New moon vol.6 【国内の事情】
カルディナ連合国家、連合国特務調査室
カルディナ連合国家における他国、及び自国の諜報部隊。数百人という人間が所属しており、主に帝国に対する諜報が主な仕事となっている。当然多くの人間が所属している為、派閥も出来る。さまざまな思惑も。
「邪魔されたと?」
「はっ」
「此方の足は?」
「それは問題ありません。帝国魔術研究所への疑いも強まるでしょう」
「介入は出来るだろうな」
「ええ、それは理由はいくらでも」
帝国で一人の脱税及び奴隷法違反罪で逮捕された男の報告書を渡し、話を進める。
ファングの部隊と警備隊が逮捕拘束を行ったようだ。功労者はラウナ=ルージュ、花のある女性で加護持ち話題性は十分だろう。彼らファングとしても研究所へ介入できる強みが欲しい所だ、渡りに船だろうな。本人はどうか分からないが……。
机の上に置かれるその報告書には一枚のモノクロの写真、そこには不機嫌な顔で写るラウナの姿があった。
「しかしスオウ=フォールスか、面倒な。フォールス家を脅しに使えないのか?」
「当然検討しました、既に暗殺も検討しましたが」
「どうした?」
「次の日には生首で帰って来ました。不審に思い調べたのですが」
横においている鞄から資料を渡される。
「これは、本当か?」
「はい、間違いありません。さらに今は周辺も固められましたので難しいかと」
渡された資料にはスオウ=フォールスの母親であるサラ=フォールスとメイドであるルナの資料。事細かく記載されたその資料は何故今まで集められなかったのかが不思議な程に纏められている。
考えるまでも無くフォールス家、いやレイズ家が抑え、そして頃合で出してきた情報だ。今までの暗殺行為ですら手札として持っている可能性が高い。当然此方も足が付くような愚かな真似はしていないが。
面倒だ、和平派に資金援助をしているのはフォールス家で間違いない。愚かな、力には力が必要だと言うのに。平々凡々と生きていける時代が既に終わりの時を迎えていることに気が付かないのか。
「此方から実験用にいくつか送れんのか?」
「既に検討、実行済みです。やはり陸上ルートの方が安全ですね」
「海はフォールスに抑えられているか」
「一部穴も当然ありますし、国としての発言を絡めれば可能ですが」
「ふん、そんな事をしたら上の連中は知らぬ存ぜぬだ、切り捨てられる」
海上は今やフォールス家の独壇場である。あくまでカナディル連合国内に限る話ではあるが。
正確に言えばフォールス家の力と言うよりは派閥の問題でもある、現状連合国家では3つの派閥が存在している。
一つは和平派、現状のカナディル連合国家のまま他国との貿易を続け、帝国との関係を友好関係に持っていく。
次は中立派、帝国との関係は後回しとし、同盟国であるコンフェデルスとの関係強化を行う。
そして彼ら強硬派である。
彼らの目的は何か、背後的な問題は数々ある。大きなものとして一つスイルの土壌だ。かの国は大地に大地の女神ケレスの加護を受けている。その加護の役割は豊穣の神、作物と国土を豊かにし栄えさせる加護。帝国が自国領土として名前を消さなかった訳はここにある。
実際の所スイルの国が消えてしまえばその加護を失うかもしれないという予想的な物。明確な理由も証拠も無かったが属国とした大きな理由の一つだ。
その豊かな土壌を欲しがる国はどの国も同じ、楽して豊かになりたい人間は数え切れないのだ。強硬派はスイルの国を属国から解放させるのだ、という建前を掲げその実、美味い蜜を吸いたいだけなのだ。
当然その建前通りに従っている者も多く居るが。
その強硬派は幸か不幸かフォールス家の造船技術、つまり海軍の増強と加護を二人所持している事で一時期増長していた。しかしローズ家のナンナによって阻止、さらに加護持ち二人を手元から逃がしてしまうという失態を被され、いまや和平派に押されている状況であった。
後が無くなった彼らは帝国が研究している量産型の加護に目を付けた。
帝国はそもそもリメルカに対抗する為でもあったが、増長するカナディルの強硬派にも警戒を示していたので早急な結果を欲していた。だからこそ資金が欲しかった、そして実験材料も。
そして強硬派の一部は彼らに援助をする。見返りも当然要求して、だが。
愚かだと見るだろうか? しかしそれは違う。もともとは彼らも自国を守りたかった、そして自国の民を豊かにしたかった。唯一つ間違いがあるとすれば、相手も同じ事を考えているという意識が薄かったことだろうか。
◇◇◇◇◇
『こちらディッド、正門前到着しました』
『了解、此方も配置完了しました。副長指示を』
「よし、再度通達。犯人は16名、人質は3名、うち一人バルバロッドの保護を最優先。最悪彼以外は死んでも構わないとの通達だ。容姿は既に頭に入っているな?」
『当然です』
「いいぞ、では愚かな豚を肉塊にしてやれ。eins(1)、zwei(2)、drei(3)、、突撃(Feuer)」
ドン、と一際高い音が空気を振動させ、鼓膜に届く。目の前に聳え立つ豪華な建物の一室、いや壁の一部が崩壊し何人かの人間が宙を舞っている。
舞い落ちる瓦礫と吹き飛ぶ人を足場に空中へ駆け上がるラウナ、崩壊した壁から見える人質と標的。視界に入ると同時に放たれる数本のナイフが寸分狂い無く眉間に吸い込まれ命を刈り取っていく。
同時に扉が蹴破られ、人質の傍に駆け寄りを保護した部下を確認。瞬間頭上から飛んできた矢を切り裂く。
おそらく屋上で警戒していた犯人の一味、場所を眼で確認した後、崩壊していた壁から室内に入る。
くるりとマントを翻し壁際に立つと跳躍、いや、跳躍と同時に壁を垂直に屋上へ向けて走り出した。
先ほど矢を放ったと思われる男が狼狽しながら矢を放つ。しかし全く表情も変えずにその矢を左手で掴み一瞬で接近、掴んだ矢で脳天を突き刺す。鏃は顎の下から突き出ており一撃で絶命した。
驚き此方に警戒を示してきた男が数名、しかしいつの間にか握られていた銀の刀身がその身を伸ばし、気づいた時には屋上の建造物が全て輪切りにされていた。
事件は無事解決、犯人は全て殺害済み、人質は多少の軽傷はあったが命の別状は無し。
周りでは忙しなく報告と、後始末で人々が走り回っている。
周囲で走り回る部下を眺めながら広場の一角に佇み崩壊した屋敷を眺めている所、部下の一人から声をかけられた。
「ストレス溜まってるんすか副長? まさか皆殺しとは」
「うるさいぞゼル、元々そういう指示だ」
大体室内に居た犯人、全て殺したのは私じゃなく部下のお前らだろう。と喉元まで出掛かるが面倒なので止めておいた。
「しかしまぁ、本物ですかね? それとも便乗犯?」
「さぁな、むしろこの程度の力量なら本物であって欲しいが」
「愛しのスオウ様はそんなに弱く無いですか? どわっ!」
「どうやら死にたいらしいなゼル」
抜刀し斬りつける、さすがはファングに所属しているだけあり、間一髪で避けたようだ。だがしかし、ラウナの剣はその胸に装着していた軽装の鎧を切り裂き、そして覗く胸板から血が滲んでいる。
「いや、ちょ、副長! 冗談ですって! 血! 血が出てますから!」
「心配するな葬儀は私が取り仕切ってやる」
ククク、と笑いながら剣を振るうラウナ。何とか間一髪で避けているが少しずつ鎧が裂けている。
「副長目が、目がマジですって! ちょ、ちょっと!」
昨年頻発した高官襲撃事件から名を良く聞くようになった【Crime】、所謂何でも屋に近いのだろうが対象とする相手は国から高官、民衆まで様々だ。だがその解決方法は簡単に言えばごり押し、無理やり、恐喝、強奪、である。
しかし一部の民衆からは英雄扱いだ、義賊扱いなのだろう。圧制や理不尽な要求に対して屋敷に乗り込んでぶちのめすのが彼らのやり方である。
当然裏取引やらなんやらと色々とやってくれたようで国も本格的に動いていない、どんな思惑があるのか知らない。だが我らが派遣される程度には力を入れており、軍を動かさない程度には力を抜いているようだ。
当然弊害も出てくる。何を勘違いしたか今回の犯人のように高官を襲い、彼らの名を騙り金をせしめ様とする人間が出てくる。そこそこ大きな組織になっているため関係性が有るかもしれないが彼らがこのような間抜な手をとるわけが無い。
正直な所、無駄な仕事が増えるだけなので我々としてはさっさと彼らには捕まるか、自首して欲しい所だ。
他部署からも、その程度捕まえられない無能扱いされている。まぁ、先月軍部の武器を大量に強奪された挙句、1個小隊を蹴散らされた様なので最近は大人しくなったが。
さらに言えばその武器がいろいろいわく付だった事が彼らからのプレゼントで判明したので暫くは何も言ってこないだろう。
その際、不用意な発言をしたせいでこの馬鹿がっ……!
「いやースオウ=フォールスからの手紙が届いた時の副長は満面の笑みでしたねー、普段鉄仮面のようなげぼぁっ」
さすがに本気でやったら殺してしまうので、適度に痛めつけて放置していたゼルが笑いながら話しかけて来る。無数の剣による全身の切り傷が痛々しい、しかしそれ以上にしてやったりという顔が腹が立つ。
「死ねっ!」
顔面を殴り飛ばされ宙に舞うゼル。それは散々突き上げを食らっていた状況での渡りに船だったからだ!
どこかで翼人の女性と金髪の女性がくしゃみをする。同じ苦労を分かち合える人、彼女達と会える日は来るのだろうか。