New moon vol.5 【研究の弊害】
―――――ガンッ
町の路地裏で一人の男が宙を舞う、数メートル吹き飛ばされた男はその後ろに立っていた別の男も巻き込み壁に激突してようやく停止した。
停止していたのは回りの男も同様、数はおよそ15人程。各々剣や斧といった武器を持ち黒いコートを羽織った一人の女性を睨みつけている。
しかしその中央に立つ女性は何処吹く風と先ほどと同様の質問を繰り返す。
「耳はあるか? 脳みそは入っているか? 醜悪な貴様らの顔を我慢して声をかけているのだ、10秒で答えろ、ドン=ゴルデロは何処だ」
「う、うるせえぇえええ」
横から振りかぶって攻撃を加えてくる男、しかしその女性は其方を見向きもせずに拳を振るう。その拳を見えたものは居るだろうか、一瞬彼女が羽織っているコートが揺れたと思ったら襲い掛かった男が横の壁に縫い付けられる。
「この町の情報を知りたいならその男に聞けと言われたのだがな」
「ぐっ……」
ふぅ、とため息を付き周囲を取り囲んでいる男共を睨みつける。さすがに実力差が明白な事は理解しているだろう、此方を囲みながら警戒をしているのは変わらないが腰が引け、ずりずりと後ずさっているのが分かる。
「てめぇ、まさか白銀か?」
「ほう、私の事を知っているのか?」
おそらく隊長格と思われる男が此方を睨みながら告げてくる。目を忙しなくあちらこちらを見ている事から逃げる方法を考えているのだろう。
「くそがっ、何処が楽な仕事だっ」
「仕事? どういう事か聞かせてもらいたいのだがな」
悪態をつきながら剣を地面に叩き付ける。自分が敵う相手じゃないことを理解したようだ。回りの部下と思われる男は理解が付いていけないのか目を白黒してその男の行為を見ている。
「うるせぇ、てめぇみたいなのが何で此処にいる。先月の襲撃騒ぎならもう調査が終わってるはずだろうが」
「話す義理は無いな、が、聞きたい事は出来た。少し付き合ってもらおうか。なに、女性からの誘いを断るほど甲斐性無しではないだろう?」
「ぐぅっ……」
握りこぶしを作り悔しそうに此方をにらむその男、自分の不用意な発言を後悔しているのだろう。
「なにやってんだルード、こんな女多少腕は立つようだが全員でかかれば問題ないだろっ。野郎ども良いか武器を全員同時に投げろ、その後俺が止めを刺す!」
「なっ、止せ! そんな事でっ……」
隣に居た大柄の男がルードと呼ばれた男の制止を振り切り、周りに指示を出す。同時に膨れ上がる殺気。武器を投げるという行為なら直接近づく必要も無いと考えたのか、周りに居た男共は持っていた武器を振りかぶり投げてきた。
にやりと笑い、迫ってくる武器を感じる。おそらくタイミングを合わせたのだろう、前には剣を構えて突撃してくる男が見える。
愚かな、死に急ぐか。
神速の抜刀、コンマ何秒だろうか、一本の銀閃が走り迫ってきていた男の首が宙を舞う。
【月涙演舞】刀身を伸ばしたその剣は走り出した瞬間のその男の首を刎ねていた。おそらくまだ斬られた事にも気づいていないその的から視線を移し迫り来る武器軍を見る。見事なもので刀身がすべて此方を向いている。丁寧に一つ一つ投げてきた相手に叩き返す、刃の方向までは調整できなかったのだがまぁ良しとしよう。
黒いコートが翻り一周、そして一蹴。跳ね返された武器に腕を刺されたもの、頭に柄がぶつかった者、呻き出す男達、そして目の前に転がる生首と血池。
「ひぃっ……」
ルードと呼ばれていた男が尻餅をつき後ずさる。
「つれないな、そんな態度を取るなよ。これからデートだろう? エスコートは私がしてやろう」
くすくすと笑いながらその男の襟を掴み上げ、外の大通りまでほうり投げた。
◇◇◇◇◇
「まずい」
「うっ」
周りで歩いていたボーイがピクリと反応し、一瞬足を止める。しかし何事も無かったかのように歩き出すのはさすがプロと言った所か。
目の前には先ほど誘った男もとい拉致った男がびくびくしながら座っている。場所は町の高級レストラン、お勧めと言われたスパゲッティを食べた後の感想だ。
「どういうつもりだ? こんな店に連れてくるとは」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたがつれ、ぐぁっ」
テーブルの下で相手の足の甲を叩き潰す。涙目になって何か言いたげな顔をしてくるが諦めたのだろう、大人しく置かれた水を飲んでいる。
「さて、約束とはなんだ?」
「しらねぇ、とは言えねぇよな……。だけど俺らも正確なところはわかんねぇんだ。というか分かってたらこんな仕事請けなかった……」
はぁ、とため息を付きながら頭をかきむしっている。いくらで雇われたのか知らないがたしかにその通りだろう。
「で?」
「あ、あぁ。もともとの話しは一人の女を拉致れって話しだったんだ。その、なんつーか、好きにしても良いって話しと金払いが良かったんでな。この町のごろつきが集まったって感じだ」
ずいぶんとふざけた依頼者の様だ、首都に近いこの街でそんな真似をするなどと何を考えているのか。
「依頼者は?」
「予想は付いてんだろ? ゴルデロだよ、はぁ、どうやらあんたらに知られたくないことでもあるんじゃねぇの?」
たしかに予想通りではあるが、いくらなんでも稚拙すぎるだろう。行動が早急すぎる、いくらでもやり様があるはずだ。
「しかし私が来ている事が分かっているならもう少しやりようがあると思うがな」
「へっ、軍隊でも呼んで来いってか? それこそ無理だろ。それにあのおっさんは情報屋つぅより商人だ、戦いの、た、の字もしらねぇよ」
馬鹿にしたように鼻で笑いながら言ってくるルードと呼ばれていた男。商人か、そういえばスオウ=フォールスも元々は商人、いや技術者か。
フ、と笑みを浮かべてルードを笑い告げる。
「つまり所詮女一人どうとでもなると思った、と?」
「いや、さすがに加護持ち相手そんな事は考えていねぇだろうさ。俺たちは唯の捨て駒だったんだろうよ」
つまり先方には加護持ちだという事は認識していたと言うことだ。ならば余計分からない、何を考えているのか。
「余計おかしいだろう、そんな事をすれば私に目をつけられることは分かっているはずだ」
「いや、まぁ、なんつーか……、失敗すれば俺らが殺されるみたいだったからな……」
俺も最初は気が付かなかったんだがな、と告げてくる。どうやらその事もあって話には協力的なようだ。
仲間が殺された割には簡単に話すものだと思ったが、彼にしてみればただの報酬を分け合うだけの人間であって、むしろ減った方が助かるくらいの様だ。人格は別に否定するつもりも無い、この男も邪魔になれば消すだけの話だ。
「ふむ」
「あんたさっき屋根の上に居た男も一緒に斬っただろ?」
彼らが路地裏に逃げ込む前、いや彼ら的には追い込む前に、だが。屋根の上から数人の男が此方を狙っていたので、丁度屋台で買って食べていた串焼きの串を投擲して始末したのだ。
まぁ、串に殺されるというのも無念だろうがしかたがない、ナイフは宿に置いてきてしまった。経済的だから良いだろう。
「ああ」
「あれ、たぶんゴルデロの部下だろうな、ゴルデロの事を話そうとしたら殺す気だったんだろ」
哀れな男を思い出しながら返事を返す。どうやら監視だったようだ、しかしあの程度で監視とは笑わせる。
「だから毒を持っていたのか。あの程度で隠れていると思っているとはな」
「普通は気づかねぇよ……」
あきれて此方を見てくる男を横目に、高級料理店とは名ばかりのスパゲティを食べる。まずい飯に使えない情報源、そしてどうやら使えそうな情報源は串で殺してしまったようだ。
この男もおそらく始末される可能性が高いだろう、ファングの部隊に連絡を入れて保護要請をかけて置くか。相手も自分の立場が分かっているのだろう、私の傍を離れる気はなさそうだ。
情報と交換条件だ、しかたがあるまい。
◇◇◇◇◇
「あぁ、ゴルデロさん。良かったお話したいことがありまして突然の訪問申し訳ありません」
同時刻、ラウナがレストランで食事を取っている時、話題に上がっていたゴルデロの屋敷に一人の男が訪れる。
奇怪な武器を腰に吊るしたその男は、目当ての男を見つけたと同時に満面の笑顔で大仰に挨拶をした。
「おお、これはルーベンスさん。先日頂いた情報は助かりましたよ、お陰で大分稼がせて頂きました」
その相手はドン=ゴルデロ、街の情報屋でもあり、今はこの街の裏でトップを張っている男でもある。
その笑顔に何人の人間が涙と苦汁を飲んだかは分からない。
「それは何よりです。情報は何より大事ですからね」
「はっはっは、確かにそうですな。帝国もそうですが各国は情報に対する認識が若干甘い、これは商人としての価値観なのかもしれませんが。それでも貴方の情報収集能力と把握力は舌を巻きますよ」
「ははは、いえいえ大した事はありませんよ。私も帝国の事は分かりませんので貴方の情報は重宝しております」
「良く言いますな、私の使っていた伝をあっという間に把握してしまったではないですか、あまり調子には乗らないでくださいよ? 私としては貴方と友好関係で居たいのですから」
「当たり前ではないですか、その代わり今後も宜しくお願いいたしますよ」
「ええ、勿論ですよ」
話しながら応接室に着く、手土産ですと持ってきたワインを空ける向かいではゴルデロがワイングラスを用意してくれている。
なかなかの年代物ですよ、と話しながらお互いのグラスに注いでいく。
「それで本日のお話とは?」
「ああ、いえ大した事ではないのですが……」
言いかけると同時にバン、と応接室の扉が開かれて一人の男が息を切らせて部屋に入ってくる。
「ゴ、ゴルデロ様! 失敗いたしました! 相手がとんでもない奴で全員一瞬でやられたそうです!」
「失敗しただと!」
部屋に駆け込んできた男を唖然とした顔で一瞥した後、正面に座る男、ルーベンスに目をやる。どういうことだ、話が違う、と。
「おやおや、これは……、私が態々ご報告に上がる必要はありませんでしたかね? まぁ相手は加護持ちですし、仕方が無いかと?」
しかし何処吹く風、肩を竦めて問いに問いで返す。
「な、ル、ルーベンスさん! 加護持ちだなんて、貴方が言っていた話とは違うではないですか! 大丈夫だというから任せたのですぞ!」
先月起こった襲撃事件の調査として一人、ファング部隊から調査員が派遣されるという情報を掴んでいた。あの家とは裏で繋がりがあり、面倒事を調べられると厄介。そこにさらにこの正面に座る男から繋がりが発覚し調査に来ると聞かされたのだ。
当然自分の方でも調べたが同様の回答、だが相手が本部へ送った手紙はこの男がなんとか抑えてくれた為、後は始末するだけ。
手紙の内容も確認済み、間違いなく真実を知っている。ファングの隊員を殺してしまえば必ず大事になるが、ごろつきを鉄砲玉とし、成功後そいつらも殺してしまえば良い。後は他の増援部隊が来る前に後始末をすれば済む。
時間が無い、それが男の判断を狂わせていた。そしてさらに言葉巧みに誘導され、その短絡的な行動に疑問を持たなかったのだ。
「勿論そう言いましたが世の中絶対はありませんよ。それに念の為にお借りした貴方のご自慢の暗殺者が真っ先に殺されてしまいまして。口封じも出来なかったみたいです」
私の得た情報と報告ですから間違いはないかと思いますよ、なんでしたらご確認してください、と告げる。
「な、そ、そんな。か、加護持ち相手に当たり前だ! ど、どうしてくれる! ファングに目を付けられたらもはや商売など!」
顔面蒼白、まさにそんな言葉がぴったりだ。彼は自分の情報収集能力に自信を持っていた、そう自信を持ちすぎていた。町で一番と言われ自惚れていたのだろう。
座っていたソファーから立ち上がり部屋の中を右往左往する。駆け込んできた兵士に早急に警備を増やせと指示を出している。今更そんな事をする意味は無いのだが、どうやら焦りで現状が見えていないようだ。
「商売ねぇ、孤児院の子供を売る仕事なんざ潰れてしまえば良いだろう」
「ぶ、侮辱する気か! 馬鹿を言うな、一体なんの事を言っている!」
先ほどグラスに注いだワインが無くなった。カタ、と音を鳴らし机の上に置くと脂汗を垂らしている彼に向かって言い放つ。
一瞬固まり目が泳ぐ、が誤魔化す為だろうか、部屋の外にも聞こえるほどの大声で怒鳴ってくる。
「いえ、ね。私もまさかあの後仕事を引き継いでいる人が居るとは思いませんで。さんざんルート潰しから媒体になっていた孤児院まで掃除したっていうのに」
「そ、それはどういう意味だっ! お、おい衛兵はどうした!」
半開きの扉から外に声をかける、しかし返事は来ない。だがずるずると何かを引きずるような音が近づいてきたかと思うと一人の女性がその半開きの扉から顔を出した。
「ルーベンス様、屋敷の制圧は終わりました。やはり急いては事を仕損じる、前回は時間が無かったとは言え、今後気をつけたほうが良いですね」
女性だと思われる理由はその膨らみのある胸とくびれた腰だ、顔はフードに隠れており良く見えない。手には漆黒の弓を持ち、もう片方の手には先ほど部屋に駆け込んできた男を引きずっている。
ドサ、っと手を放し地面に下ろす、どうやら気絶している様だ。
「だ、誰だ貴様……?」
「あぁ、ご紹介しておりませんでした。私の妻兼副官ですよ」
引きずってきたその警備に当たっていた兵士と、黒髪の彼女を交互に見ながら狼狽しているゴルデロに紹介する。
「ご挨拶が送れて申し訳ありません。今だ式は上げておりませんが残念ながら妻をやらせて頂いております」
「残念ながらってそりゃないだろ……」
「では仕方が無く、で。それよりラウナ、でしたか? 彼女は?」
「どうやらかなりの腕前だったみたいだぞ。正面で立ち向かうのはやめておいた方が良い。アイツも1対1じゃ勝てる気がしないって言ってたからな」
あの脳筋が遠目で見た限りだが、どうやら此方にも気づいた様子があるとの事。何より剣筋が全く見えなかったと言っていた。やはり軍神では神の存在意義としての差が顕著に出るようだ。月神、殺す事に関しては勝てるものは居ないか。
しかし軍として動けば彼の加護は万全を期す。その様な状況にならないことを願うばかりだが。
「き、きさまらまさか!」
妻件副官と話しをしながら考え事をしていると、正面に立っていたゴルデロがわなわなと口を震わせ指を向けて此方を睨んでいた。
「それでは御機嫌よう、今後のますますの御発展をお祈り申し上げます」
一礼をして退室しようとすると癇癪を起こした子供のように救援を叫び続ける。最早用は済んだ、追っ手がかかる前に屋敷を出ていく。彼は追ってこない。性格は既に調べ済みだ、その様な行為は行わないし唯喚くだけ。そして駆けつける警備隊には既に奴隷売買の情報は渡してある。
上着につけていたフードを被り町の人ごみに紛れていく。と、同時に警備隊の人間が数名屋敷へ入っていった。
「いつまでも自分の伝が自分のものとは限らないものだ。情報を制するものが勝つ」
「自分で掴むからこそ真実味が出る、たとえそれが偽者だとしても、ですか?」
「あぁ、その通り」
いやはやまったく黒くなったものだ。罪が膨れていくな、別に一緒に被る必要は無いんだぞ。
何を言っているのですか? 私の身も心も全て貴方の物です。常に傍にいるのは常識です。
え、常識なの?
はい、常識です。