持を得にくい。そのためこの騒動を利用する事を考えた。当然他にも沢山の理由がある。
カルディナ魔術学院に貸しを作る事で優秀な魔術師を優先的に回して貰ったり、広域魔術結界が破壊されたコンフェデルスへ進行を行わない事による牽制等(こちらはレイズ家の動きでさほど大きな利点は出せなかったが)
そんなわけで学院としては退学者の動向までは責任を持たない、なによりそのような問題行為を起こす可能性があったからこそ退学にした。たかだか5人に逃げられるような錬度に問題があるのではないのか? と開き直ってきたのだ。
内二人は加護持ちであり、さらにその片方はカナディル連合国家の皇女。加護持ち相手にそう簡単に対応できるわけも無く、その様な言い分でまかり通るわけが有るか、と相当に紛糾したようである。
しかし帝国としては軍部への援助増加の為に多少の火種は欲しい、連合国家としてはスイル国に攻め込む理由が欲しい。いつしかカナディル魔術学院相手ではなく、帝国の責任問題に発展していた。
誘導したのは帝国側だ、これと帝国内部での【Crime】による騒乱含めて自国内の防衛に手を入れる必要がある事を訴える。
加護持ちが明確にでは無いが、コンフェデルスに移った事を失態とし、落ち着いていたカナディル連合国家の強硬派が再度盛り返してくる切欠となる。そして先日の国立図書館崩壊の件で大分強硬派に傾いてしまっている様だ。
しかし今、所属不明である以上此方に敵対してくる可能性もある。【Crime】が何処に付くかで天秤が傾くような状況に陥っていた。
「もう1年以上も経つのじゃな……」
「は?」
確認事項も含め、いくつかの質問をした後、正面に座る学院長が急にポツリと話し出した。
「彼らが出て行ってからじゃよ。優秀だった、加護持ちであったこともそうじゃが、多方面にわたってじゃな。前しか見れないところはあったがのぅ」
「そうですか」
沈黙が部屋を包む、正面を見ながらもその目はおそらく過ぎ去った過去を見ているのだろうか。数秒が数分に思えた所でまた学院長が口を開く。
「スオウ=フォールス。彼は特に異質じゃったの」
「異質ですか?」
「そうじゃ、スゥイ=エルメロイもそうじゃったが。彼女は家庭環境が特殊、躾けられて感情を殺していたのもあったのじゃろうな。しかしスオウ=フォールスはそうでは無いのじゃ。中等部いや、高等部に入ってからはさほど違和感は無くなったのじゃが、初等部の頃はおかしかったんじゃ」
「おかしかったとは?」
「優秀なのは優秀なのじゃがな。達観しすぎているというのか、稀にじゃが研究部の人間より年上に思えることもあったくらいじゃよ。いや、これは気のせいかもしれんがのぅ」
なかなか口では伝えられんわい、と自前の髭を撫でながら話して来る学院長。どことなく懐かしいような悲しいような目をして此方を見つめてくる。
達観、か? 国立図書館で話した彼を思い出す。たしかに調書通り落ち着いた性格をしており、聡明である事は間違いない。達観……、達観と言うのはあまり感じなかった。あえて言うなら死への恐怖がなかったのか、と思う事はある。
鍔迫り合いになっていたときもそうだが、禁書フロアの密室で二人きりだった時もその目には諦めるという色はなかった。意志は強い男なのだろう、もしかしたら子供の頃からそうだったのかもしれない、それが達観と他の人に映ったのかもしれないな。
剣を押し付け覗き込むように見ていた彼の顔、押し込まれ震える手で必死に此方に押し返していた彼の目、その目に絶望と言う色は無かった。仲間を信じていたのか? それとも……。
その後もいくつかの質問と他愛のない会話を続けた後学院を後にした。学院に張り付いていた帝国独立特殊諜報部隊の部下から声をかけられる。見つけたら至急本部へ連れ帰れと隊長から命令が下っているとの事。すまん、と一言詫びた後、全速力で逃げ出した。