New moon vol.7 【連盟の裏側】
コンフェデルス連盟 六家定例会議
「久しいなローザ婦人」
コンフェデルス連盟首都、半年に1回行われる当主全出席の定例会議。
豪華な建物の中、30ほど位だろうか薄みがかった赤い髪に同色の髭を生やした男。絨毯がひかれたその廊下を歩きながら少し先を行く婦人に声をかける。
「ガウェインかい。ふん、あんたのその胡散臭い顔も暫く見ないで済むと思ってたんだけどね」
忌々しい顔で不機嫌を隠そうともしないベルフェモッド家当主ローザ=ベルフェモッドが振り返る。
「これはこれは、エイリーン嬢は?」
「留守番さ、アルレ鋼の帳尻を合わせないといけないからね」
「くく、中々に金食い虫だね彼らも」
肩を竦めて笑う。そこへ後ろから野太い声がかかる。
「ばばぁとくそ餓鬼が悪巧みかぁ? おい」
レイズ家当主ボルゾ=レイズだ。トレードマークにもなっていそうな葉巻を口に咥えてこちらに歩いてくる。
「私からみりゃあんたも糞餓鬼だよレイズ」
「はっ、良く言うぜ」
口から煙を吐きくそばばぁ、と睨みつけている。
勘違いしては困るが彼らは正直仲が良い。この位の悪口を叩き合えるくらいには仲が良いのだ。スオウ=フォールスのお陰とも、仕業とも言えるとこだが。
「帝国では十分な成果を上げたようだぜ、だがあんまりやりすぎると今度はカナディルが調子に乗る」
ケッ、と忌々しげに葉巻を噛みながら吐き捨てるボルゾ。
「あの子もその程度分かってるだろうさ、それにダールトンに抑えてもらっている。サリファラもいるしねぇ」
「長くは続かないだろう?」
ふむ、と思案顔で話しに加わるガウェイン。
「最悪こっちで引き取るしかないね」
「ベルフェモッドでかい?」
「馬鹿言うんじゃないよ、あんたん所だよ」
「ま、そうだろね」
「ナンナが居るんだ、元皇族を使わないでどうするんだこの能無し」
「まいったねぇ、国内も最近カナディルの技術発展に敏感だし、帝国の人工加護とやらもいまいち詳細が掴めない。名前通りなら面倒だ」
困った困った、と笑みを絶やさずに呟くガウェイン。
「その辺はあの餓鬼が上手く掴んでくんだろ、こっちはこっちで馬鹿共を抑えねぇとな」
「ローザ婦人、アウロラは?」
その通りですね、とガウェインが頷いた後ローザに向き直り六家の一つアウロラの進退を聞く。
「あっちは問題ないね、アルレ火山は完全に押さえた。他商家に比べればまだまだ力はあるけど六家の中では最早力は無い。当主はどうなんだい?」
「ああ、問題無く順調に回復しているよ。大分消沈していたけどね」
「エルメロイ家はどうすんだい?」
「んー、ま、しょうがないよね。ご高齢だったし、ご病気にもかかりやすいでしょう」
くくく、と笑う。身の程を知らぬものは愚かだ、存命中も、そして末路も。
「別に放っておいてもよかったと思うけどねぇ」
「悪いけど僕は君達や妻ほどスオウ=フォールスを信用していないんだ。有能だとは思うけどね。少しでも連盟の害になりそうなら迷う気は無いよ」
「恨まれても知らんよ」
「それは無いね。彼は確かに情に流される所が有る。だがそれと同時に必要悪も分かっている」
ま、文句の一つくらいは言われるかもしれないけどね。
レイズ家の当主は当然とばかりに頷く、ベルフェモッド彼らに感化されたか? まぁ、いいそろそろ時間だ。
ボルゾが葉巻を懐から出した小筒に仕舞い、会議室に向かう。同様にガウェイン、そしてローザもそれに続いた。
◇◇◇◇◇
「さて、それでは六家定例会議を行う。今回は僕、ガウェイン=ローズが取り仕切り、進行を行わせて頂きます。昨年の貿易による利益や各家の役割、各々の利益率は既に配布した資料通りとなります。また国内の犯罪増加に伴う抗議文も出ていますが……」
「大分沈静化したのではなかったのか?」
「確かに結界を破壊されて直ぐに比べれば、ですがそれ以前に比べればやはり増加傾向にあります。警備隊の人員増加で対処していますが予算が圧迫されていますので、長期的にと見ると難しいですね」
「来月は建国祭があったな」
「ええ、国民の不満を解消するには丁度良いかもしれません。剣術大会でも開きましょうか?」
「まぁ、良いのではないか?」
「他の方は? ……では特に無いようですので詳細は追って」
「アルレ鋼の利益率が少ないのでは?」
「ディルス、当然だろ。馬鹿が取り仕切ってたんだ信用回復も兼ねて多少安くしても仕方が無いだろ」
「む……、しかし我々としてもアルレ鋼は重要な資源の一つだ、あまり国外に流出されても困る」
「その辺は分かっているよ、一応今年一杯の予定さ。国内がごたごたしてたからね、その侘びも兼ねてとは先方にも伝えてるよ」
「年内か、わかった構わない、自国内はどうするつもりだ?」
「安くしろっていうのかい?」
「誰もそんな事は言っていない、どうするのだ、と聞いたのだ」
「ちっ、後でリストを送るから見ときな」
「魔昌蒸気船の配備はどうなったのだローズ」
「そちらはほぼ仕上がっています。カナディルとまでは言いませんが、後は兵の錬度を高めるしか無いでしょう」
「その船にしたってずいぶんと用途不明な金があるみたいだな」
「これはスーリ殿、お渡しした資料ではご不満と?」
「不満は無いな、これ以上ない程綺麗な数字だ。が、あまり調子に乗るなよ」
「肝に銘じておきます」
「スオウ=フォールスの処分の時もそうだ。結果が伴っているから良いが国そのものが舐められたのだぞ、その意味が分かっているのか?」
「ですが加護持ちを二人カナディルから引き剥がせました。強硬派が勢力を持っていた状況ではしかたがありません。どこぞの家のせいで帝国からも横槍が入り、時間がありませんでしたから」
「その割には不穏分子を大分処断したようだがな、着任の時と同様だな。死神の二つ名は健在かね」
「その様な大層な名で呼ばれる程ではありませんが、まぁ自国の引き締めは重要です。同盟相手があれでは、ね」
「確かにな、かといって帝国と組むわけにはいかん。あの国の思想は危険だ、あの男、スオウ=フォールスの組織はどうなっている?」
「順調ですね、ホームもほぼ完成したようです」
「舵取りはできんのか? あまり強力になられて歯向かわれても困るぞ」
「ライラ=ノートランドの両親が此方の手にありますので」
「ならかまわんがな、ローズ、貴様らはどうも甘い。あいつらは所詮駒に過ぎんのだ、此方に利益さえ出してくれれば良い」
「ええ、分かっていますよ。帝国内部での働きは見事なものですし、行動を制限しない方が利益を出してくれますよ彼らは」
「此方の痕跡は残してないのだろうな?」
「ええ、当然です」
「ふん」
◇◇◇◇◇
「ひゃっひゃっひゃ、進行役も楽じゃないねガウェイン、ま、最年少だからねやっかみも有るさ」
「まさかローザ婦人から慰められるとは思いませんでしたね」
その後散々と重箱の隅を突くような指摘を受けたガウェインだったが、見事なまでの切り替えしで最後には唸り声しか聞こえなくなった所で会議は終了した。
「ローズが頭一つ出てる状況だからねぇ、ま、こっちはこっちで良いもん手に入ったから構わんさ」
ひゃっひゃっひゃと笑いながら上機嫌で話すベルフェモッド、少しだけ疲れた顔をしているガウェインが面白いのだろう。
「まったく、今更ながらナンナの落ち込みようが分かりますね。だがあの状況では仕方が無かった」
「運がなかったねぇあの女狐も」
「アウロラの席に出ていた男ですが……」
「ロッドかい? 当主の妹の子さ、バナードとは従兄弟さね。バナードに比べりゃ優秀だけど」
蔑んだ様な目で会議室の扉を見る、おそらく中では従者として連れてきた部下と反省会でもやっているのだろう。最後のほうは悔しさで震えていた、まだまだ雛だ。
「若すぎますね、所詮は急場しのぎですか」
「若さはあんたが言ってもねぇ……。バナードはもう復帰は無理だ、連盟としても復帰させるつもりは無いだろ。死体袋に入りたいなら別だけどね」
「片っ端から殺していたら袋が足りなくなりますよ」
「それだけ馬鹿が多いんだよ、先ほどのスーリじゃないけどスオウを駒として扱ってたらこの国に先は無いよ」
「わかってます。あの短期間で此処までの情報収集能力を備え、さらに帝国内部であれだけ事を起こしても今だ捕まっていません。底が知れませんね」
「あんたの弱みも既に掴んでるかも知れんねぇ」
「いやいや、恐ろしい話しで」
ひゃひゃひゃと笑うローザに微笑み返すガウェイン、さてそろそろ午後の会議が始まる。
コンフェデルス連盟はスオウ=フォールスの襲撃事件後国内の犯罪が一時的に増加した。原因は広域魔術結界が破壊されたことによるストレスと六家相手に一人で立ち向かい勝ったという事実である。その事実はくすぶっていた反乱分子を揺り起こすのに一役買っていた。
広域魔術結界は早急に修復され、大多数の民衆はそれで沈静化したが、その様な状況を作り出した彼らにこのまま国を任せていても良いのか? という不満が噴出し、内部分裂が起こる可能性があったほどだ。
しかし、責任の全てをアウロラに押し付け、いやバナードに押し付けさらに帝国の策略を織り交ぜて民衆に発表。幼い頃からの幼馴染を助ける為に来たスオウ=フォールス。望まぬ結婚、報われぬ落ちぶれた貴族の娘。涙を流しながら民衆に訴えたナンナは同情を呼んだ。そして六家に縛られた私では彼らを助けることは出来ない。その為最愛の妹であるリリスに助けを求めたのだと。
幸か不幸か国境でスオウ達を素通りさせた事もその言葉の裏付けにもなった、彼女が手を回して彼らを助けたのだ、と。
当然非難はバナードへ行く。気づいた時にはもう遅く、そして真実を知るエルメロイ家の当主は床に伏せた。報われぬのは弟か、姉が結婚する事により貴族になれると教え込まれた彼はスオウを憎む。そして付いていった姉を。
彼にとっても姉は道具に過ぎなかった、産まれてすぐに傍からいなくなった姉を姉などとは思っていない、所詮は唯の道具としか思っていない。まだ幼い彼はその憎しみを隠すことが出来なかった。連盟の邪魔に成る存在に、冷徹な判断を下すガウェインの前ですら……。
「彼らには足を引っ張る存在がいては困るのだよ、そして我らとの繋がりが証明されても困る。彼らが無能であれば良かったのか、それとも君が有能であれば良かったのか、残念だね」
本当に残念だね。