New moon vol.1 【月神の銀閃】
月神ディアナ
その力は死を与える者である。疫病と死をもたらし、死を恵む神。その力の一端を与えられた彼女は圧倒的なまでの戦闘力を持ち、死を振りまく存在となった。
加護に目覚めた原因はおそらく研究所での過負荷、資料には目の前で両親を寸刻みで刻まれ殺されたとの事。実験当時の彼女の外見は赤い髪と褐色の肌、しかし今は白い髪に白い肌、どれほどの絶望と悲しみと怒りが彼女を覆いストレスを与えたのかは分からない。
しかし彼女には当時の記憶は既に無い。6歳の殺戮事件、血の海で笑う彼女。それ以前の記憶は失っていた。
国は扱いに困る、まさかまだ続けられていた研究もそうだったが、人工的に加護持ちを成功させたなどと知られれば増長する人間が出る。だが隠し通せるものでもない。一瞬殺してしまおうかとも考えるが、戦力である事には変わりない、有効活用出来るならそちらのほうが良い。
幸か不幸か彼女には6歳以前の記憶が無い、上手く刷り込めば良い駒になるはずだ。
そんな考えの下彼女は軍に引き取られていく。そしてまた研究が始まる、人工の加護持ちを作る為の研究が。裏でやられる位なら主導権を握れるように軍で研究を進める事にしたのだ。当然、細々とした予算しか与えられない窓際研究ではあったが……。
彼女の保護者となったのはファング部隊の隊長だった男、アベル=ブロース。理由は簡単、現状で帝国内部で1、2を争う剣の腕の持ち主であり、いざと言うときルージュを殺す為。そしてなによりルージュを最初に発見した男でもある。
ルージュにとって幸運だったのは、その男が偏見を持たなかった事。そして豪胆な人間であり、国の思惑など知るか、と本当の娘のように接してくれた事だろうか。
そして彼女は彼の元で育つ、育つ事に美しくなるルージュを娘のように溺愛していたが、国は軍に入れさせようとする。最早それはあらがい様が無い、ならば、と彼は自分の部隊に組み込んだ。目の届く所に置く為に。
「はっ」
―――――ヒュン
木が生い茂る森の中、銀の閃光が走る。目に見えぬほどの神速の剣閃が戦場に煌き、敵を分解していく。
銀色の長い髪がさらさらと風に靡いている、同様に銀にきらめく剣とともに一つの幻想的な雰囲気を醸し出している。
切られた事にすら気が付かず死に行く魔獣を横目に、左腕につけている伝達用魔昌石に向かって話しかける。
「此方ファング部隊、ラウナ。目標地点の殲滅終了を確認、第二部隊の突入を」
淡々と告げた後、すぐに前方を見る。どうやらまだ1匹取りこぼしがあったようだ、仲間をやられたことに憤慨したか、通常より一回り大きなゴブリンが手に持った手斧を振り回しながら此方に突撃してくる。
『ニンゲンがあぁァアアア』
ツバを撒き散らし、必死な形相で手斧を振り回しながら叫んでいる。その姿を一瞥した後。
「煩い」
―――――フォン
いつ抜いたのか、そしていつ移動したのか。ゴブリンの視界にはすでにラウラは居ない。後ろでチン、と剣を収める音がする。
驚き後ろを見ると同時に視界が二つに分かれていく。
『ギザ……』
何を言いたかったのだろう、もはや全てを語ることすら出来ずに地面に半分に切られたゴブリンの死体が転がる。
切断面は美しいほどに平らで、思い出したかのように血が大量にあふれ出した。
「ふん」
切り捨てたゴブリンに見向きもせずに先へ進む。第二部隊が来るまで若干の時間がある、多少見通しを良くしておくか、そう考えた後剣を鞘から抜き、横に構える。
【月涙演舞】
小さく呟いたかと思うと、彼女が持つ剣の刀身が凡そ5m程にまで伸びた、いや、伸びたのではない。これは作られた刀身、彼女の操るマナを刀身に凝縮し剣と化したのだ。
「はっ!」
―――――ブォン
自分を中心に回転する。同時に回りの木が彼女を中心として外側へ倒れていく。
1回転、それだけで森の中に一つの野営地が完成した。
先月起こったトロール騒ぎ、軍の人間はリメルカの仕業の可能性が高いと言っているが今だ正確な所は掴めていないようだ。実際の所それが分かった所で外交交渉の材料になるだけの話だ、あの国にそんな物を持った所で意味がないのは分かっているだろうに。
内心ため息を付く、それよりも今回の件で人工の加護持ちを作り出す実験に予算が下りていると話しに聞いた、どういった方法かは分からないが考えると頭が痛くなる、同時に沸き起こる不快感は何だろうか。義父がかなり怒っていたのでそれが影響しているのかもしれないな。そう一人考える。
「副長、お疲れ様です。部隊配置完了しました」
野営地として作り上げた場所の中心で考え込んでいる所に、声がかかる。部下の男だ、どうやら第2部隊の配置は完了したようだ。
「そうか、ならば早急に殲滅しろ、トロール騒ぎの件であちらこちらの魔獣が騒がしい。早く終わらせるに越した事は無い」
油断はするなよ、と部下の方を見ずに指示を出す。深遠の森からも凶悪な魔獣が出てきていると言う話もある。あちらにはケルベロスの部隊が行っているそうだが、本当にそれが任務か疑わしいところだ。
「まぁ、ここもかなりの数みたいですからねぇ、折角副長が野営地を作ってくれた事だし、今日、明日は此処を拠点にしますかね」
部下が後ろで切り開いた場所を見渡しているのが分かる。しゃべっている暇があればさっさと動け、と言おうとした所で通信魔昌石から連絡が入る。
『ラウナ副長、殲滅完了しました。ですが拠点と思われる洞窟を確認、指示を下さい』
「どうやら予想通り大勢で移動してきたようだな、先行部隊は如何した?」
『既に合流済みです』
「わかった、ならば構わんやれ。最初に一撃食らわせてから埋め立てろ」
『はっ』
同時に前方で聞こえる爆発音、音に驚いたか数匹の鳥が空に飛んでいくのが分かり、少しだけ遅れて煙が上がってきた。
「貴様はいつまで此処にいる、索敵してこい」
通信魔昌石から完了の連絡を受け取ると同時に、今だ後ろに立っている部下に声をかける。
「いや、副長の傍が一番安全かなぁ、って……」
「ほぉ?」
くるりと部下に向き直ると同時に剣を抜き放ち首元に添える。
「すいません直ぐ行って来ます!」
ピシッと固まった後、惚れ惚れする敬礼をした後周囲の警戒と索敵に走っていった。
まったく、義父の影響も有るのだろうが優秀だが何処か上下関係に甘い、軍人として最低限の物を守れないようでは死に直結するだけだ。まぁ、彼らはいざと言うときはきちんと動くのだが、新人が入って来た時如何するのか。
ファング部隊にど素人の新人が入ってくる訳はないのだが……。
丁度真上から傾き、これからは後沈む一方である太陽を目を細めてみる。何かキナ臭い事が起こりそうな嫌な予感がする。そう思いながら索敵に回った部下の報告を待った。
◇◇◇◇◇
ファング部隊とは日本で言う公安に近い。正確にいえば違うのだが国の軍の中でも異質の部隊である。
主な仕事は国に対する不穏分子の処分、または逮捕である。その割には義父である隊長の性格はどうなのだろう、と思う事もあるが、それなりに結果は出している、あまり上も文句は言えないのだろう。
もっともそのファング部隊もラウナ=ルージュが入隊してから若干内容に変動があり、彼女を中心とした部隊が結成され半遊撃部隊のような仕事をしている。たんに加護持ちを寝かして置くのは勿体無いと言う理由であろうが、実際のところは不明だ。
その為今回のように冒険者の仕事の様な事もしている。尚、先月のトロール騒ぎの主犯を調べるのも一部兼ねてる、とはいってもあれは最早ファング部隊の手を殆ど離れてしまっているのでついでに過ぎないのだが。
同時に調べていてわかったことが一つ、スイルとカナディルの国境に存在している警備隊、その数が一気に激減したとの情報が入った。
何を考えているのかは不明だが、帝国としても別に戦争を起こす気はさらさら無い。市民も今の生活で不満が有るわけでも無い、戦争など起こせば内乱を押さえつけながらの行動になる為その様な無駄な事はしないだろう。
魔昌蒸気船とやらが一度軍議に上がっていたがさほど問題にもならなかった。部下のゼウルスが強く上申してきたのでそのまま上に上げたがどうなる事やら。
たしかフォールス家、だったか。たしかにあの成長速度は脅威では有るとは思うし、国内優先である事から国との癒着も疑わしい。
コンフェデルスの名家とも関係を作っているようだし、警戒するに越したことは無いと思うが、それより重要なのは加護持ち二人が向こうに居る事。
資料上では有るが人として理性のある行動を取るようなので刺激しなければ良い、そして上からは私で対処可能と聞いている。少し戦ってみたい気もするが、不必要な事をしても無駄が増えるだけだ。
どうでもいいな、私は軍人だ。上の指示に従うだけ、考えるのは私より頭の良い上の連中がやるだろう。問題があるなら義父が言うはずだ。
さっさとこのエリアの掃討を済ませて、休暇を取りたい。どうやらフォールス家の新しい菓子が出たそうだし、その点だけはどんどん発展してもらいたい所だ。
◇◇◇◇◇
「副長、どうやらこの辺はこれで終わりのようですね、まだ日が落ちるまで時間があります。移動しますか?」
先行部隊で動いていた部下の男から話しかけられる。その防具は血に濡れているが、本人には傷一つ無い。どうやら暴れてきたようだ。
「いや、此処で休憩を取って明日早朝に移動しよう。夜になれば動く魔獣もいるかもしれん」
少しだけ考えた後答える。無理に移動して中途半端な位置で野営するよりは良いだろう。
「了解しました。見張りは?」
「いつもの順番で構わん、あぁ、それとゼルの奴は一日立たせておけ」
今日の昼間、後ろで遊んでいた男の名前を出す。索敵に行くといってそのまま2時間ほど帰って来なかった。本人は索敵に夢中になっていました、と言っていたが寝癖が付いていたので最早怒る気もしなかった。
「良いので?」
「構わん、どうやら元気が有り余っているようだ」
ふん、と鼻で笑い答える。文句が有るなら私に直接言いに来い、と伝え、退室するように促す。
「はっ、伝えておきます、では失礼致します」
敬礼をした後下がる部下を横目に今日の報告内容を書類に書き込む。とはいえ記載する内容は殺した相手の種族と数、そして場所だ。物騒極まりないな、すこしだけ自嘲する。本来であれば此方の損害や使用した物品も記載する必要があるがどちらも損害無しだ。あえて言うなら体力か?
テントの外で悲鳴が聞こえる、どうやら先ほどの報告を受けたようだ。自業自得、遊んでいる奴が悪い。さて、明日は早い4時前には出発だこのペースなら明日には終わるだろう。
書き終えた報告書をまとめ外に出る、そろそろ当番の人間が夕飯を持ってくる時間だ。女性である私に気を使ってか、それとも副長だからかいつも一人用のテントを与えられる。そこで食べても良いのだが私はいつも食事は皆と取る。
特に深い意味はないのだがあえて言うのならなんとなく、だろうか。わいわいがやがやと食べるのが好きなのだ。
義父に育てられていたときは食事は二人だった事が多かったのでその反動かもしれない。ただ、どことなく懐かしさも感じる。そう、何人かで……、食卓を囲んで……。
まぁ、いい、部隊の交流にもなるので問題は無い。声と共に大鍋を持った兵士が此方に歩いてくる。
さて、今日の夕飯は何だろうか。