New moon vol.3 【帝国の暗雲】
「スオウ=フォールス、スゥイ=エルメロイが指名手配、ね。しかもコンフェデルスではなくカナディル連合国家からとは……」
窓から入ってくる風がさらさらと銀の髪を揺らしていく。面白そうな顔で報告書を読んでいる女性、ラウナ=ルージュ。可能性の一つとして考えてはいたが本気で国一つに喧嘩を売るとは思っていなかった、なかなかに面白そうな男だ。
「潜伏していた者からの報告ですが、颯爽と現れて攫って行ったようですよ」
「我々の軍事演習も利用されたようじゃないか」
くくく、と笑いながら報告書から目の前に立つ部下に視線を向ける。裏でどの様な取引があったかは不明だが、煩い右翼の人間を叩く材料を手に入れることが出来そうだ。
「コンフェデルス御自慢の広域魔術結界が破壊されましたから。リリス皇女、いえ、もう皇女では無くなるかも知れませんがこれで一気に名が広まりましたね」
「フォールス家は?」
息子が手配された以上カナディルにそのまま居るとは考えにくい、可能性としては低いが帝国にくるようなら此方で保護しても良い。
「カナディルに居ますね。一部の高官とはパイプが強い様ですし、変わらずです。息子が手配されたことに対しての抗議はしていないようですが」
「民衆に真実を流している、か?」
真実といえど聞こえの良い真実、民衆が求めているのは分かりやすい真実と英雄だ。今回の件、以前のトロール騒ぎで名を馳せたリリス皇女、そして望まぬ結婚から救い出すフォールス家の長男。美談にしようと思えばいくらでも出来る。
「ええ、コンフェデルス側からですがね、それに関してカナディル連合国家からコンフェデルスに抗議が入っているようですが」
「関係に罅が入ると思うか?」
おそらく両国のトップ同士で話しは済んでいる可能性が高いが、念のため確認を行う。
「いえ、無理でしょう、おそらくこの件を利用して両国の膿を出す考えだと思われます」
「ではシコリが残るのを期待するしか有るまい」
「広域魔術結界は?」
「見事なもので次の日には修復されていましたよ」
どうやらレイズ家が全て用意したらしい、それも責任を全てアウロラに押し付けて毟り取るだけ毟り取った様だ。これはアウロラを潰すことに間違いはなさそうだな。だがあそこの前当主はローズ家で保護されているという、どういうつもりだ? 始末してしまえば良いものを。
考え込んだ私に次の報告が来る。
「彼らの行方ですが」
「分かったのか?」
カナディル連合国家はもちろんコンフェデルスも血眼になって探しているだろう事は想像できる。しかし今だどの国からも有力な情報が入っていない、我が国の諜報部を動員しても探しきれないなど誰かが匿っているとしか思えない。
考えられるのはローズ家、レイズ家、ベルフェモッド家だ。カナディルにある実家は無いだろう、そちらは四六時中張り付いていた部下から報告を貰っている。
「どうやら帝国に居るようで」
「なに?」
ならば我らの諜報が正確な場所を入手できていないとは考えにくい、いや、だからこそ帝国に居ると分かったのか?
「フォールス家の菓子支店を上手く利用しているようで」
「なるほどな、だがそれにしても自国内に居て正確な情報をつかめないとは、情報部の奴らは何をやっている」
思わずため息を付く、今回の件半分は我らの仕事になる可能性が高いが、今のところ帝国の軍事部門諜報部、通称シャドウの部隊が動いている。立場的には彼らは軍に近く、我々は国に近いと言った所だ。
職場が重なることもあり関係は悪い、お互いに手柄を取り合うような間柄だ。おそらく義父から苦情を入れているだろうな。犬猿の仲とも言われるシャドウの隊長と義父、以前の罵り合いを思い出し憂鬱な気分になる。仲裁に入るのはいつも私と向こうの副長だ、同じ女性な事も有り彼女とは仲が良い、部隊の人間は良い顔をしないが。
「どうします? 割り込みますか?」
「いや、とりあえずはそのままで良いだろう」
身内で争っても意味は無いだろう、シャドウの副長である彼女の苦笑した顔が目に浮かぶ。
「わかりました、ではその様に」
以上です、告げて部屋を去っていく部下。
コンフェデルスで騒ぎを起こした彼ら5人はそのまま深遠の森方面に向かった後消息を絶った。まさか深遠の森を経由しようなど正気の沙汰とは思えなかったが加護持ちが二人居る事から多少掠めるルート程度なら問題ないのだろう。
追跡に当たっていた部隊は帝国の軍事演習による警戒もあって首都に一度退却、当人たちは深遠の森に近づく必要がなくなって安心しているだろうが。
アウロラ家はとりあえずは存続している。広域魔術結界の件でかなり毟り取られたのが痛い様だ、腐っても六家の一つ、此処まで搾り取られるとは思わなかったが、もう少し粘って欲しかったものだな。
帝国側で接触していた人間は全て此方に引き上げているとの情報はもう来ている、レイズが何人か掴んだようだが手は出せていないようだ。明確な証拠が無いのが理由だろう。
「あったとしたら我々が葬るだけの話なのだがな」
闇は闇へ、帝国の損失となるものは処理するのが我らの使命だ。
その数日後、レイズ家が掴んでいたと思われる帝国貴族の屋敷が全焼する事件が起こる。犯人は不明、以後数日に渡り帝国の有名どころが襲撃される事件が発生。
此方の裏をかき常に見事に逃げ回り、尻尾すら掴めない。ほんの1週間程度の話しだが帝国の民衆は戦々恐々とした夜を過ごすことになる。
◇◇◇◇◇
「まだ犯人は捕まらないのか!」
「申し訳ありません。襲撃にあった者は全て命に別状はありませんが、ありとあらゆる金品と高級な装飾品が強奪されています。やはり同一犯なのは間違い無いのですが」
首都警備隊の一室で二人の男が話し合う、片方はこめかみに青筋が立ち、怒りの為か顔が赤く染まっている。
話の内容はここ数日連続で起こっている襲撃事件だ、警備隊が到着する時間が正確に分かっているかの様に到着するときには全てが終わった後。さらに襲撃された方もかなりの警備体制を整えていたにもかかわらず全員見事に伸されているとの事。
「新しい情報は!?」
「ありません……、カンという甲高い音が聞こえる。と言うことと強力な雷魔術が使われていることくらいです」
顔を見たものは誰もいない、此処まで狡猾に迅速に行えるなど唯の傭兵崩れや冒険者崩れなんかには出来るわけが無い。
「それだけで判断するのは早計だが、やはり彼らの可能性が高いか」
「ええ、襲われた者は全てアウロラの件に関わっていた者たちです。ですが証拠がありません」
「そんな物いくらでもでっち上げれば良いだろう!」
「無理です。コンフェデルスからも調査隊が入っています」
怒鳴りつけてくる相手にため息を付きながら答える、どうやら現状を正確に認識できていないようだ。
「なんだと?」
「自国で起こった問題なので是非協力させて欲しい、と」
「なぜそんな事を許可したのだ!」
「庇う必要性がなくなったからでしょう……、彼らが行っていたやり方は結果的に大した成果を得れませんでした。そして犯人は加護持ち二人、総力で潰しても良いのですが少々彼らも増長していたので良い機会なのですよ」
「何を言っている……?」
「独断で動いて不利益を生み出す、そして結果は擦り付け合い。そういった人物は不用と言う事です」
ドス、と言う音と共に相手の胸から剣の柄が生える。同時に崩れ落ちる膝、口から吹き出す血。力ない目でその刺した男を見ながら震える声を搾り出す。
「ごふっ……、き……さま……」
「くくく、自国内でも加護持ちが暴れたとなれば人工加護の研究費用も上がるでしょう、あの愚か者共には感謝しなくてはいけないですね」
もはや興味を失ったとばかりにその死体を見る。警備隊の隊長である彼が死ねばさらに調査は難航する。もう少し暴れてくれないと困るのだ。民衆の危機感を煽って貰わなければならない。彼らが対象を殺さなかったのは想定外だったが、そこはしかたがあるまい。シャドウの部隊も動いていることだ、妥協する事にしよう。
「力には力で対抗しなくてはならないのです。力を持たない者は搾取されるそれが世界の摂理。それすらも理解できず生きている馬鹿共の目を覚ますには、明確に分かりやすい危機感を与えてやるのが一番なんですよ」
愚かな者は今の自分のいる世界が永遠に続く平和だと信じている、愚かにもほどが有る。この生活はこの世界は薄い薄氷の上に存在している。陸続きのリメルカ王国はほぼ半永久的な加護を持ち、その気になれば帝国と対抗できるだけの竜騎兵を所持している。そして技術発展が恐ろしく早いカナディル連合国家はスイルの土壌が欲しい為に虎視眈々と狙っている。
世界中の人は皆優しいなどと考えてる人間は今回の件を持って考えを改めてもらおう。常に他者を蹴落とし、殺し、淘汰していく。そういった人間が一人でも居る以上、我等は身を守るために力を得なくてはならないのだ。
利用させてもらうぞスオウ=フォールス、君らとてコンフェデルスの援護を受けての行動なのだろう?
◇◇◇◇◇
「ラウナ副長こちらを」
部屋に駆け込んできた部下から報告書を渡される。
「警備隊の隊長が殺されたのか……」
「はい、一部はこれも同一犯だと見ていますが」
沈痛な面持ちで報告書を読む、まさか警備隊の隊長が殺されるなどと。此処最近世間を騒がしている強奪犯に加えて遂に殺人が起こってしまった。
「違うだろうな、彼らではない。その様なことをしてもメリットが無い」
「ええ、ですがそちらのほうが都合が良いのでしょう。曖昧に情報を伝えることによって同一犯だと勝手に想像し浸透して行くのを見ているようです」
民衆は常に分かりやすい答えを求める、それが間違っていようと問題ではないのだ。
「ふぅ、どうやら借りを作ることになりそうだな」
鍵がかかっている引き出しから分厚い封筒を出し、机の上に置く。
「それは?」
「見るか? なかなか面白い情報だ。差出人も含めてな」
不思議そうな顔でその資料と私を見てくる部下に、中から数枚書類を抜き出し、相手に渡す。
「これは……、脱税に、奴隷売買……、裏帳簿ですか。襲撃された相手ばかりですね。差出人は……【Crime】?」
「罪、という意味だそうだ。まぁ、誰かは分かるだろう?」
怪訝な顔で受け取った後、その書類に目を這わせていくうちに驚きの顔に染まって行く。差出人はCrime、とそれだけ書かれている。だがしかし、襲撃犯がほぼ確定している状況で最早差出人が誰かなど疑いようが無い。
「なるほど、しかしこれを我らに渡してくるとはどういう考えでしょうか」
「正確なところは分からん、使いようによっては利益を生み出す内容だ。それを此方に投げるとはな」
同様の懸念は私も持った、しかし考え付くものは全て決定打に足りない。それゆえに……。
「だから借り、ですか」
「隊長の性格を把握していない限り考え付かないとは思うが……」
義父の事だ、借りは必ず返す、と言うだろう。あくまで許容範囲内の話ではあるが、これで曲がりなりにも我らファングの力を借りれる状況にはなったわけだ。
「彼ならやりかねない、と?」
「国相手に喧嘩を売る奴だ、過大評価しておいても問題ないだろう」
さて、罪、か。それを指し示すのは己か、それともこの世界の事か。