New moon vol.9 【月神の蹂躙】
「はっ」
「ちぃっ」
その細い足からは考えられないほどの風きり音と衝撃が生まれ、ぶつかってもいないのに体勢が崩される。
「いい加減本を人質にとった動き方は止めて欲しいのだが」
「いやいや、そうしないと瞬殺だろ俺」
はぁはぁ、と肩で息をしているが目は死んでいない。変わらぬその目で此方を射抜く、考えているのだろうこの状況から脱出する方法を。
先ほどから禁書を盾に走り回っているスオウ=フォールス。失敗だったな、ここを出てから捕縛するべきだった。予想以上に戦いなれている。
「ちっ、面倒な」
考え事をしている間に本棚が倒される、くそ、1つあたりいくらになると思っているんだっ!
慌てて棚を押さえ、棚から落ちていく本を本棚に叩き返して元に戻す。
「おお、さすが! 雑技団に入れるぜ!」
本棚を元に戻している私を飛び越えて声をかけてくる、ふざけるなっ。
「はっ」
「がはっ」
ドン、と手の平でマナを集めスオウ目掛けて衝撃波として放つ、見事に直撃したがその衝撃を利用して地上まで一気に飛び出した。さすがといったところか、どうやら密閉空間からの脱出には成功したようだ。だが外の方が私は有利になる、すぐに冷や飯を食わせてやる。
利き足に力を入れ、一瞬で地上に飛び上がる。驚いて此方を見ている警備兵に先ほどの男の正体と捕縛指示を出す。目を白黒させて驚いている警備兵にファングの紋章を突きつけると、感電したかのようにビシリ、と敬礼し、慌てて走り去っていった。
保管庫に置かれていた剣を掴み、スオウを追おうと思ったとたん妙な感覚が手に伝わる。
「あ、あの野郎っ……!」
自慢の剣、その剣が鞘だけしかなく、刀身が放り投げられたのだろう、天井に突き刺さっている。
メキッ、という音が鞘からしたような気がする。その美しい顔に青筋を立てたまま、ドガン、と地面を蹴り上げ天井に突き刺さっていた剣を取る。かなり本気で投げたのだろう、根元まで突き刺さっていた剣を一気に抜き、スオウが走り去ったであろう方向を睨みつけ、まるで飛ぶようにかけて行く。
その剣を抜いた後の天井が半壊していたのはご愛嬌だろう。
豪快な音を鳴らして扉をぶち破ると走っているスオウが見える、ニヤリと獰猛な顔を浮かべると一足飛びで彼に近づき問答無用で剣を振り下ろす。
「んなっ!」
「死ねっ!」
ギャイン、と剣と剣が打ち合う音が響く、ギリギリと鍔迫り合いに持ち込む。圧倒的なまでに追い詰めていく、私から見ればたとえ強化魔術が掛かっていようが子供と大人、いや蟻と象くらいの差が有る。
「死、死んだらまずいんじゃ……っ、な、ないか……なっ」
「そうだな、両手両足で勘弁してやる」
ぐいぐいと笑いながら剣を押し付けていく、ぷるぷると震えながら剣で対抗しているスオウはどこかかわいい。と、遊んでいたら一瞬相手の力が抜ける。不審に思った瞬間胸に何かを押し当てられた。
「悪いな、いくぜ」
カン、と音が鳴ったと思ったら胸に衝撃が来る。同時に吹き飛ばされ数メートル地面を転がるが、直ぐに剣を地面に突き刺し急制動、相手を睨む。
「それが朧か、なかなかに便利だな」
パンパン、と埃を被った腰を払いながらスオウに話す。呆然とした顔で此方を見ている。
「ええ、いやちょっと、無傷なの! 至近距離だよ今の!」
アルフでも至近距離は多少ダメージ入るのに、どんだけだよっ。と訳の判らない怒りを放っている。そんな事よりも私としては色々思うところがある。
「しかし女性の胸にいきなり押し付けるとは、なかなかどうして過激な男だな」
「いや、やむを得ずって言っても聞いてくれないよね」
「当たり前だっ」
土埃が上がるほど地面を蹴り上げスオウ目掛けて疾走、どうやら目は良いようだ、私の剣筋を見て自分の剣を合わせてくる、が。
「はぁっ」
防御など無駄、その合わせた剣ごとスオウを吹き飛ばした。
一際甲高い音を立ててその所持者ごと宙を舞う、天井に激突し、その瓦礫を撒き散らせながら今度は地面に跳ね返っていく。2、3回地面と熱いキスを交した後ようやく停止した。
「ずいぶんと手間取らせてくれたな、とはいってももう意識も無いか?」
剣を鞘に仕舞いうつ伏せに倒れているスオウに近づく、死んではいないだろうが全身打撲に数箇所は骨折してるだろう。襟首を持ち上げ顔を此方に向ける、少し驚いたどうやらまだ意識があるようだ。
「ほぅ、まだ意識があったか。さすがだな」
「がはっ……、そ……いつは、どう……も……」
口から血を流し、片目を瞑ったままこちらを睨みつけてくる。どうやら防御用の魔術を使ったようだ、展開速度はもはや常人のそれを超えているな。イメージが強いのか? それとも独自の展開理論でも考えたか? いや、まさかな。
「確かに死なれては困るのは間違いないのでな、簡易的な治療のあと事情聴取に付き合ってもらうぞ。何心配要らない私が相手だ怪我には十分配慮してやる。お前と話しているのは楽しいからな」
「はっ……、そいつは……ありが……たい、が……、はぁはぁ、がはっ……はぁ……」
再度吐血をした後にやりと笑い、こう告げてきた。
「デートは……、また今度だな、ラウナ」
同時に強烈な殺気を感じ、スオウから一瞬で離れる。鼻先を掠めるように強力な雷魔術が通り過ぎ、傍にあった壁をぶち抜き柱を壊し、いくつかの書物を消失させて轟音と共に爆発した。
「くっ、なにがっ」
舞い上がる土埃の中で目を凝らす、その時舞い落ちる粉塵の中から細く、白く、美しい腕が振り下ろされる。ただの腕ではないその腕は青白い雷を纏っていた。
【Tonnerre Un poing】《雷撃》
「ちぃ」
その細腕とは思えない様な衝撃が全身を襲い、剣の腹で防御したにもかかわらず雷が身を焦がす。慌てて後ろへ飛びのきながら剣を振るい帯電した雷を振り払う。
パリッと少しだけ痺れる腕を振り払い、直ぐに感覚を取り戻して前を見る。土埃が晴れた頃、そこには金髪の美女が立っていた。
「リリス=アルナス=カナディル……!」
「貴様がラウナ=ルージュか、私達の大将がずいぶん世話になったようだな」
パチパチと雷光を光らせながら剣を構えている。その剣は雷の剣、情報によるとおそらく雷光剣と呼ばれるもの。あの不死の巨人も切り裂いたといわれる剣。だがしかし。
「ふ、まさか運命の女神クロト如きが月神たる私に勝てるとでも思っているのか?」
「そうだろうな、私一人では難しいかもしれん、が」
「なに?」
「もう一人居れば可能かもしれん」
頭上から轟音が響くと同時に天井が崩壊する。そこに居たのは一人の戦士、赤い大剣を振りかぶり此方に振り下ろしてくる。リリスの方を見ると既に走りこんでいる、おそらく同時に切りかかってくるつもりだろう。
「くく、軍神も一緒か。せいぜい楽しませてくれ!」
笑い出すラウナ、その身から濃厚な死があふれ出す。もはやスオウに見せていた遊びは最早無い、ここからは殺し合いだ。
上から振り下ろされる赤い剣を左手で剣の腹を叩き軌道を変え、軍神、いやアルフロッド=ロイル目掛けて突きを放つ。顔を傾けて突きを避けてくるがよけきれなかった部分が彼の頬と耳を切り裂く。しかし物ともせずに振り回してきた剣を小刀で防ごうとするが、まるで豆腐のように切り裂かれていく小刀、慌てて飛び上がり彼の肩を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。その反動で宙返りし距離を取る。
着地した瞬間リリスの雷撃に襲われるが剣を振るい一蹴、二股に割れたその雷撃はラウナを避けるように地面を焼き轟音を鳴らす。
「はぁぁぁっ!」
雷撃で一瞬視界が殺された所を狙ったかリリスの雷光剣が迫る。あの剣は防御ができない、避けるしかない、が。
「甘いっ!」
ガシッと、振り下ろされる瞬間の腕を掴み攻撃を防ぐ、そしてもう片方の手で一撃を食らわせようとしたら。
「甘いのは貴様だっ!」
【Un corps entier choc électrique】《領域放電》
金の髪がふわりと浮き上がったと思うとリリスを中心として強力な放電が行われる。以前城内で見せたものとは威力が違う、今回のは気絶させる為ではなく倒すためだからだ。
「ぐぅっ」
たまらずその場から逃げ出すが、ただで引き下がるつもりは無い。しびれる腕を叱咤して数本のナイフをリリスに向かって投げつける。
「らぁっ!」
しかし横から振り下ろされた大剣によってすべて吹き飛ばされた。どうやら先ほど吹き飛ばされた場所から戻ってきたようだ。さすがに加護持ち二人同時はきつかったか……! しかたがない、生け捕りは無理だな、本気を出すか。
「すまないな、少々過小評価しすぎていたようだ。全力で行かせて貰う」
軽く息を整えて刀身に集中する。
「あん? おいおい、無理しなくてもいいんだぜねーちゃん」
「アルフ、ふざけている場合じゃない、奴のっ……なっ!」
【月涙演舞】
【Une fracture】《断絶》
ラウナの剣を持つ手がぶれたかと思った瞬間全身を襲う殺気、慌てて防御結界を張るがパリィン、と一瞬で割られてしまう。どうやら後方に飛んだお陰もあってか紙一重、服を斬られるだけですんだようだがその威力もスピードも楽観視してよいものではない。
「なんだありゃ、刀身が伸びている」
「あれはマナを凝縮して刀身にしているようだ、アルフ、奴の剣が見えるか」
どうやらアルフも後ろに飛んだ為大きな怪我は無いが、防御結界の中心がリリスだったため、防ぎきれなかった部分が多かったのだろう。胸の一部が薄く切り裂かれている。
「なんとか、だが。さっきのは見えなかった」
「ちっ、まずいな。私は大技の場合溜めが必要になる、相性が悪すぎる」
「作戦会議は終わったか? ではいくぞっ!」
剣をだらりと構えてアルフとリリスに声をかけた後、およそ5メートルは有るかと思われる剣を軽々と振り回し、襲いかかってきた。
「ちぃっ」
「くそがっ!」
死を恵む神、月神との第二ラウンドが始まった。