New moon vol.4 【真実の究明】
帝国首都アールフォードから馬車で二日ほど走った場所にある街、ドルド。当然首都程栄えているわけではないが、近場に有る金鉱の為多くの人が住み、帝国の中でも栄えている街の一つである。
雪国が代名詞とも言える帝国アールフォードの町並みは、断熱性に高い分厚いレンガ造りの建物で、各家には煙突が付いている。また、待ち行く人も独特の服装をしており、毛皮を加工して作った帽子から肩掛けを羽織って外を歩く。
外は降り積もる雪のせいでその下にあるレンガ造りの道は今は見ることが出来ないが、その代わり人々の足跡がびっしりと地面に付けられている。
舞い散る雪、美しくもはかなく解けてしまうその雪、白銀の世界。そこに一人の白、白銀のラウナが歩いていた。
目的は以前頻発していた一部の高官(貴族)襲撃事件の解明だ、あくまで表向きの目的だが。
帝国独立特殊諜報部隊、通称ファング。その副長である彼女の本当の目的は何故彼らが襲われたか、である。
当然スオウ=フォールスの意趣返しと言う意見が殆どであるが、彼の裏にはコンフェデルスが付いている。ある意味あの国は体の良い駒を手に入れたようなものだ。
あの国、コンフェデルスは非公式に加護持ちを二人所持する事になり、なおかつフォールス家のバックアップも受けられると言う状況。
当然明確な証拠も何も無い以上、各国は表立って言う事は無い。しかし先月の五国会議ではかなり荒れた様だ、当然コンフェデルスは知らぬ存ぜぬで通してはいたが。
実際の所舵取り出来る者は居ないのかもしれない。なにより関係性を持っているのはローズ、レイズ、ベルフェモッドの三家。他の三家はおそらく……。これが理由で内乱でも起こってくれれば助かるがそこまで愚かでもないだろう。
今回の任務はあの男、スオウ=フォールスの意趣返しが本当の目的なのか調べる事、それが本来の任務である。
「ふぅ、さすがに首都より南とはいえこの季節は冷えるな」
白い息が彼女の整った口から漏れる、ファングの制服たる軽装の鎧を纏い、腰には銀に輝く剣が吊るされている。整った顔立ち、目を引く銀髪、武人であるがゆえにその堂々とした歩き方で彼女は周囲を歩く民衆から良い意味で注目を浴びている。
彼女は今調査の帰りである、予想以上に協力的であった現地の警備隊の面々に例を告げた後、宿に帰る途中であった。残念ながら芳しい結果を得ることは出来なかったが、一点帝国魔術研究所に多額の資金援助を行っていたことが判明した。
あの研究施設はリメルカの独自形態で発動される魔術の解明と、自国の魔術を発展させる為の施設。大して怪しい箇所は無いのだが不思議と彼女はそこが引っかかった。
理由としては二つ。一つは投資していた金の半分以上は、例の【Crime】が送ってきた裏帳簿で判明した金で渡されていた事、そしてもう一つ奴隷売買で手に入れた奴隷も同様に送っていた事だ。
この国は奴隷制度は数十年前に廃止している。しかし残念ながら今だ一部の人間はその味を忘れられず変わらぬ闇を帝国に落としていた。彼女もそういった人間を数人闇へ屠っていた為その醜悪さは身を持って知っているのだ。
「そして帝国魔術研究所はその様な事実は無い、の一点張りか。キナ臭い事この上ないな」
ふん、と鼻を鳴らす。義父より正式に内部監査の許可依頼を出しているがいまだ通る様子は無い。帝国最大を誇る魔術研究所だ、ある程度は渋るのは当然だろうが……。
おそらく監査する事になっても真実を見ることは難しいだろう。帝国が人工加護の必要性を強く訴えてきている。行われる実験は全て同意者を対象としており、なおかつ提出されている実験内容は生命に危険が無い、あるいは危険がある物は死刑囚を対象としている。もちろん後者は民衆に知られていないが。
つまり帝国が全面的に支持をしているのだ、我等は所詮帝国の下僕に過ぎない。真実を知った所で握り潰されるか体の良い真実を渡されるか、だろう。
「きゃっ」
どん、と横から何かかぶつかる衝撃がしたと思ったら、かわいらしい女の子の声がしたから聞こえる。驚いて横を見ると6歳位の女の子だろうか、尻餅をついて此方を見ていた。どうやら考え事をしながら歩いていた為気が付かなかったようだ。
殺気があれば気づいたのだが、いやはやまだまだ修行不足だな。
「すまないな、余所見をしていたようだ。立てるかね?」
ぽかん、と此方を見ていた少女に手を差し出す。おずおずとその小さな手を差し出し此方の手を掴んだのを確認した後、ぐっと引き上げ少女を立ち上げる。背と尻に付いた雪を侘びを述べた後、軽く払った。
「あ、ありがとうございます。此方こそ済みませんでした」
「気にする事は無い、非は此方にもある。ではな」
頭を下げて謝ってくる少女に軽く手を振った後、宿に向かった。
◇◇◇◇◇
「すっごい綺麗な人だったなぁ……」
ぼぅ、と先ほどの銀色の髪をした女性が去っていった方を見る。綺麗というより幻想的な外見をした人だった。とても同じ人間とは思えない。
「ナナ、何をしているの?」
「あ、長。すみません、今行きます」
急に後ろから声を掛けられる。振り返ると30過ぎくらいの恰幅の良い女性が目に映る。
「ふふ、他の子達もおなかを空かせて待っているでしょうから少し急ぎましょうか」
「はい」
雪を踏みしめて歩き出す。向かうは自分の家、そして自分の家族が居る場所。孤児院である。
◇◇◇◇◇
ドルドに点在する宿の一つ、夕食を終えた一人の女性が報告事項の確認と本日の情報整理を行っている。
手には一通の手紙、他の町へ調査に行った部下からの報告である。
内容は此方が掴んだものとほぼ変わらない。やはり同様に帝国魔術研究所との繋がりがある可能性が高いとの事。明確な証拠はつかめなかった様だが現状可能性が高いだけでも十分な収穫である。
「かといって潜入捜査をするわけにも行かないな、彼ら(クライム)の狙いは此処を調べさせる事か?」
真意は掴めない、しかし可能性の一つとして頭に入れておいても良いだろう。
事件は沈静化した、しかしこれは考えられる標的を全て襲撃したからではなく帝国の監視が厳しくなった為だろう。ここまで警戒態勢が取られるまでに行われた襲撃数と内容を考えると帝国の対応が遅いわけではなく、相手がいかに狡猾だったかが想像できる。上の人間はそれを理解しているとは思うが一部の愚か者は変わらずだ。
しかし敵対されたことには変わらない、国は舐められたら終わりだ。犯人が今だ不明ではあるがスオウ=フォールス、いや彼ら【Crime】は裏では生死問わずで捕縛命令が下っている。
当然そう簡単にはつかまらないことは明白なのでどうでも良い話ではある、しかし世の中には絶対は無い、せめて一度くらいは直接話をしてみたいものだな。
個人レベルでコンフェデルスに喧嘩を売り、さらに帝国の警戒網を掻い潜って二桁を越える高官を襲撃強奪、そして裏情報を流してくる。これに興味を覚えないものは居ないだろう。
くすり、と笑う。私が一人の人間に興味を持つとは、自国内ならまだしも敵とはな。
既に彼女にとって敵は唯の的だった。圧倒的な力、いまや義父である帝国一の剣士ですら数秒持たない。加護の力を正確にコントロールする術を身につけた彼女はもはや帝国最強の名に相応しい。
帝国の闇に触れ、そして多くの人を善人も悪人も、子供から老人まで斬った。何も感じないわけではない、だが一本の剣として、帝国の剣として振るうその剣に迷いは無かった。
ランプの火を消す。明日には近隣の住民の聞き込みだ。既に鎧を脱ぎ、薄い上着にショートパンツをはいた彼女は、ベットに潜り込み少しだけ冷えた身体を丸めゆっくりと目蓋を閉じた。
爪が剥がされる。指が切り落とされる。腕の肉がそぎとられる。絶え間なく続く悲鳴、絶叫。
今日の夕飯は●の肉。泣き叫ぶ●に無理やりねじ込まれるその肉。
両手と両足の指は全て潰され折られている為立つ事も出来ない。ただ垂れ流すだけの糞尿の匂いが鼻に付くがそれ以上に燃えつくような両手と両足が痛い。
目の前に腕が転がってきた。●を抱きかかえてくれた太い腕だ、腕だ、腕だ、腕だ。
へらへらと笑いながら今日の昼ご飯にしてやろうと言う誰か。
●が口から涎をたらしている。囲っている男が一心不乱に動いている、蠢いているまるで虫だ。目は何も写していない、●を見てくれた優しい目はもう無い。
両腕と両足がなくなった●、その両腕と両足はいつの食事だったか。
眼球が転がってきた。●の名前を壊れたように叫ぶ●、何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
がばっと身体を起こし周囲を見渡す。時間は朝4時、まだ日は昇っておらず部屋は暗く空気は冷たく口から漏れる息は白い。
べっとりと身体を塗らす汗、頬から垂れてきた一滴を腕で拭い怪訝な顔でその拭った腕を見る。
「なんだ、なにか変なものを見ていたような……」
全身を倦怠感が覆うがとりあえず汗を拭おうとベットから降りる。肌を刺すその冷たい空気が今は心地良い、覚醒していく頭、上着を脱ぎその美しいまでに整ったプロポーションを乱暴に拭う。
年に数回、こういった事がある。おそらく悪夢でも見ていたのかもしれないが覚えていないのだからどうしようもない。とりあえず大量に汗をかいて倦怠感が覆うだけの話しだ。とりあえず大きな問題にもなっていないので義父にも告げていない、あの人には小さい頃から世話になっている余計な心配をかけるのは少し気がひける。
「ふぅ……」
全身を拭き終わった後ため息を付く、ちらりと横を見ると鎧が置いてある。今日は鎧を着る気にならない。上着とズボンを履いた後、ジャケットに腕を通す。そして膝まである黒いコートを羽織る。少し早いが朝の鍛錬をしようと思い、立てかけてあった剣だけ手に取り部屋を後にした。
黒いコートが舞い上がり円を描く、振り散る雪を切り裂くという常人離れした剣舞を舞うラウナ。瞬きをする間に何度斬ったのか、彼女の剣を持つその手はもはや残像どころか消えてみえる。
宿の裏庭で行われるその剣舞はまさに戦女神の如く荘厳で華麗で優雅で、そして死に満ちていた。
およそ1時間程雪の上に舞う戦女神と化した彼女はチン、と剣を収め宿に戻る事にする。一滴たりとも汗をかいていない彼女の姿、朝の倦怠感は何処へ行ったのかいつもどおりの彼女だった。